京都で工芸に触れてから帰る

7泊8日という長い旅行だったが帰ってきた。

結局のところ、今日の午前中は曇りぐらいで、

全体にして見れば、どうにも困るほどの雨はおとといぐらいの話だったようだ。

播但線が止まったのは痛かったが、それを言えば中国地方なんて交通網ズタズタの状態が続いてるからね。


というわけで最終日は京都国立近代美術館に行って、見て、帰るだけという感じ。

宿が河原町三条だったので、三条通を歩いて行き来していた。

この点で狙った立地ではあったのだが、河原町から東山までだと電車で言えば2駅間、

わざわざ電車に乗るのはアホらしいが、そんなに近いわけでもない、微妙な距離感である。


今回の旅行が7泊8日と長くなった要因の1つがこれで、

今日から「モダンクラフトクロニクル」という特別展が始まるのに合わせたのだった。

これがすさまじい展覧会で、1階までがっつり展示物を並べて、3階へ至る階段の踊り場みたいなところにも少し展示物を置くほど。

この展覧会のテーマはタイトルの通り「近代工芸」ということなのだが、

実は京都に国立近代美術館の分館ができたのは工芸に注力した美術館が必要という理由があって、、

今回の展示物でも古い物には「国立近代美術館(東京)から管理換」なんて表記が見られるのはその経緯を表しているとも言える。

今も東京国立近代美術館は工芸作品の収集・展示をやっているけど、その主なところは金沢の国立工芸館に移っている。

しかし、それをさかのぼれば、京都分館に工芸と京都の芸術を注力させるということをやってるんですね。


全体としては焼き物が多いんですけど、布物も予想以上に多かったですね。

普段は展示方法の都合なんかもあってあまり多く展示できないけど、ここぞとばかりに出してきた感じか。

ところで工芸というのは実用品の芸術というところが本来の意味だったと思う。

実用品としての皿に意匠性を持たせた結果、芸術としての意味を持つというのが本来のところで、

それがこれは皿として実用する気はないだろうけど、皿としての体裁はあるとか、わりと古い時代はそこは重視されていたと思う。

ただ、展示物を見ると、比較的新しい時代のものは、機能を持たず鑑賞するだけが目的の工芸作品が多く展示されている印象だった。

これって工芸? と思ったことはあったが、工芸的手法を使っているということは工芸なのだと理解している。

そうしてみると奥深いなと思う。もちろん実用品としてもおもしろそうな作品もありますけどね。


なんてわけで、思った以上に楽しめた。これはここまで関西滞在を引き延ばした意味がありましたね。

河原町三条へ戻ってきて、昼食を食べて、宿に預けていた荷物を回収して、河原町通のバスで京都駅へ。

新幹線こだま号に乗り込んで帰ってきたが、山陽新幹線方面からくる列車は遅れてましたね。

その遅れた列車との関係で4分遅れで出て、この先の通過待ちとかで遅れが広がるかと思ったが、

結局は定刻での到着で、ここら辺は東海道新幹線の繊細さを感じましたね。

(実際のところ、こだま号は車両性能をフルに使う前提ではないわけで、調整余地はあったんだろう)


帰ったら旅先から自分宛に送った郵便がいくつも届いていた。

これだけの長旅なら本人より先に着いちゃうのも仕方ない。あと1通は明日かな。

白鷺城から中之島

今朝の姫路は小雨が降ったり降らなかったり。

まぁ午前中はまだ交通網は混乱していたようだけど、散策する分には問題はない。


というわけでやってきたのは姫路城ですね。

ここに来るのは2回目。かつて高専専攻科時代に研修旅行で来たが、当時は工事中だった。

工事が完成してきれいになった姫路城が再公開されたのは2015年の頃。

確かこの頃に新幹線の姫路駅を使ったときに、駅から白い姫路城が見えたことを覚えている。

それで今日、大手前通りを歩いて姫路城に歩きながら思ったのは、あの頃よりだいぶ黒くなった? ってこと。


姫路城の白さは漆喰をふんだんに使っていることがあり、特に瓦の間を漆喰で埋めているのは特徴的で、

このことから完成直後の姫路城は壁も屋根も白い不思議な城で、これが白鷺城の別名につながっていることはよくわかった。

そこから6年ほど経って姫路城を見ると、当時ほどの白さはない。

そういえば、今回の修理では白さを保つために漆喰に防カビが行われたが、永続的なものではない。

よく観察してみると、風雨に直接晒される部分は黒ずんでいるが、ひさしの下などはまだまだ白いことがわかる。

また天守閣の周囲の建物は修理時期が少しずれているのか、防カビ効果かとても白いものもある。

修理直後ほど白くて驚くことはないけど、直接風雨に晒されない部分は壁含めてまだまだきれいですね。


天守閣が守りの拠点なのは言うまでもないことだが、中はひたすら武器庫である。

上がっても、武器を置いておくところと、外を見たり攻撃したりするものがひたすら続いている。

ところで、姫路城は「昭和の大修理」を経験しているが、天守閣は建造以来初めての解体修理が実施されたという。

これはとてつもない大がかりな工事だったのだが、なぜこんなことをしたのだろうか。

そのことは天守閣の中でも説明されてたのだが、心柱が傾くなどの問題が起きていたらしく、

これらを根本的に解決できるのは解体修理ということになったのだろう。


ところで姫路城の入場料金は1000円なのだが、好古園とのセット券は1050円と50円しか変わらない。

なんだこれ? と思ったのだが、城1000円+好古園310円の2割引だとこの金額になるんだそうで。

そんなわけで、好古園も見学していたのだが、この時期の庭園は緑が鮮やかである。

塀で仕切られた不思議な庭園だが、もともと武家屋敷の跡地を生かして作られた庭園なんだそうで。

(このことから庭園ではない部分がドラマの撮影などで使われることがあるらしい)


姫路から神戸(三宮)まで新快速で、阪神電車に乗り換えて大阪の福島で降りる。

なんで福島なんだって国立国際美術館に行くからだよ。

写真の特別展だと思っていたら、なんと特別展2本立てというびっくりなことになってた。

年間スケジュールが狂ったのを帳尻合わせした結果なんだろうか。

もちろんどっちも見たのだが、写真と「ヴィデオ彫刻」!? なんとも不思議な体験だった。

モニターなど映像を埋め込んだ立体物ってことですね。(立体物はなんでも彫刻に分類されることがしばしば)

