左側通行標識とロータリー

都道府県ごとに道路標識の付け方にはいろいろ差があって、

それはバイクを運んで各地で走っているとなおさら思うところである。

やっぱり東京都の標識の付け方、変だよなと思うところはあるし、

逆によそだとこういう付け方はしないよなと思うものもある。

そんな中で気になった左側通行標識の話。


今回の旅行でよく訪れたJR郡山駅東口だが、

通りかかって驚いたのは、ロータリーの中央に左側通行標識があったことである。

左側通行標識と言っているのは青地に左下向きの矢印を書いた標識で、

中央分離帯のある道路の中央に取り付けられていることが多い。

というかそれ以外の用途があることを知らなかった。

ただ、この標識の正式な名前は左側通行ではなく「指定方向外進行禁止」である。


指定方向外進行禁止は交差点で曲がれる方向を指示するのに使われる。

いくつかのパターンがある。

1つは信号のない交差点で右折など、他の車の通行の妨げになるから禁止というもの。

この場合は対向車線から左折するなど迂回することが求められる。

1つは鋭角方向に曲がる場合など、安全面の問題から禁止しているもの。

複雑な交差点でしばしば見られ、交差点の形に合わせた変則的な矢印の標識が使われることも多い。

1つは交差する道路が大型車通行止めなどの規制がかかっている場合。

「大型等」など対象とする車種を限った表示が行われる。

東京都で多いのが交差する道路が一方通行であることを表すためのもの。

他の地域でもあるとは思うが、交差する道路に一方通行標識を見せる方法で済ませることも多い。

東京都ではそれをやらないので、細い道路にも 指定方向外進行禁止 の標識がたくさん付いている。


話は戻って、左下向きの矢印で指定方向外進行禁止というのもよくわからない話だが、

この標識の左側にしか進めないという意味で、結果として左側通行を表す。

この標識は中央分離帯に付けられるのが用途のほとんどであろうと思う。

ただ、調べてみると、地域によってあまり付いていないらしい。

というか東京都がそうなのである。あまり意識してなかったが確かにない。

常識的に見てわかるだろうということなのか。


それが中央分離帯以外のところで使われてるとはねと。

確かにロータリーの中央島より左を通って、右に出るという意味では中央分離帯と同じような意味がある。

実際にはこれに加えて左には一方通行標識があるので、ロータリー内左回りであることはそこでもわかる。

ロータリー内一方通行の入口・出口を強め表記するためのものであろう。

同様の使い方は祝園駅・新祝園駅のロータリーでも見た。

わりと一般的な使われ方なんだろうか。


実は前々から気になっていたことがあって、それが玉川上水や千川上水を挟んだ道路のことである。

水路を含む緑地帯を中央分離帯のように使っているところがある。

ただ、中央分離帯ではないという認識らしく、それぞれの一方通行規制を行っているという扱いで標識が付いている。

このため反対向きの道路には進入禁止標識で入らないように規制し、

他方には一方通行標識を付けて一方通行の入口であることを表している。

なお、中央分離帯と実質同等という性格から「自転車を除く」とはなっていない。

こういうところこそ左側通行標識があったほうがよいのでは? と思っていたが、

実際にはないので、進入禁止標識だけが目立つというのが実情である。


それがロータリーを表すようなところで使われているのを見て、

こういうところも使える標識なら緑地帯を挟んで左側通行にも付ければいいのにと思ったのだった。

ただ、さっきも書いたように東京都ではそもそも中央分離帯にこの標識を付けていない。

そう考えると中央分離帯同様の処理をしていないというよりは、

そもそも付ける習慣がないというのが正しかったのかもしれない。


余談だが、左側通行標識とロータリーと調べると、こんなゲテモノが出てきた。

上賀茂神社前ロータリー (のの字な道)

なんとロータリー注意と左側通行標識を団子にして中央島に置くことで、

ロータリー内左回りを表しているという。それは一体なんなんだと。

公道だけで五叉路で、さらに神社との出入口もある複雑な構造になっている。

上賀茂神社発着のバスは神社内でバスが折り返すようになっている。

環状交差点の制度を適用したほうがよさそうだが、神社との出入口でもあるからかそうはなっていない。

環道に入る道にはすべて「止まれ」を付けているから、特に必要ないのかもしれない。

宇治茶の郷と大和茶の本場

今日で関西滞在は最終日、できれば今日のうちに帰りたいが、とんぼ返りでは面白くない、

と考えた結果、そういえば今は梅の時期だよなと。

そんなわけで月ヶ瀬に寄り道して帰ることにした。


そんなわけでバイクを折りたたんでまたしても加茂駅にやってきた。

今日はここで降りずに汽車に乗り換え。月ヶ瀬口駅で下車。

季節柄もあってか2両編成をかなり埋めていた乗客はここで半分ぐらい降りていた。

月ヶ瀬口駅は月ヶ瀬の最寄り駅だが、府県界を越えて京都府南山城村にある。

南山城村にとっては月ヶ瀬口駅周辺に人口が集中しているらしく、

南山城小学校と笠置中学校(南山城村と笠置町が校区)もこの周辺にある。

駅前には月ヶ瀬行きの三重交通バスが停まっているが、観梅期間の土日のみ運行である。

昔は定期路線として存在したらしいが、京都府と奈良県を結ぶのに三重交通というのがこの地域の複雑さでもある。


そんなわけでバイクを組み立てて出発。

けっこう細い道だなと思いながら走って行くと「大型車両通行止」と書かれた橋がある。

正式な規制標識はないし、臨時バスはここを渡らないと月ヶ瀬に行けないはずで実態はどうなのかよくわからないが。

ずっと上り坂が続く中でそれなりにまとまった集落が見えてきた。

ここで少し寄り道、高山ダムへ向かう。広い駐車場があった。

どこがダムだ? と歩いていくとダムが見えるところに看板と音声ガイダンスがあった。

高山ダムは木津川と名張川の合流点より少し名張川側にある。

名張川のさらに上流には青蓮寺ダム・室生ダム・比奈知ダムとあるが、

これだけダムが集中しているのも木津川本川にダムの適地が見いだせず、

支川の名張川で木津川・淀川の洪水調整機能をかなり受け持つことになった事情があるそう。

アーチ式ダム? と思ったら重力式アーチダムというアーチ式と重力式の中間のようなダムらしい。

高山ダムというダムの名前よりもダム湖の月ヶ瀬湖の方が有名かもしれない。

それはもちろん月ヶ瀬梅渓がダム湖の周辺に広がる梅林だからである。


南山城村の特産品は茶で、茶畑や茶に関わる施設が多い。

通常はここでつくられた茶は宇治茶として出荷されることになる。

宇治茶というのは加工地のブランドなので、京都府産の茶葉でない可能性はあるが、

できるだけ京都府産の茶葉を使うようにということで、南山城村は「宇治茶の郷」である。(そんな看板があった)

上り坂が続き、10kmもない道のりだが、電池消耗ひどそうだなと走ると、

坂を登り切ったてっぺんあたりに奈良県奈良市のカントリーサインがあった。

ここから月ヶ瀬地区である。かつての月ヶ瀬村は現在は奈良市になっている。

実は奈良市合併以前は奈良市街~月ヶ瀬のバスは観梅シーズンにしか走ってなかったが、

合併後は定期バスになったという経緯がある。それ以前は上野方面のバスだけだったんですね。

月ヶ瀬に入っても茶畑は相変わらず多い。月ヶ瀬というか奈良市東部の特産品は茶だからである。

「大和茶の本場」なんて看板もあったが、実態として府県界を挟んで何が違うのかという話だが。


観梅用の駐車場もいろいろあるが、自転車停めるのにいいところはどこよ、

と、月ヶ瀬行政センター付近に来るとバイクがたくさん停めてある場所があった。

お金取られるのかなと思ったが、特に何も言われなかった。

自転車もいないし、原付すらいない中に、ちょこんと小さなバイクを停めるのは変な感じだったが。

このあたりから観梅を始めるわけだが、まだ咲いてないのが多いなぁと。

当初の予想ではちょっと遅いかもな。(でも見頃ではあるだろう)

