中之島の昼休み

今日は案外慌ただしいだろうなと思いながら、大阪にやってきて、中之島の国立国際美術館にやってきた。

ちょうどOKミュージアムパスポートが期限切れなので買い直すのもあったが、

ちょうどこの先日、5000円から8000円に値上げされたのだった。

定価で言えば1800円とかする展覧会を各1回ずつ見られると考えれば妥当な値上げだが、

昔はほぼ同じ効力の 友の会 が年3000円だったことを思うと、むちゃくちゃ値上がりしたなと思う。

この値段だと関西2館ハシゴしないと元は取れないだろう。


ただ、今買う必要はなかったのかなと思ったのが、展覧会の期間である。

特別展「笹本晃 ラボラトリー」はなんと11月3日までやっているという。

期中に展示物を使ってパフォーマンスを行うので、それありきの会期設定という側面もあるのだろう。

となれば、止まっている展示物を見ても本当に見たことにはならないのかもしれない。

まぁそこは補完する映像があったりするわけですけど。

パフォーマンスをして展示物に描き足していく部分もあるのだろう。

そしたら会期中たびたび来たいという話もありそうですが。

映像など見ると自然科学にいろいろモチーフを取っていて博識そうに見せているが真相はいかに。


コレクション展では「開館50周年記念プレ企画」として、開館前に制作された作品を展示、次は開館後の作品を展示するという。

基本的にこの美術館は1945年以降の現代美術を対象としているが、

それより古い作品もあって、それは後の時代に影響を与えたであろう作品があると。

それは前の時代から見て重要な作品もあるから、そういうのは他館に貸すことも多いのだろうと。

ちょっとわざとらしいなと思ったのが、最終盤に女性作家の作品を集中的に並べていたこと。

当時、発表の機会も限られ、現代に渡ってもあまり研究されてないかもしれませんねと。

このあたりは国立美術館の全社的な方針もあるのかもしれない。

東京国立近代美術館の謎

あとちょうど特別展で取り上げている笹本晃さんも女性だし。


中之島はオフィス街で、フェスティバルタワーの地下では弁当箱を開けて食べる人も多くいた。

中之島ではランチもそれなりにするということだろう。

まぁ実際にそれなりの値段はした。

で、そのまま地下から渡辺橋駅につながっていて、こんなに京阪電車に乗る人がいるのか?

