ちょっと気になった話なのですが、ノーベル化学賞について報じる中で
硤合氏は、「Soai(ソアイ)反応」として知られる「不斉自己触媒反応」を発見されました。この反応は、ごくわずかな分子の違いが自ら増幅され、大きな違いへと発展していく現象で、生命の起源という人類共通の謎の解明につながる重要な研究です。
(ノーベル化学賞を受賞された硤合憲三東京理科大学名誉教授へ関大臣から電話で祝意を伝えました (文部科学省))
カガン教授は触媒のわずかな非対称性が生成物ではより大きく現れる可能性がある「非線形効果」を発見した。硤合教授はわずかな非対称性が反応を繰り返すにつれて極端に一方に偏った物質へと変化する、いわゆる「硤合反応」を実験で解明した。
(日本は28人目のノーベル科学賞受賞者を輩出したが…韓国は「ゼロ」 (中央日報))
と、日本では「ソアイ反応」と書かれたものを多く見る一方、韓国の新聞社が漢字で「硤合反応」と書いていたもを見て不思議だなと思った。
言うまでもなく「硤」という漢字が難しいのは1つの問題である。
硤はJIS第4水準漢字で、昔は機種依存文字と呼ばれることもあった。
現在はUnicodeが当たり前に使われているのであまり問題はないが。
現在でもJIS 第1・第2水準漢字の範囲の文字を使うというポリシーがあるのか「そあい憲三さん」という記載も見る。
「ソアイ反応」という書き方には難しい文字であることと、
あとは世界的にもこの名前で知られていることを印象づける意味もあるのではないか。
実際、文部科学省の発表ではSoai反応(Soai Reaction) という記載もありますからね。
日本では漢字かな交じり文というのが一般に使われているわけだけど、
韓国でも一時、漢字ハングル交じり文というのがあったが今はすっかり使われなくなった。
韓国でも人名は漢字で登録していたり、現在でも漢字は存在している。
でも、その漢字を使う機会というのは今はあまりない状態になっている。
そもそもこのことを言えば漢字・ひらがな・カタカナを使い分ける日本の方が異様なのだけど、
一体これはどこから生まれたのか、と考えると漢文である。
国語の授業で扱われる漢文、それは日本語じゃないだろと思うわけだが、
国語の授業で読む漢文というのは、送り仮名が振られている。
昔はフォーマルな文書というのは漢文で書かれていたのだが、
一方でその漢文を読むためには補足情報がないと困るわけである。
そこで漢字の音だけを借りることになり、これがカタカナやひらがなに発展していく。
特に漢文に送り仮名を振る用途にはカタカナが適していたわけですね。
この漢字+カタカナの表記がある時期までは公的な文書で使われており、現在も一部の法令に残る。
第三条 小切手ハ其ノ呈示ノ時ニ於テ振出人ノ処分シ得ル資金アル銀行ニ宛テ且振出人ヲシテ資金ヲ小切手ニ依リ処分スルコトヲ得シムル明示又ハ黙示ノ契約ニ従ヒ之ヲ振出スベキモノトス但シ此ノ規定ニ従ハザルトキト雖モ証券ノ小切手タル効力ヲ妨ゲズ
(小切手法 (e-GOV))
言文一致により、現在は話し言葉と書き言葉は同じになったが、漢字かな交じり文は漢文の名残である。
このあたりの事情は韓国も似ているのだが、日本よりも漢文がフォーマルな用途で使われていた時代が長かった。
朝鮮語を書くための文字がないという問題を打開するために作られたのがハングルで1448年のことである。
そこからハングルがフォーマルに使われるにはさらに年数を要したようである。
日本の場合、早い段階で漢字+カタカナで公文書を作るようになっていたが、
朝鮮では漢文の世界とハングルの世界は長年分断されていたわけである。
そんな中で朝鮮は日本の統治下となり、ここでハングルの活用は加速したという。
日本語が漢字+カタカナ なら 朝鮮語は漢字+ハングル で書けるという考えもあって、
それで漢字ハングル交じり文というのが使われていた時代がある。
が、この考え方は太平洋戦争後にだんだん廃れ、現在ではあまりみられなくなった。
大概の韓国語には漢字があるが、書くのはハングルというのが今の韓国の認識だろう。
(ちなみに朝鮮民主主義人民共和国では漢字は廃止されている)
そんなわけで韓国の新聞社の書いた日本語の文章を見てみると、えらい漢字を使いがちである。
日本以上に漢字由来の言葉を使っている印象はある。
日本語では仮名が自由につかえるようになって長いので、漢字表記のない言葉は多くある。
漢字表記は定まらないが音は確からしいと ひらがな や カタカナ で表記される地名もある。
漢字圏以外からの外来語に置き換えられた言葉も韓国以上に多い印象である。
そのあたりの発想の差はかなりあるんだろうなと思った。
もっとも日本の新聞社でも「硤合反応」という表記はそれなりにあるし、
国内では「ソアイ反応」という表記が専ら使われているとも言えないようだ。
ぱっと目に付いたのはそうだったんだけど、後で調べると案外そうでもなかった。
ところで韓国ではノーベル賞、とりわけ自然科学系の3賞のことはよく話題になっている。
隣国の日本では自然科学系の3賞の受賞が多いじゃないかと。
韓国もこれらの分野で劣るものではないだろうが、未だに受賞者がいないと。
ノーベル賞の受賞には研究の価値が明らかになるのに年数がかかる側面はある。
なおかつ受賞者は存命でなければならないからこれも難しいところである。
なので今後もどうか、というのはわからない部分はある。
ただ、韓国というのは造船や半導体など注力分野には強い一方、
それを支える素材や装置は日本や外国に頼る部分が多い印象もある。
日本は長年にわたり様々な技術分野の蓄積があり、その中には世界有数のメーカーも多くある。
韓国はどちらかといえば後発なので、買えるものは買えばよいという発想もかなりあった。
これが韓国の強みである一方、後発ゆえの難しさというのはあるのだろう。
おそらく自然科学の研究もそういう側面はあるのだと思う。分野による偏りが大きいのかもしれない。