と思っていたが、実際はかなり早いというぐらいだった。

2週後の梅まつり最終週になって本格的な見頃になるのでは? なんて思ったがどうか。

旅先で花見というのはタイミングが難しいなと思う。

それでも綺麗に咲いている梅はそこそこあるので、それはそれでと。


ところで今回わざわざ月ヶ瀬まで来たのは、昔に連れてこられたところだからというのもある。

今となってはこれほど行きにくいところはないのだが、

汽車とバイクで行くにはいいところじゃないかとやってきたわけである。

そういえばこんなところだったなと急坂を歩きながら思い出す。

月ヶ瀬というのは普段はそんなに観光客が来るところではなく、

梅の時だけ人が来るので、観梅期は料理を出してるところも、

普段はせいぜい農産品などを売る店なのだろう。梅の時期以外は完全に閉めてるところもあるかも。

そんな店で 梅にゅうめん を食べる。

三輪そうめんのふしを売る店も多く、三輪にはちょっと遠いが一応県内だし。そういう縁か。

にゅうめんに梅干しを突っ込んだだけと言われるとヤケクソ感はあるが致し方ない。


さて、せっかくバイクで来たので湖畔を少し走って行こうと思う。

この一帯はダム建設以前から名勝「月瀬梅林」として登録されていた。

ダムができるとなって当然梅林だって水没の影響があったわけである。

そんな中で梅林を再構築し、月ヶ瀬梅渓と呼ぶようになったという。

南山城村にある高山ダムのダム湖が県境を挟んだ月ヶ瀬の地名を付けているのも、

南山城村ともども水没の影響を受けた月ヶ瀬への敬意もあったのだろう。

まぁそれにしても咲いてないんだよな。時々きれいに咲いてるのはあるが。

月瀬橋を渡ってから、東に走って山添村との境目あたりで折り返し、

そのまま月瀬橋を見ながらまっすぐ進むと「名勝 月瀬梅林」と書いた古い石柱がある。

近くにあるバス停には「月ノ瀬」と書いてある。

バイクを停めて階段を上っていくと、このあたりが月ヶ瀬梅林でももっとも古いエリアらしい。

高台なので眺めはよいが、肝心のこのあたりの梅はあまり咲いてない。


そのまままばらに咲く梅を見ながら進んでいく。

元々は八幡橋で往路と同じルートに戻ろうかと思ったが、急坂が見えて、

ちょっときつそうだなと思い、対岸をしばらく進み、高山大橋で元のルートに戻ることに。

この先通行止めと書かれた看板を見てぎょっとしたが、高山大橋までは進めるので問題はなかった。

ただ、こっちのルートも急坂が続き、かえって悪かったのではと後悔。

川沿いに進むだけといえばそうだけど、ダム湖で急峻な渓谷になってしまい、

川沿いには進めないということでこうなっているのだろう。

ただ、面白い発見もあった。というのはこのあたりが「高尾」という地名だったことである。

往路は「田山」という地名で、高山ダムの高山って何の地名だろうと気になってたが、

答えは明治の町村制のときに高尾と田山で作った高山村に由来するということで、

結果としてはダムの両側の地名を拾っていたわけである。当然、高山大橋もそうである。


月ヶ瀬口駅付近に来て、汽車まで時間があるなということで、

163号線を渡って 道の駅「お茶の京都みなみやましろ村」で一服することに。

おびただしい数のバイクに驚く。自転車もけっこういたな。

163号線沿いの休憩施設ということで多くの人が利用しているようだった。

確かにそういう施設はあまりなかったかもしれない。

やたら「村」をアピールしているなと思ったのだけど、

そういえば南山城村は京都府で唯一の村である。だいぶ昔からそうだった。

もっとも人口では隣の笠置町の方が少ないが、南山城村が村にしては人口が多いという話ではない。

「お茶の京都」は京都府が山城地域を言うのに使うようになった言葉で、

関西本線の汽車でもお茶の京都のラッピングをされた車がいて、それに乗ってき。

南山城村の特産品と言えば、そりゃ茶なのであまりに当然なのだが。


そろそろ戻らないとと駅に戻ってきてバイクを畳んで、跨線橋を渡って待つ。

2両編成で走る汽車はだんだん客を降ろしながら進んでいくが、

柘植駅では草津線との接続でどっとのってきて立ち客も少し出ていた。

やっぱり関西本線は鉄道として有用な使われたかたをしているよなと思う。

亀山駅ではちょっと待ち時間があって、きっぷを受け取ろうかと思ったが、

指定席券売機がないので、それだとえきねっとで注文したきっぷが受け取れないなと。

結局は名古屋での乗換時に受けとるしかないかと。


名古屋駅で一旦改札の外に出て、券売機で受け取るがけっこうな行列である。

クレジットカード専用券売機という位置づけなので普通にきっぷを買う人もいるんだな。

(西日本管内ではこれは「みどりの受取機」なので基本的に受取専用だが)

無事にきっぷを受け取って、ホームに上がって、ほどなく列車が入ってきた。

最後列の荷物スペース付き座席を取ったが、乗車位置が悪く、

車内を横断する必要があるもすれ違えないので、退避してもらったり、

すでに置かれている荷物との位置関係が悪く調整してもらったり……


しかしのぞみ号は速い、あっという間に東京駅に到着した。

東京駅でエレベータを使う場合、一旦外に出れば平面移動だけでいけるが、

乗換改札を使うと一旦上がって下がってとなって大変である。

というので一旦外に出してのりかえさせてほしいと申し出たが断られた。

東京駅で途中下車できるきっぷなら当然問題ないのだが、

今回は横浜市内までのきっぷに、川崎からの乗り越しのきっぷを付けていた。

この場合、東京駅は本来途中下車出来ない駅となる。

それでも事情があると認めれば一旦外に出してもいいのだが、

スロープがあるので理由がないとのことだった。これは想像より厳しい。

ただでさえ東京駅の乗換は歩く距離が長いのに、アップダウンでさらに消耗も激しく大変である。

そんなこんなで電車に押し込んで、最寄り駅で下車。

バイクを組み立てて少し走ってゴールとなった。


そんなこんなの関西滞在だった。

まだ固めてないけど来月には万博のための関西行きがあるはず。

そのときはバイクは使わないかな。まだわかりませんけど。

博物館のコレクション展とデレステ10周年

今日は大阪へ行くがバイクは持って行かない。

ただ、宿が少し駅から遠いのでバイクに乗って駅に停めて大阪に行くことに。

郡山から大阪は最初は近鉄で考えていたのだが、いろいろ考えるとJRの方がいいなということで、

郡山の市街地の端にあるJR郡山駅に。太い道で来られて便利というのも理由だったが。

駐輪場の人に「原付です」と間違えて自転車用の券を持ってきて、違ったとやりなおしたり。

多分、原付扱いなのは正しいんだけど。自転車とは言い張れないわね。


JR郡山駅は市街地の端とはいうけど、そんなに悪くない立地だと思う。

大阪市内~奈良・加茂の快速が頻繁にくるわけで利便性もよさそうである。

ただ、利用者数は近鉄郡山駅の半分ほど、JRの隣駅、大和小泉駅よりも利用者が少ない。

1つの要因としては大阪ならば近鉄でもJRでもよいが、京都や橿原など他の方面だと近鉄が圧倒的に有利というのがある。

あとJRにしても郡山より小泉の方が利用者多いのは通勤・通学バスの乗り入れが多いのも理由らしい。


大阪に行くにしても大阪のどこに行くかというのは観点としてあって、

最初の目的地が天王寺なら、それはJRの方が圧倒的に有利である。

というわけで天王寺駅で降りて、やってきたのは天王寺公園、

てんしばエリアを抜けて、リニューアルしたという大阪市立美術館に到着。

リニューアルオープン記念の「What’s New! 大阪市立美術館 名品珍品大公開!!」に。

全部コレクションなのに1800円取るのはご祝儀価格だなと思ったけど。

(同じことを東洋陶磁美術館でも言っている: 中之島と関西空港)