コレクション展がお休みだったのは残念だったけど、こういう体験もよかったんじゃないか。


その後、京阪電車で京都へ向かって宿に入った。

明日で旅行は最終日。昼頃には出るので、長かった関西滞在ももうすぐ終わり。

雨の竹田城跡

朝起きて、雨の音がざあざあしている。

曇り~小雨ぐらいだと思ったんだけどなぁと、兵庫県の天気を見ると、昼頃には小降りになるようだ。

それならそんなに問題ないかと、朝食を取りに行き、有馬温泉を出ることに。


電車に乗ってやってきたのは三田駅、案外こっち方面への通勤・通学も多いらしい。

ここから、こうのとり号で福知山まで乗る。

こうのとり号といえば、かつては北近畿号というあんまりな名前だった。

コウノトリは但馬ゆかりの鳥で、兵庫県の鳥でもある。いかにも兵庫県を走る特急列車らしい。

ところがこの列車、大阪を出て尼崎から城崎温泉まで兵庫県内をひたすら走るのかと言えば、

この中間にある福知山というところは京都府なのである。ここら辺の府県界をあまり深く考えてもよくないけど。


福知山は本当の目的地ではなく、途中下車して昼食を買って、普通列車に乗り換える。

それで到着したのは和田山駅、この駅は特急停車駅だが、播但線への乗換待ちが長すぎるので、

それで乗換待ちが少なくなるように普通に乗り換えたと。ローカル線あるあるですね。

それでも20分待ちなんでけっこう長かったんですが。

その播但線で長い1駅間を走って竹田駅で降りる。ここから竹田城跡を見学しにいこうと。


それにしても雨が弱まる気配がない。どうも移動中に天気予報が変わって雨が続くらしい。

山陰では豪雨でひどいことになっているので、当然兵庫県も影響を受けているのだが……

とはいえ、竹田城跡へのルートはちゃんと整備されているしいけるだろうと行くことに。

竹田城は山城、ということで城跡へ至る道は登山道である。

徒歩40分ぐらいとあったが、急な階段で結局は30分かかった。

料金所で「よく上がってきましたね」と、ここぐらいしか屋根がないとのことで、ここで昼食を食べて、

そこから竹田城跡を散策したが、巨大な山城だなと思った。

城って平時は役所としての役割も多いわけだけど、南側は比較的広い土地が取られている。

雲海の中を浮かぶ「天空の城」の姿が知られる竹田城跡、もはや雨雲の中で眺めは散々だったが、

そのスケール感は実際に歩いてこそ感じられるものである。


帰りはトイレに寄ったら車道で降りるはめに。まぁ車とはまったくあわなかったけど。

こうして竹田駅に戻ってきたらびしょびしょで、コインロッカーに入れておいた荷物から着替えを出し、

着替えてそれなりにはなったが、これは宿で洗濯しないとなと。

(親元でギリギリまで洗濯して、特になんともなければ帰宅まで洗濯を先送りできる公算だった)

そんな具合に30分ちょっとの待ち時間を過ごし、寺前行き(姫路方面)の汽車に乗り込んだ。

列車に乗り込んでしばらく行くと運転士が「寺前から先、福崎付近で大雨のため徐行運転をしています」とのこと。

この播但線という路線は、寺前駅を境に姫路側が電車、和田山側が汽車になっている。

阪神・淡路大震災のときに迂回路として重宝された播但線・加古川線の2路線はその後、電化プロジェクトが動き、

加古川線は全区間が電化されたのだが、播但線はトンネルの都合、途中までの電化に留まった。

微妙な感じはするが、この寺前駅がちょうど播磨と但馬の境目付近なので、分断も一理あるかも知れない。

さらに寺前駅に進むと「大雨のため運転見合わせになりました」と。うーん。


とりあえず寺前駅にはたどり着いたが、動くんだろうかと、停車している電車で待ったのだが……

結果としてはこの電車は動かなかった。今日はもう運休にしてしまったのだ。

まぁ仕方ないなと思ったが、こんな微妙なところでどうしたものか。

困っていたら、同じ電車で待っていた人に声を掛けられた。タクシーに相乗りしないかと。

確かにそれしか手はないなとタクシーで姫路まで飛ばしたが、折半でもけっこうな金額だった。

こればかりは仕方ないんだけど、ちょっと痛い出費である。


これ、竹田駅出るときに気づいてたら、引き返して、竹田~姫路を新大阪経由で迂回にしたような気がするけど、

これは迂回分の運賃は取られないと思うけど、迂回乗車の特急券は自己負担のはず。

そう考えると折半のタクシー代とあまり変わらなかったかも知れないなとも思う。

リカバリー方法はいろいろあったが、どの方法もそれなりには金がかかるわけですよね。


そんなわけでもともと曇り~小雨と思っていたらこんなことになってしまった。

タクシー代という予定外の出費を除けば、あまり大きな問題はなかったとも言えるが。

ちなみに明日の播但線は午前中は終日運休だそうで。まぁ安全確認に時間がかかるから仕方ないね。

明日は姫路~神戸~大阪~京都と移動するが、まぁここはなんなり移動できるでしょう。

明日こそ小雨のはず。

六甲山上から六甲山を突き抜ける

今日は有馬温泉から六甲山へ向かう。

実は有馬温泉から六甲山へはロープウェイがある。これがポイントだったんですね。

そんなわけでロープウェイ乗り場へ行くのだが、そこまでの道がひたすら上り坂。

温泉街を出て、歩道もない道をひたすら上がっていく。(幸いにして車の通行は少ない)

