そう使わないけど取っておきたいもの

今回の滞在で、両親から依頼されていたのは、家に残しっぱなしになっていた自分のものを整理してくれということ。

捨てる分は捨てて、置いておく分は置いておいてもよいとは言われたが、

この際、必要なものは自宅に送ることとして、そのつもりで整理を進めた。


もっとも、弟に比べれば残っているものはずっと少ないとも言っていたが。

引越時点で要不要はある程度は吟味していたからね。

それでも残していたものは何かというと、かつて使ってた雑多な道具であったり、景品類であったり、

本だと教科書の一部(重要性が高そうなものは運んでいた)と、そうそう読まない漫画など。

存在自体を忘れていたものか、捨てるには踏ん切りがつかなかったものというところか。


というわけで、大半は捨てるということにしたが、いくつかは自宅に送ることに。

教科書ではもしかしたらこれは困ったときに読み返すかもというものをいくつかピックアップした。

景品類も忘れてたぐらいのものなので大半は捨てたが、献血でもらったオリジナルグッズの一部は送ることにした。

他にすっかり忘れていた牛乳瓶のフタのコレクションも送ることにした。(小学生の給食はそうだったのだ)

ここら辺の線引きは難しいが、僕のこれまでの人生にとって重要性があるんじゃないかと、なんとなく判断をした。

なんでも置いておけるほど広い家ではないけど(というか現状でも押し入れのやりくりに困っているぐらい)、

使用頻度は低いなりに置いておきたいものはあるということですね。


これを機に掘り返しておきたいものもあったので、一緒に送ることにした。

それが小学校・中学校の卒業アルバムと卒業証書ですね。

高専以降のものは手元に運んでたし、小中学校でも成績表は手元にあったのだが、卒業証書はなかった。

単純に忘れていただけとも言えるし、現実問題として中学校の卒業証書をいまさら使うことはないという話である。

でも、一応は手元にあるべきものだよねということで、掘りだして送ることにした。

使用頻度が低いなりに置いておきたいものというのは、こういうものだと思う。


他にもいくつかもらい物があって、ここにあるもので欲しいものをどうぞという形で、

吟味して、これならもらったなりの意味があるかななんて考えてやってたんだけどね。

もらったらすごい使うというのもはあんまりないけど、使用頻度が低いなりにあったらどうかというものを選んだ。

ここら辺は信念が問われるところかなと思うけど、こんなもんかなって。