修理よりは交換のほうがお好きか

夏休み明け、いない間に動いていた話はいろいろあるけど、

さほど慌ただしい話もなく、でも別のことでバタバタしていた。

それが故障した業務用PCが交換になったことの対応で、

データの移行・ソフトウェアのインストールなどやっていた。


以前も書いたことがあるけど、勤務先の業務用PCは基本的にレンタルなんですよね。

レンタルの良いところはいくつかあると思うが、

故障時にレンタル業者で代品・修理などの対応をしてくれることと、

あとは使用後のPCを回収してデータ消去・再利用など適切に対応してくれること。

これはなかなか代えがたいものがあるんじゃないかと思う。


故障ということでは過去に1度あったのだが、これはマウスの故障だったので、

レンタル業者がメーカーにマウスの代品を手配して終わりだった。

そういうのもちゃんと対応してくれるんだなと思ったけど。

(もっとも一部機種ではマウスが買い切りになるような話もあるようだけど)


今回は本体に取り付けられたキーボードの故障なのでそういうわけにはいかない。

とはいえ修理というのもあるだろうかなと思っていたら、

まもなく代品交換を手配するということになった。

ちょうどこの納品タイミングが夏休みに被ったんですね。

交換ということは従来のPCはもう帰ってこないということである。

なので必要なデータは忘れずにコピーしなきゃだめなわけですね。


回収したPCをどうするのかは知らないけど。

そこから修理して在庫にするのかもしれないし、もう廃棄するのかも知れない。

レンタル開始から一定期間経過後は修理・交換などはしないというルールがあって、

ライフサイクルからしてもう廃棄ということなのかなと思う。

(あえて修理してまで中古市場に流すとも思えないし)

今回はどっちでしょうね? 修理して在庫にするには年数が経ってる気もするけど。


故障部位からして、その部分だけ修理というのも現実的だった気はするし、

もし会社所有のPCだったら、メーカーに修理依頼することになったような気がする。

ただ、そうすると修理中はPCが使えないという問題があり、

じゃあその代品はどうするのかという話になる。

これに対してレンタル業者の交換対応は修理中に使えない期間はない。

ただし前後でPCが代わるので移行に手間がかかるのが難点である。

使えない期間を許容するなら修理対応の方が楽ということである。


いろいろありましたが今日1日で当座は不便がない程度にインストールもできたので。

ただ、あれやるならこれもいるなというのはまだいくつかありますね。

面倒だなぁとは思うからとりあえずは先延ばし。

メルカリでページが切り取られた雑誌

メルカリで買った商品2つで立て続けに不備があって、いろいろあった。

どちらも同じ雑誌の違う号なんですけど、一部ページが切り取られてたと。

商品説明には切り取っている旨の記載はないものを買ったのだけど。

それぞれ事情が異なり、その後の流れが異なった。


1つは検品中にページが抜けていることに気づき、

連絡すると代品交換という形になった。複数買ってたんかね。

で、代品交換にあたって返送するように依頼されたのだが、これが面倒だった。

先方からは クリックポスト で送ってと依頼されたが、送料の受け渡しが必要である。

そこで送料分をメルペイの個人間送金で送ってもらえばいいんじゃないかと思ったが、

そうしたらメルカリから「返金等の目的であっても『おくる・もらう』をメルカリの取引で使用することはお控えください」とのこと。

警告内容を見る限り、送料を直接現金でやりとりするのは問題があるようだ。


こちらとしては一貫してゆうパケット着払いを推奨してきたのだが、

なかなかこれは受け入れられず、最終的に先方から切手で送料を送るという提案があり、

それならば手持ちの切手で払うから、ゆうパケットの定価分(2cm厚で310円)の切手を送ってと申し入れてこれで妥結した。

不備を申し出た翌日、双方がゆうパケットで発送し、その翌日に到着。

欠損のない本と310円分の切手を受け取って、取引完了ということになった。

期間的にはそんなに長引かなかったが、とにかく交渉が面倒だった。


2つ目、こちらは検品時には気づかなかったのだが、翌日に整理作業をしていたら、ページに欠損があることに気づいた。

まだ取引メッセージのやりとりは可能なので連絡すると、まもなく連絡があった。

どうも出品者もページに欠損があることに気づいてなかったらしい。

相手も特に反論はしてこなかったが、こういう認識だと現物を見ないと納得感はないんじゃないかなと思い、写真を撮影して見せてあげたけど。

こちらについては、返送不要でキャンセルという形で合意した。

すでに受取連絡をしてしまってるけど、大丈夫なのかなと思ったら可能らしい。

届いた商品が説明文と違う/壊れている / 評価が完了し、取引が成立している場合 (メルカリ)