この立地で「有馬温泉駅」というのもなぁと思った。近いと言えば近いんですが。


きっぷを買ってロープウェイに乗り込む。客は自分1人、車掌と2人で行く。

途中までは有馬温泉から市街地が広がる姿を見ながら上っていく。

こうして見てみると、六甲山地の向こう側というのはものすごい市街地が広がっていると気づく。

ただ、ある程度上ってしまうと、そこからはひたすら森の中を進む。西には姫路あたりが見えてるらしい。

山越え谷越えのロープウェイだった。

「今日はもやがなくてよかったですね。ひどい日だと脇にある木すら見えないほどの濃霧ですから」

天気の心配をしていたが、思っていたよりも眺めが楽しめてよかった。


さて、六甲山頂駅に到着、どうも話によると六甲山地の最高峰はここではないらしい。

ただ、公共交通で来られる最高峰はここということで、それでこういう駅名らしい。

このときは海側は霧がかかっていてよく見えなかったが、後に晴れたようでこちらの景色も楽しめた。

周辺の地図を見ると人工スキー場「六甲山スノーパーク」がある。そんな立地である。

六甲山上はバスが運行しており、特にロープウェイ六甲山頂駅~ケーブルカー六甲山上駅のバスは20分間隔という。

フリーきっぷを持っていたので便利に使っていた。こういうところは徒歩だと怖いことも多いからね。


というわけで六甲山での主な目的地である、六甲高山植物園にやってきた。

双眼鏡片手にいろいろ観察してたけど、マニアックな注力分野として食虫植物があるらしい。

説明にこうやって虫を捕らえますと書いてあるから、観察していると、花に虫が落ちる穴があったり。

うーん、怖いなぁ。食虫植物というのが栄養に乏しいところにあるもので、高山もその1つだってことですね。

今の時期はアジサイの仲間がいろいろ見頃、これは普通に美しい。そんなこんなで楽しんでいた。


さて、いろいろ寄り道をしつつ、六甲山の最終目的地はケーブルカーの六甲山上駅、

ここの展望台からは海側が一望できる。もうすっかり晴れて、ある程度遠くまで見通せるようになっていた。

目の前にはポートアイランドと六甲アイランドがよく見える。

双眼鏡で西に目を向けると、ほっそりした高いビルが。すぐにはわからなかったが、他の建物との位置関係からあべのハルカスであるとわかった。

東に目を向けると、神戸市街、ハーバーランドなどみえるが、須磨浦で途切れて、陸地が見える。

これは明石あたり? と思ったが、よく見てみると高い塔が。明石海峡大橋ですね。ということはその左は淡路島。

「100万ドルの夜景」とも言われる六甲山からの夜景、夜はピカピカしてるんだろうが、昼は昼でよい。

ところでここまでロープウェイのロープや鉄塔がいくつか見えていたのだが、

実はかつてはケーブルカーの六甲山上駅と有馬温泉方面のロープウェイの六甲山頂駅を結ぶロープウェイがあったらしい。

現在はバスで移動できる区間だし、実際それで問題なかったんだろう。景色はよかっただろうが。

ケーブルカーの駅に隣接して古ぼけたロープウェイの駅が見えるが、これがその名残である。


さて、ここから六甲ケーブルで降りる。ロープウェイは昨年購入の新車と言っていたが、こっちはレトロである。

実際、このケーブルカーの設備は相当古いんだそうで、ちょっと怖い音をさせながら走って行く。

ケーブルカーからの眺めも期待したが、木々が多すぎますね。

ケーブルカーを降りれば市バスで阪急六甲駅へ。このバスは山肌に貼り付いた神戸大学へのアクセス路線としても知られる。

六甲駅の近くで高校生が大挙して乗ってきたが、この人たちは六甲駅で降りないで先に行く。

一方で山の上の方から乗ってきた人は大半が六甲駅で降りるので交錯することになる。

こうして六甲山とは比べものにならないぐらい賑わしい街へ降りてきた。


って有馬温泉側に降りなかったんかいって。

そうなんです。実は六甲・有馬片道乗車券という、通り抜け用(六甲山上バスは乗り放題)のきっぷだったんです。

でも宿は有馬温泉だから戻らないといけないのだが、ここで少し変わったルートを使う。

それが「さくらやまなみバス」という西宮市のコミュニティバスである。


昨日、バスで有馬温泉に到着してバス停を見ていたら「さくらやまなみバス」とあってびっくりした。

そもそも、このバスは盤滝トンネルを使って西宮市南部と北部(山口町)を結ぶバスである。

西宮市といえば、甲子園球場や西宮神社など、比較的海に近い地域から、山に貼り付いた地域のイメージが強いと思うが、

実は六甲山地を越えた向こうがわもあって、ここを結ぶ道路もある。

かつてはつづら折りの道しかなかったそうだが、トンネルを掘ってできたのが「西宮北有料道路」だった。

西宮の北へ至る道路ということか。ゆえにこの道路はトンネルの両側とも西宮市である。

この西宮北有料道路は多くの人に利用され、市内移動だけでなく、中国道の渋滞を逃れるのに使った人もいるかもしれない。

想定以上の利用から少し前倒しして無料化されたので、今は有料道路ではなくなっている。

で、この道路を使って西宮市を南北に結ぶバスこそが「さくらやまなみバス」だったんですね。


でも、なんでそのバスが有馬温泉(神戸市北区)にいたんだろう?

実は西宮市にとってみれば神戸市北区有馬町は西宮市に少し食い込むような形になっていて、

有馬温泉に寄ってもそんなに遠回りにはならないし、あとなんやかんや市内も通るのである。

なので1時間1~2本のバスのおよそ半分が有馬温泉経由、半分は真っ直ぐ金仙寺経由で走る。

路線図見てもよくわからない感じがするのだが、時刻表を見てみるとわかる。

西宮市内の移動用であるとともに、有馬温泉へのレジャー利用も少し想定していると。


ただ、基本的には西宮市の生活路線なので、有馬温泉へのアクセスに便利な時間に走ってるとは必ずしも言えない。

実際、昨日の大阪発・有馬着の時間だとちょうどいいバスがなかった。

時間さえ合えば、難波~阪神西宮(西宮戎バス停)~有馬温泉が安くて早くてよかったと思うんだけどね。

地図で見ると、なるほど確かに近いというルートなので、使えればそれは便利でしょうよ。


というわけで六甲山を越えて、六甲山地を突き抜けて帰ってきたわけですね。

明日は有馬温泉を離れて全く別の方向へ向かう。思っていたより厳しい移動になりそうだ。

天気は……曇りから小雨ぐらいですかね。これならよさそうですね。

難波から有馬温泉

今日は半ば移動日という感じだった。

というのも、今日まで親元で2泊して、今日から有馬温泉で2泊するから。

その間にさほど行くところもなく、でも何もしないのももったいないし。

というところで映画鑑賞に行くことにした。わざわざ大阪まで行って見ることに意味は無いが。


そんなわけでやってきたのは なんばパークスシネマ である。

初めて来たんですけどね。迷いそうになりながらたどりついた。

この映画館ってもともと松竹と東映が道頓堀で営業してた映画館が集約移転した経緯があったそうで、

「月イチ歌舞伎」だって、歌舞伎の映画の宣伝が貼ってあった。(歌舞伎の興行は松竹がほぼ独占)

