今日のニュースを聞いていて、違和感を感じた人もいたのでは?
違法残業があったのに必要な防止措置を取らなかったとして、労働基準法違反の罪に問われた広告大手・電通(東京)に対する初公判が22日、東京簡裁(菊地努裁判官)で開かれた。大企業が長時間残業について刑事責任を追及され、トップが法廷に立つのは異例。
(電通に罰金50万円求刑 違法残業初公判、社長が出廷 (朝日新聞))
ニュースで出てくる裁判で簡易裁判所って珍しいよね。
刑事裁判における簡易裁判所の管轄は、罰金刑以下の罪を対象としている。
一方で、法人に懲役刑などは存在し得ないので、被告人が法人であれば、通常、第一審は簡易裁判所になる。
電通は東京都港区の会社なので、管轄の簡易裁判所は 東京簡易裁判所 となる。
東京簡易裁判所は東京地方裁判所・東京高等裁判所と同じ建物なので、写真はよく見る庁舎だけど。
ただ、簡易裁判所ってたいていはそんなに大きな庁舎ではないから、例えば川口市の会社ならば川口簡易裁判所で行われて、それだとこんな庁舎。
バリアフリーマップ/川口簡易裁判所 (川口市)
一体、何人の傍聴人が入れるんだろうね?
簡易裁判所というのは身近な裁判所ということで、特有の制度がいろいろある。
手軽に使える裁判所
民事裁判では調停と少額訴訟、刑事裁判では略式手続が簡易裁判所特有の制度だ。
一方で簡易裁判所は地方裁判所に比べると機能的な制限があることが想定されていて、
民事・刑事ともに簡易裁判所の判断で地方裁判所へ移送できることになっている。
あと、簡易裁判所が第一審の裁判では、控訴・上告の取扱が特殊だ。
まず、刑事裁判については、控訴審は2つ上級の高等裁判所で行う。だから、今回の裁判に不服があれば控訴審は東京高等裁判所で行われる。
一方の民事裁判は控訴審は1つ上級の地方裁判所で行われる。刑事裁判と民事裁判で違うんだよね。
それをもってしても法律の適用などに疑義がある時は上告審がさらに1つ上級の高等裁判所で行われるのだが……
憲法上の疑義がある場合は、最高裁判所に移送することになっている。
ところでこの裁判は当初、略式手続で行うことを被告人・検察で合意していた。
すなわち、この裁判にはさしたる争いはないということ。
まぁ争いがあろうがなかろうが、裁判を行うのが刑事裁判なので、それはそれでいいんだけど。
ところが、裁判所が略式手続は不相当だと判断して、正式な裁判を行うことになったのだという。
略式手続は100万円以下の罰金刑を対象としていて、今回の検察の求刑が罰金50万円だったから、対象としては妥当ではある。
裁判所としては書面だけで判断はできないか、検察の求刑が妥当ではないと判断をしたから、正式裁判を行うようにしたということのようだ。
ただ、検察の求刑が妥当ではないという判断はないだろう。
なにしろ被告人が法人で、後に書くように法定刑を考慮すると、罰金50万円という求刑が妥当ではないとはなかなか考えにくい。
今回の起訴内容は労働基準法第32条の「一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない」という規定に違反したからだろう。
ん? そんな規定あるの? と思ったかも知れないが、法律には明確に週40時間を超えて働かせてはならないと書かれている。
ただ、例外はあって、労働者代表との取り決めがあれば、その範囲で週40時間を超えて働かせることができる。
電通も労働組合と協定を結んでいたのだが、実は労働組合の加入者が従業員全体の半分を切っていたので、
もはや労働者代表との協定ではないということになり、そもそもの前提が崩れていたよう。
すなわち週40時間を超えて働かせた時点で即アウトだったということ。
ただし、今回の起訴事実ではそこは不問にして、協定が生きていたとしても、協定を超える労働時間になっていた従業員がいたということを根拠にしている。
その上で、この規定に違反すると、6ヶ月以下の懲役刑または30万円以下の罰金に処するとなっている。
法人だから懲役刑はなくて、罰金30万円以下という選択肢しかないのだが、あれ? 求刑は50万円だよね。
ただ、法人に対する労働基準法違反は罰金50万円というのが判例として確立しているので、おそらく何らかの理屈で成り立っているのだろう。
複数の刑を足し算して、合計で50万円という計算はできるので、それが理由かなとは言われてるけど、真相は不明だ。
いずれにせよ、法律の規定や、過去の判例を考慮すると、罰金50万円というのは妥当だと判断できる。
ただ、法人に課する罰金としては軽すぎますけどね。
そもそもこの罰則って法人に適用することはあまり想定されていないんじゃないかなぁ。
通常は週40時間(または労働者代表との協定)を超えて時間外労働をさせるのは、経営者や管理職の指示によるもの。
だから、検察が起訴するのは 経営者や管理職 というのが通常想定されるべきものだ。
自然人なら懲役刑だって想定されるので、それなりに大ごとだ。(第一審は地方裁判所になるでしょうし)
今回、検察は管理職なども捜査したものの「残業を強制するなどの悪質性は認められない」ということで起訴猶予になっている。
いろいろ検討した結果、唯一起訴できたのが電通という法人で、それに適用できるのは罰金50万円しかなかったというのが真実らしい。
誰が悪いとは言えないが、会社の管理体制に不行き届きがあったのは確実に罪に問えるという理屈なんだろう。
でも、よく考えてみればおかしな話である。
管理職は残業を強制していないといいながら、週40時間(または労働者代表との協定)以上働かせたと言っているのだ。
せっかく朝日新聞デジタル契約してるんだし、昔の記事を掘ってみたら、
「全社的に労働時間の把握がずさんで、長時間労働が野放しになっている可能性もある」という記載があった。
すなわち、積極的に労働者代表との協定を超えて働かせようとはしなかったが、仕事量が協定の範囲に収まるっているか気を配ることもなかったと。
こういうのを未必の故意って言うんじゃないのかなぁ。どの程度、管理職が予期できたかにもよるんだろうが。
考えれば考えるほど、不思議な裁判だ。
なぜ簡易裁判所なのか? なぜ罰金50万円なのか? なぜ被告人が法人なのか?
要因は上に書いたとおりなのだが、法律が想定通りに効いていないという実情はあるのだろう。