研究室内である学生とボスが今後の研究のことで言い争いになっていた。
その中でボスが「金さえあれば実現できそうなことをやるのもおもしろくない」ということを言っていたのだが……
うーん。
なんで言い争いになったのかということだが、
当初、他の学生の開発しているシステムと組み合わせて使うシステムを開発して、とあることを実現しようということでスタートしたのだが、
この前、当初意図していたシステムがほぼ完成したのよね。
これをもって自分のやるべきことは果たしたということで、今後はこれまで開発したシステムを別方向に活用していきたいとなったわけである。
それで先日まで具体的にどう活用するかということを考えていたようだが、
いろいろ調査したところ、有用なシステムが作れそうだということが明らかになって、ではそちらに進んでいこうとなったわけである。
このことは直接指導をしてくれている教員も了承しているわけだが、
ボスは新しい取り組みについて最初に書いたような意見を述べていったわけである。
「金さえあれば実現できる」というのは世の中たいていのことに言えそうだよね。
既存の技術を積み上げて、それをうまく統合していけば、いろいろなシステムが作れてしまうだろうと。
もちろんそこにはいろいろなアイデアが詰まっているわけだけど、
それも技術者が順当に努力してやれば実現できるだろうなとは思う。
結局のところは積み木遊びのようなもんだよね。
突拍子もない画期的な取り組みについては必ずしもそうとは言えないわけだけど、
特に電気電子分野の技術者が作るものというのは、そういう傾向が強いのでは? と思っている。
そういう視点で見ると、当初の取り組みを継続することと方向転換することは対称的だ。
当初意図していたシステムはほぼ完成したと言うまでになったということは、
この先に進むべき事がさっぱりわからないということも含まれている。
少なくとも自分がこれまで担当してきたシステムについては行き詰まりを迎えている。
他の学生が担当している部分で進捗があればどうだか知らんが、現状で考えつくことでは完成といって差し支えないということだろう。
一方で新しい取り組みはある程度やるべきことははっきりしているし、これまでのシステムを活用できる。
そして実現できれば有用なシステムが完成するのだから、やる意味もはっきりしている。
ただし、現状ではどこに困難さがあるのが明確になっていないので、そこはよく検討する必要はあるが。
それにしても真の意味で大学じゃないとできない研究ってなんなんだろうね。
「金さえあれば実現できることをやっても――」ということを言ってきたのは、
大学と世の企業の役割分担を説いたものなのかもしれないが、工学においては明確ではないわな。
「新しい技術の方針を示すことが肝心である」と言えども、金を積んだとしても実現できる見込が立たないことをやっても無駄だし。
そこのギリギリを狙うとおもしろいんだろうけど、そんな課題はそうそうないわな。