熊本地震で鹿児島が困る

おととい、熊本地震の話を書いたときに書き忘れていたのだが、

今回、地震の被害が大きかった八代市は、九州自動車道・九州新幹線が通っている。

在来線も鹿児島本線が移管された肥薩おれんじ鉄道が通っている。

この影響を大きく受けるのが鹿児島県と宮崎県である。

当然、熊本県への影響もあるが、熊本市付近と福岡方面の往来はすでにほぼ通常通り確保されている。


さあどうしようかということである。

といってもすぐにとりうる手段は大分経由での迂回なのだけど。

東九州自動車道が北九州~日南で開通している。

さっき宮崎県に影響があると書いたが、九州自動車道の えびのJCTから分岐する宮崎自動車道があり、

平時においては福岡~宮崎は宮崎道+九州道がメインルートである。

宮崎道は鹿児島県内から東九州道へのアクセスにも使えるので、

それも含めて東九州道で大分・北九州に向けて走って行くということになる。

鉄道については鹿児島にとっては新幹線の代替、そして宮崎にとっては高速バスの代替という意味もあるのか、

鹿児島~宮崎や宮崎~大分・北九州の特急が増発されている。


あとは空路ですね。そもそも鹿児島・宮崎というのは空路の利用が多いですが。

福岡~鹿児島は平時はATR42が1往復飛ぶのみだが、ジェット機を動員して増発されている。

おそらくこの便は機材繰りや奄美路線との乗り換えの都合で飛んでいるのだろうが、

いざとなれば増発できるようにという意味もあったんだと思う。


ただ、八代周辺は見ての通りの被害ですから、いつ復旧できるか正直わからない。

九州新幹線は水俣~鹿児島では再開の見込みが立ったそうで、

鹿児島県内の移動手段としては使えるようになるが、そこまでである。

高速道路は九州自動車道は緊急車両限りではお盆頃には通れるようにするとのこと。

そこまでには継ぎ接ぎでも安全なルートを確保するということだろう。

そこから一般車が通れる状況までのギャップがどれぐらいあるのか知らないが。


今回、この八代周辺だけピンポイントで迂回するルートが乏しいことが問題である。

一応方法はある。それが長島~天草のフェリーを使うということである。

この前の夏休みの旅行で走ったルートである。

当初は天草~熊本方面のルートも怪しかったから、さらに天草~島原のフェリーを組み合わせないと使えなかったが、

現在は天草~熊本方面のルートも回復している。

宇城市もひどい被害を受けたから心配をしていたのだが、天草との道路という点ではなんとかなったらしい。

このためここだけピンポイントで迂回する手段としては、

長島~天草を海で渡り天草経由で往来するという手段はある。


ただ、そもそも一般道は往来が全く出来なくなるような状況になっていないようだ。

このため熊本県内で支援物資の輸送などに目立った問題はないよう。

なので、どうしても通らなければならない状況であれば、一般道を通るということなのだろう。

それを普段の九州自動車道などのように使われるととても間に合わない。

ましてや緊急車両の通行の妨げになることも考えられる。

迂回できる人は東九州道に迂回する対応を取るべきだということである。


長期的にどうやって対応していくかは難しい問題ではあるが、

広域においては九州自動車道の開通が最優先なのかなと思う。

これができれば鹿児島県・宮崎県への影響はだいぶ減るので。

ただ、新幹線が復旧しないと鹿児島県への影響はずっと続くでしょうね。

早期になんとかしたいという思いは山々だろうけど、どうなんでしょうね。

制震には耐震があり、免震には制震がある

昨日、八代市役所の免震構造が壊れた話を書いたが、

この壊れた装置は制震部材に分類されるものである。

よく地震に耐える構造として、耐震・制震・免震と並べられることがあるが、

どうして免震の中で制震部材が必要になるのだろうか?


そもそも、地震対策の基本は揺れに耐える頑丈な構造物にすることである。

頑丈な構造にして揺れに耐えるというのが耐震である。

結局のところ、制震にしても免震にしてもこれが基本にある。

後付けで耐震補強された建物だと、補強用のブレース(筋交い)が外から見えることがある。

建物の変形を抑えて地震に耐えるという点では典型的な構造である。


ただ、ビルの高さが高くなるほど、揺れが大きくなるので耐震だけでの対策は難しい場合がある。

そこで揺れを吸収するための装置を付けることで、耐えるべき揺れを減らすという方法がある。

これが制震という考えで、高層ビルでの対策では基本になっている。

耐震・制振技術 (あべのハルカス)

そもそも高層ビルというのは風で揺れることへの対策も必要である。

こういう高層ビルの制震によく使われるのがオイルダンパーである。

オイルダンパーは振動を吸収して、熱エネルギーに変換してしまう。

正しく働けば地震により破損・劣化することがないので、繰り返しの地震にも強いという特徴がある。

ただし、経年劣化で油漏れなど発生することがあるので点検は必須である。


他に制震には鋼材ダンパー、ゴムダンパーというのも使われる。

どちらも変形することでエネルギーを吸収する。

ただ、金属というのは変形するとだんだん劣化が進んでいく。

このため鋼材ダンパーは繰り返しの地震に弱いという欠点がある。

実はこの問題は耐震構造にも言えることである。

耐震用の部材が変形するなどして耐震性能が低下してしまうのである。

なので大地震の後には建物の点検が必要なわけですね。

倒壊を防ぐという点では重要性の低い部材を壊れるようにして、エネルギーを吸収させるという考えもあり、

あべのハルカスの耐震性能の説明には「波状鋼板壁」という変形しやすい壁が書かれている。

ゴムダンパーは鋼材ダンパーに比べると繰り返しの地震に強いようだ。


制震用の部材というのは、経年劣化や地震による破損で交換が必要な場合がある。

交換がどれぐらい容易かというのはビルによって異なるとは思うが、

基本的には外して付け直せばよいので、そう難しい話ではない。

特にオイルダンパーは点検しやすい場所にあるはずなので、交換も容易では?

