アメリカ競馬も反ドーピングらしいが

アメリカのケンタッキーダービーで1着入線したMedina Spiritは、

1歳での取引額は1000US$、その後トレーニングされ2歳では35000US$で取引され、

それでケンタッキーダービーの優勝賞金は186万US$というから、これは夢があるなと言う人がいて、

そういうこともあるのねと思ったけど、その後にこんなニュースが舞い込んできた。

【海外競馬】米・ケンタッキーダービーを制したメディーナスピリットに禁止薬物の陽性反応 (netkeiba.com)

なんと薬物反応が出て失格か? という話になっている。


ありとあらゆるでスポーツでドーピングを禁止し、それに実効性を持たせるために検査が行われているが、

実はアメリカ競馬では他国ではレース直前に使われることがないような薬物が公然と使われることが少なくなく、

2000年代以降、この状況は改善しつつあるようだが、未だに薬物に関わる問題が多いのがアメリカ競馬だという。

ブリーダーズカップ、2013年もサリックス使用を禁止せず(アメリカ)【開催・運営】 (JAIRS)

他国では使えないのにアメリカ競馬で公然と使われる薬物の1つがフロセミド(商品名ではサリックス)だという。

この薬は人間のドーピング規制でも禁止薬物になってて、利尿剤ということで薬物の排出を促す点が問題らしい。


このことは馬にも当てはまるのだが、にもかかわらずアメリカで公然と使われることには特有の事情がある。

それはこの薬を投与することで肺からの出血を予防できるという効果があるためだという。

ご存じの方もいるかもしれないが、馬にとって致命的なこととして鼻出血というのがある。

鼻出血というのだが、その原因は肺からの出血であることが多く、馬の呼吸は全て鼻で行われるので、出血は呼吸困難につながりかねない。

このようなことから、日本では鼻出血があった場合、それが外傷性のものでなければ休養しなければならないルールがある。

また、レース中の肺出血は習慣化することが多く、鼻出血を理由として引退を強いられる馬も多い。

で、フロセミドはこの肺出血の予防効果があるということで、アメリカでは普通に使われているのだが、アメリカ以外ではほとんど禁止薬物である。

で、先ほど引用したニュースは、アメリカを代表する国際競走、ブリーダーズカップでフロセミドの禁止をしようと、

2012年の2歳戦で禁止したら出走馬が集まらないなどの問題があったらしく、結局はフロセミド禁止は断念したということだったらしい。

もっとも、その後、状況が変わり、昨年~今年からアメリカの競馬主催者の多くでは禁止されることになったようだ。

競走当日のラシックス使用の排除を目指す競馬場連合(アメリカ)【開催・運営】 (JAIRS)


アメリカ競馬でも薬物規制は厳しくなる方向ではあるし、なによりアメリカの馬が外国に遠征すれば当地の薬物規制に従うことになる。

そんな中で発覚した大きなスキャンダルが昨年のサウジカップでの Maximum Security の一件である。

第1回サウジカップ、高額賞金を掲げ、アメリカ・ヨーロッパ、そして日本からも強豪が遠征していって、

そこでMaximum Securityが1着に入線したのだが、その後、薬物検査にひっかかった。

その後の調査で、同馬を管理していたジェイソン調教師は管理する多くの馬にドーピングを行っていたことが判明して訴追されている。

マキシマムセキュリティ調教師ら27人訴追 米競馬でドーピング (AFP)

これはスポーツとしての公正性もそうだが、本来の能力以上に酷使するという点で動物虐待という側面もあり問題視されたという。

本件の調査のためサウジカップの賞金支払いは遅れて、暫定的に2着以下の賞金は支払われたようだが、

Maximum Securityの失格の有無や、それ以下の馬の順位繰り上げはまだ確定してないのかな。


そんなこんなでアメリカ国内でも薬物規制が厳しくなる中でのケンタッキーダービーだったのだが、

今回 Medina Spirit から検出された薬というのは、抗炎症剤のベタメタゾンという薬で、治療目的では普通に使われる薬である。

最初はそもそも使ってないと言ってたのだが、その後にレース直前に使ってたことが判明している。

同馬を管理するバファート調教師は 昨年のケンタッキーオークス で3着入線したGamineで同様のことをやらかして失格になっている。

【海外競馬】ガミーンのKYオークス3着が薬物検査で失格に、昨年の米最優秀短距離牝馬 (netkeiba.com)