それにしてもちょっとくたびれた感じがするのはなんでだろうな。

2007年開業だから、すごい新しいわけではないけど。


映画鑑賞して、パークスで昼食を食べる。

平日なら映画の半券を見せればなにか特典があるとのことで、僕が入った店では単純に値引きだった。

平日だけってのがケチくさいと思ったけど、恩恵は大きかった。


さて、ここから有馬温泉に行くのに、確か大阪からバスが出てたよなと昨日調べると、

なんとOCATからバスが出ていること、そして予約制であることがわかった。

JRバスなので高速バスネットでサクッと予約しておいて、OCATへ向かった。

バスがやってくるも乗客は自分1人、どうも三宮経由らしい。

三宮経由ってことは四国方面のバスでおなじみの道を走って三宮へ。

その三宮でも乗客がなく(普段は数人乗ってくるものらしい)、新神戸トンネルを経て有馬温泉へ。

大阪からの直行バスに乗った割には……というルートだったが、JRバスのメインは三宮~有馬温泉らしく、そのオマケですね。


それで予約していた宿に到着して、食事付きだったので夕食・朝食の時間を2泊分確認された。

結局のところ、夕食も朝食も弁当で、まさに「巣ごもりプラン」。でも、それが一番安心だよねと。

それにしても有馬温泉で食事付きのプランで宿泊するというとけっこうしそうなものだが、えらく安かった。

部屋に定価表が置いてあって、平日ならばもともとリーズナブルな価格設定だと思ったが、

その価格のさらに4割引ぐらいで、素泊まりならともかく食事付きですからね。

それで客も少ないんだから、商売としてはかなり苦しそうなところだが。

まぁ温泉に浸かってゆったりできるのはうれしいのだけどね。


そんなこんなで2泊するわけだが、明日は有馬温泉起点で観光に出かける。

天気は心配だったのだが、明日は曇りの予報ですね。

これならなんとかなるかな。

真っ赤なバスで東山七条へ

無事に6泊7日の旅行から帰ってきた。

長い旅行でしたね。特にホテル泊がそこまで続くことはなかなかないよね。


今日に京都でやることは京都国立博物館に行くことだけ。今日からの特集展示目当てですね。

京都駅近くの宿から東山七条に行くのに普通はバスを使うわけだが、

今回往路で使ったのはバスはバスでもプリンセスラインである。

なんと京都駅八条口から出発しているので、線路を越えて烏丸口バスターミナルに行く必要が無い。

だけど、このバスは観光客にはほとんど知られていないと思う。いろいろ事情はあるけど。


バス乗り場はどこなのかと地図をみると、ちゃんと「プリンセスライン」と書いてあってE2のりばから出るようだ。

市バス・京阪バスはバス乗り場ごとに「醍醐寺方面、京都橘大学方面」とか方面を書いてあるが、

プリンセスラインは1つしかバス停がないこともあって、まずどこに行くのかというのがわからない謎の存在である。

それは隣のE1のりばから出る ケイルック(この名前で書かれてもわかるか?)も同じだが。

乗り場に待ってると時間になると真っ赤なバスがやってきた。行き先は「京都女子大学前」となっている。

行き先からしてもわかるが、実態としては通学バスという色合いが濃く、昨今の状況から日曜日は大きく本数が絞られている。

ただ、土曜は平日とほぼ同じ本数があって、1時間に4~6本程度(これでも通常よりは減便されてる)走っているようだ。

乗り込んだバスはあまり見慣れない感じがあるが、なんと外車である。中国のBYD製の電気バスなんだそうで。

電気バスはガタゴト言わない路面電車みたいな音でとても静か。電気バスに乗りたければ狙い目の路線ですね。

八条口を出たバスは、京阪七条(市バスの七条京阪前に近いが別のバス停)に停車して、次の東山七条(これも市バスとは別)で降りた。

自社の定期券・回数券がないひとは現金で運賃を払うことになる。運賃自体は市バスと同じ230円ですが。


プリンセスラインは2005年に路線バスに参入した会社(それ以前は送迎バスをやってたらしい)、

京都駅~東山七条のバスの混雑がひどく、この解消を目的として走り始めたバスだった。

京都女子大学に乗り入れることで通学の便宜を図り、市バスの混雑緩和を狙ったわけである。

ところが京都市はこれをよく思わなかったのか、一時期、市バスで京都駅~東山七条の区間便を走らせて対抗したこともあったとか。

現在も各種フリー乗車券どころか、市域共通回数券すらも使えないのは、京都市との関係がよくないことをうかがわせる。

(新規参入のバス会社でも桂川駅・洛西口駅発着のバスを主に運行するヤサカバスは市域共通回数券の枠組みに入っている)

