H3ロケットの水素の使い方

おととい、固体ロケットブースターなしのH3ロケットの話を書いた。

固体燃料ロケットのいらないH3ロケット

H3ロケットのキーパーツが1段目エンジンのLE-9である。

H-IIロケット以来2段目につかっていたLE-5A, LE-5Bをベースに開発され、

シンプルで安全性が高く、2基・3基と載せても安上がりということだが、

詳しく調べるとなんでこれがいいんだろ? と首をかしげる部分もあった。


LE-5Aは世界初のエキスパンダーブリードサイクルエンジンだという。

そもそもロケットエンジンというのは燃料と酸化剤を加圧して送り込む必要がある。

この送り込むためのエネルギーをどうやって確保するかという問題がある。

こういう話は飛行機のジェットエンジンにもある。

飛行機のエンジンでは排気でタービンを回し、これで空気を圧縮して燃焼している。

エンジン始動時は圧縮空気をもらって起動するのだという。

ただ、ロケットでは推進に使う排気で駆動する タップオフサイクル はほとんど活用されていない。

ロケットの推進に使われる高温の排ガスに耐えるタービンを作るのは大変だからである。


そこで推進剤の圧縮を行うエネルギーを別の燃焼ガスで確保する方法が考えられ、

主燃焼室とは全く別系統の副燃焼室を設けたものがガスジェネレータサイクルである。

H-Iロケットのときに使っていたLE-5がそうだったようですね。

ヨーロッパの アリアン5・6 の1段目に使われている Vulcain もそうだという。

もう1つは副燃焼室では燃料を部分的に燃焼させてエネルギを確保し、

燃え残りの燃料を含む排ガスを主燃焼室に持って行く二段燃焼サイクルである。

理屈の上では高効率な方式で、スペースシャトルでも使われていた。

これを採用したのがH-IIシリーズの1段目エンジンLE-7, LE-7Aだったという。


ところでH-Iロケットのときに2段目用にガスジェネレータサイクルを採用したLE-5を開発したのだが、

このときの始動方法として水素ガスが膨張するエネルギを活用することになった。

専用のスターターが不要なので簡単な構造になるメリットがあった。

このときの実績より、そもそも副燃焼器自体いらないのでは? という話が出てきたそう。

すなわち水素ガスが膨張するエネルギで推進剤を圧縮して主燃焼室に送り込めばよいと。

駆動用に使った水素ガスはなんとそのまま捨ててしまう。

これがエキスパンダーブリードサイクルである。

H-IIロケット2段目用のLE-5Aで初めて採用されたわけだが、

命名がLE-5の改良版みたいな名前で、それは元々LE-5も始動時はこの方式だったことに由来するのだろう。


水素ガスを捨ててしまうのはもったいないように思うけど、

エンジンの効率を測る指標である比推力はLE-5で450秒、LE-5Aで453秒だからむしろよい。

ガスジェネレータサイクルは推進剤の一部を圧縮機のために使われてしまう欠点がある。

一方のエキスパンダーブリードサイクルは燃焼すらさせずに捨ててしまうが、

燃焼させるには酸素が必要だが、膨張させるだけなら水素だけしか使わない。

圧縮機を駆動させるのに使ったガスを主燃焼器に持って行くエキスパンダーサイクルというのもあるが、

それはそれでいろいろ制約があるらしく、必ずしも効率の良いエンジンにはならないようだ。


で、LE-5A, LE-5Bでエキスパンダーブリードサイクルの実績を積んだJAXAは、

これを1段目エンジンにも活用できるのではと考えたわけである。

課題は水素ガスを膨張させるための熱量確保である。

エキスパンダーサイクルは2段目以降で使われることはけっこうあるが、1段目では使われてこなかった。

ただ、H3ロケットではコストダウンが重要なテーマだったこともあり、

これまでの実績も考慮し1段目も同様の方式にすることを選んだという。

ただ、やはりいろいろ難しくて、当初想定していなかった追加工が発生したり、

当初想定されたコストやパフォーマンスは現状未達ではないかと言われている。

LE-9 タイプ2と呼ばれる恒久対策版はまだしばらくかかるようだが、

それでも一応はエキスパンダーブリードサイクルの1段目エンジンは実現したという。


ところで水素ガスを捨ててしまうなんてもったいないと思ったかも知れないが、

この捨ててしまう水素ガスにも大切な役割というのがあるそう。

それがノズルを冷やすという役割である。

ロケットエンジンの排ガスは高温なのでそのままでは周りの金属も溶かしてしまう。

それでは困るので冷却していて、それはLE-7のときからそうだった。

この冷却用のガスに水素を使っていたんですね。


というわけでH3ロケットに積まれている水素は燃焼以外の目的にも多く使われているという話だった。

そもそも燃焼させるにしても混合比は5.9で、水素がかなり燃え残る比率である。

飛行機のエンジンと違って、ロケットでは酸化剤も積まないといけない。

そういう事情を考えたときに水素を燃やし尽くすより効率がよいという話なのだろう。

だから、H3ロケットが噴き出している排ガスというのは、

水素と酸素が燃えた水蒸気というよりは、水素そのものもかなりあるということのようだ。

それは推進剤を圧縮するエネルギを確保し、フィルム冷却に供される水素もそうである。