短期間で同主催者のレースでこのようなことが繰り返されたことから、チャーチルダウンズ競馬場からは追放されたとかなんとか。


ところで、アメリカ以外の地域では、競走馬の薬物規制の考え方は細部の差はあれど、基本的な考え方は同じだという。

ただ、日本では使ってはいけない薬物を「禁止薬物」と「規制薬物」の2つに分けている。

「禁止薬物」というのは、馬の能力を高める可能性のある薬で、一般的に言うドーピングというのはこっちですね。

もう1つの「規制薬物」というのは、馬の能力への影響はないと思うが、動物福祉の観点から禁止している薬物だという。

規制薬物に該当するのは抗炎症剤の類だという。おそらく今回問題となったベタメタゾンもここに該当するのではないかと思う。

痛み止めの効果があるので、これを投与することで痛むのを無理してレースに使えてしまうが、それは好ましくないし事故にもつながりかねない。

このことから、規制薬物が投与された馬は、一定期間はレースに使ってはならず、すなわち休ませろということである。


レース前に使ってはいけない薬という点では「禁止薬物」と「規制薬物」は同じなのだが、

万が一、検出された場合の処分には差があるという。

令和2年11月7日(土曜)第5回東京競馬第1日第4競走に出走して第1着となった「ソーヴァリアント」号 (中略) 禁止薬物「カフェイン」が検出されました。
このことは、競馬法第31条第2号に該当しているおそれがあるため、府中警察署に届出をし、原因については現在調査を依頼しております。
なお、同馬は施行規程第128条第1項に該当するため失格とし、施行規程第130条第1項および第3項により当該競走の着順を変更いたしました。

禁止薬物の検出 (2020年11月11日) (JRA)

2020年7月12日(日曜)、第4回阪神競馬第4日第4競走に出走したトロイカ(牡3歳(当時)・大久保 龍志厩舎)の検体から規制薬物である消炎・鎮痛剤「ジクロフェナク」が検出され、日本中央競馬会競馬施行規程第147条第14号(開催執務委員の命令・指示違反)により、同馬を管理している大久保 龍志調教師に対して過怠金300,000円を課した件につきまして、トロイカが競走当日に阪神競馬場で使用した馬房を前日(2020年7月11日(土曜))に使用していた別の競走馬が、その馬房内で治療のためにジクロフェナクの投与を受けていたことが判明しました。さらに、規制薬物を競走馬に対して投与した場合、JRAが敷料の交換を含む当該馬房の清掃を行うところ、それが適切に行われていなかったことが併せて判明しました。

大久保 龍志調教師に対する処分の取消し (JRA)

禁止薬物については、検出された場合は必ず失格になる。

(ちなみにソーヴァリアントは未勝利戦1着入線で失格になったが、その後改めて未勝利戦を勝っている。)

ただ、この件に付いては、故意に行われた可能性は低いということで、何らかの事件に巻き込まれた可能性があると警察に被害届を出している。

一方の規制薬物だが、こちらは馬が失格になることはないという。能力への影響はないということなので。

ただ、調教師の管理責任が問われ、過怠金を課せられることがあり、この件では一旦過怠金が課された。

しかし、その後の調査で同馬房を使っていた他馬に投与された薬を誤って摂取した可能性があり、

それは馬房を管理するJRAの責任だということで、調教師への過怠金は取り消された。

結果的に言えば、馬の成績にも、調教師の処分にも何も起きなかったという事件である。


というわけで、日本で同様のことがあったとすれば、調教師の責任は逃れられないが、

おそらく優勝という結果自体には疑義は付かずに終わったんじゃないかと思う。

ただ、世界的にはレース前に使ってはいけない薬が検出されれば、その薬物の作用によらず失格となるのが一般的なことであり、

使ってはいけない理由の違いによって失格の有無が変わる日本の制度は世界的にもユニークなものなんじゃないか。

なお、Medina Spiritはアメリカの三冠レースの2冠目、プリークネスステークスに転戦する予定である。

ケチのついた調教師の管理馬であることから、薬物についてはより厳しい検査を行うとのことだが、問題なければ参戦自体は可能としたようだ。

ちなみに同レースには日本から フランスゴデイナ(アメリカ生まれ・JRA 2勝クラス) が参戦することになっている。


Twitterを見てると、アメリカ競馬も変わろうとしてるんだというコメントがあった。

アメリカ競馬では公然とドーピングが行われていたという歴史的経緯はあり、

このことから外国の競馬関係者からはアメリカの馬の実力について疑問視されることはけっこうあったという。

(言うても世界一の馬産国だし、日本生まれの馬もアメリカから輸入された馬のおかげで強くなったのは疑う余地はない)

現在もフロセミドを公然と投与するなど、国際的にはドーピングとみなされる行為は行われているが、

やはり、競馬の国際化や動物福祉の観点もあって、反ドーピングの流れは確かに来ていると考えられてきた。

Maximum Securityの一件など、こんなことが2020年代にもなって行われているのはショッキングな話だが、

これを乗り越えた先にアメリカ競馬の地位向上というのがあるんじゃないかという話である。


しかし、Medina Spirit はどうなんだろうねぇ。

本当に強いのは確かだと思う。薬物がレースに影響をなした可能性もそんなに高くはなさそう。

ただ、ここでこうしてケチが付くと、この先の戦績でどうかという話になる。

プリークネスステークスはどうなるんだろうかな。