実際、それで交換することがどれぐらいあるのかはわからないけど。


免震は積層ゴムなどで上部の構造物を切り離す方法である。

そもそも揺れが伝わらなければ、上部の耐震性はさほど必要ないと。

建物の倒壊を防ぐだけでなく、揺れによる建物内の被害も抑えられる。

補強が難しい建造物の耐震化に使われることもある。

積層ゴムは上部からの力は受けるが、水平方向には変形しやすい特徴があり、

地面の動きに対して、上部の構造物がゆっくり揺れるようになるが、

これだけだと大きな振幅の揺れがずっと続いてしまうので、制震ダンパーとの組み合わせが必須である。

積層ゴム自身にその役目を持たせるという方法もあり「高減衰ゴム系積層ゴム」というのもあるそうだが。


免震に使われる制震ダンパーとしては、鋼材ダンパー、鉛ダンパー、オイルダンパーなどあるそう。

地震が起こると上部の構造物は地面とは違う動きをする。

なので、免震建造物にはこの動ける分の幅を取っておく必要がある。

他の建造物とのつなぎ目には動いたとき壊れる部材を付けておくなどしている。

ただ、最終的には元の位置に戻ってほしいわけである。

この目的では鋼材ダンパーが適していて、ただ金属なので変形により劣化が進むことがある。


免震用の部材は経年劣化や地震で交換が必要な可能性はある。

ただ、その場合の交換が難しいのではないかという懸念がある。

まだ免震構造の歴史は浅く、経年劣化での交換はなさそうだが、品質不正による交換はある。

建物をジャッキアップして取り替えるという大がかりな作業が必要である。

八代市役所では鋼製ダンパーが地震で変形して戻らないままになっているように見えるが、

さらに言うと上部構造物の位置がずれているように見える。

確かに免震構造では地震後に元の場所に戻りきらないことは想定していて、

それは残留変異と呼ばれるそうで、許容幅が決まっているそう。

なお、残留変異は余震により減少していくことも多いらしい。

耐震性能を復元するには、残留変異を戻した上でダンパーを交換する必要がありそうだが、

かなり大がかりな作業になりそうで、これまでにもあまり実績がないものになるかもしれない。


免震にしても下の構造物はきちんと揺れに耐えなければならない。

この点では免震には耐震もあり、制震もあるということである。

あまり知らなかったのだが、免震というのは基礎で行うとは限らず、

中間層で行うこともあり、八代市役所では柱頭免震と言われる方法だったそう。

地下1階から1階以上を支える柱に積層ゴムなどの部材を付けて免震化している。

当然のことながら地下1階が壊れると全体が壊れてしまうので、そこの耐震性は重要である。


繰り返しの地震に強い構造がよいというのは当然のことではあるが、

変形してエネルギーを吸収するという手段もそれはそれで必要なのが実情である。

制震や耐震は部材が破損はしても、柱や梁が変形しないところを目指しているし、

それが実現されれば、部材の交換で耐震性能は復元できるはずである。

ただ、免震では残留変異はあって、部材の交換にはジャッキアップが必要な場合もある。

基本的には制震ダンパーはジャッキアップせずに交換できるはずだが、

残留変異がある場合はそれを戻すという事前準備が必要である。


結局、何がいいんだろうなという感じである。

ただ、オイルダンパーによる制震は理にかなってるんだろうなとは思いましたね。

繰り返しの地震でもエネルギーを吸収できる装置を使って、建物の変形を防ぐ。

オイルダンパーが壊れてはどうにもならないが、そうならなければよさそうである。

限界を超えた揺れにどうするか

熊本県で発生した地震について、いろいろ情報が入ってきている。

総じて言えば、限界を超えた揺れにどう対処するかは難しいということである。


以前も書いたことがあるが、日本では1981年の新耐震基準が耐震化の1つ大きな基準となっている。

そこから45年が経過し、建物のライフサイクルを考えると耐震性はかなり向上している。

震度6強に達する地震でも死者なしということも珍しくはない。

ただ、震度6強あるいは震度7というのは、十分な耐震性を持つ建物でも深刻な被害から逃れるのが難しい場合があるように見える。

特に今回の地震は地域によっては想定を超える揺れに見舞われたのではないかと推測する。


今日14時時点で熊本県が把握している死者12人とのこと。

他に心肺停止の報告がある人や安否不明となっている人もいるが。

このうち5人が日本製紙八代工場、3人がイオンモール熊本で、

これらの場所では安否不明者やその後に死亡が報告された人がいるので、最終的な数字は増えるであろう。

まだなんとも言えない部分はあるが、揺れによる人的被害という点ではこの2箇所が多くを占めそうである。


それぞれ何が起きたかという話だが、日本製紙八代工場では煙突が倒壊した。

配管などが密集した場所が大きく倒壊したため救出活動が難しい状況が続いている。

重機の搬入が難しいことも救出活動が困難な理由のようだ。

八代市では震度7を観測している。想定を超える揺れだったことは容易に想像できる。

後で書くが八代市内では想定以上の揺れによる被害がいろいろ出ている。

もっと大きな被害が出ていても不思議ではなかったところ食い止められた部分はある。


イオンモール熊本(嘉島町)では地震からしばらくたって爆発が発生した。

これにより建物の外壁が吹き飛ぶという被害を出している。

地震当時、客が3000人ほど、従業員1500人ほどがいたそうだが、

避難誘導は順調に進み、客は全員避難完了、従業員も完了したはずだった。

その後に爆発が発生、建物外への避難は継続していたが、何らかの理由で建物内にいた従業員が10人程度巻き込まれたようだ。

救出された人もいたが、爆発の規模が大きく、こちらも救出活動が難航している。

爆発源がLPガスとみられるものの、本来は地震の揺れやガス漏れで遮断されるはずで、

なぜ爆発にいたったのかという点は今後調査がされるのではないか。

これも想定を超える揺れが原因にあった可能性はある。

死者が出たのは残念だが、おおかた避難後の爆発だったことで被害は大きく減らせたとは言える。

避難がまごついたら、爆発が早期に起きたら、ケタ違いの被害だった可能性はある。


地震発生後、建物の安全が確認出来れば建物内に留まりたいものだが、

八代市役所では免震構造の損傷により、建物が使えず屋外に災害対策本部が設置されることに。

実は八代市役所は2016年の熊本地震で損壊し、2022年に改築が完了した経緯がある。

その際に大地震でも機能を維持できることを目指して免震構造が採用された。

免震というのは地面と建物を積層ゴムなどでつなぐことで、地震の揺れを建物に伝わりにくくする方法である。

建物の倒壊を防ぐだけでなく、建物内の揺れによる被害も軽減できるということで、

病院や防災拠点として重要な施設で使われることが多い手法である。

それだけの手法を取り入れた施設なのに使えなくなってしまったのだった。


何が起きたのか?