メインは通学客だがそれ以外の利用も歓迎ではあり「このバスは公共の路線バスです。どなた様でも御利用していただけます。」という記載がしばしば見られる。

当たり前のことを言っているだけだが、単なる通学バスだと思われがちな実情を踏まえたものなんだろう。


そんなわけでたどり着いた京博、およそ1ヶ月ぶりだが、前は特別展だったので内容は全く違う。

今回の特集展示のテーマは「文化財修理の最先端」である。

博物館内に文化財保存修理所というのがあって、修理された文化財とそのポイントなんかを紹介していた。

けっこう見応えがあっていろいろ考えさせられる内容だった。

日本画だと、絹などの上に書いた絵を、裏打ちして、軸などの形で表装するわけだが、

これが時間が経過するにつれて接着が劣化してきたりして、すると絵本体の劣化も進んでしまう。

そこで定期的に表装をやり直す作業が必要になると。絵自体の汚れを取って、剥落や欠損も修復しながら、表装をやり直すわけですね。

とすると、絵以外の布などは作り直すことが普通なんですね。これは鎌倉時代に描かれた絵だと言っても、絵以外の部分の布はずっと新しいことがあると。


ただ、これはそれぞれの文化財の事情によって変わるところで、特徴的な布を使っていれば、布も修理して再利用することはあるという。

保存・活用上の理由で形を変えられることもある。

保存時に折り目が入ると痛みやすいから、折り目が入らない形に作り直したり、手鑑を畳んだときに重なるのを防ぐために台紙にフチを付けたり。

過去に形が変わったのを復元することもある。できれば当初の形に近い状態で持っておきたいわけだし。

なんてことで修復の作戦もいろいろであり、そんな修理時の経緯も紹介されていた。


帰りは途中で昼食を食べるため寄り道をしながら京都駅へ戻ることに。

それでホテルに預けてた荷物を回収したりなんだとしていたら、新幹線のホームに着いたのは10分前でピッタリぐらい。

こだま号に乗り込んで東京へ向かうが、関ヶ原越えの区間は真っ白でびっくり。

でも雪なのは本当にその区間ぐらいで、米原駅付近は少し雪はあるけどという程度で、

米原駅を出てしばらくすると真っ白で雪が降り続いていて、一方でそれを過ぎると大垣市に入る頃には雪がないという。

関ヶ原区間を乗車することが少ないこともあって、東海道新幹線で雪を見るのは初めてだったけどね。

ここが大変な雪だと足止めになったりするから大変なんだけどね。まぁ今日はどうってことなかったですが。

箕面の滝から夜の中之島

今日はまたしても早朝から仕事、こんなホテルから在宅勤務とかやる意味あるんかという感じはあったが、

3日も休暇を取っているとその間にいろいろ用事が詰まっていて、

なんやかんやとこの間に詰まった用事をこなしてたら、6時間弱の勤務時間が終わった。

丸1週間休暇を取るといろいろ滞っただろうから、これはこれでよかったのかな。


さて、午後から出かけるわけだが、今日の最終目的地は大阪・中之島の国立国際美術館である。

ポイントは今日は金曜日であること。すなわち夜間開館日なので急ぐ必要は全くない。

ここはもう1つ狙いがあって、友の会会員は特別展の予約できないので空いている時間に行く必要があると言うこと。

夜間開館日の遅い時間は空く傾向があるはずなので、17時頃までは引っ張りたい。

じゃあ、それまでどこに行こうかというのは直前まで悩んでいたのだが、地図とにらめっこして決めた目的地は箕面だった。


箕面に行くなら阪急電車ですから、京都を出るにも阪急電車に乗りたいが、京都駅からだと乗れない。

どこかで乗り換える必要があるが、どこで乗り換えるのがよいか、駅すぱあとに尋ねたら、

JR向日町駅~阪急東向日駅で乗り換えるとよいと出てきた。そんな乗換ルートがあるんですか。徒歩10分ぐらいだって。

ここから十三経由で箕面に行くのだが、地図で見ると遠回りだが、それ以上よいルートがないので仕方ない。

こうして箕面駅にたどり着いた。この駅に来るのは2度目のような気がするが、前回はバスとの乗換のためだったはず。

なので、このあたりに来るのは実質初めてだ。箕面市自体はそこそこ行く機会はあったんだけどね。


箕面といえば滝ですよね。でも今まで来たことはなかったので行くことにした。天候も問題なさそうだったし。

駅を出て、滝道という案内に従って進むと箕面公園に入る。箕面川沿いの道がメインの道(滝道)である。

しばらくは比較的平坦なんだけど、途中からけっこう急な坂道になってくる。

紅葉で有名なところでもあるが、散った分も多いだろうけど、まだまだ紅葉は楽しめるね。

そうして歩いていくと、滝が現れてくる。あんまり知らなかったけど、想像よりも大きな滝だった。

これが電車の駅から2.8kmというんだからね。なかなかないよね。


ところでこの道中にダムの放流に注意という看板が立てられていた。

箕面大滝の少し上流には箕面川ダムがあるんですね。滝の上流にダムというのが珍しい気がするね。

これは箕面川沿いが都市化して洪水対策が難しい中で、滝の上にダムを作るというのが合理的な方法だったかららしい。

なんとダム建設にあたって立ち退きが必要な家屋・農地はなく、周辺の自然環境との調和だけが問題だったというほど。

脇に逸れて展望台から見てみると、周りの木々が目に付く一方で、市街地の様子を見える。

なんか高層ビルが見えるなと双眼鏡で覗いてみると、明らかに大阪市内の高層ビル群であり、

その中でも抜けて高くほっそりしたビルはあべのハルカスで、ここから阿倍野がこんな風に見えるのかと。

あと飛行機もよく見えますね。伊丹空港の近くですから。大阪の市街地の上を飛んでだんだん近づいてくる様子がわかる。

それだけ都市に近いんですよね。一方で滝の向こうは険しい山なんだから、大阪平野の狭さがわかる。


そんな感じでのんびり見てたら、そろそろよさそうな時間と大阪へ向かう。梅田に着いた頃にはもう暗くなっていた。

普段は中之島と梅田は歩いて往来することも多いけど、今日はバスで。平日だと本数はけっこう多い。

そうしてたどりついた国立国際美術館、特別展はロンドン・ナショナル・ギャラリー展ですね。

実は以前、東京の国立西洋美術館でやっていたが、大阪に巡回してくれば友の会で見られるのでそこまで待ってたのだ。

いくら友の会で入れても大阪までの交通費が……という話はあるけど、そのためだけに来るわけではないし。

(実際、今回もコンサートや北陸観光のついでに来ているわけだから)

多くの来場者が見込まれるということか、普段と入場のフローに多少の差があった。

が、やはり想像通りそこまで混んでないので普通に入場できた。友の会会員には「四方山話」という小冊子が配られた。

観覧に制約が多い中で友の会会員により楽しんでもらえるようにという美術館の気遣いだったようだ。


この期間の美術館はコレクション展もヨーロッパの作家の作品を集中展示しており、ヨーロッパまみれという感じ。

なんやかんや言っても日本の美術に触れることが多いわけですから、そんな中でヨーロッパの作品を見ると、

ヨーロッパの美術ってこうだよなと、もちろん時代・地域によっても違うわけですけど、感じるところは多かったね。

別にそういうことを狙ったわけではないけど、特別展のロンドンギャラリー所蔵品は比較的古い時代のもの、

コレクションは比較的新しい時代のもの(国立国際美術館は現代美術の専門館)で、時代としては補完的でしたね。

その上で、日本の美術品を見てみると、また面白い発見があるかも知れない。

残念なのは友の会会員証が記載上の有効期限は切れてるので、他館では効力を失っている=東京では使えないことだけど。


そこから少し寄り道をして、京阪電車で京都に戻ってきた。

京阪電車も京都駅には行けませんが……

今回の宿が八条口の九条通に比較的近い側だったので、それなら東福寺から九条通を歩けばそう遠くないのでは?

と、ケチくさい作戦をとってみたが、距離はともかく東福寺駅周辺が複雑でかなり迷いながら歩く羽目に。

考え方としては悪くなかったが不慣れな人がやるべきではない。

普通に考えれば丹波橋で近鉄に乗り換えるべきなんですけどね。


さて、とうとう明日が旅行の最終日、昼過ぎにこだま号で帰ることになる。

その前に京都で行くべき場所があと1つあるけど、1つしかないのでゆっくりチェックアウトすればいいや。

どうして福井は恐竜王国か

今日は北陸滞在最終日。今日の目的地は勝山。

これが今回の旅行で宿泊先を福井にした理由の1つでもある。

勝山って何があるって、福井県立恐竜博物館ですよ。


福井駅を降りて、いきなり動く恐竜のモニュメントに出迎えられてびっくりした人もいるかもしれない。

僕もそうで、以前に東尋坊から福井に来たときに見てびっくりしたものだ。(cf. マグマが固まって越前海岸)

