大スケールの寺

東北旅行1日目、といってもまだいわきだから関東も同然だが。


まずは成田へ向かった。ちょっと遠回りして千葉経由で行ったけど。
成田といって思い浮かべるのはなんだろう?やっぱり成田空港かな?
それとともに有名なのが成田山だろう。
関西でも寝屋川市に成田山の大阪別院があるということで名前など聞くほどだ。
そんな成田山新勝寺に行くために成田に来たのだった。
成田駅から参道を歩いていくが、意外と遠い。
15分ほど歩いてたどりつくと、なかなか立派な門やらが見えてきた。
この時点ではそんなもんかーと思っていたが、本堂を見たときにはあまりに大きくて驚いた。
ここを埋め尽くすぐらいの参拝者が来るときはすごいだろうなぁ。正月か節分か。
もう1つ大きくて驚いたのが平和の大塔だ。
一般の参拝者は1階の展示物と写経道場と2階で不動明王などにお参りできるようになっている。


一通りお参りして参道へ戻ってきた。
昼ご飯を食べようと思ったのだが、行きに気になったのが参道に立ち並ぶ 鰻屋 だ。
どうも成田は印旛沼に近く、江戸から多くの人が訪れるということで鰻屋が立ち並ぶようになったらしい。
鰻の調理を実演する店もあり、久しく鰻を食べていないこともあり昼は鰻にしようと思ったのだった。
地域により鰻の焼き方が違うのだが、東日本の調理法で食べるのは初めてな気がする。
やわらかい仕上がりの鰻は新鮮な感覚だった。


その後、成田から我孫子経由で牛久へ向かった。
牛久駅から牛久大仏へいくバスまで時間があったので、
駅前のイズミヤに入ったら、稀勢の里関を応援する旗などが多数みられた。
どうも牛久市の出身だそうで。
バスの時間が近づいたので乗り場に行くと関鉄バスがいた。つくばに行ったとき以来だな。
関鉄バスということは支払方法は現金だけ、その上、牛久大仏まで520円もする。
これ、単純に牛久大仏が駅から遠いだけなんだけどね。自家用車ならともかく公共交通だとめんどくさい。
バスでだいぶ進んだら急に大仏の後ろ姿が、まもなく牛久大仏に到着した。


牛久大仏、高さ120mという巨大な建造物だが、建てたのは東本願寺である。
といっても京都の東本願寺ではなく、東京の浅草にある東本願寺なのだけど。ルーツは京都の東本願寺だが、今は独立している。
牛久大仏の周りには牛久浄苑という墓地があり、その中には親鸞聖人らの墓である牛久本廟もある。
これらを包括して牛久アケイディアと呼んでいるよう。
なぜ牛久なのか?土地があったからというのは大きな理由だと思うが、
どうも親鸞の東国での布教の拠点が常陸国にあったからということが理由らしい。


巨大な阿弥陀如来像、ついでに仏舎利も安置されてるから塔の役目もある。
別に入れる必然性もないが、中に入ることができるようになっている。
拝観料を払うと周辺の庭園と大仏の中に入ることができる。庭園だけなら拝観料は安くなっている。
この庭園も相当大きいが、そんな中で大仏の横に伝統的な浄土式庭園があり、よくできてるなぁと思った。
それで大仏の中にはいるわけだが、1階は遊園地のアトラクションのような演出で寺らしくもない。
2階には大仏ができるまでとか、四季の風景など、そこから得れベータで大仏の胸のあたりまで上る。
外から見るとスリット状の窓があるが、そこから多少の展望が楽しめる。
ここに仏舎利が安置されている。中からみても不思議だ。
下りは3階で降ろされるが、ここには壁一面に大量の仏がいる。どうもこの仏像1つ1つに法名を納めて永代供養できるそう。
下りの2階には写経道場があった。
大仏から出ると小動物公園があり、うさぎ、モルモット、りすなどの動物と会える。
なんでそんなものが?と思ったが「親子で命の大切さを学んでほしい」という意図らしい。


牛久大仏をお参りした後、バスまで時間があったので牛久浄苑を散歩して観察していた。
いまどきのデザインという墓も多くみられる。
都市の住民にとって、新しく墓を持つのは難しいのだろう。だからこそこうして郊外に墓園を作るのだ。
こうして新しい墓を持ちたい人々がこぞって集まった結果、いまどきの墓が多く感じられたのだろう。
そんな中で少し不思議なゾーンがある。個人・夫婦墓という一代限りで33年とか50年での再利用を前提としている墓だ。永代使用もあるが。
いろいろ牛久浄苑やら牛久大仏の3階をみてて思うけど、
この施設には埋葬、供養などの悩みに応えるという使命もあるのかもしれない。


その後、水戸経由でいわき市までやってきた。
いわきに来るのは久しぶりだ。
明日は福島県を通り抜け、最終的には石巻まで行くつもり。
長い移動の中でいろいろ観察していきたい。