八代市庁舎の免震構造が損傷 建て替えたばかり、工事では汚職事件も (朝日新聞デジタル)

地震の揺れを吸収するためのダンパーが破損したということである。

こういう地震の揺れに耐えた結果として壊れるものというのはしばしばある。

このため建物の倒壊を防ぐという点では想定通りの機能をしたようだ。

基本的には破損した部材を交換すれば耐震性は戻ると思われるが、

問題はこういう部材を交換することができるのかということである。

さっきも書いたように免震構造は重要な施設で使われていることが多いが、

免震構造が損壊して安全性が保てない状態が長期間続くとなれば、それはそれで問題である。

倒壊が防げるのは最低限、免震構造はそれ以上を目指して導入される手法であると考えていた。

でも、もしかすると今まで気づいてなかった欠点があったのかもしれない。


これも想定を超える揺れによる被害ではないかというのが、高速道路の高架橋である。

熊本地震での高速道路の桁ズレ、「わざとズレるように設計している」はNEXCO西日本が否定 (トラベルWatch)

航空写真でも早々報じられていたが、妙見第一橋では橋桁がずれ落ちていた。

ただ、完全に橋桁が落ちておらず、これで防げた人的被害もあったのかもしれない。

想定通り機能したのかはよくわからないが、日本では橋桁に落橋防止装置を付ける設計が広く採用されている。

これは1964年の新潟地震で橋桁が落ちたことを教訓に開発された装置で、

手法はいろいろあるのだが、橋桁に何か紐状の物を付けて、橋脚や隣の桁に繋いでおく点では共通する。

こうすると万が一、橋桁が外れても完全に落ちてしまうことは防げるというわけである。


というわけでいろいろ想定を超える事象が起きているようだ。

一方でこのような被害が起きた地域は熊本県内でも限られている。

診療を継続できなくなった病院もいくつか出てはいるが、

熊本県内の比較的近い地域の病院への転送などでカバーできている。

インフラの寸断など、広域にわたる被害が続いている部分はあるが、

電気・水道は順次復旧しており、影響範囲はだんだん狭まるのではないかと思う。

思い返して見れば2024年の能登半島地震は交通の便が悪く、

加賀地域への広域避難も容易ではなく、救援活動にも大きな制約があった。

それに比べればずいぶんよいのかなとは思う。

今回は揺れ自体の被害は甚大だけど、津波や大火事など広域で深刻な被害を出すことはなかった。

避難が続く中で新たな被害が出る可能性は当然あるけど、周辺地域でカバーできる状況であれば軽減できるのではないか。


まだ救出活動も続く状況で、それどころではないんだけど、

想定を超える地震が来る可能性に対してどう備えるのが正しいのか。

うまく働いた部分もあるのだろうし、改善できる点もあるのかもしれない。

これまでも津波では想定を超える可能性は真面目に語られていた。

その状況によっては、より高い地点、より早く避難できる地点を選ぶ必要もあるということである。

ただ、揺れについてはあまり語られていなかったように思う。

今回の地震は非常に稀なケースだとは思うが、その稀なケースでも影響を小さく抑えるにはどうするか、考えるんでしょうね。

給与明細が読めない

仕事中に安否確認が来ているからと言われて、

なんのこっちゃと思ったら熊本県で大地震があったという。

範囲は狭いが……震度7を観測する地点もあり、さすがにこれでは被害なしなわけもなく。

ただ、聞く限りは大火事や津波などは起きていないので、それは幸いではあったのかなと。

でも、なかなか大変そうな話はいろいろ聞こえてますね。


今月の給与明細を見ようとしたら、システムメンテナンスで見えないという珍現象に遭遇した。

どうも従業員管理用のシステムの入れ替えをしているらしく、

それで一時的に給与明細も見れなくなっていたらしい。

確かに停止するとは書いてあったけど、給与明細に影響するとは。


昔は給与明細を見るためだけのシステムがあったんですよね。

それが既存の他のシステムに統合されてこうなっている。

このシステムには集約以前のデータも入っていて、

僕は入社以来全ての明細をこのシステムで見られるようだ。

おそらくデータ自体は昔からあったのでは?


給与明細が見られるシステムが給料日に止まっていたなんてことはなくて、

給料日にすぐに見に行かなかったのが悪いのだけど。

ただ、どうせなら給料日より前にシステムの入れ替えをして欲しかったなと思ったのだった。

何も考えてなかったのか、考えた結果がこれだったのか。よくわかりませんが。


昔からそうなのだが、給与明細は社内のPCからしか見られないので、

いつもダウンロードして自分のプライベートのメールに転送している。

そういう目的であればプライベートのメールに送るのはよいだろうと。

社内のPCとはいうのだが、在宅勤務用のインフラを使ってリモートアクセスはできる。

そのため給料日に取り忘れたとなって、休日にリモートで取得することもある。


社内でも製造部署の人は社外からアクセス出来るサイトで給与明細が読めたりするみたいですけど。

もう紙の給与明細というのはあまりないのかもしれない。

源泉徴収票ももう紙ではくれないようになりましたね。

同じシステムで表示して、職場のプリンターで刷ってるけど。

近代麻雀とは?

週末に「けやきひろば音楽祭」にでかけていた話を書いた。

アニサマがない けやきひろば

そこで真っ先に気になったことがリストバンドに「近代麻雀水着祭」と書かれていたこと。

2日目のリストバンドには「私立近代麻雀学園」と書かれている。

なにこれ? 余り物の使い回し?