福井県で新種の恐竜の化石が発掘されたということはなんとなく知っている人は多いだろうが、

実際にこの化石が出たところというのが勝山市であり、恐竜博物館もそこにある。

というわけで、今度福井に来ることがあれば勝山には行きたいと思っていたのである。


じゃあどうやって勝山の恐竜博物館に行くのかという話である。

まず、あらかじめ予約を取得しておく必要がある。平日なんでガバガバでしょうけどね。

その上で、公共交通で行く場合、えちぜん鉄道と勝山市のコミュニティバスで行くことになる。

ただ、どちらも本数は比較的多くて30分間隔ぐらいで設定されているからあまり困らない。

そして、えちぜん鉄道の駅で「恐竜博物館セット券」というのが購入できる。

えちぜん鉄道は1日乗り放題で、福井から単純往復でも十分安いから、芦原からとかだとなおさらお得。

今回の宿はJRだと福井駅からはバスだが、えちぜん鉄道の駅は歩ける程度の距離にあったので、そこから乗った。

ただ、雪の中歩くのは疲れますね。それでも歩くには困らない程度の天気だったが。


勝山永平寺線の終点の勝山駅まで乗るが、山間部に向かうにつれ、雪がたくさん降ってくるようになる。

勝山駅ではコミュニティバスに乗車するが、往路は生活路線を兼ねたバスでいろいろ寄りながら走るが、

直行便の方が便数は多くて、あわせて30分おきということで、かなり本数が多い。

運賃は勝山駅~恐竜博物館は300円(大人)だが、それ以外は100円(一律)ということで、露骨な運賃体系。

ただ、観光客の便宜を図りながら、コミュニティバスを走らせるというのはよいことだと思う。

恐竜博物館セット券は勝山市内コミュニティバスも乗り放題だから、そんなことを意識することもないけど。

それにしても雪がすさまじい。


そうして到着した恐竜博物館、予約を呈示して、恐竜博物館セット券を渡すと入場できた。

入ってまずデカイ博物館だなと思った。開館20周年とも書かれていた。

この博物館、恐竜博物館とあるから恐竜の博物館なのだろうと思うかも知れないが、

恐竜の生きた時代とその前後の自然史について取り上げた博物館で、恐竜以外の化石もけっこう多い。

自然史について取り上げた博物館は今までもいろいろ見てきたけど、時代という切り口で見ているのが特徴的ではないか。

展示されている化石(複製含む)の多くは日本国外で採掘されたもの。まして福井県内で採取されたものは全体にしては少ない。

意外な気はしたが、よくよく考えてみれば、古い時代の化石は発見できる場所がかなり限られている。

恐竜の時代とその前後を知るためには、その時代に生きていた動植物の化石を世界各地から集めないと説明できないと。


展示の流れとしては、世界各地で発見された恐竜の全身骨格、ここで恐竜の分類やCGや模型で恐竜の暮らしを紹介している。

その次に福井県・日本・アジアという地理的に近いところで発見された恐竜の標本が紹介されている。

あわせて、岩石・地層・鉱石といったものも紹介されている。

最後に生命の誕生から恐竜の時代に至り、その後に訪れた哺乳類の時代について紹介されている。

この流れは僕にとってはちょっと理解しにくくて、勝山に恐竜博物館がある意味がすぐにわからず、

さらに恐竜の歴史的背景について理解する前に恐竜の標本を見せられては、あれってどの時代だったんだ? とわからなくなる。

なので、結局はもう一度、展示を戻って見直したんだけどね。

一方で、恐竜って何者だったんだということを知るには、骨格標本から生きていた時代の姿を想像できるところからスタートした方がよいともいえ、

おそらくこの博物館の構成はそこを意図したものではないかと思う。これも一理あるとは思う。


さて、どうして勝山で多くの恐竜化石が見つかったのかという経緯を紹介しておこうと思う。

1986年に石川県で恐竜の歯の化石が発見されたことをきっかけに周辺の同様の地層(手取層群)で調査が行われた。

その1つが勝山市北谷町で、予備調査をしたところ、恐竜の化石があることが確認され、1989年から本格的な発掘調査が開始、

そこから保存状態のよい化石がいくつも見つかり、その中には従来知られていたのとは異なる種の恐竜化石もあって、

現在、5つの種の恐竜がここでの発掘調査から命名に至っており、これにより恐竜の研究が進展したとされている。

恐竜だけではなく、周辺の動植物の化石もあるので、恐竜が生きていた時代のことがいろいろわかるわけですね。

恐竜博物館は展示施設でもあるけど、研究施設でもある。その中で化石のクリーニングをする様子は公開されている。

後で映像コーナーでビデオを見て知ったんだけど、手取層群の化石は奥深くにあり見つかりにくい一方で、化石の保存状況がよい。

そういう事情から1箇所で時間を掛けて粘り強く調査が続けられているのが福井県の化石発掘の特徴だという。


この経緯を見て、そしてこの博物館が開館20周年ということからわかるが、発掘開始から5年後に博物館の計画が出来てたんですね。

確かに研究施設としての役割もあって、発掘調査の充実には必要という考えはあったのかもしれないけど。

一方で観光施設という色合いはかなり濃いところではあって、実際に集客力は相当なもの。

2023年にリニューアルの計画があるそうだが、それが新幹線合わせというのもまた事実ではある。

とはいえ、実際に科学的な成果を出してますからね。最近だと新種の鳥類骨格化石に「フクイプテリクス・プリマ」と命名したり。

小型の肉食恐竜から分化して鳥類が生まれ、それが現在に連なる鳥類であると言われているところで、

そこを解き明かすのに役立つ発見になりうるものでもある。

こういう発見は世界各地であって、それに応じて見直すべき展示内容はいろいろあるのだろう。


ひどい雪なので恐竜博物館から出てもどうしょうもなく、勝山市街に寄るのも無理だなと、バス・電車で福井へ直行。

乗る列車は旅行商品で決まっているから、そこまで買い物をしたりして時間をつぶして、サンダーバードに乗って京都へ。

2日ぶりの京都、最初の2泊と同じ宿に入ってまた2泊。明日は早朝から仕事だ。

慌ただしく金沢の博物館めぐり

今日は日帰りで金沢行き、まずはバスで福井駅に行くわけだが、今朝の福井は真っ白だった。

雪の中、バス停に行って「雪の日のバスとかあてになるんだろうか」と待っていた。

バス自体は10分遅れぐらいで走っていて、ちょうどバス停の少し先にボトルネックがあったようで、

ここを過ぎるとバスはスムーズに走り、なんとか思っていた電車に乗れた。ギリギリだったけど。

往路は普通電車でのんびりと。通勤・通学時間帯も過ぎて空いてたし。時間さえ合えばこれでいいのだ。


福井県内は雪が積もっていたが、石川県内に入ると雪はほとんどなく、雨が降っていた。

10時ごろに無事に到着して、まずは観光案内所へ行き、これを購入。

SAMURAIパスポート

1000円で指定の施設に入り放題なんですが、ポイントはGoToトラベルの地域共通クーポンが使えること。

こういうところで順調に使っていかないとね。元は取れるぐらいの想定なので。

ちなみにこれ、1500円でバス1日券付きになるんで、2人で3000円のクーポンが使えるというとこれもわかりやすい。

ただ、今回はバスは1~2乗車だろうなということで、バス付きにはせず。(区間によるが概ね3乗車以上で元が取れる)


行きは広坂までバスで直行することに。本数が多いのは北鉄バスだが、PiTaPaが使えるJRバスで行く。

ひがし茶屋街ライナーって言うらしいですね。(あんまり案内されてなかったけど)