と思ったら、渡辺橋駅にはMINAMOというレストラン街があって、そこ目当ての人のようだった。

改札階に降りるとひっそりしているが、そこそこ利用はあるようだ。

とはいえ、今は中之島から京都方面まで直通する優等列車はないので京橋乗換ですが。


電車に乗りながら計算していたのだが、これは京都に着いてから慌ただしいなと。

特別展を見る分にはなんとかなるかと、三条で降りて岡崎公園まで歩いて行く。

特別展は「フォンタネージ—イタリアの光・心の風景」というので、

アントニオ・フォンタネージ作の風景画が多数並んでいるのだが……

果たしてなぜこれを京都でやっているのだろう。

明治時代に工部美術学校にやってきたが、わずか2年で帰国している。

ただ、その2年間で残した物は多く、教え子としては 浅井忠 が有名である。

先生としては名前が知られているが、画家としての側面はあまり知られてないですねと。

そんなわけでミラノからたくさん借りてきたというわけである。

文化が違っても自然を描くというところには普遍性があるので、学ぶところは多かったのかも。

終盤は教え子の作品が多く並んだが、教え子という側面で浅井忠の作品がミラノにあるのを借りてきたのもあった。

日本で着想を得てイタリアで完成させたって作品もあったみたいね。


そんなわけでもう時間切れで京都駅へ向かって、帰りもまた早特で取ったこだま号で東京へ。

こだま号も案外混み合うという話もあるが、これは空いてましたね。

そんなこんなで週中に2日間の関西行き、明日は1日仕事してまた休みですか。

南都仏画のために関西行き

島原・天草での夏休み中、悩んでいたことがあって、それは2週間後、関西に行くかどうかである。

夏休み直後、それも海の日で月曜が削られた週にいなくなるのはどうなんだと。

ただ、やっぱり外せないかなと思った。


というわけで、早特で取った こだま号 で京都まで。新幹線を降りると飛び上がるような暑さだった。

昼食を食べて、プリンセスラインで東山七条まで。

プリンセスラインは実質的に京都女子大学の通学バスなので、今は土曜ダイヤでの運行である。

まだ土曜ダイヤなら十分高頻度なのだが、これから夏休み期間に入るとより減便される。

現金しか使えないというデメリットはあるが、この区間に限れば空いてて便利なのだけど。

京都駅~東山七条のバスの混雑が激しいことへの対策として貸切バスから新規参入したという経緯もあるので、

この区間だけであれば多目的に使われる方がよいのだけどね。

というわけで京都国立博物館、平成知新館は本来の目的である平常展に使われているのは貴重である。


前半は「辰馬考古資料館の名品」ということで、大量の銅鐸に出迎えられる。

灘で酒蔵を経営していた 辰馬悦蔵(3代目)、大学では考古学を学び、銅鐸などの考古資料を集めた。

辰馬考古資料館自体は改築のため休館中なので借りてくるには好都合だったのだろう。

まさか京博でこんな銅鐸ばかり見ることになるとはと思うも、いろいろ並べて観察すると案外いろいろ学びはある。

でも、実はそれだけではなかったのだ。辰馬家は画家の富岡鉄斎と交遊があったため、この絵画もコレクションにあるのだ。

どっちかっていうとそれ目当てだったんじゃないのと。銅鐸はおまけだったのかも。

他の特集展示では陶俑、「埋納」というテーマで経筒など、全体的に考古分野が手厚かった。

逆に焼き物など工芸分野のものは少なめだったのかな。陶俑は間違えなく焼き物だけど。


ちょっと気になった話があって、それが「白寿斎コレクション」である。

2023年の新収品展で名前が出てきている。誰か個人から寄贈してもらったコレクションなのだろう。

これ、近世・近代絵画の作品からなるそうだが、明治以降の作品もかなり含まれているらしい。

京博は以前より明治以降の作品を収集していたらしい。ただ、ほとんど展示できず、他館に貸すのが主だったらしい。

この白寿斎コレクションが加わったことで、明治以降の絵画もあれこれ展示していけますねと書かれていた。

以前紹介したことがあるのだが、東京国立近代美術館は1907年以降の美術作品を注力分野としている。

この1907年は第1回文展が行われた年で、ここを境に東京国立博物館と所蔵品の移管をしている。

ただ、これは東京の2館に限った話で、京都国立近代美術館はより古い作品もあり、この移り変わりも見て学べる。

これは気づいていたが、まさか京博もこれより新しい作品がそこそこあるとは。


ゆっくり見てたらもう出ないといけないと、京阪・近鉄と乗り継いで奈良国立博物館へ。

というわけで今回の関西行き、最大の目的である「南都仏画」の賛助会員向けの特別鑑賞会へ。

奈良博で絵画が多くを占める展覧会は珍しいと思ったが、けっこう彫刻(仏像)もあるんだよな。

なぜか? それは仏像への彩色も絵として捉えたためである。

この展覧会、奈良博自体のコレクションもあるし、奈良県を中心に寺社から借りたものもあるが、

「ボストン美術館共同企画」とあるようにボストン美術館からの里帰りにあたる作品もいくつかある。

なぜボストン美術館にあるのかというのは後で書くとして。


この展覧会の一番古いところは 法隆寺金堂壁画 から始まる。焼損した壁画が無事だった頃の模写などがある。

いろいろ観点はあるが、伝来されている日本の仏教絵画の最古のものという意味はあるのだろう。

そこから奈良時代、平安時代、鎌倉時代、室町時代と時代が進んでいく。

特に平安時代のものは重要文化財になっているものが多く評価が高い。

その頃に歴史ある都の意味で「南都」という言葉をよく使っていたことが「南都仏画」という展覧会名の由来だったらしい。

そんな中でボストン美術館からの里帰り「釈迦霊鷲山説法図(法華堂根本曼荼羅図)」がある。

これ自体は奈良時代の作品なのだが、平安時代にこれを元に東大寺の「倶舎曼荼羅」が描かれたという。

模写なども絵画を伝承する上で重要で、そういう歴史を伝えるきっかけにしたいという意味もあったのだろう。

ボストンからやってきた作品、額装されているものが多い。

日本でも額装された日本画はあるけど、元々の表装を切り取って(?)額に入れただけなのは雑な気もする。

住友財団の助成により修復中の十六羅漢図は、修理が済んだ分を展示していた。

元々は形態もいろいろで展示できないほど痛んでいたが、本来の形ということで軸装にして修理されたそう。


さて、なぜボストン美術館に奈良の美術品が伝来したのだろうか?

