奈良県と大和国の範囲は完全に一致するというのが定説だし、
基本的に正しいと思うのだが、歴史的には少し怪しいところもある。
それが奈良県上北山村・下北山村と、和歌山県北山村である。
いずれも人口1000人にも満たない小さな村である。
北山村は全国で唯一の市町村単位で飛び地となっている村として知られる。
明らかなことはこれらの地域は紀伊国牟婁郡に属する北山郷だった時代があるということである。
現在奈良県になっている地域を含めて、熊野の一部と考えられていた時代があったと。
確かに地理的に考えればそちらの方がしっくりくる面はあるのだが。
それが大和国吉野郡に属することになった経緯はよくわからないのだが。
ただ、それと無関係ではなさそうなのが十津川郷に与えられてた特権である。
現在の十津川村にあたる地域は昔から租税免除などの特権があったという。
このような都合で大和国→奈良県が熊野に食い込むぐらい南まで伸びたんじゃないかなぁとか。
現在も奈良県における十津川村に対する扱いはよくて、地理的な事情を考えれば恵まれた地域だと思う。
それとは対照的に上北山村・下北山村の扱いはよくない。
両村と奈良県の他地域を結ぶバス(R169ゆうゆうバス)は1日1往復だけ。
村内に高校がある十津川村と違い、両村から高校への通学はおおよそ困難である。
(奈良県ではこのような地域はしばしばあり、県は寄宿舎を設けている)
ところでかつての北山郷のうち、現在の北山村は和歌山県に属している。
新宮との関係が深かったため新宮と同じ和歌山県を選んだとされている。
これも明確なところはわからないところはあるのだが、
明治時代に北山川より北は奈良県、南は三重県とすることを考えていたらしい。
この考えでは北山村と玉置口村(現在は新宮市)が奈良県になってしまう。
ただ、これは受け入れられなかったのはわかるが、そこで和歌山県になることが認められたのは意外な気がする。
この地域を3県に分けるのは実態に合っていないと思ったのかも。
そんなわけで奈良県となった上北山村・下北山村、和歌山県となった北山村だが、
現在は下北山村と北山村については三重県の熊野市との往来が多いとのこと。
ダム建設をきっかけとしてこの地域の道路事情はかなり変わったらしい。
北山村については熊野市との合併により、飛び地を解消する案もあったぐらい。
現在の各村役場と周辺都市との距離感はこんなもんである。
- 上北山村: 大淀町53km(1:10), 熊野市49km(1:10), 橿原市66km(1:30), 新宮市71km(1:50)
- 下北山村: 熊野市27km(0:45), 新宮市59km(1:20), 大淀町75km(1:40), 橿原市87km(2:00),
- 北山村: 熊野市24km(0:40), 新宮市45km(1:00)
- 十津川村: 五條市64km(1:20), 新宮市59km(1:25), 橿原市87km(1:50)
いずれもGoogle Mapsの検索結果による。
ちなみに大淀町も熊野市も人口は15000人ほどで同程度の都市である。
上北山村は奈良県内に行っても三重県・和歌山県側に行っても同じぐらい遠い。
下北山村は奈良県内に行くよりは三重県・和歌山県側に行く方が明確に近い。
北山村は熊野市が近いのは確かだが、新宮もそこまで差があるわけではない。
十津川村は広い村なので村内の場所にもよるが、比較的南にある役場で五條と新宮の中間ぐらいになる。
ちなみに下北山村については距離だけ言えば尾鷲の方が近かったりする。
国道425号線、村内のダム建設時に作られた道らしい。
ただ、整備状況はあまりよいとも思えず、よく通行止めになってるよう。
村内の移動を含めてほぼニーズがない区間というのが実情らしい。
なので周辺都市というのはおおよそ上記に挙げたものだけ考えればよい。