歴史的には名金線という名古屋~五箇山~金沢の国鉄バスの路線があって、現在も金沢~福光のみ現存してる。

これの香林坊経由と金沢駅直行ルートの一部を切り貼りして、金沢駅→香林坊→橋場町(ひがし茶屋街)→金沢駅と走っているそう。

なにしろ北鉄バスはローカルのICaしか使えませんからね。フリー乗車券があればいいけど。


ここからSAMURAIパスポートの入場可能施設6つ、別途料金だが割引のある国立工芸館と金沢21世紀美術館を回ったが、

数を数えてもわかるが、すさまじく慌ただしくて、追加料金がかからないからって欲張りすぎたなと。

エリア的には狭い範囲に収まっているのだけど、問題は閉館時間で、閉館時間の遅い施設は後回しにするなんてことも。

本当はこのSAMURAIパスポートって2日間有効なんだよね。

金沢泊ならば2日間で使う方がいいのかなと思ったが、これを地域共通クーポンで買うとすると初日15時以降でないと買えないのが問題だ。

慌ただしく金沢での1日を終えて思ったけど、今まで金沢には何度も来てるけど、いつも観光に充てる時間が短いんだよね。

福井からの日帰りで来た今日が一番時間をかけたぐらいかも。


欲張りすぎたのは事実だが、学びが多かったのも金沢での博物館めぐりだった。

まず来たのが、本多の森公園の いしかわ赤レンガミュージアム、陸軍の倉庫を転用した博物館ですね。

やってきて驚いたんだけど、ここって石川県立歴史博物館と加賀本多博物館が連なった施設なんですね。

そして、ここが本多の森公園と呼ばれている理由を知ったのだが、もともとここは加賀藩の重臣だった本多家の屋敷があったと。

その本多家に伝来したものが展示されているのが加賀本多博物館、そして石川県の歴史博物館として総合的な展示をしているのが石川県立歴史博物館と、

2つの博物館が同居するようになったのは2015年かららしいけど面白い仕組みですね。入場券は別だけど、共通券もあるようだ。

こういう大名家に伝来する文化財をどうやって活用するかというのはあるけど、博物館を同居させるというのは1つの答えだなと。

石川県立歴史博物館はどちらかというと、人々の暮らしというところに力点を置いているように見え、役割分担がありそう。

あんまり知らなかったけど、金沢って江戸時代は人口の半分が武士で、これに変わる形で陸軍第九師団が置かれ軍都として栄えたそう。

今はそんな感じは全くしないけどね。ただ、北陸一の商業都市なのは、歴史的に消費者の多い都市だったという背景があったのは確か。


今回の旅行の大きな動機だったのが「国立工芸館」、東京・北の丸公園から移転してきた東京国立近代美術館工芸館のことである。

ここは予約が必要だったので、エイヤと昼過ぎに予約しておいて、それに合わせて行った。

外から見ると、北の丸にあったときよりずいぶん大きくなったなぁと思うが、実は展示スペースは左半分だけ。

よく考えてみれば東京にあったときは事務所や収蔵庫は本館と共用できたが、石川に引っ越してくると独自に用意する必要がある。

実質的な展示スペースは東京の時より少し広いかな? という程度で、他分野の展示をすることはなさそうですね。

どうせコレクションは東京にあったときと同じじゃないと思ったけど、これまで見たこと無かった作品もけっこうあった。

北陸ゆかりの作品を多く出したのもあるのかもしれないけど、これはこれで。

あと、常設展示として「松田権六の仕事場」という、金沢出身の蒔絵家(人間国宝)、松田権六の東京の仕事場を移築したものがあって、

これは蒔絵という工芸を理解するという点ではよくできた展示になっていて面白い。

石川に移転して、(分館という扱いではあるが)独立した美術館になって、工芸のよさがより伝わるようになればいいですね。


お隣の石川県立美術館にも行ったが、ここは石川ゆかりの作品が多く展示されていて好感が持てる。

見てて思ったのは、単に作者が石川県出身というのもあるけど、なんやかんやと石川県で創作活動をしていた人は多い。

あんまりそういう印象はなかったんだけど、金沢というのもけっこうな芸術の都なのねって。

ここでも工芸作品は多く展示されていて、あと彫刻も多かったですね。そう言われて見れば立体物が多かったな。


最後に遅くまでやっているからと後回しにしていた、金沢21世紀美術館、ここは現代美術の美術館だな。

いくつも博物館がありますけど、分野がいろいろ散っていてバランスがいいと思いますね。

コレクション展を鑑賞、なんとも言えない感じはあるが、こういう作品を真面目に展示する施設があるのはいいですね。

建設の経緯を見てみると、都市計画として作られた美術館ということで、ランドマークとしての意味合いが強いんだろうなとか、

今に生きる美術館ということで都市に向けて開いた存在になるようにしているんだろうなということが読み取れる。

いろいろな機能を持たせて、あまりに複雑な構造の美術館という印象はあるが、他の美術館とは補完的である。


この美術館のコレクションには備え付けものもがあるが、その中でも有名なのが レアンドロ・エルリッヒ作「スイミング・プール」である。

しかし、これが困ったことに地下に入って鑑賞するのは密閉度が高いので、同時に6人まで、5分ごとに入れ換えとしている。

このため待ち時間が長いようである。が、閉館近くで比較的人は少なく、閉館に間に合うということで並んで入った。

雨が降っていて、地上から鑑賞できなかったのが残念だったが、水勾配もあってプールとしてはけっこうなリアリティがある。

しかし、これは新型コロナウイルス対策で地下からの鑑賞は閉鎖されても不思議がない密閉度だなと。

美術館は密集対策を重視してるけど、マスク着用で滞留時間が短いことからすると、むしろ密閉の方が問題かなと思った。

追加の換気装置(扇風機?)を置いたほうがいいのかなと思ったが、そこへ至る通路も地下なので効果的な換気になっているかどうか。

一応、集中的に換気させる時間帯を設けているらしいけどね。空調の構成などを知らないと的確なことは言えませんが。


なんて感じで、美術館を出た頃にはすっかり日が落ちて、そこからちょっと寄り道しながら金沢駅まで歩いて。

弁当(押し寿司)を買ったら、チケットレス特急券で買ったしらさぎ号に乗り福井へ戻ったのだった。

そういえば前も金沢~福井をしらさぎ号で移動したっけ。単にその時間に来たのがしらさぎだっただけですが。


余談ですが、石川県と工芸のつながりについて、確かに石川県は県内に多くの伝統工芸が根付いた地域で、

これは加賀藩の政策によるところもあったが、全国的に特異な地域か? と聞かれるとちょっとわからない。

でも、ただ1つだけ、石川県と工芸との関わりで特異なものがあってそれが金箔・銀箔である。

僕もちょっと前に知ってびっくりしたんだけど、日本国内の金箔・銀箔の製造はほぼほぼ全てが石川県内で行われている。

工芸品にとって伝統技法による金箔はとても重要なもので、金沢箔は工芸のインフラを支えているといってもよい。

実際、加賀藩が金箔製造に力を入れたのも領内で作られる工芸品で使うためなわけだから、まさにインフラですね。