明治時代となり、東洋美術史を研究していたアーネスト・フェノロサが日本にやってきた。

彼は奈良の社寺を訪れ、美術品をいろいろ調査していたわけである。

日本の美術について世界に知らしめた人の1人で、その活動の中で奈良の絵画を持ち帰っている。

明治時代になってなくなった寺も多いが、その1つが内山永久寺で、大変豪華な寺だったそう。

ただ、明治になって寺は維持できないと、組織的には近隣の石上神宮に統合されて廃寺に。

建物は移設されたものもあるが、仏像や仏画は不要なので他の寺やコレクターに渡って行った。

その渡った先にはフェノロサがあり、ボストン美術館というのがあったわけですね。

こうして日本美術の価値が評価されていく中で、日本国内でも社寺に伝来した文化財の保護が急務と、現在の奈良博にあたる帝国奈良博物館ができる。

この点では共通的な事情のある博物館同士でもあったわけですね。


ところでこの展覧会、主な展示物が日本画なので展示できる期間が限られている。

このため展示替えが多いので、ぜひとも後期にも観に来たいものだが。

僕は賛助会の会員証を見せれば「随時」観覧できるので、この点では特に問題はないものの、

9月13日までにまた関西に来る用事は今のところはないんじゃないかな。

でもこんなチャンスは他にないよなぁ。実現できるかはともかく策は考えようと思う。


そんなわけで明日は大阪・京都と美術鑑賞しては帰宅する。

けっこう慌ただしいんだよな。こだま号で帰るってのもあるんだけど。

なんで東濃は岐阜県なのか

この夏はスロースタートな感はあったが、7月下旬にもなると暑くなり、

今日はとうとう多治見(40.3℃), 豊田(40.1℃), 八幡(40.0℃)と40℃超えの地点がでた。

八幡? と思ったけど、これは郡上市八幡のこと。

岐阜県・愛知県の観測点の気温が高かったが、筆頭はやはり東濃だった。


全国的にも暑いことで知られる東濃地域、なぜ岐阜県なのか? という疑問を持った人もいるかもしれない。

というのも東濃地域というのは、岐阜県の他の地域との往来が愛知県経由になることが多い。

特に鉄道や高速道路を使う場合にその傾向が強い。

岐阜県は全体的に愛知県との往来が激しいこともあり、なぜこんな県境の引き方なのだろう? と疑問に思うこともある。

いろいろな事情はあるわけだが、歴史を掘り進むほど不思議な県境である。


東濃というのは美濃の東部という意味である。

岐阜県は概ね美濃国と飛騨国を合わせた区域に相当する。

なのでこの点では東濃地域が岐阜県なのは自然なことである。

そもそも美濃を東西に横断するように中山道が通っていた。

中山道というのはかつては重要ルートだから、このルートに沿って行政区分が設定されるのは妥当そうである。

同様のことは長野県の元となった信濃国にもあてはまる。

中山道の馬籠~軽井沢のルートに沿って成立した行政区分だったが、

現代の人々の流動には必ずしも合っておらず、しばしば論争になる。


昔は美濃の範囲は今より東に広く、現在は長野県に属する木曽地域も含んでいた。

というのもこの地域は川筋としては木曽川流域にあたるためである。

美濃国には中山道沿いという側面と共に木曽川流域という側面もある。

この木曽川というのは治水に苦労した川で、様々改修が行われてきた。

木曽川は美濃と尾張の国境を決める川になっていたが、容易には渡れなかったわけですね。

それでとりあえず尾張の洪水被害の対策として、御囲堤という堤防を作ったわけですね。

これで木曽川と尾張を切り離すことで尾張の開発を進めたわけですね。


すなわち渡れないという点では木曽川というのは大きな断絶ではあったけど、

御囲堤で切り離される以前は尾張も木曽川の派川がたくさん流れていて、

それらの地域の排水を担う川が集まったのが現在の日光川水系だという。

御囲堤で切り離されたことで水害のリスクは減ったが、水の確保には困るようになった。

このため木曽川から導水する用水路が様々作られたという。


さらに言えば、木曽川が渡れないという問題は濃尾平野のことで、

善光寺道とか言われた名古屋~恵那を庄内川沿いに移動するルートにはそのような問題はない。

昔から東濃地域はこのような往来が盛んだったんですね。

このルートは後の国道19号線の元となっており、このルートに鉄道の中央本線や中央自動車道が敷かれている。

だから、昔から東濃というのは名古屋との往来は別格に良かったんですね。


あと、行政面でも東濃・中濃は多くが尾張藩の管轄下にあったそうだ。

木曽川の治水も尾張藩のリーダーシップによるところが大きかったそう。

このあたりは岐阜県の中でも大垣など西濃地域とは大きく異なるところで、

このあたりはむしろ関ヶ原を超えて畿内との往来が比較的多かったようだ。

木曽川を渡るのが容易でなかったがゆえ、西側との往来が多かったと。

こういう話は今の三重県にもあって、今は橋をわたってすぐそこの名古屋もかつては七里の渡しなど海路での往来で近くて遠かった。


というわけで東濃地域は確かに中山道沿いで、それは木曽川の川筋に沿ったものではあるけど、

現在は長野県に属する木曽地域と同一の地域圏だった時代もあるし、

善光寺道で他の美濃地域とは異なる尾張との往来はあったし、行政上も尾張藩の支配下にあった地域が多いと。

歴史的には意味はあるけど、美濃国という区分にこだわる必要はあまりなかったのかもしれない。


岐阜県もなかなか変な形だが、愛知県もなかなかなんですよね。

愛知県は尾張と三河に大きく分けられる。

同じ県内ながら尾張と三河の境目はかなり意識されている。

一方で、尾張と美濃の境目はしばしば曖昧である。

かつては容易に渡れなかった木曽川も容易に渡れるようになっている。

尾張と美濃の往来はどこからでもできるという状況に近い。

それぐらい密接なのだから、県内で往来する必要性自体がないんですね。

東濃と他の岐阜県の往来が不便というよりは、美濃と尾張の往来が全体的に便利ということなんでしょうね。

イエローカード2回の意味

サッカーワールドカップはスペイン優勝で閉幕した。

特に試合を見ていたわけでは無いのだが、後から試合について調べると、

アルゼンチンの選手がイエローカード2枚の退場で10人になり、

これで延長戦でスペインが得点を得るきっかけの1つになったようだ。


そもそもイエローカードというのは警告を示すためのものである。

イエローカードを呈示されただけでは、警告に留まり退場にはならないが、

イエローカードに値する反則を繰り返せば、退場になるということで、

まさにその通りのことが起きたという話なのだけど……

なお、この場合2回目のイエローカードの呈示後にレッドカードを呈示して退場を示すことになっている。

このため、2回目のイエローカードによる退場は イエローカードとレッドカードを重ねたマークで表示されている。

1発退場の場合はレッドカードだけで表示されるので、これで区別できる。


イエローカードというのは同じ試合で2回受けなければ大丈夫なんてことはなく、

ワールドカップでは試合をまたいで累積2枚のイエローカードを受けると、次の試合は出場停止になる。

これはレッドカードで退場になった選手が出場停止になるのと同じである。

このためイエローカードを受けた選手は、以後慎重なプレーが求められるという事情がある。

もっとも今回のワールドカップにおいては、グループリーグ終了後と準々決勝終了後にこの回数はリセットされる決まりがある。

いつまでも2回目のイエローカードを気にしないといけないわけでもない。


実はアルゼンチンは敗戦後に乱闘により1人レッドカードを受けているので、

この決勝戦ではアルゼンチンは2枚のレッドカードを受けている。

イエローカードにせよ、レッドカードにせよ反則であることは確かだが反則の内容は考える必要がある。

今回話題になったのは対立場面で口を覆うという反則である。

なんのこっちゃという感じだが、差別的発言が映像に残らないようにするため、

口を覆うということが横行していたそうで、その対処らしい。

このルールで大会中2人退場者が出ているのが嘆かわしいことである。


なかなか審判の対応も一律ではないという話もありますが。

特にVARの適用により思いがけない反則が認定されるなんてことも。

W杯今大会初、“VARによるカード対象訂正”から退場処分 相手の警告取り消し→スイス代表FWがシミュレーションで2枚目退場 (Yahoo!ニュース)

端的に言えばイエローカードを間違えて出してしまったのだが、

VARのルール上、このケースではイエローカードをなかったことにはできず、人違いだったという扱いにしたという。

そもそも審判がイエローカードを出さなければ、反則と認定されることもなかったかもしれないという事案である。

誤審を防いだという点では意義はあったが、ちょっと違うんじゃないと。

しかもこれで2回目のイエローカードで退場というのもなかなか。


なので表面上のイエローカードやレッドカードの数だけで測れる部分だけではないのかもしれない。

ただ、チームごとに傾向があることは確かであって、

アルゼンチンがラフプレーが多いということはある程度確かであって、

決勝戦という次の試合がないという状況も重なってこういう結果になったのかなと。

スペインは辛抱強く戦った結果の優勝だったのかも。

カスタマイズ可能な貨物駅?