出品側に加算された売上金をメルペイ残高から差し引くことで、購入側に購入額が返金されるということである。

FamiPayで購入したのだが、メルペイ残高に「事務局による補填」という形で返還された。

メルペイに戻ってきたのは受取連絡後だからだろうか。


メルカリで商品受領後に交換・キャンセルをするのは初めてのことである。

購入後・発送前にキャンセルになったことは何度かあるけど。

それは出品側の不備もあるし、こちらの誤購入によるキャンセルもある。

今回、初めて知ったのはメルカリとヤフオクでは発送後に交換・キャンセルをする場合の取扱がだいぶ違うということである。

届いた商品が説明と違う、壊れている (ヤフオク!)

ヤフオクでは発送後に返金が必要な場合は、振込などで対応するようにと言っている。

PayPayフリマもヤフオクと基本的に同じである。

ただし、出品者が返金に応じない場合、商品が偽物の場合は返金申請が可能で、

説明と異なる場合には「商品満足サポート」という制度が使える場合がある。

PayPayポイントでの補償で、年1回10000ポイントまでという制限がある。


メルカリの場合は、発送後の返金もメルカリ側で対応する。

このことから「返金等の目的であっても――」という警告が来たんですね。

そのような場合でも現金のやりとりは不要なはずであると。

そして、キャンセル時のシステム利用料・送料の取扱も異なる。

ヤフオクでは少なくとも発送後にはシステム利用料・送料は発生する。

このことが発送後の返金がシステム上で対応できない理由の1つだろうと思う。

一方でメルカリでは発送後のキャンセルであってもシステム使用料・送料の請求は行われない。

特に送料についてメルカリ側で補填しているのが特徴的である。


ってことは、代品交換よりもキャンセル+再購入の方が有利なのでは?

不備のある商品を送ったときの送料がチャラになるわけだから。

もちろんキャンセルでも返送が必要な場合は、返送時の送料の取扱が問題である。

それぞれ独立した取引なのだから、今回の様に切手を同封してもらうわけにもいかない。

返送不要で行くなら、ここは一旦キャンセルにしようという提案はありなのかも。


それにしてもこの雑誌、ページを切り取られていることが多いんですよね。

なんでかわからないんですけどね。他の雑誌でもあるけど、これは特別多い。

もしかすると、どちらの出品者も中古で購入したら、すでにページが切り取られていたという構図なのかもしれない。

そこを確認が不十分なまま出品・発送してしまったということが問題である。

実際のところ、2つ目の返送不要でキャンセルとなった方は、お目当ての記事は切り取られていなかったので、自分が読むだけならそんなに問題はなかった。

でも、読み終わった後に売ることを考えれば、これは大きな問題であると。

なので、キャンセル後に新しく買い直すということはない。

報われない大量の輸血

昨日のBlogは福島県沖で携帯電話の電波が拾えるチャンスを狙って書いた。

夕方になると海上が荒れるかもとなんと入港が1時間早まるという案内もあったが。

Blog書いたり、風呂入ったりしても、なおしばらく暇ということでテレビを付けたら、

ワンセグが受信できるかできないか微妙な地上波のNHKを選局したら、

「安倍元首相 血を流して倒れる」というニュースが見えた。

ただ、不安定なので詳細を知るのはNHK BS1に切り替えて、BSニュースになってからである。

心肺停止という情報があったが、ドクターヘリで搬送される映像もあり、

これは一体どうなんだろうかと思ったが、結局は同日死亡とのことだった。


この件で僕が最もやるせないなと思ったのがこのことである。

安倍氏は午後0時20分に心肺停止の状態で病院に運ばれ、死亡するまで心肺停止の状態が続いたという。病院は外来処置室で20人態勢で治療に当たった。手術では胸部を開き、出血点を探して止血するとともに、大量の輸血をした。輸血量は100単位以上だったという。

