旅行最終日は鳥取から東京までの大移動である。
荷物がデカイので列車移動にならざるを得ないのである。
というわけでスーパーはくとに乗車、これで大阪まで行く。
スーパーはくと の話は以前このBlogにも書いている。
この当時はすべて京都発着だったスーパーはくとは一部が大阪発着となった。
その代わり増便になったので、鳥取県庁には やくも への新車導入とあわせて「鳥鐵の旅」と幕が掲げられていた。
この便も大阪発着便である。途中の新幹線接続駅は姫路のみ。
智頭急行30周年ということはこの車両も30年、リニューアルされてはいるが、所々古さを感じる。
大阪発着の導入と増便というのも新車導入に向けた布石ではと言われている。
しかし俊足である。ディーゼルカーって加速が緩慢な印象があるが、これはスッと加速していく。
姫路・三宮での乗降ではさほどなく、ほとんど大阪まで乗ってた気がする。
新幹線接続は姫路でいいんでしょうけど、やっぱり大阪までの運行は必要なんでしょうね。
そんなわけで大阪駅で下車して、コインロッカーに荷物を押し込んだら、
バイクを広げて大阪を少し走って行く。
曽根崎通を自転車というかバイクというか、そんなんで走ることがあるとはな。
意外と走りやすかった。路上駐車が多すぎて左車線を他の車が走らないのである。
他の自転車はほとんど歩道走行、東京都に比べると歩道上の自転車走行空間はよくない気はするのだが。
昼食を食べつつたどり着いたのは造幣局である。
本当は駐車場があるっぽいのだが、工事の都合、自転車・バイクまでも駐車できないというので、
ちょっと離れたところに駐車して歩いて来た。
造幣局といえば桜の通り抜けで有名だが、それ以外の期間には造幣博物館を見学できるようになっている。
入構許可を得て、ちょうど桜の通り抜けで通るルートを通って到着。
ところで造幣局ってなんで大阪にあるんでしょうね? 実は明確な理由はわからないらしい。
江戸→東京の治安が悪かったとか、大阪財界への配慮とか、書かれているが。
現在は さいたま支局・広島支局とあり、新500円硬貨の打ち初め式は政府関係者が出席しやすいからか さいたま支局 で行われている。
(cf. 新500円玉、造幣局で製造開始 出回るのは11月から (朝日新聞デジタル))
ともあれ、物資の運搬に便利な大川沿いにこうして作られたのだった。
当初は外国人技術者と外国からの輸入機械が頼りだが、日本の伝統的な金工技術も生かされている。
あとこれは知らなかったんだけど、化学という観点でも硫酸製造やソーダ塩の製造などやっていたそうで、
造幣局ができた当時は日本でそういう薬品が必要なら自給自足するしかなかったと。
機械分野だけでなく、化学分野にとっても造幣局は大きな足跡なのだという。
あと造幣局といえば硬貨の製造はもちろんだけど、勲章・褒章・メダルなどの製造をしている。
勲章などにしても金工の印象が強いが、七宝ってのもコア技術なんですよね。
この技術を生かして記念グッズの制作も行っており、造幣局前のショップではそんなのも買えるんじゃないか。
硬貨の製造という点ではやはり500円硬貨でしょうね。
流通する硬貨の中では世界一高価という話もあり、偽造対策に工夫が凝らされている。
2000年・2021年と短期間で改鋳が繰り返されたのもそのためである。
普通に考えれば硬貨の領分ではないが、自動販売機の多い日本では必要なものとされている。
そんなわけで新500円硬貨のことは特にアピールしていましたね。
あとは記念硬貨で時期柄、土地柄、歴代の博覧会関係の記念硬貨を展示していた。もちろん2025年の大阪・関西万博もある。
外国貨幣の製造もしていて、東南アジアを中心に記念硬貨の製造が多いが、一部は流通硬貨もある。
今度は曽根崎通を西に走り、出入橋で曲がって中之島へ。
科学館は工事(そろそろ終わる)、両美術館の間を結ぶ橋も工事、
そして営業中だが、工事の影響で漏水がある国立国際美術館である。
なんかぐちゃぐちゃだなぁと思いながらも地下3階の特別展はやっている。
その展覧会は「梅津庸一 クリスタルパレス」というので梅津庸一の個展だと。
なかなか目に痛い感じだったのだが、どっちかというと作品の外に学びが多かったかな。
日本の美術教育にいろいろ疑問を持つ中で、画家の仕事を投げ捨てて(?)、
夜は介護職員の仕事をしながら休み時間に絵を描き、パープルルームという私塾をやり、
それで創作意欲が失せた(?)ということで、2021年に信楽に移住して陶芸をして、
陶芸をする中で創作活動というのもチームワークだなと思ったようで、今は版画に没頭しているそう。
なんのこっちゃという説明だが、映像で見る限り極めて真面目な人である。
美術も幅が広く、国立国際美術館の注力分野である現代美術は未成熟ゆえか幅広い。
あれもこれも権威なのか歴史なのか、そんなのに引きずられてるんだなと思った。
信楽で土をこねるというのも、タヌキの置物のような大きな作品を作っていた歴史があるからこそだし。
そんなこんなでそろそろよい時間と大阪駅に戻る。
右折禁止で思ったように進めなかったり、こんなところ自転車で走ったことないから当たり前か。
荷物を回収してバイクを畳んで新大阪駅まで1駅乗る。
新大阪駅での移動は大変で、駅構内を歩く距離も長いし、ホーム上を歩く距離も長い。
それは東京駅でもそうで、ホーム上を歩いて、駅構内を歩いて。
新幹線の駅ぐらい大きいとバイク担ぎながらの移動は本当に大変ですね。
帰着したらカッパも着なくていいぐらいの小雨で助かった。
まっすぐ帰って冷凍庫から出したあれこれで夕食。これでゴール。