前にCities:Skylines IIでBridge&Portsというアドオンを買った話を書いた。

Bridges&Portsを買う

大きな理由としてはカスタマイズ可能な貨物港が欲しかったというのがある。

この他、フェリーの追加や航路を越えられる橋の追加がある。

航路を越える地下鉄橋はこのアドオンで初めて導入されている。

(このときは航路を越えられないか? と書いたが、ちゃんと越えられた)


このBridges&Portsのカスタマイズ可能な港なのだが、

どうもこれを貨物駅として使うということもできるらしい。

というのもカスタマイズできる要素の1つに貨物列車の発着場があり、

これを付けると港の貨物を貨物列車で往来させることも出来る。

従来の貨物港にも貨物列車の発着場を拡張するオプションはあったので、それと同じ。

一方で船の発着場であるガントリークレーンは必須要素ではない。

なので、貨物列車の発着場と他いろいろ集めれば、カスタマイズ可能な貨物駅になるということである。


結局のところ貨物港だろうが貨物駅だろうが従来のタイプは渋滞が起きやすい。

カスタマイズ可能な港・駅であればより処理能力が高いわけである。

面積的にはどうでしょうね。

今回は 中ぐらいの港 をベースに作ったが、これで基本の貨物駅より若干大きい程度である。

小さな港をベースに作ればもうちょっとコンパクトかなと思うけど、あまり変わらない気はする。


このカスタマイズ可能な港にはよくわからない要素もあって、それが旅客船ターミナルである。

岸壁にガントリークレーン同様に設置できる施設である。

別に旅客港を作るよりはずっとコンパクトなものの、

基本的には貨物の流れと人の流れは違うものなわけで、一緒に扱う意味もよくわからない。

岸壁に付けて歩道で港の外にあるバスターミナルにつなぐという使い方で、

旅客船関係の人は港のゲートは通らないわけでなんのことやらと。

貨物港があるところなら小さな旅客船ターミナルを作れますよということだと理解している。


このゲーム、いろいろな要素が巨大という話はあるのだけど、

標準パッケージ向けのパッチで車両基地などは小さなものが追加された。

特に地下鉄はスペースが限られる中に導入するのに車両基地が巨大では大変と、

「終着点地下鉄車両基地」というのがとても役立っている。

鉄道もコンパクトな鉄道基地ってのが追加されたけど、劇的に小さいという感じでもない。


貨物駅を作ったのも初期からの市街地を通って貨物港に行く流動をなんとかしたいというのがあったが、

大きな影響を与えるほどではなくなったが、なかなか大変である。

郊外に高速道路を敷いて、できるだけそちらに回ってもらうようにしたり、

ある程度は意図通りに動いているが、昔からの導線も使われなくなったわけではない。

でもパッチで昔よりはだいぶ賢くなった気がしますね。

非予想系の野球くじの意味

以前より話はあったのだが、スポーツ振興くじの対象に野球を加えることについて、

NPBのオーナー会議で進めようという話が出たそうである。

プロ野球オーナー会議、野球くじ検討 勝ち負け選べぬ非予想系で (毎日新聞)

ただし、非予想系に限るとのことである。


野球賭博というのは日本における大きなタブーである。

野球というのは投手の力により結果が左右される部分が多く、

意図を持って勝敗を操作することができる場合がある。

このあたりが過去に野球賭博のスキャンダルを生んでいる理由らしい。

このため、スポーツ振興くじの対象にするとしても、予想系はやめようと。

非予想系であれば、この試合はホームが勝ちを買おうとか、そういうことはできない。

ゆえに故意に試合結果を操作する理由もないということである。


ただ、非予想系というのは野球でなければならない理由もない。

現在のスポーツ振興くじの売り上げの9割が非予想系のBIGシリーズが占めている。

背景には様々事情はあろうと思うが、totoは難しいというのもあったと思う。

そこで1試合予想あるいは競技会予想のWINNERが導入された。

WINNERは本当にわかりやすいのか?

サッカーワールドカップでも日本戦を中心にWINNERで楽しんでいる人は見ますが。

ただ、控除率が50%と高いこともあって、スコアも含めて予想してなんとかで、これはこれで難易度が高い。

昨年の売り上げは28億円、スポーツ振興くじ全体の2%程度である。


そこで野球を非予想系のくじの対象にするメリットを考えて見ると、

やはり試合頻度で、概ね月曜以外は毎日試合があるわけだ。

BIGは基本的に週1回の発売である。

木曜か金曜に締め切って、週末の試合結果で結果が出る形である。

さらにサッカーに比べると得点のバリエーションが多い。

このため1試合から取れる数字も多いと言える。


ただ、非予想系ということは別にスポーツくじである必要もない。

数字選択式の宝くじはかなりの頻度で抽選会を行っている。

それでもさすがに毎日ではないだろうと思ったのだけど、

ナンバーズ4・3は月~金の週5回も抽選会が行われている。

ロト7, ミニロト, ビンゴ5は週1回、ロト6は週2回なので、

1000万円以上の高額当選が狙えるものでは、ロト6の週2回が最多ですが。

あと、もう1つあるのが公営競技の重勝式投票券である。

ランダム式では競輪・オートレースにいろいろ設定されている。

基本的には毎日レースがあり、何らか買うことはできるが、売り上げとしてはどうなんでしょう。

税制面の問題もあり、高額当選狙いよりはオートレースの「当たるんです」の144万円程度がよいだろうと書いたこともありますが。

おいしいところ狙いの車券?