で、あとで調べて気づいたのだが、実はこのイベントの主催者は「近代麻雀」だったらしい。

【お知らせ】 皆さんに大事なお知らせがあります。今回の「けやきひろば音楽祭」の主催者は、”近代麻雀”です…。予め、ご了承ください (x.com/へなぎ)

このイベントの背景にはアニサマがない夏を迎える けやきひろば をどうにかしようというのがあったのだろうが、

そこでこのイベントをプロデュースしたのが へなぎ さんである。

この人、アイドルの追っかけが高じてアイドルのプロデュースをするに至り、トイプラという芸能事務所を設立している。

事業の一環として社内外のアイドルなど集めて HNGSONIC なるイベントをやっており、

けやきひろば音楽祭 は HNGSONIC2026 と関連付けて開催されていた。

ちなみにイベント中もしょっちゅう客席に現れて楽しんでいたようである。


それはそうとして、真の主催者だった近代麻雀とは何なのか。

これは竹書房の発売している麻雀雑誌である。

竹書房はこの雑誌を発売するためにできた出版社である。

正確に言えば、当初は文字メインの雑誌だったところ、

麻雀漫画を掲載する「別冊 近代麻雀」ができて、それが改題して現在の近代麻雀になっているそう。

とはいえ、頭脳スポーツとしての麻雀に興味がないわけはなく、麻雀大会を開催するなどの活動もある。


この雑誌には他の側面もあり、それがグラビア雑誌である。

歴史をたどると麻雀女子育成企画「近代麻雀学院」なんていうのがあったそうで、

タレントに麻雀を教え込むという企画があり、そのリアルイベントをやるような形からスタートしたそう。

その後、これはグラビアの撮影会イベントに発展していく。

これがリストバンドにあった「近代麻雀水着祭」「私立近代麻雀学園」の正体である。

ちなみに「近代麻雀水着祭」は水着のファッションショーとしては日本最大規模だとか。


果たしてそのノウハウを生かしたいという考えがあったのか、

単に竹書房がバックに付いていることが好都合だったのかはよくわからない。

謎多きイベントだったといえばそこまでなのですが。

アニサマがない けやきひろば

土日連日、さいたま新都心に出かけていた。

なぜか? それは「GMOアリーナさいたま けやきひろば音楽祭」というのがあったから。

この人DJするのかというのが入口だったのだが、気になる歌手もいたので。


そもそもこれは何なんだという話をすれば、毎年夏の終わりに行われるアニサマのことがある。

アニサマの開演前、さいたまスーパーアリーナの前にある けやきひろば では様々なイベントが行われていた。

けやきひろば はさいたまスーパーアリーナの付帯施設で、

2階はさいたま新都心駅・北与野駅とアリーナをデッキレベルでつなぐ広場になっており、

その人工地盤の上に けやき(埼玉県の木らしい) が植えられている。

1階は飲食店などが入る商業フロアに入っており、イベント日は来場者の腹を満たすと。

アニサマの日は けやきひろば のイベントスペースにステージを組んでイベントをやっていた。

概ね午前中はアイドルのステージ、午後はカラオケをやってると。


ただ、さいたまスーパーアリーナ は今年から来年春にかけて改修工事のため休館となっている。

このためアニサマも今年は幕張メッセ展示場での開催となっている。

しかも時期もけっこうずれて7月10日~13日の開催だった。

このときはコンサート用とは別に1つ展示場を借りて、そこにステージを組んで同様のイベントをやっていた。


一方さいたまでは休館中に命名権を売るという話になり、GMOが契約することになった。

工事中に「GMOアリーナさいたま」と命名された。割り引かれているが休館中も命名権料はかかってるらしい。

GMO SONICなど音楽イベントに関わる中で命名権を買うことにしたのでは?

休館中はアリーナは使えないのだが、他の付帯施設は使うことができる。

アニサマの日のように けやきひろば が賑わえば良いのにと思ったひとがいたのか知らないけど……

こうして生み出されたかもしれないのが「けやきひろば音楽祭」である。


とはいえ実態としては地下アイドルのイベントである。

けやきひろば の他に、TOIROというイベントスペース(会議室?)、

工事中のアリーナ脇の屋外ステージ、そして展示ホールを使っている。

この展示ホールで出演者の「特典会」とかが行われていると。

その中では集客力が高い人やアイドルとは言えない人のステージは概ね けやきひろば で行われている。

けやきひろば だけのチケットであれば割安だったので、それを購入。

もっともチケットがなくても周辺から見放題なのだけど。

別に立ち止まってみる人を止める様子もなかった。いいのかよ。

これはアリーナ横のステージも同様である。TOIROはさすがに無理だろうが。


名前は知ってても、初めてパフォーマンスしてるの見る人もしばしばいて、そういう意味では収穫があった。

さっきも書いたように実態としては地下アイドルのイベントということで、

そこら辺をアイドルらしき人が歩き回っているのは不思議な景色である。

食事を買ったりするのに出歩いてたみたいですね。

こういうイベントではよくある光景なのかもしれないけど。

さすがに けやきひろばステージ に上がる人はそんなことないでしょうが。どうだろ?

ファームの猛暑対策はナイター?