全館使ってコレクションを並べるならそれなりの価値はあるかもしれない。

普段は他の展覧会の傍らでコレクション展やってるわけだし。

リニューアルされた美術館の作りは京都市美術館に似ているような気がした。


いろいろ知らなかったことも多かったんだけど。

この美術館、大きな特色が中国の美術品が多いことである。

購入してコレクションを作るという概念のなかった時代の美術館ですから寄贈頼みであり、

住友家が依頼して美術館のための作品を作ってもらい寄贈するなんてこともあったという。(住友コレクション)

ちなみにこの美術館は住友家の本邸の跡地にあり、慶沢園はその庭園の名残である。一括して大阪市に寄贈されている。

時代を経て、いろいろな作品が寄贈されていくわけだが、その中で多かったのが中国の美術品だったという。

大阪・神戸には中国からの美術品がいろいろ集まり、それを買うお金持ちがたくさんいたわけである。

東洋陶磁美術館のルーツも多分そんな話で、そういう時代背景だったんだな。

それにしても石仏たくさんとかこんなの個人で持ってたのがすごいことだけど。


次の目的地に向かうために地下鉄に乗って中之島へ。

というわけで国立国際美術館なのだが、ぶっちゃけここもコレクション展である。

というのも予定していた フェリックス・ゴンザレス=トレス展が借用を予定していた作品が借りられず空転、

代替として館蔵品を並べて ノー・バウンダリーズ展 を行うことになったためである。

かなり制作年の新しい作品が多い印象があったが意識したのだろうか。

そういう意味ではコレクションとはいえわりと目新しいところはある。


中之島から大阪城公園、それなら京阪中之島線かなと乗車。

渡辺橋~天満橋なら230円だからまだアリだけど、1駅伸ばして京橋だと280円、高すぎないか。

とはいえ、この区間はバスもないので。(逆向きだと大手前→渡辺橋でバスが使える)

