纏向遺跡と平城宮跡

今日は奈良へ向かうことは決まっていたが、単に奈良に行っても面白くない。

とやってきたのは三輪駅、大神神社の最寄り駅まで来て参拝しないわけにもいかない。

天気もよいので参拝者は多かった。が、ここが目的地というわけではないので早参り。


本当の目的地は大神神社から国道に向かって歩いて、その国道沿いすぐのところにある桜井市立埋蔵文化財センターである。

名前からすればよくある市町村レベルの博物館だが……

桜井市の立地を考えれば、その展示物というのは相当なものである。

まず弥生時代の大福遺跡などの話から始まる。

銅鐸のリサイクルをしていた遺構なんてのもあって、送風管なんて出土品もあり、なかなか先進的である。


ただ、やはりその次の時代、纏向遺跡というのが大きいですよね。

一説には邪馬台国か? と言われる遺跡だが「極めて強い政治的な意図のもとにつくりあげられたマチであると考えられています」と紹介されている。

これまでの弥生集落とは異なる日本最古の都市という言い方ができる。

この地にこの時代の古墳が多くあるのも、それだけの地位の人がいたということである。

その首長の居館の姿が発掘調査により明らかになったことが2010年頃に報じられた。その模型が置かれていた。

最後の方には藤原京の話が出ていたが、藤原京の北東は桜井市にかかってるんですね。

藤原京の規模を明らかにするというところで細々と調査を進めているようだ。


とてもじゃないけど市町村レベルの博物館とは思えない情報量である。

桜井市で発掘調査をしているから、こういう形で展示されてるんですけどね。

まだ謎は多いのだが、このあたりが日本の歴史上、重要な土地だったことはある程度確からしいように思う。

そんなわけで纏向遺跡の実地を見てみようということで、国道を北に歩いて行く。

このあたりは立派な三輪素麺工場が目立つ一方、ひなびた店も多い。

歩いて行くと何か山のようなものが見えてくる。これが次の目的地、箸墓古墳である。

ただものではない大きさだが、一説には卑弥呼の墓と言われており、それにちなんだ看板もあった。

「ひみこの庭」なんて無料駐車場があって変な感じがする。

この古墳は宮内庁が「孝霊天皇皇女倭迹迹日百襲姫命 大市墓」として管理している。

天皇・皇后以外の皇族を埋葬するところは墓というので墓である。

拝所も設けられており、天皇陵と同じような構造で立派である。

時代的にも前方後円墳としては古いものだという。そういう要素だけでも価値があるな。


そこからさらに北に向かって歩いて行くと、桜井線の巻向駅が見えてくる。

ここからさらに進んで……小特以外の自動車通行止めという踏切を渡る。

すると左に何か柱が刺さった広場が見える。

ここが纏向遺跡辻地区である。ここがさっき書いた首長の居館の遺構が見つかったところ。

この発見の後、ここは史跡に指定され、遺構展示がされるようになった。

そんなに大きいものではないが、何らかの意図を持って建物が整然と並べられたことは見て取れる。


で、一通り見たところで奈良行きの電車の時間をみたら3分後。

駅のホームは目の前に見えているが、電車に乗るには踏切を渡って回り込んで改札へ行かないといけない。

というので小走りで駅へ向かったらなんとか間に合った。

桜井線は概ね30分に1本、そこそこ本数はあるが逃すと痛い。

そうしてJR奈良駅に到着。けっこう人が多い。観光客らしき人も多い。

昼食を食べて奈良公園に向けて三条通りを歩いて行くのだが、案外人が多い。

奈良公園に行くのにJR使う人もけっこういるんだなと思ったが、どういう意図なんだろう。

他の場所、例えば法隆寺とか宇治とかとハシゴするためにJRというのが一番納得感があるのだけど。


ただ、やっぱり近鉄で来る人の方がケタ違いに多く、東向商店街からドサーっと流れ込んでくる。

そんなこんなで奈良国立博物館に到着。特別展「空海」を見る。

まぁ来てる人はどっちかといえば年配者が多いのだけど。

本館のロッカーに荷物を置いて、地下回廊から新館に行くと、外に行列が出来ていてびっくり。

ただ、これはチケットを買い求める人の列だったので、すでにプレミアムカードを持っている僕はスルーして改札へ。

正倉院展に比べたらガラガラだけど、普段の奈良博を思えば大混雑である。

小中学生の観覧を意識したか、ワークシートがあったり、

「いのりの世界のどうぶつえん」のときのキャラクタ(いつのまにか「ざんまいず」と名前が付いていた)の解説が付けられたり。

連休期間に家族で空海が伝えた密教を学ぼうという意図があったんだろうか。


展示物は重要文化財(国宝)だらけである。

曼荼羅の展示は前期後期入れ替えなので、これはリピーターも多そうだなと思った。

そういえば去年に神護寺に行った時(cf. 1日券で京都を北から東へ)に曼荼羅の修理をした話を聞いたけど、

その曼荼羅の現物ってこれだったのかと。かなり綺麗になってましたね。

仏像の展示も立体曼荼羅という意図が伝わりやすいように工夫されていた。

最後は高野山の話があれこれ、その中で高野山では1日2食、空海に食事が届けられているという話があった。

昔、高野山に行ったとき、時間の都合行けなかった奥の院だが、

ここの地下に空海は籠もって亡くなったとされている。(入定って書かれてるが)

密教を日本に伝えた空海が最後に行き着いたのが高野山だったということを表すエピソードの1つである。


奈良博を出てどうしようかと思ったところで、やってきたのが大仏殿駐車場。

ここから ぐるっとバス に乗れば平城宮跡に行けることに気づいた。

ぐるっとバスのメインルートである大宮通りルートは15分に1本走っているが長い列。

ドアの開閉にも困るような満員で出発していった。

実はこのバス、運賃100円である。市内循環など他の路線バスが250円なのに対して圧倒的に安い。

そのことを意図したか意図せずか、近鉄奈良駅まではぎゅうぎゅう詰めだった。

なぜこのバスは100円なのかというと、このバスは奈良市役所や国道24号線高架下の駐車場のP&Rと組み合わせて使うことが想定されているからである。

放送でも「駐車場へお帰りの方は」と言っていたし、そこでの乗降は確かに多かった。

それであらかた降りたところで 朱雀門ひろば で下車。なんかやたらと賑わってんだが。


平城遷都1300年祭の頃は仮設建物があったような覚えがあるが、

それも撤去され、その後にこの一帯がいろいろ整備され、その中で交流拠点として整備されたのが 朱雀門ひろば である。

大音量で音楽が響いてるから何かと思ったらアイドルのステージだったらしい。

なんか平城宮跡のイメージが変わったなぁ。

朱雀大路を挟んで反対には「平城宮いざない館」という展示施設が。

平城宮の往時の姿がわかる展示施設で、これだけの展示施設が作れるぐらい平城宮跡の発掘が進んでるんだなと驚く。

藤原京とかまだ発掘途上の部分が多いし、それこそ今日見てきた纏向遺跡とか謎だらけである。

この発掘調査の成果が現れたものの1つが復原建物である。

最近完成した大極門を見るのは初めてかな。全部完成するとどう見えるのかな。


奈良県内も見所いろいろあるんですけどね。

なかなかこういうのを思いついてやるかというと難しいところはある。

でも今回の旅程はわりと当たった気がするな。