7月23日、ロッテ浦和球場でのロッテvsオリックスのファーム公式戦、

熱中症で体調不良を訴える選手が続出し、両チーム合意の上、ノーゲームとなったのだった。

猛暑ノーゲームという前代未聞の事態が発生したのだった。


夏は野球の季節なのかは知らないけど、アマチュアの大会は多いですよね。

前に書いたけど、甲子園での高校野球の全国大会が午前1試合・午後3試合という形になる。

午前の熱中症リスクは高い

これは気温が上昇する昼前の熱中症リスクが思っていたより高かったためで、

ただ2試合目の開始が13時半だとずっと暑いという感じはする。

でも、だからといって午前1試合・午後2試合では日程が入らない。

日程の制約が大きいこともアマチュア野球の難しさである。


そもそも猛暑ノーゲームというのが許されたのもプロだからだろう。

アマチュアなら熱中症で体調不良でもなんとかやりきるしかない。

他の日程というのは基本的にはないわけだから。

そして、この猛暑に対してとりうる策もアマチュアとプロでは異なる。


この時期のプロ野球、1軍戦は屋外球場ならずっとナイターである。

では2軍戦は? というといろいろな事情でデーゲームというのが通説だったが、

現在はナイター設備が整えられた2軍本拠地が多く、ナイターが多くなっている。

阪神タイガースの2軍の日程を見ると7月~9月中旬ではデーゲーム11試合・ナイター44試合という状況である。

タイガースの2軍本拠地、日鉄鋼板SGLスタジアム尼崎 は当初よりナイター設備がある。

同様にソフトバンクホークスの2軍本拠地にもナイター設備がある。

オリックスバファローズの2軍本拠地にはナイター設備はないが、

今年は8月に9試合、ほっともっとフィールド神戸 でナイターでの開催がある。

西地区でナイターで2軍戦を全く主催しないのは広島カープぐらいである。

中地区のチームとの試合も多いが、DeNAベイスターズ、読売ジャイアンツ、ハヤテベンチャーズ と本拠地にナイター設備がある。


実のところ、ロッテは2軍本拠地を1軍本拠地(千葉マリンスタジアム)に近い君津市に移転する計画が進んでいる。

移転後はナイター設備が付くため、以後はナイターでの開催が増えるとみられている。

ナイター設備に限った話でもないと思うが、古い球場のため暑さ対策が難しいのではないかと思う。

同様に老朽化の問題があるヤクルト戸田球場も来シーズンには守谷市に移転する。

守谷移転後はナイター設備が付くため、これもナイター対応になる。

また、西武ライオンズは西武ドームの横に西武第二球場(CAR3219フィールド)がある。

ここが2軍本拠地だが、今シーズン終わったらナイター設備を付ける工事を行うという。

そもそも現在もドームでの2軍戦が多い。これが現状の酷暑対策ですね。


冒頭のようなことが起きたのは事前の準備が足りてなかったということで、

これは反省するべき点が多く、翌日以降の試合では室内練習を増やすなどの対策をしたそうだ。

ただ、そもそもナイターでやればリスクは大きく軽減できる。

そのための投資は順次行われているということである。

鎌ケ谷を本拠地とする日本ハムファイターズの2軍は1軍本拠地のある北広島のお隣、恵庭市に移転するのが決まっている。

中日ドラゴンズと楽天イーグルスはともに2軍本拠地移転の公募を行っている。

おそらく移転後はナイター対応になるだろう。


ただ、よくわからないのが広島カープの由宇練習場(岩国市)ですよね。

ここは他の2軍本拠地と違って、選手寮や室内練習場とは大きく離れた場所にあるんですね。

バスでの移動で1時間ほどかかるようである。

廿日市市にある選手寮・室内練習場は近隣での移転計画が進んでいる。

でも、由宇練習場については今後も変わる予定がない。

すなわちバス移動でグラウンドにいく状況は今後も続く。

由宇練習場での暑さ対策は試合開始時刻を早めること。10時半プレーボールである。

それはそれで熱中症リスクが高いと思うのだが……


というわけで2軍戦ももうナイターでやっているという話である。

もっともナイターは設備以外の問題もあって、それが選手の移動である。

その日のうちにバス移動で来て試合、試合してその日のうちにバスで帰る、

そういうことをやろうとするとデーゲームの方がいいんですよね。

でも、夏はこのあたりでコストが余計にかかるのは仕方ないと受け入れる方向ではないだろうか。

安全に試合ができることの方がずっと重要でしょうから。

海外馬券発売の対象レースが激増

海外馬券の発売対象レース拡大の噂はあったが、

てっきりサウジカップデーやドバイワールドカップデーに合わせての実施とおもいきや変わらず。

しかし秋シーズンの大レースを念頭にか告示の改正が官報に出たらしい。

見てみると予想以上に追加レースが多かった。


そもそもJRAによる海外馬券発売の対象レースは法令上このように定められている。

第十四条の規定による登録(=JRAの競走馬登録)を受けた馬を出走させることができる海外競馬の競走であつて、当該登録を受けた馬を出走させた場合に馬の改良増殖その他畜産の振興に寄与すると見込まれるものについて、するものとする。

なんとでも解釈できそうだが、種牡馬・繁殖牝馬選定に重要なレースということだろう。

そのようなレースをリストアップしたものが International Cataloguing Standards Book である。

そこにはG1~G3の格付けがあるか、これらの格付けのないリステッドレースがある。

JRAではこのG1~G3のレースの成績はJRAのレース同等に認めている。

このため、サラブレッドの国際競走でG1~G3の格付けがあるレースであれば最低条件は満たすと考えられる。

その中から発売対象にふさわしいと選ばれたレースが告示されると。

なお、実運用としては一定の実績のあるJRA所属馬が出走する予定がある場合に発売する。

(出走予定で決めるので、両にらみで登録して出走しなくなったレース方のレースが発売されることがある)


その代表例が凱旋門賞だったわけですね。元々凱旋門賞の馬券を売りたいところからスタートしてるので。

このように国際的に評価の高いG1レースを並べたわけだが、なんでこれ発売対象じゃないんだろうというのはある。

特にブリーダーズカップ(BC)開催の BCディスタフとBCスプリントはなんで対象レースじゃないの? と思った人は多いはず。

ダート牝馬路線とダートスプリント路線の世界チャンピオンを決めるレースである。

また、ドバイワールドカップデーに行われるUAEダービーはG2だが、ケンタッキーダービーの前哨戦として重要である。

後につながるレースという点では海外馬券対象になるべきレースとも考えられる。

G2というのが気になるが、G2も法令上の要件は十分満たしているといえる。


官報 号外(第163号)に「平成二十七年農林水産省告示第二千七百八十七号及び令和二年農林水産省告示第三百三十五号の一部を改正する告示」という意味不明なタイトルででている。