さて、その上で何を予想対象にしようかということを考える。

いろいろ方策はあるだろうが、MEGA BIGの両チームの合計得点というのはよい指標に思う。

さらに野球の場合、イニングごとの数字というのも使えそうだ。

野球の特性上、得点が入ると大きな数字になることがある一方、無得点に終わるイニングも多い。

そこで昨年のNPBのイニングごとの得点分布を調べた。

プロ野球ヌルデータ置場/2026年度版

これを元に推定すると6イニング(両チームの3イニング)合計得点は、

0点:23%, 1点:22%、2点:18%, 3点:14%, 4点以上:23%

という形で若干3点というパターンが少ないが、だいたい均等に並びそう。

1試合を1~3, 4~6, 7~9回と区切ると、それぞれから5通りの数字を3つ作れる。


NPB 6球団全てが試合を行えば1日6試合だが、必ずしも揃わない。

でも、少ない場合でも3試合程度は行われているようだ。

3試合から5通りの数字を9個作ると、その組み合わせ数は195万通りとなる。

BIGと同じ1口300円、控除率50%、全て一致の1等に当せん金の80%を割り当てると、

1等当せん金は理論上は2.3億円となる。けっこういいのでは?

野球というのは雨天中止も多いが、3試合ならドーム球場の試合で多くは構成できそうである。

こうすると不成立となることも少なくなるのかなと。

BIGは一部試合が行われなくても、その試合はすべて的中扱いで結果が出ることがある。

ただ、キャリーオーバーも考えるとよい仕組みとも思えない。

そもそも中止にならなければそれに越したことはない。


というわけで野球くじもそれはそれで有望そうだとして、

どうしてこれまでNPBは消極的だったのか、そして積極姿勢に転じたのか。

スポーツ振興くじ では 試合開催機構 に開催経費の一部を補助できる規定がある。

試合開催機構とはJリーグとBリーグのことである。

このことを指してWINNERの説明には「売上は応援するクラブにも還元される」と書かれている。

ところがNPBは各チームとも球場や放送・映像配信などで大変儲かっているわけである。

なのでスポーツくじからの分配金というのはあまり期待していないと。

ましてやこれまで野球賭博はタブーとされてきた経緯もある。

WINNERで新たに投票対象になったBリーグはWINNERをファン獲得の呼び水にしたい思いもあったかもしれない。

でも、野球はやるとしても非予想系、これでは試合への興味も生まない。


ただ、そこから転じたことには野球の将来も考えてのことがあったようで、

この日の会議では野球振興活動について報告された際、少子化や中学校の部活動の地域移行などが進む中、野球振興のための新しい組織作りに向けての財源確保が喫緊の課題となっていることが示された。

そもそもスポーツ振興くじの収益金は地域スポーツのために多く使われている。野球も当然恩恵は受けている。

野球をスポーツ振興くじの対象にしたところで野球が受ける恩恵が直接増えるわけではないように思う。

でも、そうじゃないんですね。ここで言っている「野球振興活動」はNPBの事業である。

すなわちNPBはスポーツ振興くじの試合開催機構としての分配金を、

NPBが行う野球振興活動に投じて、地域の野球をできる環境を維持していこうと。


そもそも非予想系というのがどうなのかという疑問はかなりある。

これが売れたとしても結局はBIGや宝くじの売り上げを食うだけではと。

でも、週6日試合のある野球の特徴を生かして売り上げを伸ばせれば、

日本スポーツ振興センターが行う全スポーツに渡る助成と、

NPBが行う野球振興活動の両面で、地域スポーツとしての野球を支えられる。

こういう理屈は確かにあるのかなと思った。

サンダーバードの新車が欲しい

昨日、北陸新幹線の話を書いたが、北陸新幹線が京都・大阪に到達するまでのお役目であろうサンダーバード、

新車導入に向けて動いているらしいという話が報じられていた。

JR西日本、特急「サンダーバード」2030年度にも新型車両 快適性向上 (日本経済新聞)

確かにこの車両のまま20年以上持たせることはないのは明らかだが、

直感的には早いなという気がする。


そもそも北陸新幹線の敦賀~金沢の開業により、北陸特急の運行区間は大幅に短縮された。

この中で経年が進んだ車両を廃車にして、比較的新しい車両を使えばよい。

このことは2015年の金沢~長野の開業時にすでに仕込まれていた。

このときも余剰となる車両がでたが、特にはくたか号の車両が余剰となった。

JR西日本は北越急行所有のはくたか号車両を買い取り、自社の車両ともども しらさぎ号に転用した。

1995年ごろ製造で、はくたか号で160km/hを出してた車両なんだという。

金沢に新幹線が到達したときにも余剰の車両は出たのだが、

在来線特急としては廃止された はくたか号の車両をしらさぎ号に転用し、

比較的新しかった元々のしらさぎ号の車両を近畿圏の他の特急に転用したという経緯があったそう。

このときから しらさぎ号 が最後の活躍の場と決まっていたようだ。

(新幹線が開通して車両工場が遠くなる)


過酷な環境で長年使われた車両はボロボロといってもよいものである。

しらさぎ号自身も運行区間が大幅に短縮され余剰車両がでたが、

それでも不足する分はサンダーバードの余剰車両で代替されると思っていた。

ところがまだわずかに旧型の681系が残存しているのである。

しかも繁忙期対応のために置いているとかではなく、毎日走ってるらしい。

さらにサンダーバード自身も増結用の3両編成に一部681系が残っているそう。


なんであんなに走っていたサンダーバードの車両をもってしても、

今のサンダーバード・しらさぎ号の車両を賄うことができないのだろう?

