先週末、Twitterを見ていたらこんな話題が。
普通に考えれば女子プロレスの話題が身近に見えることはなさそうなんだけど……
スターダムというと昨年にブシロードが傘下に入れていたのである。(cf. 女子プロレスはIP)
そんなこともあって、ブシロードつながりで親交があった人が話題にしていたのが、比較的すぐに回ってきたらしい。
もっとも、その後にこのことは世界的なニュースとして取り上げられることになるのだが。
第一報は亡くなっていていたということだけだが、後にその背景が報じられてきた。
「テラスハウス」出演中の女子プロレスラー死去 22歳 (朝日新聞デジタル)
恋愛リアリティー番組でのあるシーンについて、SNSで多くの批判が寄せられていたのが背景ではないかと。
「花は勝ち気そうで弱さもある子」 所属団体幹部が悼む (朝日新聞デジタル)
折しもここのところはプロレスの練習のために集まるのも難しい状況で、それが抱え込む原因になったのだろうと。
活躍を期待して送り出したら、SNSで非難を浴びることとなり、そこから救い出してやれなかったというのは、悔しいことだろうなと思う。
「恋愛リアリティー」という言葉を聞くと思い出すのがABEMA(旧:AbemaTV)である。
2016年の開局以来、あれこれと模索してきて、当初かなり力が入っていたのがアニメだったが、最近はそこまでではなさそう。
おそらく、もっとも手応えがあるんじゃないかというのが恋愛リアリティーショーである。
このことはAbemaTV社の親会社、サイバーエージェントの決算報告でもたびたび取り上げられている。
恋愛リアリティーショーは10~20代の女性に好評で、これによりABEMAの視聴者層も大きく変わっていったという。
「恋愛リアリティー」というのは聞いていたが、実は詳しく知らなくて、今回改めて調べてみた。
リアリティー番組というのは演技・台本がなく動く出演者を追う番組だという。
出演者は専門の俳優である必要は必ずしもなく、台本もいらないので、低予算で制作できることからアメリカで普及したという。
そのような性質ですので、出演者の素が見えやすいわけで、そこが妙味でもあるんだと思うが、非難される原因になったんだろう。
同種の番組を見たこともなく、ましてや同番組を見たこともない人があれこれと言っても仕方ないのだけど。
実はこういう問題はすでに顕在化していて、朝日新聞デジタルで調べてみると、こんな記事がかかった。
負の側面もある。昨年と今年、元出演者が相次いで自殺した。他の出演者もネットで攻撃されるなど苦しんでいる。
スミス教授は「プロデューサーは混乱や仲たがいの筋書きに沿って映像を編集する。だが視聴者はその人物のつくられたイメージを信じ込む」と指摘する。
(恋のさやあて、イギリス熱狂 単調なのになぜ受ける? (朝日新聞デジタル): 2019/10/9)
そう、出演者の自殺というのは、恋愛リアリティー番組ではよく起きていたことだったのである。
台本はないけどフィクション、演技はないけど編集による演出はある。そのことがわかりにくいがゆえなんだろう。
SNSの声に一喜一憂するのもよくないけど、よく受け止めることも大切なのかなと思ったのが、
このBlogでもたびたび取り上げている「BanG Dream!」のこと。
実はあれこれとやらかしているコンテンツではあって、イベントの後などにTwitterを見てるとあれこれ言われているのを見る。
中には 木谷さん(ブシロードの創業者、デジタルコンテンツ担当取締役、BanG Dream!プロジェクト制作総指揮)に直接Replyを送る人も。
ただ、ここでうまいのはそうして寄せられた声を持ち帰って検討すると言って、実際に改善につなげているものもある。
非難する声も、賞賛する声も割引して読まないといけないのがTwitterだなと思うけど、
うまく利用して、スタッフ・出演者・ファンで方向性を合わせてコンテンツを盛り立てられるようになってきたのかなと思う。
チームで冷静に受け止めて吟味することが成功につながっているんでしょうかね?
今回の問題は出演者個人に寄せられた声をまともに受けて、追い詰められてしまったというものであろう。
これとは逆に人の意見を省みないような人なら、確かに追い詰められることもなかっただろう。
でも、それはそれでSNSの意見を受けて改善しようという伸びしろもないということで、よいともばかりとも言えない。
非難の声も賞賛の声も冷静に受け止めるには、出演者個人で受けるのはよいことはなくて、
今回のことならば番組の制作チームが、視聴者はこう読んでしまうのかと、そういうことを学んで改善していくべきだったのかな。
番組制作へのフィードバックはできないとしても、チームとして受け止められればだいぶ救われるはずなので。
偶然にブシロードという会社つながりで話がまとまってしまった。
SNSが原因か惜しい人を失ってしまったところであり、SNSとの付き合い方の好例を持っているところでもあった。
今回悔やまれるのはやはりプロレスの練習が止まったことで、コミュニケーションに不十分な点があったことなのだろう。
それがなければ絶対大丈夫だったか? 確かなことは言えないけど、ちょっと違っただろうとは思う。
コミュニケーションの不十分さに起因する問題はいろんなところで起きてるのかもなぁ。
それが顕在化しているかはさておき。