中之島線も用途によっては悪くないけど、京橋で環状線などと乗り換えて使うのにそんなに取られるとさすがにね。

その天満橋まで乗るにも15分間隔では待ちが長いし使いにくいなぁと思う。

天満橋で少し買い物をして、大阪城公園まで歩いて行く。


というわけで大阪城ホール、アイドルマスターシンデレラガールズ スターライトステージ(デレステ)の10周年ライブである。

この大阪公演が最初ということでそれを狙ってきたところはある。

ニュージェネレーションズ3人揃うってのは明らかなみどころだったし。

シンデレラガールズで大阪城ホールは3回目ですかね。3回とも1公演は来てるな。

大阪城ホールってのはいい会場ですよね。それ以外にいい会場がないのは問題なのだが。

まず、最初に驚いたのは全員デレステのSSR衣装を着ていたこと。

そもそもシンデレラガールズでは7thライブと、10thツアーのファイナルで個別衣装はあったが、

これらはデレステのSSR衣装を参考にしたものは多かったが必ずしもそうではない。

どちらかというと最初のカードの衣装に近いものを意識した感がある。

今回はデレステの衣装にこだわったようで、全く新しく作ったようだ。

これとは別に一部メンバーはセレクトショップの衣装を着たり、衣装に手が込んでいたなと。

まぁラブライブ!シリーズとか見るともっと衣装作ってもいいだろうとは思うけど、

なにしろシンデレラガールズは人数が多いので、揃いの衣装を1着用意するだけでも大変である。

今回は揃いの衣装はなかったんですけどね。


あと、もう1つ印象的だったのが「We wish your smile」で、

これはイヴ・サンタクロースと望月聖の曲で、松永あかね さんと原涼子さんで披露してたが、

この2人ってシンデレラガールズのゲーム初期の2011年のクリスマスイベントで登場したアイドルで、

クリスマスに特化したような登場の仕方で、進撃のバハムートのごとくアイドルを増やしていた時代のアイドルである。

そこから時代を経て、こうしてアイドルに声が付いて、楽曲が出来てステージで披露するに至った。

というのはけっこうすごいことだなと思った。


終演して環状線に乗り、天王寺で乗り換えて郡山へ。

バイクを走らせて宿に戻ってきた。

今回の宿を選んだ背景はいろいろあるけど、風呂があるのは大きな要素で、

ロードサイドという立地が良いか悪いかというのはあるけど、これはよかった。

そんなわけで3泊して明日は帰路につくことになる。

あられ舞う南山城と火の粉舞う奈良

今回の旅行の宿泊地として木津川市あたりも考えていたところはある。

ただ、宿があまりないんですよね。そういえばそのあたりに用事がある人が奈良に泊まってたわ。

他にもいろいろ考慮してマッチしたのが郡山だったわけだが。

というわけで、市街地の端を走って、JR郡山駅にやってきた。

ここでバイクを畳んで電車に乗って府県界を越えて加茂駅まで乗る。

が、時刻表を見ずに来たら30分ほど待たされることに。加茂まででも本数だいぶ減るのか。


というわけで今日の最初の目的地は加茂町当尾(とうの)である。

きっかけは2023年に見た展覧会「京都・南山城の仏像」である。

バタバタと上野公園と有明ガーデン

このときに浄瑠璃寺の九体阿弥陀など展示されていたわけだけど、

実際に足を運んで観に行くのもいいかもなと思っていたわけである。

そんなわけで加茂駅からバイクで向かうわけだが、けっこうな急坂で細い道である。

走ってるとバスに追い抜かされたのだが、これは当尾へ向かうコミュニティバスで、

これ本当にバスが走る道なのかという細い道である。

不安になりながらも走って行くと岩船寺と書いた標識が出てきて、最初の目的地に到着した。


岩船寺ってのは入口を入ってすぐ先に三重塔が見えて、そこまで広くない寺だなとまずは思った。

十三重石塔が寺のサイズ感とかにもマッチしていていいなと思ったが。

で、本堂に入ると、どでかい阿弥陀如来坐像がある。

教えてくれたのだが、このスタイルの阿弥陀如来像としては古いもので、

大仏といってもよいクラスであるが、一木から彫りだして作ったものだという。

このサイズの仏像を彫り出せる木なんてもうないでしょ。

ちなみにここまで出てきたのはいずれも重要文化財である。

それにしても本堂の中も寒い。歩いていると奈良県の観光パンフレットがあった。

京都府に位置しているが、歴史的にも奈良の寺と関係があるこの一帯のことも書かれていて、

「奈良市北部・南山城」というくくりで県内の一地域のように扱われている。


次の目的地は浄瑠璃寺、ちょっと離れているがバスがそう頻繁には走ってないので、

歩いて往来する人向けか、石仏の道という散策ルートが書かれていた。

バイクで走っていく中でも石仏を様々見た。異様な地域かもしれない。

この一帯が浄土信仰にとって重要な地域だったことがみてとれる。

岩船寺にいるときも雪がはらはら舞っていたのだが、浄瑠璃寺に着くころには あられ のようなものが降ってきて、

かっぱがないと走れないようなものではないけど、ちょっと想定と違うなと。

そんなこんなで浄瑠璃寺に到着。


池が美しいが、この庭園の西側に九体阿弥陀がいるわけである。

というわけで修理が終わって9体揃った阿弥陀如来と御対面となるわけだが、

入口に堂内は自然光のみでと書かれていて、薄暗い中にドンと鎮座していた。

障子越しに入る光のみというのは昔はそうだったからという理由らしいが、

なんとなく薄暗い博物館で展示されているのと重なる気がする。

やっぱり九体揃っていると説得力があるなと思いながら見ていた。

須弥壇の上に置かれているが、須弥壇も手が込んでいて、九体阿弥陀に特化したお堂だなと。

なかなかアクセスはよくないけど、実際に足を運ばないとわからんもんだなと感銘を受けていた。


ここからバイクで下って、昼食にラーメンを食べて……

学研都市の一地区である梅美台をかすめるように走って行く。

木津の市街地を抜けて、木津川台までやってきて、突き進む。

しばらくは戸建て中心の住宅団地だが、奥には巨大な研究施設が見えてくる。

そして急カーブを経て、木津川台を抜けると精華町に入り、その中でもひときわ巨大な建物が。

国立国会図書館関西館である。東京も含めて国立国会図書館に来るのは初めてである。

関西館は国立国会図書館の中ではアジア関係の資料を集中的に集めている。

博士論文も集中保管されていて、あとは官庁発行の書籍など2冊以上ある本は東京・関西にそれぞれ配置するようにしている。

実際のところは国会や官庁の東京での調べごとに困らない本ってのがそこら辺だったのかもしれないが。

今だとデジタルコレクションの閲覧は東京も関西も問わないわけで、そういう役目もある。


複写や資料の取り寄せをするなら正式な利用者登録が必要だが、

開架資料だけでいいかと一時利用で入る。氏名と生年月日を記載するだけでよい。

手荷物の制限がけっこう厳しく、小さなカバンだったが預けて透明なバッグに必要物を入れて入ってねと。

閲覧室は広くてだいぶゆとりをもった作りになっている。

資料検索・複写申込書作成・デジタル資料閲覧などを行うコンピュータが置かれていて、

試しにデジタルコレクションの資料を調べてみると、一時利用でも館内限定の資料は読めるようだった。

開架で置かれている資料は使用頻度が高いもので資料集のような本が多い印象だった。

アジア情報室に置かれている本は当然、外国語のものが多くて、

新刊のところに中国の旅行ガイドがあって、当然中国語で書かれている。

コリアと書かれたコーナーには日本の本は別としてハングルが多いわけだが、

古い本だと漢字交じりのものもあり、それはそれで歴史を感じる。

特集展示の科学書を読んだり、学研都市建設時の資料を読んだりしていた。

ここでなければできない調べごとをしている人ばかりなのかはよくわからなかったけど、

マイクロフィルムの新聞を調べる人とか、特徴的な作業をする人はちらほらいた。


新祝園駅まで来たらバイクを畳んで電車に乗って新大宮駅まで。

新祝園で乗車する急行を待っていた各停が新型車両で、4両編成らしい使われかただなと思ったが、

西大寺で急行から乗り換える先の各停でも新車が使われていて、けっこう走ってるんだなと思う。

他の車両に比べると車いすスペースも充実しているので、バイクを置くにも助かる。

もっとも乗り換えて1駅、新大宮駅で降りるんですけどね。

バイクを広げるならここの方が楽だろうという考えである。

近鉄奈良駅も過ぎて奈良公園に入り、奈良国立博物館に到着である。


来館前に今日って何時までやってるんだろ? と調べると

「3月1日~11日・13日・14日は午後6時まで。3月12日は午後7時まで。」とある。