予定通りなのか誤算なのかわからないが、誤算らしいこともある。

1つはサンダーバードの利用が堅調なこと。

全席指定化もあり十分な座席数を確保する必要もあるのだろう。

もう1つは奈良方面の特急、まほろば(休日運転)と らくラクやまと(平日運転)である。

国鉄時代の1967年以来となる奈良県内を走るJR定期特急である。

このための専用車を683系で2編成用意したんですね。

他方面も通勤特急の充実化により、683系の転用先が予想以上に多くなったのかも。

ちなみにしらさぎ号の車両は らくラクびわこ の車両も兼ねている。

というか、らくラクびわこ は 車庫と米原駅の回送代わりである。


というわけで残ってしまった681系の代替分を買うんでしょうね。

ところでかつて北陸方面の特急といえば、交流電化に対応しているのが必須条件だった。

ところが琵琶湖環状線のときに敦賀まで直流電化になったので、

現在のサンダーバード・しらさぎ は交流電化に対応する必要が無い。

このためサンダーバードの新車は直流専用になるのではないかと思われる。

折しも はるか号も新車への代替の話が出ている。

この2つはほぼ同仕様で対応できると思われるが、全く同じになるかは知らない。


まだ683系は走り続けるだろうから、特に心配はしていないのだが 能登かがり火号 というのがある。

金沢~和倉温泉を結ぶ特急で、JR西日本の特急では唯一交流電化への対応が必要である。

厳密に言えば、同区間には観光列車の 花嫁のれん もあるのだが、これはディーゼルカーである。

(なぜディーゼルカーなのかというと、将来的にのと鉄道など非電化区間を走る可能性も考えたかららしい)


能登かがり火 は和倉温泉発着のサンダーバード他に由来する列車で、

2015年に和倉温泉発着の各種特急をほとんど能登かがり火に集約した。

サンダーバードは1往復だけ残ったが、これも2024年には能登かがり火 に振り替えられた。

石川県内の北陸本線はIRいしかわ鉄道に移管されたので、

七尾線はJR西日本が石川県内で経営する唯一の在来線路線となっている。

この区間だけ特急が生き残ったのはそのような事情もある。

しかし、飛び地なだけでなく、特別仕様の車両が必要なのも面倒ではある。

でも、新幹線接続特急としての意義があるし、石川県との関係もあるし、やめられないだろうなとは思いますね。

将来的にどのような車両を用意するのかは見物かもしれない。


しかし、まだあの車両がしらさぎ号に残っているというのは衝撃だったな。

敦賀発着になってまもない頃にしらさぎ号を使っているのだが、

本当に使い込まれた車両だなと思っていたので。

やっと勇退だと思ったら、案外そうでもなかったと。

これよりもっとボロい車両がいたことは事実なんでしょうけど。

桂川駅を新幹線が通るメリット

北陸新幹線のルートについて、前々から敦賀~小浜~京都~学研都市(松井山手)~新大阪 と結ぶ方向ではあったが、

これでほぼ固まったようで、このとき京都市内の駅は桂川駅に併設される案で行くようである。

ここに至るまでのプロセスは気になるところはあるけど、結果は妥当かなという気はする。


この小浜~京都というルートはトンネルありきではあるものの、

かつて鯖街道との1つである周山街道(国道162号線)のルートである。

(もっとも一般に鯖街道と言えば現在の左京区を経る若狭街道を指すが)

