今日は卒業研究発表会でした。
実に1年間の卒業研究の集大成でもあり、5年間の集大成でもあるわけだ。
そこで研究のことについてしっかりと話してきた。まぁ6分内でというのはきつかったけど。
そこでいろいろな発表を聞いていた。
さらには昨日、専攻科の特別研究発表会も聞いていた。
そこで思ったのは、果たしてどこまでできれば研究でよくやったとなるのかという話である。
研究でやったこともいろいろである。
何もないところから目的の動作をするものを作り上げた人、その道半ばで立ち止まってしまった人。
これまでに研究室で作られたものについて問題点の改良を行った人、拡張を行った人。
これまでの研究で疑問とされていたことについて解明を行った人。
新しい技術の提案を考案した人、その考案したものを実証してみた人。
実にいろいろである。結果も目標を達成できた人、それを越えて上手く言った人、思うように目標が達成できなかった人といろいろだ。
目標としていることについて達成できればよくて、そうでなければいけないのかというとそういうわけではないだろう。
目標としていることが余りにすぐに達成できたのなら、やはりその先を目指して欲しいとなるだろう。
一方、考えつく限りのことを試しても、時間不足か達成できなかったというのなら、それはしょうがないかなとなる。
その中で、何か新しく見いだせるものがあればそれはそれで意義があったとなるかもしれない。
このあたりは研究している学生の姿を見ている指導教員はよくわかっているのだろう。
とはいうものの、発表を聞いているだけではこのあたりいまいちわからん。
専攻科の特別研究発表会の内容と卒業研究発表会の内容を比較すると、
全般的に見れば、やはり2年間の取り組みの専攻科の研究の方が充実しているように感じた。
ただ、それもその人次第で一概には言えないなと思った。
このことについては発表会では途中の経過について細かく説明することはできないから、
どういう取り組みの結果こういう成果が得られたのかがなかなかわかりにくいのが原因かなと思った。
一見しょぼい結果でも、そこまでに様々な時間のかかる試行の結果があるのかもしれない。
けどそれを話していては時間が足りないからカットするということはよくあることだ。
僕も一番時間をかけたメモリコントローラの作成はほとんどカットで、逆にあまり時間のかかってない画像認識部を長く話すことになったし。
こういう全貌を把握できていない以上は、この内容が1年間の成果にふさわしいかとか、2年間の成果に相応しいかとはなかなか言えんなと思った。
ただ、確かなことは、2年間の取り組みである専攻科の特別研究の方が最初から最後までできていることが多かった。
長期間にわたって取り組める分、目標が達成できることも多かったのだろう。
さらに目標が達成できた後の取り組みもよくなされていることが多いなと思った。
特殊なトランスの挙動の解析についての特別研究では、解析が出来た後、実機を作って動作させ比較するなどしていたが、
付け足し部分というか、そのような取り組みもなされていることはすごいなと思った。
卒業研究は他の科目と違い、なにが60点なのかという基準はそれぞれの人の研究テーマにより大いに違うものだと思う。
まぁしかし、そのことをきちんと評価できるのは指導教員ぐらいなのかなとも思った。
ただ、明日、試問会というのがある。ここで詳しい取り組みなどを尋ねて評価することはできるかな。