うーん、なんだこれ? と考えてしまったが、そうかお水取り期間だ。

お松明に合わせて少しだけ開館時間を延長してくれているようだ。

というわけでこれを生かして少し遅めに来てもゆったりみられるなと思った。

当然、お水取りの特集陳列から見ようとしたわけだが、

入口で東大寺ミュージアムも見たら散華をあげると引換券を渡され、

観に行こうかなと思ったけど、東大寺ミュージアムは17時までである。

ということはそっち先見ないと手遅れじゃないかと一旦出て東大寺へ。


東大寺ミュージアムって初めて来たような気がするな。

いくつかの仏像を中心に東大寺に伝来するいろいろなものを展示しているが、

その中で修二会(お水取り)の特集展示は文書を中心に展示していた。

修二会というのはいろいろな苦労がありながら1300回近く続いているわけだが、

1568年の資料に「八百年以来不退法事」と書かれているのは、いろいろ歴史の重みを感じる。そもそもこれ自体が450年前の話だし。

修二会が世界平和という普遍的な祈りの場であると考えられているのも、これだけ続いているからというのはあるんだろう。


さて、奈良博に戻ってきて、お水取りの特集展示を見るわけだが、

ここでも目に付くのは修二会を続けることの努力ですかね。

特集展示の先には彫刻以外の博物館のコレクションがあれこれとある。

特別展期間はなかなか展示できませんからこれはこれで貴重なんですよね。

お経に関わる工芸品が目立った気がするな。

「妙法蓮華経巻第一」と透かし彫りで書かれた専用の経筒とか。


そして本館へ向かうわけだが、実はここに今だけの展示物があって。

それが深大寺の元三大師坐像である。しかもこれ秘仏だから普段は公開されること自体がないのだという。

それにしてもなんで調布から遠く離れた奈良でこれが展示されているのだろう。

実はこの像、修理のために奈良まで来ていたのである。

無事に修理が完了し、調布に帰る前に奈良で展示をすることになったわけである。

美術院国宝修理所って書いてあったから京都から思ったが、奈良にも工房があったんですね。

この後、深大寺に帰ったらお披露目されることになっている。

本来は50年に一度だけ公開する秘仏だが、修理を記念して特別に公開されるという。

ところでこれ秘仏とか言っているけど、仏像ではなく僧像である。

元三大師という高僧だが、厄除けに力があるということで、大きな像が造られたわけである。

大きいというのは本当に大きい。威圧感がすさまじい。

調布に帰ってから観るというのはあったかもしれないけど、奈良博に来てるから観たところもあるので。


ちょうど18時ごろに博物館を出て、バイクは東大寺南大門横に動かす。

お水取り期間でも参道の店は全然やってないし、人もそんなに多くない。

二月堂へ向かうと、ここは人が多いが、休日や籠松明の日ほどではないだろう。

お松明はだいぶ昔に観に来たことはあるが、近年はなかなか。

せっかく奈良県内に泊まっているのだしよい機会だったのではないか。

19時前に放送でいろいろ説明があったのだが、

あの松明は二月堂の長い夜のスタートにあたり、練行衆を照らす灯りとして用意されたものだという。

それにしては無駄に巨大だが。それを木造の国宝建造物で振り回すとか現代的にはどうなんだと。

とはいえ、これがあるから多くの人が修二会の儀式を見守りに東大寺に来るのであり……

3月12日の籠松明の日はより大きい松明を使うが、この日は講社の人の参詣日らしく、

それ以外の人は他の日に来る方がいいですよという記載がある。そうなのね。

放送でも言っていたのだが、修二会で使う様々な資材は各地の講社から提供されている。

大概の人にはよくわからない修行だけど、松明だけはわかるというのはそういうものなのかもしれない。


そんなこんなでお松明が終わったらバイクを走らせて宿へ向かう。

電池大丈夫かなぁと思ったら宿の直前で電池切れになるという。

これぐらいならごまかせたけど、寒いとやっぱり電池はきついですね。

それでも東大寺から宿まで直行できるのは楽ですけどね。

いや、それだけなら奈良市街に泊まればいいんですけど。

おなじみとなったバイクで走る京都

今日からしばらく関西行き、というのもシンデレラガールズのライブが大阪であるので。

バイクを持って行くか持って行かないか、どこに泊まるか、いろいろ考えた。

結果的にはバイクを持って こだま号 に乗って京都へ向かうところからスタートすることに。


京都駅八条口でバイクを組み立てるのは去年7月・11月に次ぐ3回目。

ちょうど昼頃だったので少し走ってレストランで昼食を食べて、

九条通から東山に入り、東山七条、京都国立博物館に到着。

バイクで来ると楽だよね。ちゃんと駐輪場もあるし。

今は平常展期間でやっぱりこの時期って言うと 雛人形 ですね。

でもやっぱり目を引かれるのは焼き物だよなぁ。

「御室仁清窯跡出土陶片」という試行錯誤の跡も並べて展示されていて、

各地の焼き物を研究した先に京焼ってのはあったんだなぁと気づく。

逆にこちらは見てもさっぱりだったのが刀剣についての展示だが、

そこで1部屋に1口だけドンと置かれていたのは重要文化財に指定されながら長年行方不明だったものらしい。

行方不明の重要文化財のうち半分以上が刀剣なんですね。個人蔵のものが多いのもあるのかも。

所在不明文化財(国指定)の内訳 (文化庁)

社寺所有が多いであろう彫刻は盗難により不明というのが多いけど、刀剣は所有者の行方がわからず不明というのが多いようだ。


さて、博物館を出て東山通を北に進む。五条坂→祇園では山科からのバスのおしりを走り、

祇園→東山仁王門では市バスのおしりを走り……

これをバイクでもバスと同じスピードで走れるとみるか、バイクもバスと同じスピードしか出ないとみるべきか。

そんなこんなで岡崎公園に到着、京都国立近代美術館の駐輪場にバイクを停める。


残念ながら今は企画展は展示替えの時期でお休みなのだ。

前回の黒田辰秋展はギリギリ間に合わず。

ただ、それにちなんだコレクション展の特集はみどころは多かったが。

ありとあらゆる工芸が集まる京都だからこそですよね。

1階の無料エリアで「リング・リング・ロング」と書かれていて、

美術館デビュー応援企画、というが主に子供向けの企画である。

ただ、ここまで気づいてなかったのだが、この1階の壁はリチャード・ロング氏が泥を混ぜた絵の具でその場で描いたものだったらしい。

ああ、言われて見ればなるほどという感じだけど、知らないと謎だよね。

コレクションの最たるものだが、何十回と来ていても知らないことは多いのである。


帰りは川端通を下っていく。川端はバスのケツを走らなくて済むので……

そのまま下ると師団街道に入り、名神高速が見えてきたところで曲がり、

走って行くと竹田駅にたどり着く。ここから近鉄に乗る。

今回は荷物をずっと背負って走ってたが、京都駅以外から近鉄に乗ることを想定してのこと。

竹田駅は地下鉄の駅として管理されているので「地下鉄に乗るっ」のポスターもあるが、乗るのは近鉄である。

次は奈良行き急行か……西大寺での乗換が煩わしいなと思ってたら、

やってきたのは京都市の車両、すなわち烏丸線からの奈良行き急行だった。

そういえば烏丸線直通の急行は朝夕の運転になったんだったな。かなり利用者は多かった。

やっぱり通勤・通学となれば烏丸線直通のニーズは多いんだな。昼間に走ってた頃はさっぱりだったが。


ただ、奈良行きの急行がハズレだったように目的地は奈良やそれより手前ではない。

降りたのは郡山、古い城下町で市街地の道路は細くて大変。

自転車サイズの特定原付ならそんな苦労はないが……いやそれでも細いけど。

(ちなみに奈良県の一方通行規制は車マーク、すなわち自動車(二輪を除く)であることが多いので、特定原付でなくてもバイクは規制対象外である)

市街地を抜けてロードサイドのホテルに到着、ここに日曜まで滞在する。

駐輪場があって、貸自転車が並んでいる中にちょこんと停めておいた。


それにしても今日は本当に寒かった。想定より寒かったなぁ。明日からどうかね。

いろいろトラブルもあって、かなり手痛いものもあったんだけど、

とりあえず無事に旅行は続けられそうなのでそこはなんとか。

E5系の後継がE10系のわけ

東北新幹線で長い鼻して走っているE5系、そろそろ初期の車両は置き換えの時期に入るのだという。

当初は320km/h走行を生かせるはやぶさ号を中心に走っていたが、

今の東北新幹線は大概がE5系か、E5系に別の車両をくっつけて走ってるわけですからね。

その後継車両としてE10系というのが発表された。

次期東北新幹線車両(E10 系)を開発します(pdf) (JR東日本)

