昨日はライブビューイングのために映画館に行ってたんだけど、
あまりに終わるのが遅すぎて、ショッピングセンターと切り離され、映画館の出入口しか使えなくなっていて、
どんなけ遅くまでやりおると思ったが。終電1本前とか、駅に近くて、なんとか帰れたようなもの。
昨日、そこら辺の映画館でライブビューイングなんて案件、だいたい予想は付くわな。
μ’sの5thライブですね。μ’sっていうのはラブライブ!の作中に出てくるアイドルユニットね。
そうこのBDが500円になった原因のライブだ。
このときは、
来年1月末はさらに大きな会場で行うようだが、それでもチケットが手に入るかどうか不安があるのだろう。
それでこうして抽選券を求めてBDを購入する人が多いようだ。
本当に必要なの? と僕は懐疑的なんだけど、実際どうなんでしょうね?
など冷ややかな目で見ていたが、現実は多くの応募者がチケットにありつけず、
ライブビューイングで日本各地に留まらず、東アジア・東南アジアでたいへんな広がりをもって中継・放映されることとなったのだった。
その残りカスとも言うべきBDを買ったときには、ふーんと思ってたんだけど、
アニメを見ていたこともあって興味はあったし、せっかく気軽に行けるんだし、ということで2度目の先行受付で申し込んだ。
都心の上映館だとライブビューイングでさえアブレが生じるほどで、上映館の追加が行われるほどで、すさまじいなと思った。
だから都心の上映館は避けたんだけどな。おかげさまで無事にチケットを購入でき、昨日、見に行ってきたのだった。
なんども衣装を変えるもんだから、豪華だなぁと。
アニメで描かれたステージは衣装も含め、余すこと無く再現したいという考えがあったのだろう。かなり驚いた。
そんなところも含めてパフォーマンスで魅せてくれたなぁと思った。
そんなμ’sのステージを見て、あれ? と思うのが、歌うときにマイクを持たないこと。
ハンドマイクじゃなくてヘッドセットを付けて歌ってるのよ。
一部、ハンドマイクを持って歌う部分もあるが、出演者がその部分について「昭和歌謡みたい」とか言ってたから意図的なんだろう。
インカムを使う理由としては、アニメ内でのステージでマイクが描かれていないからというのが大きいかと思う。
アニメのステージを再現するためには少なくともハンドマイクは使えない。
アニメではヘッドセットすら描かれていないのだが、それすらなしというのはあり得ないので、こうなるのだろう。
全くマイクの類が描かれないのは不思議なんだけどね。
けどアニメでステージのパフォーマンスを描くときはしばしば省略されるようで。もちろんマイクを描いている作品もあるけどさ。
だから、そういう慣例ということでいいんじゃないかなぁ。
一方で、アイドルマスターではゲーム・アニメ中ではマイクの描写が基本的に省略されているものの、
実際にステージでパフォーマンスを披露するときにはハンドマイクを使うことが知られている。
この記事書いたときには、遠巻きに眺めてるだけだったけど。
去年にアニメの映画で描かれたステージはこの7周年ライブがモチーフになっている。
そういや映画はハンドマイク持ってたな。現実のステージを強く意識したアニメだったんだなぁ。
ハンドマイクを使うと片手はマイクを口に向けてないといけないから、ゲーム・アニメの振り付けはそのまま再現できない。
けど、ゲームはゲーム、アニメはアニメ、実演は実演と、そこは必ずしも一致させていないらしい。お互い参考にはするだろうけど。
ゲーム・アニメの振り付けをそのまま再現するのは難しいから、それはしないという意図もあるとか聞いたけど、実際どうなんだろ。
かつては歌うといえば必ずハンドマイクだったけど、現在はヘッドセットを使うことも多くなっているらしい。
ヘッドセットを使うと、両手が空くのでパフォーマンスの幅を広げられると、そういう意図ですね。
ただし、そうなると体力の消耗が激しくなるので、好まれないこともあるとか。
そこを意図して1つのステージでハンドマイクとヘッドセットの使い分けをすることもあるとか。
単純に歌うだけならハンドマイクが基本ではあるんだろうけど、
振り付けも重視するとヘッドセットという選択肢が出てくるのだと理解している。
歌の道具としてはやはりハンドマイクの方がそれっぽいよね。
あと、スタンドマイクってのもありますね。すっかり忘れてたけど、それもありか。
アニメやゲームで描く架空のステージでは、そういう技術的な問題は無く、ましてマイクの類を描かなくてもよいわけだけど、
ただ、そうはいっても「マイクなしで歌うのか?」と思ってしまったりするのよね。
もちろんヘッドセットでも描かれていればなるほどと思うんだけど、ハンドマイクが描かれているとさらに歌っている雰囲気が増す。
架空のステージではあるのだけど「あれ?」と思うのよね。
それを実演するときも、架空のステージを忠実に再現するという考えと、現実のステージはまた違うという考えが出てくるのだろう。
現実の歌手のステージだっていろいろな意図があるだろうけど、それ以上にいろいろな意図がうごめいてそうだ。