日本ではこういう話は聞かないけど、韓国・中国ではこういう動きがある。
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よりによって塩なんて小学校レベルの化学の知識があれば無意味なことが理解できるはずだが。
そもそも、今回、福島第一原子力発電所から放出される処理水とは何なのかという話。
原子炉への地下水の流入に起因して放射性物質を多く含む水が発生し、
そのまま垂れ流しというわけにはいかないのでくみ上げて処理することになった。
まず、セシウムとストロンチウムを除去する。
そして、次にRO膜を使って原子炉の冷却に使う淡水を確保する。
残った塩水を多核種除去設備(ALPS)で処理することで、トリチウム(三重水素)以外の放射性物質を除去する。
この状態で所内のタンクに大量に保管されているわけである。
これを海水で希釈して環境基準以下であることを確認した上で海に放出する。
放出する放射性物質の総量は通常運転時の排出量、年22兆Bq以下とすると。
放射性物質もいろいろあるが、例えばヨウ素の放射性同位体、129Iがある。
ALPSでの除去でも特に苦労している物質らしい。
そもそも同位体というのは、中性子数の異なる元素のことを指す。
銅は 63Cuと65Cuと異なる中性子数の元素が69%, 31%で混ざって利用されている。
同位体は化学的性質はほぼ同じで、物理的にも容易には分離出来ない。
同位体というのはそういうものなので放射性同位体だけを除去するのは難しい。
ただ、汚染水の129I について言えば Iを含む物質を水から除去すれば目的は達成される。
ALPSでは化学的手法(例えば、薬剤を注入して沈殿する物質にする)や、物理的手法(例えば、活性炭への吸着)を組み合わせて、放射性物質を除去している。
必ずしも放射性同位体を含む元素のみを狙い撃ちにしているとも言えなくて、
活性炭への吸着では当然他にもいろいろな物質が除去されてしまうが、目的を達成する点では問題はない。
廃棄物という点では問題はあるかもしれないけど……
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放射性物質を多く含んだ汚泥が大量に貯まっているのだが、処理方法は決まっていない。
脱水により減容・安定化を図る方針は定まっているのだが、まだ脱水には至っていない。
トリチウム(3H)の除去が困難であるのは、水(H2O)として存在するためである。
汚染水の主成分は言うまでもなく水であり、それを捨てない限りはどうにもならない。
化学的性質に差がない同位体を分離することはおおよそ困難である。
これがトリチウムだけは放出しなければならない理由である。
一方、放出されたところで他の水素原子との化学的性質には差はない。
生物が水を飲むと、多くは排出され、一部は体内に残るわけだが、
一般的な水とトリチウムを含む水は化学的に差がないので、入ってきたのと同じ比率で排出・蓄積されることになる。
トリチウム分がやたらと高い水を飲み続ければ、放射線の影響はあるかもしれないが、
幸いにして海には大量の水があるため、これで希釈すれば比率は大きく下げられる。
海水で希釈しても総量が減るわけではないが、トリチウムの比率がやたらと高い水が存在する状況は回避される。
これがトリチウムを含む処理水を放出する理屈である。
その上で食塩ってどうなのかと考えて見る。
食塩の主成分は言うまでもなく塩化ナトリウム(NaCl)であり、
微量成分として にがり(塩化マグネシウム:MgCl)なども含むが。
塩を作る中では水分を何らかの方法で減らしていくので、当然その中でトリチウムがあっても抜けていく。
少なくとも処理水に必ず残るといっているトリチウムとは関係がない。
もしも他の放射性同位体が存在すれば、それが濃縮される可能性は別途検討がいるが、
日本ではイオン交換膜法による製塩が行われている。
日本の伝統的な製塩は塩田で濃度の濃い塩水を作って煮詰める方法だったが、
この濃度の濃い塩水を作る部分をイオン交換膜と電気エネルギを使ってやる方法にしたと。
実はこの方法、塩田のように広大な土地がいらない以外に、分子量の大きな物質は濃縮されないという特徴もある。
単純に海水の水分を減らして濃縮する方法だと重金属や有機物も濃縮される可能性があるが、
イオン交換膜だと膜を通り抜けられないので濃縮されず、排出されてしまう。
確かに中国や韓国では天日塩の生産を行っているようである。
そのため、日本とは同じように考えられないところもあるのだが、天日塩の場合、洗浄という工程が入る。
洗浄というのは塩を飽和塩水で洗う工程で、NaCl以外の成分を除去する作業である。
こちらの方がNaClの割合が高めやすいとされており、このためソーダ工業用の塩は日本でも輸入天日塩を使っているのが実情である。
というわけで食塩の主成分はNaCl、せいぜいMgClを含む程度である。
と考えれば、そこに今回放出される処理水の放射性物質は寄与しないのは明らか。
これが小学生レベルの化学の知識があれば理解できるという理由である。
放射性同位体だなんだというけれど、化学反応に限って言えば何も特別なことはなにもないのである。
放出まで時間を要したのは関係者の調整というのもあるのだが、
技術的な問題もなかったとは言えない。
先ほども書いたようにALPSは物理的・化学的手法により放射性物質を除去する装置だが、
元々の濃度が高くて除去率が低い放射性同位体もあって、129I, 106Ruあたりが問題だったよう。
現在は改良によりこれらも基準以下の濃度に下げられるようになったものの、
かつては不十分な場合であると知りながらも除去を続けざるを得なかったという。
なぜかというとタンクから放出される放射線量の低減が必要だったからである。
海水で希釈して放出する施設に投入する処理水はトリチウムを除く告示濃度比総和1倍以下であることが求められている。
トリチウムを除けば、希釈せずに海水に放出しても問題ないという意味である。
ところが実際にタンクにある水のうち、これを満たすのは35%だという。
用語として、ALPSを通したが基準を満たさない水を「処理途上水」と呼んでいる。
処理途上水をALPSに通し直せばそれは当然基準を満たすが、
それ以外の方法としてはRO膜を使った処理も考えられているようである。
RO膜は水(放射性同位体はトリチウムのみ考えればよい)を通し、
それ以外の物質(トリチウム以外の放射性同位体を含む)を多く含む水を分離できる。
分離された水だけをALPSに通し直して、それ以外は排出に回す。
そういうフローもありうるとは言っているが、まだ確定はしていない。
まずは基準を満たすALPS処理水に注力するとのことである。
もう1つの問題が年間22兆Bqという排出基準である。
そもそも原子力発電所では運転時にトリチウムなどの放射性物質を排出している。
そのときのトリチウム排出量の基準が年間22兆Bqで、これを処理水の排出にも適用すると。
初回の放出では31200トンの処理水を放出し、これが5兆Bq相当らしい。
年間放出量のおよそ1/4で、そして現在タンクにある水は134万トンである。
さらに新たに流入する水もあるので、放出は30年程度続くという見積もりである。
かなりの長丁場であり、これだけの長期間にわたり、安全に保管できるか、設備を維持できるかというのは課題と言える。
どうにもならない数字なら基準値の変更も考えたんだろうけど、
これなら対応可能と通常運転時の基準値を適用したのだろうが、これはこれで大変である。
トリチウムだけならば、十分希釈できれば問題ないような気もするが……仕方ないかな。