なんと現在32レースのところ116レースまで増えた。予想外に多かった。

全体的にはヨーロッパのレースが多く増えている。

発売機会は限られるレースが多そうだが、期待はあるのだろう。

発売機会という点では UAE・サウジアラビア・香港・アメリカでしょうね。


まずアメリカなのだが、BC開催については2歳戦を除く9レースが全てリストアップされた。

BCスプリント、BCディスタフあたりは発売頻度が多くなりそう。

この他ではケンタッキーダービー、プリークネスステークス、ベルモントステークス の三冠レースが元々あった。

今回、それに続く夏の3歳戦トラヴァースステークスも追加された。

一方、BC開催以外では古馬戦は全くなかったが、ここが大幅に拡充される。

フォーエバーヤングがBC前哨戦に選んだ ジョッキークラブゴールドカップも含まれている。

あと、アーリントンミリオンステークスなど芝のレースが多く追加されている。

アーリントンミリオンは総賞金100万US$で昔は高額賞金と言われた。

でも1着1億円(60.8US$)って言うほど高額か? と今の感覚では思う。

アーリントンパーク競馬場はなくなったが、名前だけ残してコロニアルダウンズ競馬場に移管されている。

合計してダート12レース(うちBC 5レース)、芝9レース(うちBC 4レース)である。


次にUAEだが、いずれもドバイワールドカップ関係である。

ドバイワールドカップデーのサラブレッドの国際競走8レースは全て対象になった。

G2のUAEダービー、ゴドルフィンマイル、ドバイゴールドカップも含まれる。

ゴドルフィンマイルもマイルにこだわって転戦するのはけっこういますね。

そしてもう1つ、ドバイワールドカップの前哨戦のマクトゥームチャレンジも追加される。

前哨戦だけどこれ自体がG1である。主催者的には重要レースなんですよね。

でも世界的にはドバイワールドカップデーの前といえばサウジカップデーですよね。

これは2024年にサウジカップがピンポイントで追加された。

当初はG3から始まったアンダーカードもだんだん格上げされていったが、

このたびサラブレッドの国際競走6レースが全てリストアップされることに。

G1が2レース、G2が3レース、そしてG3のサウジダービーまで入った。

G3でリストアップされるのは意外だったが、それだけの価値はあると認められたのだろう。

というわけでブリーダーズカップ、ドバイワールドカップデー、サウジカップデーと日本馬が遠征すれば海外馬券をたくさん売ることになる。


近国ということで香港ですが、元々年末の香港国際競走、春の香港チャンピオンズデーは全レースが対象だった。

これに5レース加えて12レースとなるが、これは香港の全G1が対象になるという意味である。これはなかなかすごいですね。

近いとはいえ日本馬が遠征するかは別問題だが、チャンピオンズ&チャターカップ はあるだろう。

地元馬の層が比較的薄い2400m戦で、1着1.5億円(728万HK$)とそこそこ高額賞金ですから。

今年は2頭遠征しており、発売機会は比較的ありそうだ。


オーストラリアは昔は多かったが、ばっさり削られ コックスプレート と クイーンエリザベスステークス の2レースになっていた。

これが14レースに一気に増える。

もともと補欠システムで売りにくく外れたというメルボルンカップ、

さらにはその前哨戦のコーフィールドカップも入る。

ジ・エベレストなどスプリント戦もいくつか入っている。

ジ・エベレストはいつかここに挑戦するような日本馬が出れば馬券売りたいですからね。


さて、ヨーロッパなのだが、これが大量に追加されているが……

元からの対象レースで異彩を放っていたのがイギリスのダービーである。

誰が3歳春にイギリスに遠征するんだと。

ジャスティンミラノが登録したことはありましたけど。(その後、皐月賞を優勝し、日本ダービーに転戦)

