近鉄に久しぶりに新車の通勤電車がやってきたという話。
「8A系」お披露目 近鉄24年ぶり新型一般車両 (鉄道新聞)
老朽化した特急車の代替やリニューアルも一段落したからとも言えるし、
一般車の老朽化がかなり進んだからというのもあるし……
新車の型式が「8A系」だと報じられたときに想像したこととしては、
橿原線・京都線でよく走っている8000系とかの代替車両なのだろうと。
阪神との直通運転を行う奈良線は比較的新しい車両が走っていることが多い。
京都線・橿原線は各停を中心に4両編成の出番が多い路線である。
その4両編成の主力が8000系とかのグループで相当に古い車両である。
8A系は4両編成とのことだったから明らかにそれの代替だなと。
8A系の「8」の意味はそれでよいとして「A」は何だろうと。
最初思ったのは 8001A のような車両番号を振って、昔の8000系と識別するためかと思った。
そもそも鉄道車両で「○○系」というのは複数の形式の車両の総称で表す言葉で、その使い方はいろいろである。
JRの在来線の場合、例えば E233系 というのはクハE233形, クハE232形, モハE233形, モハE232形……の総称である。
○○系というのは奇数の番号を振って、偶数・奇数をセットで使うことが多いが。
新幹線の場合、例えば700系は717形, 718形……の総称である。
実はN700系は775形, 776形……の総称、N700S系も735形, 736形……の総称で、
特に車両番号にNとかSとか入っているわけではなく、7xx形のグループを表す言い方として使われている。
JR以外の例としてOsaka Metroを見てみる。市営時代からいろいろな命名の車両がいる。
今里筋線の80系は車両番号が 8101, 8201…… のように振られていた。
車両番号8xxxの総称を80系と呼んでいるということらしい。
そうかと思ったら、堺筋線の66系は 66601, 66101……のように66xxxの総称であり、
30000系は 31601, 31001…… のように3xxxxxの総称だったり。
中央線の新車、400系は 406-01, 401-01 のように 40x-xxの総称になっていたり……統一感ないな。
私鉄・公営交通の○○系というのはこれらのパターンで説明できることが多い。
話は近鉄に戻って、8A系が東大阪の近畿車輛の工場から出荷され、
それを撮影した写真を見ると 8A101 のような車両番号が振られていた。
なんと、数字と数字の間に「A」が入っていたのである。これにはびっくり。
近鉄では特急車を5桁、一般車を4桁にしていたが、特急車の付番方法に似ているようである。
ひのとり(80000系)だと80101, 80201…のように 80xxx の総称になっているが、
8A系は 8Axxx の総称ということになるようだ。
そこにアルファベットが入っても破綻しない管理システムって一体どんなのか気になるけど。
16進数で管理している説とかあったけど、そんなことするか?
同様の新車が大阪線・名古屋線や南大阪線にも導入される予定である。
6両編成や2両編成の新車は比較的近年(といっても10年以上前)に投入されてきたが、
4両編成というのは用途が多い割には古い車両ばかりになっていた。
南大阪線はレール幅が違うので別の形式になりそうだなと言われていたが、
どうも大阪線・名古屋線も別の形式になるみたいですね。
近鉄の一般車は一部を除き柔軟に連結して使われることも特色であり、
4両編成の8A系は単独で走ることもあるし、2両編成を連結して6両で走ることもあるだろう。
京都線の各停は新田辺を境に京都側は6両対応、西大寺側は4両対応となるため、
新田辺駅では2両切り離し・2両連結というのが比較的多く見られる。
これは煩わしいと京都方面は6両の各停、西大寺方面は4両の各停を別々に運行したが、
そうすると駅南側の踏切が「開かずの踏切」になってしまう問題があった。
このため4両編成に2両脱着できる構成は今後も重宝されるものとみられる。
南大阪線も主力種別の準急で古市・富田林を境に8両対応と4~5両対応が変わるから、
そうなると古市や富田林で脱着できる構成は重要である。
吉野線も4両編成までなので急行は橿原神宮前で増解結が行われることがある。
京都線・橿原線にしてもそうだが、4両編成ってのは便利なんですね。
ただ、意外と使いにくいのが名古屋線で、急行では4両+2両セットで走る一方、
各停は名古屋市内に3両しか停まれない駅があるので3両編成が基本だったりするんだよね。
(なので、これらの駅を通過して早々各停になる準急が設定されている)
3両編成こそ古い車両が多いのだが……これどうするんだろうね。
3両のみ対応の駅を4両対応にできれば柔軟性が高まるのは誰もが思うこと。
ただ、それが実現していないことには相当に困難な事情があるのだろう。