これは難題だなと思ったんだけど。
ムスリム専用の土葬墓地、反対陳情を採択 大分の町議会 (朝日新聞デジタル)
大分県日出町でムスリム用土葬墓地の計画があるのだが、
これが大変難航していて、議会に反対陳情が採択されるような状況だという。
もともとキリスト教の修道院があって、そこで土葬が行われているので、比較的受け入れられやすいと考えたそうだが、
実際に計画を進めてみると、地域からの反発が大きく、許可を得るのに時間がかかっている状況だという。
なぜイスラム教は土葬にこだわるのだろう?
1つは死者の復活のための肉体が必要だからということ。
もう1つはコーランの中でしばしば描かれる地獄を連想させるからだという。
死者の復活のための肉体が必要という考えはキリスト教やユダヤ教にも共通する考えで、実際にユダヤ教も原則土葬だという。
一方でキリスト教も土葬が好まれる一方で、火葬が行われないわけではない。キリスト教では絶対禁止ではないようだ。
このことから日本ではキリスト教でも火葬がほとんどだという。
ヨーロッパでも都市化が進む中で土葬の負担は重く、火葬は急速に普及しつつあるよう。
日本ではほとんどが火葬となっているが、そこに至るまでの経緯にはいろいろあるものの、
仏教において釈迦が火葬されたという伝承があったことは大きい。
かつては燃料の問題の方が大きかったので火葬の対象というのは高僧とかに限られていたが、
都市化により土葬が難しくなってくれば、行政も火葬を推奨し、それを受け入れていったということである。
仏教はそれでいいんだが、日本の伝統宗教としては神道というのもある。
神道では火葬が好ましくないのでは? という話もあったらしく少し戸惑いもあったような話がある。
その名残が天皇・皇后が崩御の後に土葬されていたことだと思う。(過去には火葬だったこともあるが)
ただ、それ以外の皇族は火葬するようになっていたし、現在の上皇・上皇后は火葬の意向だという。
今の日本では火葬へのこだわりが強くて、その1つが火葬後にお骨を拾うことなんじゃないか。
世界的に見れば、火葬というのは骨にすることが全てで、火葬後の骨は粉々になってもよいという考えが多いようだが、
日本では火葬後の骨を拾えることが重視されるので、火葬場もそれに適した方式にしている。
都市化により火葬が必然化したというのはあるにせよ、火葬でなければという思いも強くなっている。
以上のことから、日本ではキリスト教を含めてほとんどが火葬となっている。
離島など火葬場へのアプローチが難しい地域では土葬も行われているのは確かだが、
そういう地理的な事情以外で土葬を希望するのは、火葬が禁忌とされるイスラム教ぐらいのものである。
そのような事情を理解して、他の教派で使用されてきた既存の土葬墓地をムスリム用に融通していることはある。
実際、九州でも現状はキリスト教の土葬墓地を融通してもらっているそうだが、もはや空き区画は少ないという。
イスラム教の教義により土葬にこだわる理由もわかるし、その事情は地域の人々も理解して欲しいところだと思う。
家屋などと一定の距離が保たれていれば、土葬墓地の周辺への影響は極小と言えるのではないかと。
一方でいくら土葬が好ましいとしても土葬にこだわるのは本当によいことなのだろうか? と思うのである。
それは都市化が進む中で土葬の負担があまりに重すぎるからである。
火葬が主流となって以来、日本の墓は「先祖代々之墓」なんて1つの墓に合葬するのが主流となっている。
そもそも焼骨の埋蔵にはそうスペースがいらないが、それを何人もまとめて1箇所に葬るのだから省スペースである。
ただ、それでさえ都市部では墓地の新設が難しく、大都市圏ではかなり郊外まで墓地開発が行われている。
牛久市の東本願寺(牛久大仏で知られる)は墓地開発の色が濃かったという話を紹介している。
墓の管理の労力なんかも考えて、納骨堂が新設されることも多く、ともかく日本では墓をコンパクト化する傾向が強い。
都市化から必然とも言えるが、火葬のメリットを生かした工夫である。
ところが土葬は1区画に1体しか埋葬することができない。その1区画も焼骨を納めるものに比べて広い傾向がある。
なので、そもそも土葬墓地の確保自体が難しいという問題にぶち当たり、ムスリムたちは墓地新設に動いているわけである。
そこには周辺環境への影響の懸念もあるが、地域の理解を得て、土葬墓地の新設をできたところはある。
しかし、その墓地の区画を確保するのにかかる費用は立地の割にはかなり高く付く。しかも1人分である。
大都市圏ではかなり郊外に出なければ土葬墓地の確保はできないので、遺体の輸送はどうしても大変である。
(火葬された焼骨を遠方に埋葬するとしても輸送はそんなに大変なことでもないのだが)
そこに耐えられない人は出てくるんじゃないかと思う。
インドネシアをはじめとしてムスリムの多い国との交流が深まるにつれて埋葬問題が増えて行くのは想像できるが、
教義にとって土葬の方が好ましいのは理解できるが、どうしても火葬ではダメなのか? と思うのである。
土葬にこだわって墓地の確保をするよりも、火葬での正しい葬り方が明らかになる方が、
日本在住のムスリムにとってより実践的な救いになるんじゃないかと考えるのだけど、どうだろう?
というか、ムスリムが多い国でも、結局は日本と同じ問題にぶち当たると思うんですけどね。
世界で最もムスリムの多い国といえばインドネシアだけど、
首都ジャカルタを含むジャワ島は人口密度が極めて高く、日本の本州の倍以上である。
折しも現在はインドネシアでは新型コロナウイルスでの死者が相次ぎ、墓地が不足し、急速に墓地新設が行われているとのこと。
しかしそれもパンクしそうだというのだから、インドネシアでも土葬が難しくなる日は近いのかもしれない。
その代替策が火葬なのかどうかはわからないけど。
余談だけど、ユダヤ教は原則土葬なんだけど、感染症で亡くなった場合は火葬することで問題ないとしている。
感染症の事情を鑑みて、指導者が「火葬は死後におけるミツヴァ(善行)の達成につながる」とまで言ったそうである。
感染症対策という特殊な事情だからこその説明ではあるが、こういうのも宗教の在り方の1つではあるんだよね。
でもこういう声明が出るあたりに、ユダヤ教の火葬禁忌も相当なものだなと思う。