かつてこのルートには国鉄バスが設定されており、現在もその一部が高雄・京北線として残存している。

このような観点では歴史に裏付けられたルートということもできる。

この周山街道の福王子付近と松井山手駅を概ね真っ直ぐ結ぶと桂川駅付近を通る。

桂川駅を経由するのはこのようなルートの合理性が1つの理由である。

かつての北陸新幹線の計画では大阪まで直線的に結び、亀岡市内に駅を作ることになっていたが、

この場合、京都市内との往来が制約の多い嵯峨野線になるのに対し、

桂川駅の場合はJR京都線(東海道本線)なので京都駅との往来がよい。

あと、洛西口駅も近いので、ここまで行くと四条方面との往来もよい。


もっとも桂川駅への新幹線駅併設はけっこうな大工事になると言われている。

京都市の郊外とはいえ地下駅となり、地下構造物の都合で相当深くなる。

深い地下から這い出てきて、京都駅まで2駅というのは、あまり便利ではないのでは? という話はある。

この点で対照的なのが京都駅の南側に駅をつくるという案だった。

ここだとそんなに地下深く掘る必要はないし、歩く距離もそこそこである。

工期も桂川経由より若干短く、費用面もそんなに高いものではない。

この点では有力とみた人もいたようだが、不採用となりそうだと。


計画図を見る限り、このルートは主に堀川通・油小路通で京都市街を縦断するものである。

このルートは都市高速が作られたり、計画ルートになったりしており、

京都市街では比較的開発の余地があると考えられているエリアでもある。

この地下をズドンと抜けようという話ではあるのだが、

その周囲に目を向けてみると、地域の理解を得ることの難しさを感じるものもある。


現在の近鉄京都線、当初の構想は伏見エリアを地下で通過するものだったらしい。

ところが当地は酒造りが盛んな土地で、地下水に影響があっては困るということで、

高架構造が採用されたという経緯があるそうだ。

このことは北陸新幹線の計画を立てる上でもかなり慎重に考えたようで、

京都駅から久御山車両基地まで直線的に向かうのではなく、早々に桂川を渡っている。

南側のルートがなかなか無理がありそうに見えるのはこの都合である。


京都市内を縦断する地下鉄道といえば、やはり烏丸線が筆頭でしょうが。

烏丸線が開削工法で作られたが、これがとても大変だったのである。

地表から掘っていくといろいろ遺跡が見つかるからである。

この埋蔵文化財の調査に時間を要したことからハケで掘った地下鉄なんて言われることも。

このように想定外に時間を要するリスクが高いのが京都市街の地下工事である。

さらに烏丸線は地下水への影響も大きく、まだ当時は井戸水を使う世帯も多く、問題になったという。

このあたりは北陸新幹線の懸念事項としても言われているところである。


ただ、これらの問題はシールド工法ではほぼ問題にならない。

シールドトンネルは地下水位への影響が生じにくい。

地表から掘り進むと地下水脈の分断などが避けられないが、シールド工法であれば防げる。

また、地表を掘らなければ遺跡が出てくる心配もない。

このため、例え京都駅を通るルートであっても沿線への影響はほとんどないと説明は出来る状態にあった。

ただ、これまでの経緯もありそれなりの苦労はあるだろうと。


課題はまだいろいろあるんですけど、桂川経由で腹をくくれば話は進むのかなと。

次の大きな課題が建設費である。長大トンネルに京都市内や大阪府内の地下トンネルなど、

新大阪~敦賀の工事費が高いということは散々言われていた。

B/Cが1を超えないという問題は、新大阪~高崎全体で計算することで乗り越えられることになった。

ただ、依然としてこの区間の建設費が高額であるという問題はある。

誰がどのような割合で負担していくかというのは難しいことで、

行政としてはできるだけ貸付料で賄うようにしたいという話はあるものの、

JRとしては貸付料が増えるのは嫌がるので、この調整が難しい。

北陸新幹線の高崎~長野の開業からそろそろ30年となり、ルールの見直しの機運もある。

北陸新幹線全体としてはJR西日本・東日本とも貸付料を払う余地はあるので、

どれだけの額をどれだけの期間払ってもらうか。これが問題でしょうね。

バイトオーダーを選んでunpack

簡単なデータ変換を行うスクリプトをRubyで書いていた。

なんでRubyかというと、他の目的でRubyを使っている環境だったから。

処理を書いている中で、そういえばエンディアンを指定して整数とバイト列を往来するにはどうすればよいのだろうと。


Rubyではバイナリデータも文字列として扱うようですね。

Rubyでは文字列にエンコーディング情報が付加されているのだが、

ASCII-8BITってのがバイナリデータを扱うエンコーディングだと。

文字列を数字の配列に変換するためにはunpackメソッドを使うそう。

それでサンプルコードを見るとこんなことが書かれていた。

int_le = bytedata.byteslice(idx,4).unpack("L<")[0]
int_be = bytedata.byteslice(idx,4).unpack("L>")[0]

そもそもpack, unpackというのが慣れないところはあるが、

“<“という記号は一体何を表しているのかと気になった。


pack, unpackってのはPerlに由来しているのかな?

$text = pack("C*",@byte);
@byte = unpack("C*",$text);

のような感じで文字列$textと1byte単位の配列@byteを変換するのが典型的な使い方。

それぞれ引数の”C”がunsigned charに対応するというわけである。

ここには2byte以上の型もあり、32bit符号無し整数に対応するのが”L”である。

ただ、この”L”はバイトオーダーが環境依存である。(多くの場合はリトルエンディアンと考えられているが)

そこで “<“を付加するとリトルエンディアン、”>”を付加するとビックエンディアンと指定できる仕組みがあると。


こういうのってPerlにもあるのかと調べたらあるらしい。

もっともPerlでもRubyでもそうなのだが、ビックエンディアンの32bit符号無し整数は “N” でも表現できるそう。

なぜ “N”なのかというとネットワークバイトオーダーという意味らしい。

こちらの方がPerlでは一般的な書き方のようである。

逆にリトルエンディアンの32bit整数は “V” と書くそう。


このあたりは環境によりいろいろあるという話だが。

ただ、ちょっと前に.NET Frameworkのこの手の処理の実装例を見て驚いたんだけど……

BitConverter Class (Microsoft Learn)

この中でビッグエンディアンに対応させるためにはどうするかという話で、

IsLittleEndianがtrueならば、Array.Reverseでバイト列の順番を反転する処理を入れるとなっている。

果たして.NET Frameworkが動く環境でビックエンディアンがあるのかは疑問なのだが、

これを見て、実行環境のバイトオーダーと不一致ならばバイト順を反転させることで対応してくれということらしい。

もうちょっとなんとかならんのかと思うが。

フランス生まれで国籍を得る方法

ちょっとした国際問題なのですが……

フランス代表に「フランス人いない」 スペイン元首相コラムに猛批判「人種差別的暴言だ」仏メディア猛反発 (スポニチAnnex)

