今日はいくつかの目的地があったけど、その1つが橿原考古学研究所附属博物館である。
展示施設の改修工事のため長らく休館していたのだが、リニューアルオープンをしていた。
で、特別展なんてやってるのでかなり久しぶりに行ってきた。
最寄り駅は畝傍御陵前駅、駅員がいないことに驚いたが。
この名前からわかるかどうかという話だが、神武天皇陵の最寄り駅であることから命名された。
神武天皇は初代天皇、橿原宮で紀元前660年に即位、76年在位して127歳に崩御、畝傍山の近くに葬られたという。
とはいえ、127歳まで生きたというのは明らかに怪しい記述であり、
このあたりは伝説上の存在ではないかというのが一般的な見方である。
神武天皇陵も立派に整備されてはいるのだが、本当のところはよくわからない。
皇紀2600年(西暦1940年)の記念事業でこの周辺で整備を行うにあたり、
遺跡の発掘調査を行うこととなり、この調査事務所が橿原考古学研究所のルーツとされている。
1938年設立というのは現存する公的な埋蔵文化財の研究機関としては最古のものだという。
奈良県の機関として県内の埋蔵文化財調査を手広くやっている。
奈良県では国の機関として奈良文化財研究所もある。
こちらは平城・藤原・飛鳥といった古代城都の研究を中心に研究をしている。
(元は美術工芸品の保存・研究もしてきたが、1980年に奈良国立博物館に移管され、現在は埋蔵文化財に特化した組織になっている)
市町村レベルでの取り組みも合わせれば埋蔵文化財の調査・保存体制は相当なものである。
手広くやっているとは書いたけど、橿原考古学研究所附属博物館を見るに、
藤ノ木古墳(出土品が国宝指定)をはじめとする古墳が注力分野なのかなと。
このことから古代の埋葬儀礼というところに着目した展示が大きい。
そして、それは現在行われている特別展「神宿る島 宗像・沖ノ島と大和」にもつながる。
福岡県の沖ノ島、2017年に世界文化遺産「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」の構成資産、
奈良県からずいぶん離れたところだが、実はここでの出土品が、同時期の奈良県内の古墳からの出土品と共通点が多いという。
確かに並べて見せられるとよく似ているなと思った。
ただ、目的は違って、沖ノ島は航海の安全を願っての国家的祭祀のためで、
なぜこれが有力者の埋葬儀礼と似ている部分があるのかはよくわからない。
一度埋まってしまったものを解明することは難しいのが実情ですね。
ただ、それを明らかにするための活動を続けていると見えてくることがあると。
沖ノ島と大和というのも、そうして得られた成果の1つだったのだろう。
謎が深まったところもあるかもしれないが、少なくとも沖ノ島での祭祀が国家的事業であるところを裏付けるには十分な内容である。
その後、橿原神宮へ参拝してきた。
橿原神宮の最寄り駅は一般的には橿原神宮前駅だけど、畝傍御陵前駅の方が若干近い気がする。
そりゃ神武天皇陵隣接地に作った神社なのだから当然だが。
ただ、こちらから参拝する人は圧倒的に少ないですけどね。