先日のジャパンカップをもって引退となったパンサラッサ、
引退後は種牡馬には言われていたが、北海道と南半球(おそらくオーストラリア)を行き来することになるらしい。
種牡馬入りするパンサラッサは南半球とシャトル供用へ (サンスポZBAT)
意外に思ったのだが南半球におけるパートナーが「Yulong Group」と書いてあって合点が行った。
パンサラッサの父はロードカナロア、日本競馬における伝説のスプリンターである。
アーモンドアイのお父さんとしても知られる。
そんなロードカナロアの子が短距離王国のオーストラリアに殴り込めば……
なんて考えは思いつきそうなものだが、それで成功した馬がいる。
それがTagaloaで、2歳G1のブルーダイヤモンドステークス(1200m)を優勝、
ゴールデンスリッパーステークスにも参戦し4着だった。
これはヴァシリーサという日本の牝馬に南半球でよき時期に生まれるようにロードカナロアを種付けして輸出されて生まれた子である。
引退後の2021年、当地で種牡馬入りしたが、その牧場がYulong Studである。
Yulong Studの名前は日本のダイアトニックが引退後に渡る先として知った。
ダイアトニックは重賞5勝、特に1400mの重賞で4勝を挙げている。
立派な活躍だが父ロードカナロア、すなわち父父キングカメハメハ、
そして母父サンデーサイレンスとなれば日本では交配相手に困る。
そこで短距離王国、オーストラリアに渡ることになったのは納得である。
その行き先を調べてみると同じくロードカナロアの息子、Tagaloaが同僚なので驚いたと。
そして、パンサラッサである。1800m~2000mでの戦績が目立つ。
オーストラリアの王道よりは若干長めかもしれないが、走るレースに困るほど長いわけでもあるまい。
戦績としてはTagaloaやダイアトニックより立派ということで、
幅広いラインナップでオーストラリアでロードカナロアの血を広めていこうということか。
ところでこのYulong Groupとは一体何者なのだろうか?
えらい日本通だなと思ったかもしれないが、オーナーは中国の実業家、張月勝(Zhang Yuesheng)氏である。
調べてみるとわかるのだが、2010年に日本のオータムセールに参加している。
このときに購入した馬は中国に向かったと書かれている。
中国人バイヤーが購買した馬が移動 (競走馬のふるさと案内所)
後で書くのだが、この当時には中国での競馬立ち上げに向けて動いていたようである。
その後、2018年にオーストラリアにYulong Studを立ち上げ、
張氏の競走馬事業はオーストラリアを中心とするようになった。
アイルランドでも馬主でLucky Vegaを所有し、種牡馬にしている。
そして最近、日本と香港でも外国人馬主としての登録を行っている。
日本からダイアトニックとパンサラッサを種牡馬として呼び寄せたのもそうだが、繁殖牝馬も日本でたくさん買っている。
ノーザンファームミックスセール繁殖牝馬セッションが行われる (競走馬のふるさと案内所)
特に高額馬がピックアップされているが、それだけでもZhang氏の名前が3回出ている。
その中には今年の菊花賞馬、ドゥレッツァの母、モアザンセイクリッドもいた。
また、シゲルピンクダイヤが繁殖牝馬セールで1.5億円で買われたことで話題になったが、
実はシゲルピンクダイヤの実質的な購入者も張氏である。
(シゲルピンクダイヤの子の母馬所有者が張氏で登録されている)
シゲルピンクダイヤは1勝馬だが桜花賞2着など重賞での戦績が多くあり、
このような馬が繁殖牝馬セールに出品されるのは異例のことである。
なお、これらの繁殖牝馬セールで買われた馬は中国には渡っていない。
アイルランドに送られてLucky Vegaの交配相手になったり、
オーストラリアに向かったり、日本で繁殖生活を送るものもいる。
当面はオーストラリア・アイルランド・日本・香港という競馬先進国で使っていこうということではないか。
ところで中国って競馬やってるんですか?
もちろん特別行政区の香港とマカオではやってますけどね。
大陸地区ということになると、1つの波が北京オリンピック前である。
オリンピックの馬術競技を見据えて北京に競馬場を開設したのだが、
2008年の北京オリンピックの馬術競技は香港開催となったため、この競馬場は閉鎖されてしまった。
その北京オリンピック後にまた中国競馬再興の流れがやってくる。
ここで競馬に参入しようとしたのが張氏で、2011年、山東省に玉龍競馬場を設立した。
北京の競馬場が閉鎖された理由でもあるのだが、中国では賭博は御法度であり、
道楽で草競馬をやっているだけというのが実情である。
張氏の競馬事業への投資がオーストラリアをはじめとする競馬先進国へ向かったのも、
中国での競馬発展が見通せない実情を感じたからではないかと思う。
そんな中国だが、2020年に国際水準の競馬をやるという5カ年計画を出している。
全国馬産業発展計画、競馬を大きく後押し(中国)【開催・運営】 (JAIRS)
この中では賭博としての競馬を解禁させることも含んでいる。
そして香港ジョッキークラブ(HKJC)の力も借りたいと言っている。
まず考えられているのはHKJCの従化競馬場(トレーニングセンター)での競馬開催だという。
元々大陸地区に設けられたトレーニングセンターという位置づけだったが、
スタンドを備えて競馬開催をできる環境にあるという。
ただHKJCのレースを開催することになったとしても、大陸で馬券が売れるかというとこれは別問題である。
張氏は気づいたのだと思うが、馬券売上こそが馬を強くする原動力なんですよね。
オーストラリア・日本・香港はいずれも馬券売上を背景として高額賞金ががある。
強い馬作りを考えるならこれらの地域に拠点を置くのは必然なんだよなと。
まずは中国の本業(鉱山らしい)で稼いだ元手で投資している段階だと思うが、
それをオーストラリア・日本・香港での競馬事業で回収・再投資して、
将来、中国競馬が本格的に立ち上がる日が来れば、中国に投下していこうと。
こういう方針転換がここ10年ぐらいの間であったように見える。
将来の中国競馬につながる投資なのかはわからないけれど、
ロードカナロアの血でオーストラリアや香港の競馬で活躍馬を出せれば大きなことである。
もしこの作戦が当たればYulong Studはすごい牧場になるのでは?
まさかパンサラッサにそんなところで日が当たるとは思ってなかったけど。
1800mというのが絶妙なところなんでしょうね。