鳥取砂丘の西と湖山池

長かった山陰旅行も今日でとりあえず一段落。明日には大阪を経て帰路につく。

そんなわけで今日は鳥取市街より西へ向かう。

ということでまずは汽車で鳥取大学前駅まで行く。走ってもいい距離ではあるけど電池が心配だし……


まだこの区間にはICOCAが導入されていないので紙のきっぷを買って乗る。

ただ、来年には鳥取~倉吉の各駅と倉吉~米子の特急停車駅にICOCAが導入されることが決まっている。

今は駅員が詰めている改札口もそのときには紙のきっぷも入る自動改札機が置かれる。

そんなわけで倉吉行きの汽車に乗車、けっこう乗っているがほとんど鳥取大学前で降りた。

大学への通学もあるのだが、そもそもこの周辺が学校や住宅が多いのである。

全ドアが開くから有人駅かと思ったら、無人駅だけど利用者が多すぎるから全ドア開けてただけだった。

ともあれ、ここからスタートである。バイクを少し走らせると湖山池が見えてきた。

池と名の付く水面では日本一広いのだが、その実態は汽水湖である。


湖山池は砂丘により海と切り離された池である。

鳥取砂丘はもっと広かったと書いたが、その鳥取砂丘は西から末恒砂丘、湖山砂丘、浜坂砂丘、福部砂丘と分けられる。

一般に知られるのは浜坂砂丘の一部が残されたもので、福部砂丘は らっきょう畑 になったが、

湖山砂丘は早い段階で野菜畑になり、その後に宅地化していった。

そして湖山砂丘だったところに横たわっているのが鳥取空港である。

鳥取空港には「鳥取砂丘コナン空港」という愛称が付いているが、実際に砂丘の上にある空港なのだ。

湖山池から見ると空港のあるあたりが小高い丘に見える? でもほんの少し高いだけか。


ここから東へ走って行く。国道バイパスの高架橋も規制がなかったのでそのまま走って行く。

そしてたどり着いたのが白兎海岸である。道の駅があるのでここに停める。

白兎海岸は 因幡の白兎 の舞台となったところである。海岸を見てみると岩の島があるが、これを淤岐ノ島という。

淤岐ノ島から渡ろうとしたウサギがワニザメの背中に乗ったら、皮を剥がれてしまい、

さらにはだまされて海水を浴びて乾かしてひどい目にあっていたところ、

そこを通りかかった大国主命がウサギの身体を洗って、蒲黄(ガマの穂)を付けたら治ったと。

そんな伝承から白兎神社は皮膚病などに効く神様だとされていた。知らんかった。

その後のエピソードとして、このウサギは大国主命と八上姫の縁を取り持ったということで、

現在は縁結びの神様と認識されているが、これは比較的新しい考えらしい。


白兎の丘という展望台に上って白兎海岸一帯を眺めている。

ちょうど白兎海岸が鳥取砂丘の西端だったんじゃないのかな。

白兎海岸から今は空港や宅地になった湖山砂丘、今も砂丘で残る浜坂砂丘、

その向こうにらっきょう畑になっている福部砂丘と、広大な鳥取砂丘の姿が浮かび上がる気がした。

反対側に目を向けると長尾鼻があり、不思議な形の岩がたくさん。

一箇所でいろいろなジオサイトが楽しめるのでこれは当たりですね。


ここから湖山池の南側を回っていく。

小雨の範疇ではあるが、カッパなしではきついので、上だけ着て回る。

この中を歩いて散策する人もいた。けっこうな物好きだと思ったが、そういや雨の田沢湖を歩いて散策したこともあったな。

湖山池は汽水湖だと書いたが、2012年までは淡水湖だった。

もともと汽水湖だったのだが、農業に支障があり、水門操作で海水の流入を防いでいたのだ。

ところがヒシの大量発生により悪臭を放ち、漁業も不振ということで、打開策として汽水化が行われた。

汽水湖となり、ヒシは生息できないようになり周辺環境や景観が改善、シジミ漁もできるようになった。

ただ、淡水を前提としていた生物は絶えてしまい、生態系への影響は大きかったという。

そんな湖山池には青島という島があり橋で渡ることが出来る。

中にはキャンプ場があり、ドーム状のテントが固定されたグランピング施設もある。

散策するだけなら自由である。湖山砂丘含めて湖山池の景色を楽しんでいた。


というわけで山陰海岸ジオパークの東西ほとんどなめた感じである。

アクセスの都合もあり、海沿いがほとんどだが、それはそういうものとして。

バイクを持ち歩いて周遊するという新しい取り組みはいろいろ課題もあって、

その反省点はまた改めて書こうと思うけど、今までこういう旅はできなかったので、

これができるならあそこにも出かけたいなというところはいろいろある。

天気が悪くなると嫌だけど、それでも工夫しながら乗り切れたかな。

そんな明日は大阪は雨の時間帯がある。小雨ぐらいで済めばよいなと期待はしているが。

そして帰宅したら雨、これはほぼ確定だろう。区間としては僅かだが辛いな。