320km/h対応に加えて、荷物輸送やビジネス客用の座席など多目的に利用できる車両となるようだ。


E5系とE10系までだいぶ数字が飛んだなと直感的には思うが、

E6系ははやぶさ号とセットになる こまち号(当初はスーパーこまち号)用の車両で、

E7系は北陸新幹線用に作られた車両で、現在は上越新幹線もこれに統一されている。

E8系はつばさ号用の車両として作られ、E5系の連結相手になっている。

その次はE9系になりそうなものだが、飛ばしてE10系なのだという。


ちょっと変な気がするが、ちゃんと理由はあった。

E5系というのはE523形、E526形……といったE5xx形の総称を表すものである。

この理屈で言えばE9系が存在したとすれば E9xx形 の総称ということになるが、

それはすでに 検測車East-iのE926形、試験車両ALFA-XのE956形として存在する。

このためE9系が存在すると混乱の元と考えたのではないかとのことである。

E10系がどのような付番になるかは定かではないが、

おそらくE10xx形の総称ということで、桁数は多くなるけど丸く収まると。


700系→N700系→N700S系と東海道・山陽新幹線が700を使い続けている理由もそうなのかも。

700系の次に800系というのは、それは九州新幹線で使ってしまった。

そしてドクターイエローは922形(初代)、923形(2代目)で9xxは使っている。

N700系が登場した2007年頃の東海道・山陽新幹線の事情を考えて見ると、

のぞみ号はかなり700系になっていたが、500系は山陽新幹線で300km/h運転できる車両として活躍していたし、

のぞみ号以外では300系も走っていたし、山陽新幹線のこだま号は100系も走っていた。

他社だが200系、400系も現存していた時代である。

600系という選択肢はなくはなかったのだろうが、中途半端に数字が戻るのもなぁと。

結果として700系の進化形ということでN700系というのが選ばれたのだろう。

7xx形という形式としては700系とは違う数字を使っているので、そこは区別が付く。


N700系というのは、カーブの多い東海道新幹線で速く走れて、

山陽新幹線の300km/h運転に対応でき、九州新幹線の急勾配でも走れる。

まさに万能車両であり、500系はのぞみ号から去り、こだま号専用車に改造、

山陽新幹線のこだま号専用車として走っていた100系を代替した。

300系もN700系と入れ替わりで早々去った。

100系が去った今となっては、N100系みたいに数字が一巡してもよかったかなと思うところはある。

ただ、N700系の当時はまだ100系も現役だったんですよね。

さすがに0系はいなかったからN0系とかはできたかもしれないけど。

今だとリニア中央新幹線の初代営業車がL0系という想定で、

山梨実験線を走っているのはL0系の試作車という扱いで、そこに取っておきたい思いはあったかもしれない。


その後にN700S系のときに新しい番号を付ける考えもあったかもしれないが、

これはマイナーチェンジの範疇という考えも多かったのだろう。

700系→N700系は明らかに新形式という感じがあったけど、

ゆっくり変化している車両というのが正直なところではないか。

というので、7xx形から変わらず現在に至るというところか。


そういえば、近鉄の新しい一般車両が8A系と言われて、

8xxxという車番で現存車両と被らない番号を付けるのだと思ってたら、

まさかの 8A101 のような車番が振られてびっくり仰天なんて話はありましたが。

この付番の意図として先頭の「8」という数字を意識したというのがあって、

それは奈良線・京都線・橿原線の車両は「8」はじまりにしたかったと。

それで5桁になるのはともかく、そこにAを入れますかというのはある。

それと似たような話で「9」はじまりはやめておくというポリシーがあったと。


E10系についての発表の最後に「今後予定されている札幌開業に伴い運用する車両については、今回設計する車両をベースに別途検討いたします。」という記載がある。

そういえば北海道新幹線の札幌までの延伸ってのがあるんですよね。

寒冷地対応の強化など必要らしく、全く同じ車両というわけにはいかないよう。

それはE10系のマイナーチェンジで対応できるのかもしれないし、新形式かもしれない。

実際、そんなに違うのかなという気はするんですけどね。

いずれにせよE10系は東北新幹線で多目的に使われているE5系の後継に適した車両とは言えそうだ。

ただ、窓割りからグランクラスはなさそうで、最速達列車には入らないかな? という予想はあったが、真相はいかに。

ラップアラウンドは怖いが

最近、ソースコードの静的解析に絡む仕事をあれこれやっている。

理想と現実という言葉がよく合う難しい仕事である。

昔のソースコードはコーディング規約を守っていないものが多いし、

修正するにしても、修正せずとも妥当とするにせよ、量が多すぎて全部は回りきらない。


仕事でそういうことをやっている人なら知っているかもしれないが……

静的解析というのはプログラムを動かさずに記述の妥当性を確認する手法である。

こういう書き方をすると意図と異なる動きになりやすいですよと。

そういうのをあれこれ列挙してくれるわけである。

ただ、それが実際に意図しない動きになるかというと微妙なところで、

ほとんど空振り三振、でも稀に難しい球をヒットにしてしまうみたいな。

他の手法ではなかなか見つからない潜在的なバグを発見できることがあるのは価値である。


その指摘の中に「ラップアラウンドが発生する可能性がある」というものがある。

INT30-C. 符号無し整数の演算結果がラップアラウンドしないようにする (JPCERTCC)

CERT-Cというセキュアコーディング標準にあるルール(必ず適用するべき規則)の1つで、

このページの下の方にリスク評価として 深刻性:高、可能性:高、修正コスト:高 と書かれている。

潜在的にかなり危ないが後から修正するのは大変というルールである。

だからコーディング時点で注意して作りましょうねということなんだけど……


具体的にこんなのが危険だと指摘されたという例を書く。

size_t len = flash_end - flash_top;
flash_read(flash_top, ram_top_ptr, len);

フラッシュメモリのアドレスflash_topからflash_end-1までのデータをRAM領域に転送する。

このときのデータ長lenをアドレスの差し引きで計算しているのだが、

もしもflash_top > flash_endだったらどうなるかというと、

size_tは負の数を表せないため、最大値にラップアラウンドして超巨大な数字になってしまう。

すると想定外のメモリアクセスが発生してシステムは破壊されかねない。

こういう場合を想定した処理になっていないですねという指摘である。


flash_top, flash_endに入る値の組み合わせが限られているなら、

そうなることはないと断言できるが、入りうる数字がいろいろある場合、

あるいは悪意を持って数字を入れられた場合には問題になる。

この件はflash_top, flash_endなどに入る数字のチェックも抜けてて、

0x000000≦ flash_top ≦ flash_end ≦ 0xFFFFFF

のような大小関係を保証するような処理を加えて打開している。

ということで指摘を受けて堅牢なソースコードに改善できた一例である。


一方で実態として問題ないのに指摘されることも多くて、

それは一定の記述で書かれたものでなければ静的解析では未対策とみなされるためである。

エラー回数カウンタで0x00から0xFFまでカウントアップしたら、そこで止まるという処理をこう書いていた。

cnt = (cnt!=0xFFu) ? (cnt+1u) : 0xFFu;

これは元々ラップアラウンドを意識したコードなんですよね。

何も考えずに cnt+=1u; と書くと0xFF→0x00でカウンタが戻ってしまう。

こうなると累積エラー回数があたかも0回に見えてしまうので、最大値以上はカウントしないと。

ところがこのコードですら「ラップアラウンドが発生する可能性がある」という指摘が出てしまう。

解析ツールが対策済みと検出できる書き方がいくつか書かれていて……

if(cnt > 0xFEu){
   cnt = 0xFFu; }else{
   cnt += 1u; }

とすると、対策済みとして指摘されなくなった。

実効的な意味はさっきの三項演算子を使った書き方と同じなんだけどね。


さっきフラッシュメモリの大小関係を保証する処理を入れたと書いたが、

そういう変更をしたところで結局は指摘事項としては残っている。、

とりあえず怪しそうなところは全部列挙しているけどねというのに近い。

それにしてももうちょっとやりようはあるんじゃないかとも思うが。


とりあえず僕が書いた新規部分はラップアラウンド対策はやったんですよね。

「修正コスト:高」は本当にその通りで、少しの書換でどうにかなる話ではない。

これを他に展開するのはかなり難しいだろうとは思うのである。

一方で潜在的な問題が多いことを認識するにはよい指摘だったことは事実である。

既存コードも含めて点検する価値が高いこともわかったので難しい。


少なくとももっと明確に危ないのから優先的にやったほうがいいとは思いますね。

ただ、これも既存部分は手を付けにくいですよね。

マクロに関する指摘ってのも多いわけだけど。

マクロの使い方が従来と全く変わっていなければ特に問題ないはずで、

マクロを従来と異なる使い方をしたときに思わぬ解釈が生じかねないというものは、

果たして手を入れるのがよいのか、そのままがよいのか難しい。

なぜならば、思わぬ解釈でも結果として正しく動いている可能性もあるからである。


最終的には残った指摘部分は全部問題なしと説明できるなければいけないけど、

現実的には困難なので、何か濃淡を付けた対応は必要になりそう。

そこで何を優先するかというのは勘というのもありそうですけどね。

パスポートのTypeの謎

この4月で勤続10年、今月で東京都に転入してから10年、

ということは転出前に取得したパスポートが期限切れになると。

一方で今月から新デザインのパスポートに切り替わるという話がある。

パスポートのデザイン変更、3月24日申請分から…見る角度によって消える顔写真 (読売新聞オンライン)

ただ、僕が持っているパスポートは3月24日には期限が切れてしまう。

パスポート申請時に有効な日本国旅券を呈示できれば戸籍記載事項証明書の提出は不要なのだが、

期限が切れてしまうと戸籍が必要だし、いろいろ手間が増えてしまう。

なので、現行デザインのもので更新することになる。

偽造防止対策はより強化されるが、機能的には全く変わらないわけだし。


ところでこのパスポートの写真を見て気になったことがあった。

それが顔写真ページの「型/Type」の欄に「PP」と記載されていること。

パスポートのこのページの中でもよくわからない項目の最たるものだが、

従来はパスポートは全てPであるという説明になっていた。

これがPPになるんだけど、それってどういう意味?