そんなことを言っていたらイギリスのクラシックレースの残り4つ、

アイルランドの3歳G1 4つ、フランスの3歳G1 5つ が追加された。

誰が行くんだよという感じはある。

凱旋門賞の前哨戦としてのパリ大賞典はあるかもしれないけど。


現在もイギリスのレースは7レースで比較的多いが25レースに激増する。

イギリス競馬は貧乏だと言っていたが、最近は高額賞金レースの賞金積み増しをしている。

日本の競馬関係者の興味も引いているようで、イギリス遠征の話を聞くことも増えてきた気がする。

ロイヤルアスコット開催、ブリティッシュチャンピオンズデーなど。

この中にはサトノレーヴが2年連続で参戦したクイーンエリザベス2世ジュビリーステークスもある。

従来は中長距離ばかりだったが、スプリント、マイルもだいぶ増えたし、4000mのゴールドカップなんてのも。


フランスも3レースから16レースに増えたが、凱旋門賞絡みで発売機会がありそうなレースがいくつか。

まず前哨戦としてはヴェルメイユ賞、牝馬の凱旋門賞前哨戦として知られる。

同日のG2の前哨戦も入る噂はあったが、それは入ってない。

凱旋門賞と同日の他のG1も追加されて、オペラ賞(牝馬限定)とフォレ賞である。

フォレ賞といえば、エントシャイデンが凱旋門賞に参戦するディープボンドとともに2年連続で走っている。


アイルランドは1レースから10レースに、うち4レースは3歳戦だけど。

おもしろそうな条件のレースがあって、それがフライングファイブステークスとアイリッシュセントレジャーである。

これらはアイリッシュチャンピオンステークスと同じ週末に行われる。

フライングファイブステークスは1000mのG1、距離にこだわって行くのがいるかも。

アイリッシュセントレジャーはセントレジャーとはなっているが3歳以上の2800m戦である。

日本で秋に3000m級だとステイヤーズステークスはあるがG1はない。

メルボルンカップはハンデ戦だし、こういう選択肢もあるのでは。

それはフランスのロワイヤルオーク賞(3100m、これも元は3歳戦)にも言えますが。


この他ドイツの3レースも追加、それこそ行くやつおるのかという感じだが。

全体的にヨーロッパでは54レースが発売対象になる。

ヨーロッパのレースは凱旋門賞を別とすれば毎年恒例で売るようなレースはなかなかないけど、

売上はよい傾向にあるので、とりあえずリストアップした側面はありそう。

今後もイギリス遠征が続けば効果は大きそうだな。


ところでこれらはJRAが海外馬券発売できるレースの話だが、

実は地方競馬が海外馬券発売できるレースというのも告示にある。

サンタアニタダービーが元々あったが、サンタアニタハンデキャップ(G1)も追加された。

これは大井競馬場とサンタアニタ競馬場の提携関係で遠征が見込まれるということで、

地方競馬が馬券発売できるレースになっているのだろうが、これまで発売されたことはない。

JRAが発売可能なレース(特にダート)で地方所属馬だけが遠征した場合、

現在の内規ではJRAは馬券発売しないことになっているそう。

内規だけの問題だから売ること自体は可能だろうが、現状そういうことは想定していないと。


ブリーダーズカップでは最大9レースの海外馬券を売る可能性があるので、

それに応じたシステム対応も必要だろうが、9レース全部売ることはそうそうないだろう。

ドバイワールドカップデーの8レースはほぼ日本馬いる印象なので、これが正味一番忙しいかも。

しかしレース数が増えたからといって売上が増えるかはなんとも。

UAEダービー以外のG2 2レースはどれぐらい興味を引くだろうか。

ヨーロッパでも同日に複数レース発売の日は増えそうだ。


外国の競馬主催者が日本馬の誘致に力を入れることも増えそうだ。

凱旋門賞にわざとらしい輸送費補助が導入された話もありましたけど。

凱旋門賞が日本馬を招致したい理由

ブリーダーズカップは馬券発売対象外のレースも含めて輸送費補助が積み増されていたというし、

最近の日本馬のイギリス遠征も輸送費補助のオファーがあると言われている。

今後はこういうのもより増えて行くのでは。それで日本馬が遠征するかはよくわかりませんが。

中之島の昼休み

今日は案外慌ただしいだろうなと思いながら、大阪にやってきて、中之島の国立国際美術館にやってきた。

ちょうどOKミュージアムパスポートが期限切れなので買い直すのもあったが、

ちょうどこの先日、5000円から8000円に値上げされたのだった。

定価で言えば1800円とかする展覧会を各1回ずつ見られると考えれば妥当な値上げだが、

昔はほぼ同じ効力の 友の会 が年3000円だったことを思うと、むちゃくちゃ値上がりしたなと思う。

この値段だと関西2館ハシゴしないと元は取れないだろう。


ただ、今買う必要はなかったのかなと思ったのが、展覧会の期間である。

特別展「笹本晃 ラボラトリー」はなんと11月3日までやっているという。

期中に展示物を使ってパフォーマンスを行うので、それありきの会期設定という側面もあるのだろう。

となれば、止まっている展示物を見ても本当に見たことにはならないのかもしれない。

まぁそこは補完する映像があったりするわけですけど。

パフォーマンスをして展示物に描き足していく部分もあるのだろう。

そしたら会期中たびたび来たいという話もありそうですが。

映像など見ると自然科学にいろいろモチーフを取っていて博識そうに見せているが真相はいかに。


コレクション展では「開館50周年記念プレ企画」として、開館前に制作された作品を展示、次は開館後の作品を展示するという。

基本的にこの美術館は1945年以降の現代美術を対象としているが、

それより古い作品もあって、それは後の時代に影響を与えたであろう作品があると。

それは前の時代から見て重要な作品もあるから、そういうのは他館に貸すことも多いのだろうと。

ちょっとわざとらしいなと思ったのが、最終盤に女性作家の作品を集中的に並べていたこと。

当時、発表の機会も限られ、現代に渡ってもあまり研究されてないかもしれませんねと。

このあたりは国立美術館の全社的な方針もあるのかもしれない。

東京国立近代美術館の謎

あとちょうど特別展で取り上げている笹本晃さんも女性だし。


中之島はオフィス街で、フェスティバルタワーの地下では弁当箱を開けて食べる人も多くいた。

中之島ではランチもそれなりにするということだろう。

まぁ実際にそれなりの値段はした。

で、そのまま地下から渡辺橋駅につながっていて、こんなに京阪電車に乗る人がいるのか?

