アメリカ軍は地名の拾い方がおかしい

NHKの番組で、東京都にあるアメリカ軍基地として赤坂プレスセンターのことが紹介されていた。

名前からするとちょっとわかりにくいのだが、ヘリコプターの離発着場という意味合いが強いらしい。

プレスセンターというのは星条旗新聞(Stars and Stripes)の日本支部があるからだとみられる。

本来であれば航空法では人口密集地ではビルの高さ+300m以上の高度で飛行するルールなのだが、

アメリカ軍はこのルールに従う義務がなく、実際に従っていないらしい。

このため周辺地域では騒音被害に苦しめられているという。


このニュースでこの施設の所在地が港区六本木だと聞いて、おかしくない? と思った。

というのも、港区は大きく芝・赤坂・麻布の3地区に分けられ、

六本木には麻布警察署があるように麻布地区にあたるわけで、赤坂だと隣の地区じゃないかと。

確かに近くには青山霊園(青山は赤坂地区にあたる)があるなど、境界に近い地域ではあるのだが……

そこで気になって調べたら、この施設のルーツはかつての 陸軍歩兵第3連隊 の施設だったようである。

通称「麻布三連隊」とのことだから、その当時の認識ではここは麻布だったんですね。

にも関わらず、太平洋戦争後にアメリカ軍が占用して付けた名前は「赤坂プレスセンター」だという。


変な話だが、似たような事例は同じく東京都多摩地域にもある。

それが横田基地である。アメリカ空軍と航空自衛隊の共用施設ですね。

複数の市町にまたがっているが、主たる部分は福生市であり、所在地も福生市になっている。

面積としては北東側にある瑞穂町にあたる部分も多いが、滑走路の部分が多くなっている。

ここで気になるのが「横田」とはどこの地名を拾ったのかということである。

実は現在の武蔵村山市のルーツになった村の1つに横田村というのがあって、そこに由来するらしい。

現在は横田という町名は存在しない。そもそも1908年に消滅した村の名前であり、町名変更などの結果、もはや存在しないのである。

また、武蔵村山市は西側に横田基地の一部がかかるものの、横田村があったのは武蔵村山市の東側で、直接関係ない。


なぜこんなことになったかというと、地図を見て横田という地名が近くに見えたからということらしい。

そもそもここは陸軍多摩飛行場だったものを太平洋戦争後にアメリカ軍が占有したものなのだが、

陸軍の飛行場だった時代は福生飛行場と通称されていたそうである。

そう、もともとこの飛行場は福生だと認識されてたんですね。

にも関わらず、太平洋戦争後に占用したアメリカは、このことを忘れて、適当に地図から地名を拾って、

なんだかよくわからない横田基地(Yokota Air Base)と名付けてしまったんですね。


それに比べれば赤坂プレスセンターなんて正しいぐらいだろうと思うけど、歴史的経緯を踏まえた命名でないということは確かな話である。

なお、かつての陸軍歩兵第3連隊の敷地は、東京大学生産技術研究所として使われた時期を経て、現在は国立新美術館として使われている部分もある。

こんなところに常設のヘリポート置く? って感じはあるが。

市街地に常設のヘリポートが置かれること自体はあるが、たいていは屋上への設置である。(障害物が問題になりにくいから)

ただ、赤坂プレスセンターは地上設置なんですよね。青山霊園が隣接しているので、そこを進入経路にしてるのかなぁ。


このヘリポートの主たる目的は要人輸送のためとされている。

ただ、訓練目的か、市街地での低空飛行を繰り返しており、環境への影響もさることながら、住民の不安にもつながっているようである。

東京都も港区も赤坂プレスセンターの返還を要請しているという。

一方で返還のあてがたたない現実もあり、島しょ部からの救急搬送などのために同ヘリポートを利用できる協定を結んでいるよう。

災害時等のための米軍との協定 (東京都)

基本は東京ヘリポート(江東区新木場)で救急車に乗り換えだと思うけど。

しかし、赤坂プレスセンターで乗換ができると、その近くには赤十字医療センターをはじめとする大病院がありますから、

使用した場合は搬送時間が15分程度短縮されているとのことで、直接的に住民の役に立っている一面もある。

ただ、それ以上に周辺環境への影響がひどく、この協定を結んで利用している東京都さえも継続的に返還要求をしているのが実情である。


直接的にアメリカ軍に日本の法規制が及ばないこと自体が問題だが、

それでもすでに存在するルールに準じて動くことは自分たちを守ることにもつながるはずである。