パスポートは全部Pなら「型/Type」という項目はなぜあるのか?

という疑問への答えとしてはパスポート以外の書類を想定したものだというのがある。

よく言われるのはビザは「V」を使うというものである。

いろいろ調べてみるとこの手の書類はICAO(国際民間航空機関)のMachine Readable Travel Documentsの規格に沿ったものだという。

Doc 9303 Machine Readable Travel Documents (ICAO)

ここで定義されているのは下記の書類である。

  • Machine Readable Passports (MRPs)
  • Machine Readable Official Travel Documents (MROTDs)
  • Machine Readable Visas (MRVs)
  • Emergency Travel Documents (ETDs)

machine readable zone(MRZ)に記載された文字をOCRで読み取れることをMachine Readableと呼んでいるようだ。

当然、日本を含む多くの国ではICチップを埋め込んだパスポートが発行されており、

Machine Readable Travel Documentsではこの部分も規定しているわけだけど。


で、MRPsの必須記載事項の1つとしてDocument Codeが存在する。

このDocument CodeはMRPsではPはじまりで最大2文字と規定されている。

なるほど。PでもPPでもMRPsの要件は満たしてるんですね。

その上でMRZに記載される文字の羅列、1行目の最初にDocument codeを記載することになっている。

確かに見本を見てみると PPJPNGAIMU<<… とPPから始まっていることがわかる。

現在の日本国旅券は P<JPNGAIMU<<… で P< から始まっている。(MRZで < は空白の意味がある)


で、どうもこのDocument codeは従来はPはじまりならなんでもよかったが、

今後は書類の種類によって2文字目を使い分けなさいというルールになるらしい。

PPは National/ordinary passport  ということで国民向けのパスポートである。

PEはEmergency passport、帰国のための渡航書あたりが該当しそうだが、

1枚ペラのETDsの場合はPUを使うようにと書かれている。どっちかですね。

PRは Refugee passport、難民旅行証明書かな……日本ではかなりレアですね。

PAはAlien passport、外国人向けのパスポート?

なんだそれと思うかも知れないが、有効なパスポートを持たない外国人に発行される再入国許可書が該当しそうである。

日本に滞在する朝鮮籍の人が外国に行く場合に発行されるのが典型例である。

韓国のパスポートを取得する要件が揃わない(このケースが多い)か、

持っているパスポートが「朝鮮民主主義人民共和国」発行のものであるか。

調べたら英語版のWikipediaに再入国許可書の見本画像があった。

Japan Re-entry Permit (Wikipedia)

