どちらにせよ公的な葬儀ではある

昨日、元総理大臣で現職の衆議院議員にして銃撃され亡くなった安部さんの「国葬儀」が行われていた。

先日、こんな話を書いている。

総理大臣経験者でさえ異例の国葬の実施が決断されたわけだが、(略)

安部さんを支持してきた党内外の人たちの主張に沿って特別扱いしたのではないか。

もしそのように認識されれば、そういう人たちが安部さんを神格化していくのではないか。これが僕の懸念である。

(死刑されては神格化されかねない)

結果的に言えば、そんな感じはしなかったけどね。


内閣府の業務として葬儀を実施するというのは異例のことであり、

国会に問わずに決定したことから、国会での説明を求められ、こんな話があった。

安倍元首相「国葬」費用 総額16億6000万円程度の概算公表 政府 (NHK)

葬儀そのもの費用は2.5億円程度で、これが全額国費だと。

ただ、それとは別に警備費が8億円、外国要人の接遇費が6億円、自衛隊の儀仗隊の参列に1000万円程度かかるという。

これが合計16.6億円という話である。

果たしてそのような支出を行うことに妥当性があるのかという話だった。


とはいえ、これらの費用の大半は自民党・内閣合同葬であってもかかるものである。

葬儀そのものの費用は折半だが、警察が特別体制で警備をすることは変わらないだろうし、

それに伴って外国要人がくれば、その接遇費はやはりかかる。

後で掘り下げるけど、自衛隊の儀仗隊は合同葬にも参加している。

ましては葬儀自体に国費を投じなくてもほとんど同じである。

16.6億円のうち、葬儀自体にかかる費用は15%ほどに過ぎないからである。


当初、僕の理解としては、内閣府が直接葬儀を取り仕切ることで、

国内外の要人の対応などをスムーズに行うことができるのでメリットがあると考えていた。

ただ、実際には国会での説明が求められた影響でこんなことが起きた。

安倍元首相“国葬”まで2週間 案内状を“速達”で発送 返送投函期日は“修正”され… (Yahoo!ニュース)

国会での説明を求められ、閉会中審査で説明をするという話があったので、

それより前に招待状を発送することができず、招待状を修正して速達で発送することになってしまったという推測である。

このあたりは本当に裏目に出てしまったなと思う。

他にも従来の合同葬で実施されてきた、葬儀当日に各省庁に黙祷を求める閣議了承が見送られることになったのもこの影響だと言われている。

(もっとも各省庁で内部的にはそのような指示が出ているようである)


これはまさに自民党・内閣合同葬の長所との裏返しではないかと思う。

この場合、主催者は国の機関ではない。となれば開催自体は口出しできない。

民間企業の社葬を開催するのとあまり変わらないということである。

そうすると、その中でも葬儀への国費支出という問題はあるのだが、そこは黙認するのが慣例となっているということですね。

内閣と国政与党の自民党は実質的に一体なので、合同葬という体裁はやや疑問はある、私的な性格と公的な性格を使い分けることに意味があると。

国費を支出しているとはいえ、それは葬儀全体の高々半分に過ぎないと。


実際のところ、元総理大臣の葬儀とあれば、あらゆる形で公的な性格は認められるようで……

安倍元首相の家族葬への儀仗隊参列 陸自トップ「大臣レベルで判断」 (朝日新聞デジタル)

ちょっとびっくりしたんだけどね。防衛大臣の判断で実施したらしい。

家族葬に参列するのは異例ではあるらしいんだけどね。

もっとも従来から合同葬への儀仗隊の参列は行われており、それは公的な性格を認めているということである。

ここも国費支出とともに問題になりそうなものだが、黙認されてきたと。


というわけで、冒頭に書いたような神格化どころではない結末だったのだが、

なにが原因だろうなと考えると、岸田総理大臣の下心ではないかと。

保守派への「貸し」と「過剰な政治主導」、岸田氏の国葬決定の力学は (朝日新聞デジタル)

タイトルが全てだと思うけど、ここに集約されてるんじゃないかな。

党内の勢力に押されるままに国葬を決断したけど、そのような重大な決定を国会を通さず行ったがために禍根を残すことになってしまった。


これだけの立場の方で、大規模な葬儀を行うこと自体は不可避ではあって、

そこに対して警備費がかかるとか、外国要人の接遇費がかかるというのは仕方ない。

葬儀自体への国費支出や自衛隊の儀仗隊参列とか、こういうのは慣例的に認められてきた経緯がある。

そこを超えるとなれば、やはり国会で了承を得る必要があったかもしれない。

それが積極的な合意なのか、黙認という形になるのか。

(先例と言われている吉田茂さんの国葬は野党会派は黙認という対応だったという)

そこをすっ飛ばしてしまったことには下心があるということである。


国葬儀という形は異例ではあったけど、葬儀の内容そのものは特に驚くこともなく……

でも、1つだけ異例だったのは「上皇使・上皇后宮使 御拝礼」でしょう。

過去の総理大臣経験者の葬儀でも、勅使・皇后宮使(勅使は天皇の使いの意味)と、天皇・皇后以外の皇族が出席することが慣例となっている。

上皇というのは退位後は隠居という話を聞いていたから、このような形で(使者とはいえ)名前を見るのは驚いたのである。

なお上皇の使いというのは、歴史的には「院使」と呼ばれてきたそうである。

これは退位した上皇に院号が与えられてきたことに由来するものだが、

現在の上皇には院号はなく、それゆえ「上皇使」が適切という判断だったのではと。

おそらく「上皇使」「上皇后宮使」という言葉が歴史上初めて現れたのが、この国葬だったと思う。

そこは確かに歴史に残る内容だったのだと思う。