京都市は11の行政区があるが、その中でもっとも人口が多いのが伏見区である。
ただ、この伏見区というのは、あまりまとまりがないという話がある。
その中でも特に特異なのが醍醐地区である。
醍醐は伏見区なのだが、山科区と一緒に扱われることも多い。
というのも、醍醐は山科盆地に属し、他の伏見区とは山を隔てているからである。
基本的に市内とのアクセスは地下鉄東西線か、五条通(東山トンネル)経由のバスか。このあたりの事情は山科区と一緒だ。
警察署の管轄も山科警察署である。(ただし、伏見警察署に管轄替えをする計画もあるそうだが)
なのになぜか醍醐は伏見区。なぜだろう。
おそらく、醍醐が京都市になったときにはまだ山科区がなかったというのが答えだろうと思う。
1931年、山科町と醍醐村は京都市に編入された。
このとき、山科町は東山区、醍醐村は伏見区の所属となったとのこと。
そう、山科って当初は東山区だったんですよね。他の東山区とは山を隔てているけど。
なぜ、ここで山科と醍醐は分かれてしまったのか? って疑問はあるんだけど、
この当時は三条通が国道1号線で、鉄道も三条通沿いを走る京津線か、山科駅しかない東海道本線かという状況だった。
ということで、今よりも山科盆地と市内の接続は北に偏っていたんだよね。
だから、山を越えた向こうが、山科については東山区、醍醐については伏見区と分かれてしまったんだろうと。
もともと山科と醍醐は結びつきが強い地域だったのは確からしいのだが、まだ1つの区になるほどの人口はいなかった。そこでこうなったのかな。
ところが、後に山科の人口も増え、1976年に東山区から分離して山科区ができたときに、
醍醐も引き連れていくのかと思ったら、何もせず伏見区のままにして、現在に至るという状況らしい。
歴史的経緯で複雑になってしまった行政界ってのはわりといろいろあるものだ。
とはいえ、行政区ってのは引き直しのやりやすい行政界ではある。
大阪市なんて幹線道路にあわせてバンバン引き直しをやってきた。
あそこまでやるのは珍しいが、そういうことをやってもいいのである。
山科盆地とか桂川右岸とか、なんか整理する余地もあったような気はするんだけど、
京都市編入当初の経緯を引きずってる部分が多すぎるような気はする。それがいいのか悪いのかはよくわからないけど。