金沢箔も伝統工芸の一ではあるけど、最終製品ではないのでしっくりこない。でも、実は一番すごいことなんじゃないか。

福井と大野、2つの城下町

今日から2泊3日の北陸旅行である。

京都行きの旅行の中間に不泊2泊入れて、そこに京都発福井行きの旅行を挟んだわけ。

出発が遅くて、チェックアウト時間ぴったりぐらいに宿を出ても、京都駅で待ちぼうけしたぐらい。

京都駅0番ホームからサンダーバードに乗り込んで、琵琶湖を見ながら進んでいく。

一寝入りして起きたら車窓は白かった。湖北まで来ると雪が降ってるんですねぇ。


そうなんですよね。今週は北陸の天気が悪くて、雪予報が出ていた。

ちょうど昨日が福井などで初雪だったんですよね。

どんなもんかなと思ったけど、福井市街では雪はほとんどなくて、むしろ小雨だった。

ただ、天気が不安定なのは事実で、急にひょうが降ってきたり。


さて、福井駅に到着して、改札口を出てすぐにある日本旅行TiSの店舗に入った。

そこで、GoToトラベルの地域共通クーポンで購入できる自由周遊きっぷを購入した。

自由周遊きっぷは基本的に指定駅のみどりの窓口で、紙クーポンを1枚以上使って購入するのだが、

日本旅行の指定店舗でも購入できて、なおかつ、この指定店舗は紙クーポン・電子クーポン双方対応となっている。

通常、宿泊旅行の到着日は15時以降でないとクーポンは使えないが、僕はすでに京都府のクーポンを持っている。

福井を含む自由周遊きっぷは福井県内完結の福井エリアしかなく、ここで必要なのは福井県で使えるクーポンである。

(複数府県にまたがるクーポンはその全てを含んだクーポンが必要になる)

なかなか条件的に厳しいが、今回はいろいろな条件が揃って福井エリアの自由周遊きっぷが購入できた。

なお、日本旅行TiSの営業時間はそもそもみどりの窓口より短く、さらに昨今の状況から営業日も減らしている。

なので、こうして電子クーポンで自由周遊きっぷを購入するのはけっこう難しい。


こうして買ったので、せっかくなので大野に行こうと思った。

というか明日の金沢行きでは、牛ノ谷~金沢の運賃が別途必要なのでそんなに恩恵がないですからね。

ところが九頭竜線の汽車は2時間おき、ちょうど時刻表を見たときには出発直前で、ちょうどそのとき昼食を食べてたので間に合うわけもなく。

行き当たりばったりではなかなかうまくいかないなとおもいつつ、福井市街を散策することに。

もともとそういう想定でしたからね。まさかちょうど2時間待ちになるとは思わなかったけど。


福井市街で目を引くといえば、福井城址をそのまま使った福井県庁、お堀と石垣に囲まれた県庁という存在である。

お堀の中が全部県庁の敷地で、庁舎整備の一環で天守台なども見学できるように整備されていて(今日は雪が降ってるから閉鎖されてたけど)、

これはこれで調和していていいんじゃないかなと思う。移転構想もあるらしいけどね。

周辺を散策していたら養浩館庭園があって、見学するかと思ったら「無料開放」とあって、無料なんだと思ったら、

どうも建物の工事で不完全な状態だから無料開放してたらしい。庭園だけならそれでも問題ないと思うのだが。

この庭園は、福井空襲で建物が焼失した後に、発掘調査が行われ、庭園・建物ともども復原された経緯があるよう。

「名勝庭園ではめずらしく、かつての藩主と同じように座敷からゆったりとお庭を眺めることができます」ということで、

建物が使えないのでは、この庭園の価値が落ちてしまうということだったのだろうか。

うっすら雪が積もり、真っ赤になった紅葉の組み合わせは、それはそれでよかったと思うけど。


そんなこんなで汽車の時間が来たので、九頭竜線に乗り込む。1両編成で運行する割には乗ってるなという感じ。

九頭竜線は越前大野駅を除いては全て無人駅、そんな駅にカバーのかけられた機械が置かれていて、

なんだろう? と思ったら除雪するための装置だったらしい。無人駅を巡回して除雪してるってことなんだろうか。

1時間ほど汽車に揺られて大野駅に到着、この時16時頃だったのだが、

実は大野の主な施設は平日は16時までだったのだ。まぁ出発前に気づいてたんですけどね。

それでも大野の市街地を歩くのはできるわけだし、福井にいても時間を持て余すだけだし……と来たのだった。


大野は小京都の1つとして知られる城下町、大野市の人口はおよそ3万人、そこそこ立派な都市である。

小京都と言われる町もいろいろ行ったもんだけど、なかなかレベルは高い方ではないか。

それにしても寒い。山間部にある大野は福井県内でも寒い地域で、そして雪も多く降るのだという。

城下町ということで、越前大野城があるのだが、冬は休館となっている。

というのも、城の登り口に書いてあったのだが、雪で滑りやすくて危険な場合があるからとあった。

今日は大丈夫そうだったので歩いて城のある亀山を登ってみたのだが、確かに雪がたくさん積もると怖いなぁと思った。

登った先では、屋根などが白くなった大野市街が見えた。本当に立派な都市だと思いますよ。


大野に来てもそれぐらいしかやることがなくて、ちょうど降りきったあたりで雪が降ってきて、

このまま長居しても仕方ないし駅に向かって歩いて行った。今度は駅に着いたらちょうど汽車が出る直前だった。

往復で駅までの道を変えて歩いて行ったのだけど、途中に地下水の水位を書いた看板があった。

「地下水注意報発令中」と節水を呼びかける表示が付いていて、節水? なんて思って見ていた。

確かに大野というのは地下水にまつわるものが多いとは思っていたのだが、後で調べたらただ事ではない事情があった。


なんと大野市というのは水道普及率が3割を切っており、それも市街地に限ればもっと低いんだという。

これは大野市街は地下水に恵まれており、水質も良好ということで、井戸水での生活が根付いていたわけである。

水道を引いたところで、市街地の水道水源は地下水だから、井戸の所有者の違いとも言える。

なお、郊外では川から水をくんで簡易水道が供給されており、そういう地域ほど水道普及率は高いのである。

地下水の用途としては、家庭用水が最も多く、それに次いで工業用水(繊維工場があるらしい)など。

融雪用というのは年間を通じてみればさほど多いわけではないが、冬に限れば割合は高まる。

(ただし道路などの融雪など公共性の高い用途以外では融雪のために地下水を使うのは禁止されているとのこと)

すなわち、この節水の呼びかけは、自分たちの生活用水のために、生活用水の節水に努めようという意味だったらしい。

冬はそもそも地下水位が下がりやすいので、対策として冬に水田に水を張るといった地下水の供給元の対策もしているそう。

水田湛水事業 (大野市)


短時間の滞在ではあったけど、大野に来たことはよかったんじゃないか。

福井県内の観光はあさってもあるんだけど、明日は福井県を出て金沢へ向かう予定。

宿は思っていたよりもいいところだった。

駅からバスという立地はちょっと気になったけど、旅行代金が安上がりだった割にはいいところだな。