今回の旅行の宿泊地として木津川市あたりも考えていたところはある。
ただ、宿があまりないんですよね。そういえばそのあたりに用事がある人が奈良に泊まってたわ。
他にもいろいろ考慮してマッチしたのが郡山だったわけだが。
というわけで、市街地の端を走って、JR郡山駅にやってきた。
ここでバイクを畳んで電車に乗って府県界を越えて加茂駅まで乗る。
が、時刻表を見ずに来たら30分ほど待たされることに。加茂まででも本数だいぶ減るのか。
というわけで今日の最初の目的地は加茂町当尾(とうの)である。
きっかけは2023年に見た展覧会「京都・南山城の仏像」である。
このときに浄瑠璃寺の九体阿弥陀など展示されていたわけだけど、
実際に足を運んで観に行くのもいいかもなと思っていたわけである。
そんなわけで加茂駅からバイクで向かうわけだが、けっこうな急坂で細い道である。
走ってるとバスに追い抜かされたのだが、これは当尾へ向かうコミュニティバスで、
これ本当にバスが走る道なのかという細い道である。
不安になりながらも走って行くと岩船寺と書いた標識が出てきて、最初の目的地に到着した。
岩船寺ってのは入口を入ってすぐ先に三重塔が見えて、そこまで広くない寺だなとまずは思った。
十三重石塔が寺のサイズ感とかにもマッチしていていいなと思ったが。
で、本堂に入ると、どでかい阿弥陀如来坐像がある。
教えてくれたのだが、このスタイルの阿弥陀如来像としては古いもので、
大仏といってもよいクラスであるが、一木から彫りだして作ったものだという。
このサイズの仏像を彫り出せる木なんてもうないでしょ。
ちなみにここまで出てきたのはいずれも重要文化財である。
それにしても本堂の中も寒い。歩いていると奈良県の観光パンフレットがあった。
京都府に位置しているが、歴史的にも奈良の寺と関係があるこの一帯のことも書かれていて、
「奈良市北部・南山城」というくくりで県内の一地域のように扱われている。
次の目的地は浄瑠璃寺、ちょっと離れているがバスがそう頻繁には走ってないので、
歩いて往来する人向けか、石仏の道という散策ルートが書かれていた。
バイクで走っていく中でも石仏を様々見た。異様な地域かもしれない。
この一帯が浄土信仰にとって重要な地域だったことがみてとれる。
岩船寺にいるときも雪がはらはら舞っていたのだが、浄瑠璃寺に着くころには あられ のようなものが降ってきて、
かっぱがないと走れないようなものではないけど、ちょっと想定と違うなと。
そんなこんなで浄瑠璃寺に到着。
池が美しいが、この庭園の西側に九体阿弥陀がいるわけである。
というわけで修理が終わって9体揃った阿弥陀如来と御対面となるわけだが、
入口に堂内は自然光のみでと書かれていて、薄暗い中にドンと鎮座していた。
障子越しに入る光のみというのは昔はそうだったからという理由らしいが、
なんとなく薄暗い博物館で展示されているのと重なる気がする。
やっぱり九体揃っていると説得力があるなと思いながら見ていた。
須弥壇の上に置かれているが、須弥壇も手が込んでいて、九体阿弥陀に特化したお堂だなと。
なかなかアクセスはよくないけど、実際に足を運ばないとわからんもんだなと感銘を受けていた。
ここからバイクで下って、昼食にラーメンを食べて……
学研都市の一地区である梅美台をかすめるように走って行く。
木津の市街地を抜けて、木津川台までやってきて、突き進む。
しばらくは戸建て中心の住宅団地だが、奥には巨大な研究施設が見えてくる。
そして急カーブを経て、木津川台を抜けると精華町に入り、その中でもひときわ巨大な建物が。
国立国会図書館関西館である。東京も含めて国立国会図書館に来るのは初めてである。
関西館は国立国会図書館の中ではアジア関係の資料を集中的に集めている。
博士論文も集中保管されていて、あとは官庁発行の書籍など2冊以上ある本は東京・関西にそれぞれ配置するようにしている。
実際のところは国会や官庁の東京での調べごとに困らない本ってのがそこら辺だったのかもしれないが。
今だとデジタルコレクションの閲覧は東京も関西も問わないわけで、そういう役目もある。
複写や資料の取り寄せをするなら正式な利用者登録が必要だが、
開架資料だけでいいかと一時利用で入る。氏名と生年月日を記載するだけでよい。
手荷物の制限がけっこう厳しく、小さなカバンだったが預けて透明なバッグに必要物を入れて入ってねと。
閲覧室は広くてだいぶゆとりをもった作りになっている。
資料検索・複写申込書作成・デジタル資料閲覧などを行うコンピュータが置かれていて、
試しにデジタルコレクションの資料を調べてみると、一時利用でも館内限定の資料は読めるようだった。
開架で置かれている資料は使用頻度が高いもので資料集のような本が多い印象だった。
アジア情報室に置かれている本は当然、外国語のものが多くて、
新刊のところに中国の旅行ガイドがあって、当然中国語で書かれている。
コリアと書かれたコーナーには日本の本は別としてハングルが多いわけだが、
古い本だと漢字交じりのものもあり、それはそれで歴史を感じる。