サッカーワールドカップで大活躍のフランス代表チーム、代々フランス人って人はあまりいませんねと。

これはどうも本当のことらしい。両親とも外国人というのがけっこういるらしい。

フランスは国籍について基本的に血統主義であるにもかかわらずである。


日本でも片親が外国人の日本人というのはしばしばいて、

今回のワールドカップでゴールキーパーとして大活躍だった鈴木彩艶選手もそうである。

父ガーナ人なのだが、母が日本人で埼玉県生まれである。

地元の浦和レッズからプロ入りして、今はイタリアのチームに所属している。

でも、こういう話ではないらしい。


そんなわけでフランスの国籍制度を調べてみた。

フランスでは国籍を取得する手段が大きく4つある。

出生、成年到達時の自動取得、宣言、帰化である。

日本と共通する部分もあるが、日本とは異なる条件もしばしばある。


出生時の国籍取得だが、少なくとも片親がフランス人、フランス生まれで両親が不明、これは日本と同じ。

フランス生まれで両親から国籍を引き継げない場合というのもあるが、対象者は限られそう。

特徴的な条件として、少なくとも片親がフランス生まれという条件がある。

これは二重出生地主義というフランス特有のルールである。

フランス生まれの人はフランス国籍を取得せずとも、その子はフランス国籍を得るということである。

もっとも後で書くルールを鑑みると、フランス生まれでフランスに住み続けていればフランス国籍を取得するケースが多そうだが。


次に成年到達時の自動取得だが、フランス生まれでフランスに居住して18歳を向かえると自動的に国籍を取得するというものである。

11歳以降で通算5年以上フランスに住んでいるという条件も必要である。

さらに宣言による取得というのもあるが、ようは届出による国籍取得である。

フランス生まれでフランス居住による国籍取得は宣言による取得もあって、

こちらは13歳以上で要件を満たしていればその時点で取得できる。

フランス代表チームで両親とも外国人という選手の多くは、これらのフランス生まれでフランス居住を続けた場合に該当しているそう。

フランス人の養子・配偶者・兄弟姉妹(18歳未満)・親や祖父母(65歳以上)も宣言による取得の対象である。


帰化については、これは日本と似て、フランスに一定の居住歴があり、

原則として成人で、素行が善良で、語学などフランス社会の同化を証明できることが求められる。

外国生まれで幼くしてフランスに渡ってきた場合、フランス国籍を取得するとすれば帰化なのだろう。

このパターンはフランス代表チームでは少なく、コンゴ共和国出身のブライス・サンバ選手が該当する。

コンゴ代表チームに呼ばれたこともあったが、帰化によりフランス国籍を取得してフランス代表チームに参加することにしたそう。

当然、こういうのもあるが全体としては少ないということである。


フランス生まれで成人までの一定年数をフランスで過ごせばフランス国籍を取得するのは出生地主義とも言えるが、

アメリカやアイルランドの出生地主義とはまた違うものである。

アメリカの出生地主義は単純にアメリカで生まれればという話で、

親のアメリカ在留資格は問わず、短期滞在でも不法滞在でもよい。

無条件というのはいろいろ問題があるようで、補正を加えた国も多く、

アイルランドは出生地主義を基本としながら制限を加えた国の1つである。

アイルランド島ならOK

アイルランド島はアイルランド共和国とイギリスの北アイルランドがあるが、

アイルランド島で生まれればアイルランド国籍を得る可能性がある。

ただし、少なくとも片親がアイルランド国籍、イギリス国籍、アイルランド島に長期滞在である必要がある。

アメリカほど容易ではないが、両親が外国人でありながら、生まれながらにアイルランド国籍は存在するということである。


日本では両親が外国人で日本で生まれたからといって、それだけでは国籍取得はできない。

日本で帰化が認められるための要件はいろいろあるのだけど、

基本的には生計を維持できる成年でなければいけないわけである。

このため就労していない子が単独で日本国籍を取得することはできない。

ただし、親が日本国籍を取得すればその限りではない。このため親子揃っての帰化が基本である。

帰化にあたってのハードルはいろいろあるが大きくは2つではないかと思う。

1つは外国の国籍を放棄すること。これは外国出身者には非常に重いわけですよね。

もう1つは素行が善良であることである。

外国人というのは日本人よりも手続きが多いが、それらを欠かさずやってなければ素行不良ともなりかねない。


この素行が善良であるということは、永住許可の要件にもある。

日本で育った外国人が日本で住み続けるにあたって、永住者であるかは大きな差である。

親が永住者になれば、子も同時に永住者になるのが通例である。

永住許可にも素行が善良であること、生計を維持できることなど求められる。

なので就労していない子が単独で永住許可を得ることが原則できない。

しかし日本人・永住者の子・配偶者はその限りではなく、親子揃っての永住許可が原則となる。

永住許可が出ないと日本の学校を卒業しても日本国内での就職が困難になりかねない。


いずれのケースにおいても、親の都合で要件を満たせないというのが問題である。

ここを脱するためには、日本で働きながら善良に暮らした上で要件を満たす必要があるが、

これらの要件を幼い内に満たしている人に比べると面倒がある。

その点ではフランスで生まれてフランスに住み続ければフランス国籍を得るというのはよくできた仕組みだと思う。

フランスでは重国籍は特に問題ないので、そもそも問題にもならないが、

日本で親子揃っての帰化だと親は出身国の国籍を放棄する必要があるかもしれないが、

日本育ちの子だけ国籍を放棄すれば良いならハードルはかなり下がりそうである。


日本は歴史的に特別永住者という国籍ではない特別な地位を与えられた外国人がいる。

元は朝鮮籍・台湾籍の日本人、あるいはその子孫ということでは日本人と扱ってもよさそうなのだが、

国籍唯一の原則など考えると、日本人と扱うのもそれはそれで問題だったのかもしれない。

長い年月が経ち、帰化したりで特別永住者の数は減り続けているが、

帰化の手続きさえしなければ、何代でも韓国籍など維持して、日本に住み続けることができる。

一般の永住者もそうなのだが、日本としては外国人として定住するという道を基本としてきたのではないか。


どの方法がよいとも単純には言えませんけどね。

ただ、出生地主義は移民で形成された国には適しているが、

そうでない国にとっては違うんじゃない? という思いがあるんだと思う。

日本はかなり厳格な血統主義で、重国籍は解消することは前提だが、

日本に居住しないまま何代経っても、日本人の子は日本人である。

(ここに何らかの制限が設けられている国はしばしばある)

ただ、日本で生まれ育っただけでは日本国籍にはならない。

さらに言えば、元植民地出身者への国籍取得優遇策もない。


フランスも今の制度になるまでには様々な経緯があったようである。

二重出生地主義は移民の子孫をフランス市民と認めるルールの中では古いもののよう。

血統主義を基本としながら、どこからフランス市民とするか探った結果のようだ。

いろいろ参考に出来る考えもありそうに思える。


ところで冒頭の話だが、フランスでは非難の嵐だそうだけど、功利主義のような面もあり……

フランス国内の移民問題は今も続いているが、代表チームだけは特別。勝てば、すべてが前向きになる。移民を容認する社会的な環境の変化もあって、フランス代表の「アフリカ化」は進む。

(「フランスって、アフリカだよね」 W杯で顕著に現れた「9/11」…欧州で進む”アフリカ化” (FOOTBALL ZONE))

なのでフランスでの非難もどれぐらい額面通りに見たことかなとは思いますが。果たしてどうなのだろう。