MRZがP<から始まっているので日本発行のパスポートの一種ということがわかる。


MROTDsはカード状の渡航書類で、EU諸国の発行するIDカードなどで使われている。

EUではシェンゲン協定によりそもそも出入国審査がない国境も多いが、

アイルランド(かつてはイギリスも)のように出入国審査があったとしても、

EU加盟国の市民はパスポートではなくIDカードの呈示で通過することができる規定がある。

このための統一的な規格がMROTDsである。

中国の発行する回郷證(香港・マカオ籍の人の大陸渡航用)、台胞證(台湾籍の人の大陸渡航用)がMROTDsに該当しそう。

裏面に3行のMRZが存在して、ICチップを埋め込むことも出来る。

こちらもMRZの最初はDocument Codeからはじまり、A,C,Iはじまりで最大2文字となっている。

EUでは I< とかIDとかを使っている国が多いようだが、必ずしもそうではないらしい。


MRVsはビザで、MRZはVはじまりで最大2文字となっている。

パスポートに貼るサイズなので、だいたいパスポートと同寸法である。

まぁパスポートとかと比べると標準化の必要性は薄そうな気はするけど。


さて、新デザインのパスポート、機能的にあまり差はないと書いたが、

ちょっと使い勝手に差があるところもあって、それがICチップの埋め込み場所である。

従来はパスポートの中央ぐらいにぶ厚いICチップを埋め込んだページがあったが、

新デザインでは顔写真ページがプラスチック製になり、ICチップが埋め込まれる。

パスポートの冊子にICチップ入りのIDカードが綴じ込まれるのに近いな。


このため国立印刷局での製造に一元化され、交付までの日数が若干伸びるという。

ただ、日本国内での発行ならばそこまでの差はないかなという気はする。

どちらかというと在外公館での申請ですよね。

従来は主な在外公館では館内でパスポートを作ることができていた。

ICチップ入りのMRPはどこの在外公館でも発行できるわけではなく、

かつては非MRPのパスポートを発行する館もあったけど、

現在はそのような館では日本でICチップ入りのMRPを発行して送っているそう。

今後は全ての在外公館でその対応になるので、外国でのパスポート発行には相当な時間を要することになる。

それだけ製造するのが難しいということではあるのだが、

外国でパスポート入手に時間を要するのも不便な話だとは思う。

ミャクミャクと追加の競輪

大阪・関西万博のマスコット、ミャクミャクが喋ったというニュースが流れたとき、

競輪場で言葉を覚えたんだという人がいて、当然そんな設定はないのだが、

ミャクミャクが競輪場によく出没していたことは事実である。

さながらS級選手のように全国の競輪場を渡り歩いているのだという。


なぜ競輪場なのか。「大阪・関西万博協賛」と銘打って行われる競輪のレースが多いためである。

実際、競輪の売上から博覧会協会に資金を拠出しているそうである。

この万博協賛とついたレース全てではないのだが、特別な意味を持ったものもある。


そもそも競輪のグレードレースというのは各競輪場、年度に1回という原則がある。

GII以上のグレードレースは基本的に持ち回り制なのだが、

その持ち回り制のグレードレースを行うと他のグレードレースはできないと。

GIIIでは最も格式が高いとされるのが各競輪場の開設記念競輪なのだが、

持ち回り制のレースを行うとその年度には行われないのだという。

競輪場は数が多いのでそういうルールになっているらしい。

このことから、競輪発祥の地ということで競輪祭(GI)を必ず開催する小倉競輪場には開設記念競輪というものが存在しないのだという。


とはいえ、物事にはいろいろな例外が存在する。

まず、年度に1回というのは4日制以上のグレードレースについてのルールなので、

例えば年末のKEIRINグランプリを開催しても、開設記念競輪はできる。

次に開設記念競輪をナイターで行う場合は、追加でGIIIの開催を認められることがある。

これは開設記念競輪をナイターで行うと売上が伸び悩む傾向にあるためだという。

他の公営競技に比べると必ずしもナイターが受け入れられているとは言えないようだ。

このため全レースをナイターまたは無観客のミッドナイトで行う四日市競輪場は、

開設記念競輪(泗水杯争奪戦)と追加のナイターGIII(ベイサイドナイトドリーム)を開催しているのだという。

そして、もう1つの例外が「大阪・関西万博協賛競輪」「施設整備等協賛競輪」などである。


「大阪・関西万博協賛競輪」は収益の半分以上を博覧会協会に拠出することを条件に追加で開催できる。

これ以外にも万博協賛とついたレースが多いので区別は難しいのだが、

単に「大阪・関西万博協賛競輪 in ○○」となっているものが該当する。

「施設整備等協賛競輪」は車券の販路拡大や施設改修などの費用を捻出するための開催である。

2025~2026年度にかけて「愛知・名古屋アジア・アジアパラ競技大会協賛競輪」が行われる。

これもアジア大会の組織委員会に収益の一部を拠出することを条件に開催するものである。


万博、アジア大会と大規模イベントに合わせて協賛競輪があるなら、

オリンピック協賛競輪はあったのか? と考えてしまうが、実は似たようなものはあった。

それが2015~2021年度に行われた「国際自転車トラック競技支援競輪」である。

世界選手権、オリンピックなどの国際自転車トラック競技大会に出場するナショナルチームの強化資金を拠出することを目的としていた。

これと入れ替わるように万博協賛競輪と施設整備等協賛競輪が行われるようになったと。

で、万博閉幕後は「ワールドサイクリスト支援競輪」としてナショナルチーム強化のための競輪が行われることになっている。

結局は追加で競輪を行うための口実をいろいろ探しているわけである。


動機はともかく、競輪の収益が博覧会協会に拠出されていることは事実である。

万博開催の機運醸成に競輪が貢献していることも事実である。

競輪場に来る層と万博に来る層は重なるのかとか疑問はあるけど。

競輪ファンにとってはミャクミャクはおなじみの存在なのは確からしい。

バイクのパンク修理をする

2月は30日はないので、イオンでは26日・27日がお客さま感謝デー、

ということで仕事から帰ってきて、イオンモールまで買い物に行くかー、

とバイクを出して走るとタイヤが石を噛んだような音がする。

でも、少し走っても取れる気配がないので、なにが起きてるんだとタイヤに手を沿わすと、

なんかひっかかってると取ると画鋲だった。タイヤに画鋲が刺さればパンクである。

というわけですぐに家に引き返した。


原因となった画鋲だが、玄関周りで作業をしていたときに見失ったような気がしていた画鋲である。

さて、どうしたものか。冷蔵庫の中身は今日どうしても買い物にいかなければならないほどではない。

しかし、ずっとパンクしっぱなしでよいわけは当然無い。

そこで思い出したが、自転車同様にチューブにパッチを貼れば応急手当できるじゃないかと。

後輪だと面倒だと思ったが、パッチを貼るだけなら前輪も後輪も大差ない。

そんなわけで自転車のパンク修理キットとゴムハンマーと空気入れを持って作業に着手した。

基本的に自転車と同じ道具でよい。というかこのバイクは自転車用のタイヤとチューブを使っているのである。

修理キットのタイヤレバーで外す。プラスチック製でチューブにやさしい。

一般的な自転車と異なりスポークにひっかけられないので、ここが不便だったが。

まぁ指も上手く使って外して、チューブを引っ張り出して、

水を張ったタライでパンク位置を特定して、ゴムのり塗って、パッチを貼って叩いて、戻して。


これでよいかと思ったのだが、往復するうちに空気圧が下がってるような。

うーん、何かうまくいっていないようだ。

やっぱりパッチを貼ったチューブってのは信頼性の面で気になるよなぁ。

チューブ交換に勝るパンク修理はないかと、チューブ交換を決意。

こういうとき頼りになるのがヨドバシドットコムである。

いろいろ探して米式バルブの16inch用のタイヤチューブを購入した。チューブそのものは1000円弱である。

一応は自転車用のチューブで、実は自転車で一般的な英式バルブのチューブも寸法は全く同じらしい。

その気になればママチャリを米式バルブにすることもできるらしい。空気が漏れにくくていいかも。


ただ、元々は後輪はバルブが外に曲がったタイプのものを使っていた。

真っ直ぐだとインホイールモーターとの隙間が狭く、空気入れが難しいからである。

ただ、そういうのは容易に入手できず、一般的な真っ直ぐバルブが生えたものを購入することに。

それでもなんとか空気入れはできるだろうという見立てである。

とにかく重要なのは即納であることである。


そんなわけで、今日届いたのでチューブ交換をすることに。

後輪のタイヤを外すのは自転車だと大変だが、電動バイクも……やっぱり大変である。

インホイールモーターの入った後輪ってどうやって外すのかと思うかも知れないが、

ソケットで後輪につながるケーブルを脱着できるようになっている。

これを外してケーブルを固定するタイラップを切ればタイヤだけ外せる。

で、タイヤが固定されているボルトを外すわけだが……

17mmのボックスレンチがはまらないのだが……

19mmのボックスレンチだと緩い、片側はそれでも外れたが。


外れた一方のナットを持ち戻って定規を当てるとだいたい17mm、なのにはまらない。

変だなぁと思ったが、どうしょうもないわけで自転車でホームセンターへ。

売場を見る中で原因が判明したのだが、どうもインチネジのようである。

後で調べたら11/16inch(=17.5mm)ってスパナが世の中にはあるらしい。

ただ、店には置いてなくて、ナットがはまって一番近いのは18mmだった。

というわけでそれを買って。固くて力は要るが、じっくり回して外れた。

ただ、これだけではタイヤは外れず、泥よけを外して、

それでも外れないので何が邪魔してるのかと思ったらブレーキキャリパーだった。

そうか、結局はブレーキも外さないとならんのか。


そんなのでタイヤを外すには苦労したが、タイヤを外してしまえばあとは自転車と同じである。

タイヤレバーでタイヤを外して、チューブを引っ張り出す。

パッチが一部剥がれていて、やっぱりパッチの貼り方がまずかったらしい。

ともあれチューブ交換してしまえばそういう弱い部分もなくなりますからね。

少し空気を入れて、新しいチューブをはめ込んで、タイヤレバーでタイヤを付け直して、

これでタイヤをシャーシに付け直す。これがけっこうきつくて大変だった。

いろいろ外したものを戻して、ブレーキ調整も改めて必要でこれは面倒だったが、

全部組み上がったら本格的にタイヤに空気を入れて……

やっぱりバルブが真っ直ぐになると空気入れが取り付けにくいとは思ったが、

それでも空気入れができないわけはなく、しっかり空気を入れて完成。


というわけで、落下した画鋲を踏むというポカをやらかしたわけだが、

無事になんとか修理することが出来た。いやーやっぱり大変だわ。

パンク修理はともかく、将来的にはタイヤ交換はあるかもと思ってたので、

そういうことも意識してはいたけど、それを1年も経たないうちにやることになるとは。

概ね自転車のやり方でよいものの、一般的な自転車とは異なる部分もあるのは確か。

それにしてもスパナが合わなかったのはバイクにしても普通はないことだと思うが。


ちなみに電動キックボードの場合はソリッドタイヤを使っているものも多い。

この場合は空気入れもしないし、パンクすることもないわけである。

重いという欠点も小さなタイヤなら問題になりにくいか。

ただ、タイヤ自体がすり減りやすいとは思うんですよね。

タイヤの径も小さいのでなおさらだと思うんだけど。

それでいざ交換するとなればチューブタイヤよりだいぶ大変なはず。

一方でこのバイクは自転車用の部品を使っているので入手性がよい。

米式バルブのチューブは一般的とは言えないかも知れないが、

マウンテンバイクなどある種の自転車では使われているので、ヨドバシで即納だったと。

交換手順も面倒ではあるけど、どうしょうもないほど大変ではない。

パンクのリスクはあるが、結局長く使えるのはチューブタイヤだと思うけど、どうだろうかね。