特集展示の科学書を読んだり、学研都市建設時の資料を読んだりしていた。
ここでなければできない調べごとをしている人ばかりなのかはよくわからなかったけど、
マイクロフィルムの新聞を調べる人とか、特徴的な作業をする人はちらほらいた。
新祝園駅まで来たらバイクを畳んで電車に乗って新大宮駅まで。
新祝園で乗車する急行を待っていた各停が新型車両で、4両編成らしい使われかただなと思ったが、
西大寺で急行から乗り換える先の各停でも新車が使われていて、けっこう走ってるんだなと思う。
他の車両に比べると車いすスペースも充実しているので、バイクを置くにも助かる。
もっとも乗り換えて1駅、新大宮駅で降りるんですけどね。
バイクを広げるならここの方が楽だろうという考えである。
近鉄奈良駅も過ぎて奈良公園に入り、奈良国立博物館に到着である。
来館前に今日って何時までやってるんだろ? と調べると
「3月1日~11日・13日・14日は午後6時まで。3月12日は午後7時まで。」とある。
うーん、なんだこれ? と考えてしまったが、そうかお水取り期間だ。
お松明に合わせて少しだけ開館時間を延長してくれているようだ。
というわけでこれを生かして少し遅めに来てもゆったりみられるなと思った。
当然、お水取りの特集陳列から見ようとしたわけだが、
入口で東大寺ミュージアムも見たら散華をあげると引換券を渡され、
観に行こうかなと思ったけど、東大寺ミュージアムは17時までである。
ということはそっち先見ないと手遅れじゃないかと一旦出て東大寺へ。
東大寺ミュージアムって初めて来たような気がするな。
いくつかの仏像を中心に東大寺に伝来するいろいろなものを展示しているが、
その中で修二会(お水取り)の特集展示は文書を中心に展示していた。
修二会というのはいろいろな苦労がありながら1300回近く続いているわけだが、
1568年の資料に「八百年以来不退法事」と書かれているのは、いろいろ歴史の重みを感じる。そもそもこれ自体が450年前の話だし。
修二会が世界平和という普遍的な祈りの場であると考えられているのも、これだけ続いているからというのはあるんだろう。
さて、奈良博に戻ってきて、お水取りの特集展示を見るわけだが、
ここでも目に付くのは修二会を続けることの努力ですかね。
特集展示の先には彫刻以外の博物館のコレクションがあれこれとある。
特別展期間はなかなか展示できませんからこれはこれで貴重なんですよね。
お経に関わる工芸品が目立った気がするな。
「妙法蓮華経巻第一」と透かし彫りで書かれた専用の経筒とか。
そして本館へ向かうわけだが、実はここに今だけの展示物があって。
それが深大寺の元三大師坐像である。しかもこれ秘仏だから普段は公開されること自体がないのだという。
それにしてもなんで調布から遠く離れた奈良でこれが展示されているのだろう。
実はこの像、修理のために奈良まで来ていたのである。
無事に修理が完了し、調布に帰る前に奈良で展示をすることになったわけである。
美術院国宝修理所って書いてあったから京都から思ったが、奈良にも工房があったんですね。
この後、深大寺に帰ったらお披露目されることになっている。
本来は50年に一度だけ公開する秘仏だが、修理を記念して特別に公開されるという。
ところでこれ秘仏とか言っているけど、仏像ではなく僧像である。
元三大師という高僧だが、厄除けに力があるということで、大きな像が造られたわけである。
大きいというのは本当に大きい。威圧感がすさまじい。
調布に帰ってから観るというのはあったかもしれないけど、奈良博に来てるから観たところもあるので。
ちょうど18時ごろに博物館を出て、バイクは東大寺南大門横に動かす。
お水取り期間でも参道の店は全然やってないし、人もそんなに多くない。
二月堂へ向かうと、ここは人が多いが、休日や籠松明の日ほどではないだろう。
お松明はだいぶ昔に観に来たことはあるが、近年はなかなか。
せっかく奈良県内に泊まっているのだしよい機会だったのではないか。
19時前に放送でいろいろ説明があったのだが、
あの松明は二月堂の長い夜のスタートにあたり、練行衆を照らす灯りとして用意されたものだという。
それにしては無駄に巨大だが。それを木造の国宝建造物で振り回すとか現代的にはどうなんだと。
とはいえ、これがあるから多くの人が修二会の儀式を見守りに東大寺に来るのであり……
3月12日の籠松明の日はより大きい松明を使うが、この日は講社の人の参詣日らしく、
それ以外の人は他の日に来る方がいいですよという記載がある。そうなのね。
放送でも言っていたのだが、修二会で使う様々な資材は各地の講社から提供されている。
大概の人にはよくわからない修行だけど、松明だけはわかるというのはそういうものなのかもしれない。
そんなこんなでお松明が終わったらバイクを走らせて宿へ向かう。
電池大丈夫かなぁと思ったら宿の直前で電池切れになるという。
これぐらいならごまかせたけど、寒いとやっぱり電池はきついですね。
それでも東大寺から宿まで直行できるのは楽ですけどね。
いや、それだけなら奈良市街に泊まればいいんですけど。