と思ったら、渡辺橋駅にはMINAMOというレストラン街があって、そこ目当ての人のようだった。

改札階に降りるとひっそりしているが、そこそこ利用はあるようだ。

とはいえ、今は中之島から京都方面まで直通する優等列車はないので京橋乗換ですが。


電車に乗りながら計算していたのだが、これは京都に着いてから慌ただしいなと。

特別展を見る分にはなんとかなるかと、三条で降りて岡崎公園まで歩いて行く。

特別展は「フォンタネージ—イタリアの光・心の風景」というので、

アントニオ・フォンタネージ作の風景画が多数並んでいるのだが……

果たしてなぜこれを京都でやっているのだろう。

明治時代に工部美術学校にやってきたが、わずか2年で帰国している。

ただ、その2年間で残した物は多く、教え子としては 浅井忠 が有名である。

先生としては名前が知られているが、画家としての側面はあまり知られてないですねと。

そんなわけでミラノからたくさん借りてきたというわけである。

文化が違っても自然を描くというところには普遍性があるので、学ぶところは多かったのかも。

終盤は教え子の作品が多く並んだが、教え子という側面で浅井忠の作品がミラノにあるのを借りてきたのもあった。

日本で着想を得てイタリアで完成させたって作品もあったみたいね。


そんなわけでもう時間切れで京都駅へ向かって、帰りもまた早特で取ったこだま号で東京へ。

こだま号も案外混み合うという話もあるが、これは空いてましたね。

そんなこんなで週中に2日間の関西行き、明日は1日仕事してまた休みですか。

南都仏画のために関西行き

島原・天草での夏休み中、悩んでいたことがあって、それは2週間後、関西に行くかどうかである。

夏休み直後、それも海の日で月曜が削られた週にいなくなるのはどうなんだと。

ただ、やっぱり外せないかなと思った。


というわけで、早特で取った こだま号 で京都まで。新幹線を降りると飛び上がるような暑さだった。

昼食を食べて、プリンセスラインで東山七条まで。

プリンセスラインは実質的に京都女子大学の通学バスなので、今は土曜ダイヤでの運行である。

まだ土曜ダイヤなら十分高頻度なのだが、これから夏休み期間に入るとより減便される。

現金しか使えないというデメリットはあるが、この区間に限れば空いてて便利なのだけど。

京都駅~東山七条のバスの混雑が激しいことへの対策として貸切バスから新規参入したという経緯もあるので、

この区間だけであれば多目的に使われる方がよいのだけどね。

というわけで京都国立博物館、平成知新館は本来の目的である平常展に使われているのは貴重である。


前半は「辰馬考古資料館の名品」ということで、大量の銅鐸に出迎えられる。

灘で酒蔵を経営していた 辰馬悦蔵(3代目)、大学では考古学を学び、銅鐸などの考古資料を集めた。

辰馬考古資料館自体は改築のため休館中なので借りてくるには好都合だったのだろう。

まさか京博でこんな銅鐸ばかり見ることになるとはと思うも、いろいろ並べて観察すると案外いろいろ学びはある。

でも、実はそれだけではなかったのだ。辰馬家は画家の富岡鉄斎と交遊があったため、この絵画もコレクションにあるのだ。

どっちかっていうとそれ目当てだったんじゃないのと。銅鐸はおまけだったのかも。

他の特集展示では陶俑、「埋納」というテーマで経筒など、全体的に考古分野が手厚かった。

逆に焼き物など工芸分野のものは少なめだったのかな。陶俑は間違えなく焼き物だけど。


ちょっと気になった話があって、それが「白寿斎コレクション」である。

2023年の新収品展で名前が出てきている。誰か個人から寄贈してもらったコレクションなのだろう。

これ、近世・近代絵画の作品からなるそうだが、明治以降の作品もかなり含まれているらしい。

京博は以前より明治以降の作品を収集していたらしい。ただ、ほとんど展示できず、他館に貸すのが主だったらしい。

この白寿斎コレクションが加わったことで、明治以降の絵画もあれこれ展示していけますねと書かれていた。

以前紹介したことがあるのだが、東京国立近代美術館は1907年以降の美術作品を注力分野としている。

この1907年は第1回文展が行われた年で、ここを境に東京国立博物館と所蔵品の移管をしている。

ただ、これは東京の2館に限った話で、京都国立近代美術館はより古い作品もあり、この移り変わりも見て学べる。

これは気づいていたが、まさか京博もこれより新しい作品がそこそこあるとは。


ゆっくり見てたらもう出ないといけないと、京阪・近鉄と乗り継いで奈良国立博物館へ。

というわけで今回の関西行き、最大の目的である「南都仏画」の賛助会員向けの特別鑑賞会へ。

奈良博で絵画が多くを占める展覧会は珍しいと思ったが、けっこう彫刻(仏像)もあるんだよな。

なぜか? それは仏像への彩色も絵として捉えたためである。

この展覧会、奈良博自体のコレクションもあるし、奈良県を中心に寺社から借りたものもあるが、

「ボストン美術館共同企画」とあるようにボストン美術館からの里帰りにあたる作品もいくつかある。

なぜボストン美術館にあるのかというのは後で書くとして。


この展覧会の一番古いところは 法隆寺金堂壁画 から始まる。焼損した壁画が無事だった頃の模写などがある。

いろいろ観点はあるが、伝来されている日本の仏教絵画の最古のものという意味はあるのだろう。

そこから奈良時代、平安時代、鎌倉時代、室町時代と時代が進んでいく。

特に平安時代のものは重要文化財になっているものが多く評価が高い。

その頃に歴史ある都の意味で「南都」という言葉をよく使っていたことが「南都仏画」という展覧会名の由来だったらしい。

そんな中でボストン美術館からの里帰り「釈迦霊鷲山説法図(法華堂根本曼荼羅図)」がある。

これ自体は奈良時代の作品なのだが、平安時代にこれを元に東大寺の「倶舎曼荼羅」が描かれたという。

模写なども絵画を伝承する上で重要で、そういう歴史を伝えるきっかけにしたいという意味もあったのだろう。

ボストンからやってきた作品、額装されているものが多い。

日本でも額装された日本画はあるけど、元々の表装を切り取って(?)額に入れただけなのは雑な気もする。

住友財団の助成により修復中の十六羅漢図は、修理が済んだ分を展示していた。

元々は形態もいろいろで展示できないほど痛んでいたが、本来の形ということで軸装にして修理されたそう。


さて、なぜボストン美術館に奈良の美術品が伝来したのだろうか?

明治時代となり、東洋美術史を研究していたアーネスト・フェノロサが日本にやってきた。

彼は奈良の社寺を訪れ、美術品をいろいろ調査していたわけである。

日本の美術について世界に知らしめた人の1人で、その活動の中で奈良の絵画を持ち帰っている。

明治時代になってなくなった寺も多いが、その1つが内山永久寺で、大変豪華な寺だったそう。

ただ、明治になって寺は維持できないと、組織的には近隣の石上神宮に統合されて廃寺に。

建物は移設されたものもあるが、仏像や仏画は不要なので他の寺やコレクターに渡って行った。

その渡った先にはフェノロサがあり、ボストン美術館というのがあったわけですね。

こうして日本美術の価値が評価されていく中で、日本国内でも社寺に伝来した文化財の保護が急務と、現在の奈良博にあたる帝国奈良博物館ができる。

この点では共通的な事情のある博物館同士でもあったわけですね。


ところでこの展覧会、主な展示物が日本画なので展示できる期間が限られている。

このため展示替えが多いので、ぜひとも後期にも観に来たいものだが。

僕は賛助会の会員証を見せれば「随時」観覧できるので、この点では特に問題はないものの、

9月13日までにまた関西に来る用事は今のところはないんじゃないかな。

でもこんなチャンスは他にないよなぁ。実現できるかはともかく策は考えようと思う。


そんなわけで明日は大阪・京都と美術鑑賞しては帰宅する。

けっこう慌ただしいんだよな。こだま号で帰るってのもあるんだけど。