(銃撃された安倍元首相、心臓と大血管を損傷 死亡確認の病院が会見 (朝日新聞デジタル))

大量の輸血をするも助からずという一報を見た時点でも苦しかったのだが、

100単位以上とみて、400mL献血が2単位に相当するから、50人以上の献血による赤血球製剤を投与しても、結局は救命できなかったということで、唖然とした。

400mL献血に協力してくれる人を50人も見つけるのは本当に大変なのにと。

結果だけ見て言ってよいものかとは思うが、本当に勝ち目があると思っての輸血だったのかという疑念は未だぬぐえないところがあり、

長年にわたり献血に協力してきた1人としては大変苦しい思いである。


こういうことを思ったのは初めてのことではない。

2014年に長年患ってきた病気により祖母が亡くなったのだが、

亡くなる少し前に病院に運び込まれ、いろいろ治療がなされたわけである。

運び込まれてから最終的な診断に至るまではいろいろあり、医師としても難しい判断があったんじゃないかと推測するところである。

そんな中で僕が病院に行った時に「輸血を受けている」という話を聞いて、「えっ」と思った覚えはある。

消化器からの出血があって、それに対して輸血をしたということだと思う。

この出血は対処できないという判断で、これ以上の輸血はないとのことだったが、

こうして血液製剤が使われているのか……という実情を知り、どうにも複雑な思いがあった。


もちろん血液製剤により救われた命は多くいるわけである。

現在、血液製剤の使用先として多いのが がんの治療だというが、

治療により造血機能に影響をきたし、継続的な輸血を要する話もあると聞いている。

血液製剤の安全性向上のため赤十字社と献血者は努力しているが、それでも輸血のリスクは高い。

それでも他に代えがたいということで、そこに可能な限り協力するのは使命だと思っている。

しかし、そのような懸命な治療も実らない例があることもまた実情である。

これは理解するが、治療効果が見込みがたいのに漫然と輸血するのは違うよねと。


50人以上もの献血からなる血液製剤を投与されたのは、

元首相だから? というひねくれたことを言う人もいたが、それはないと思う。

ただ、特別扱いされる要因があったとすれば、犯罪被害者であったということである。

ドクターヘリが急行して救急隊から引き取った時点ではすでに心肺停止、

救急隊員も医師も病院に収容されるまでの間、救命のためにできることはやっていたと思うが、

少なくとも救急隊から引き取ってからは心肺停止から回復することはなかったという。

何十分も心肺停止が続けば、その場は救命できても極めて悪い状態にしかならないことは目に見えているわけである。

にもかかわらず積極的に止血・輸血に取り組む意味はあったのだろうか?と。

これは医師の判断としか言えないのだが、被害者と加害者のことを考えればやらないわけにはいかなかったのではないかと。


被害者とその親族・その他関係者にとっては、安易に引き下がることになれば犯罪に屈したことになるからということ、

加害者にとっては、救命できるかどうかがその後の更生に影響するからということ。

そのためには最善を尽くす必要があったと。

今回はドクターヘリの効果もあって早期に医師が介入し、かなり早い段階で高度な医療体制の整った県立医大病院に運び込むことが出来た。

これが遅れれば、そもそも止血・輸血の効果は全く期待できない判断だったかもしれない。

結果的には治療効果は得られなかったが、単純な結果だけ見て言える話でもない。


この一件だけ見れば、50人以上の献血による血液製剤は十分な効果を得なかったということになるが、

巨視的に見れば、外傷による輸血は血液製剤の使用量のうち3.5%でしかない。

その中には100単位以上という輸血を要する外傷もいくらかはあるのだろう。

それでも全体としてはこんなもんである。

血液製剤の有効利用を語るならば、各種手術 や がん などの治療に関わる輸血の方がよっぽど重要なことであり、ここの効率化こそが課題である。

そういう形で考えを改めて見ると、ちょっと気が楽になってきた気がする。


安部さんは内閣総理大臣を辞して現在は衆議院議員の1人ではあるが、

だからといって無防備だったわけではなく、警察もそれなりの体勢で警備していたようである。

今回の事件の背景が政治的なものであれば、他党への報復攻撃ということもあるかと思ったが、動機はそうではなかったらしい。

「特定の宗教団体に恨み。近い安倍元首相を狙った」 容疑者が供述 (朝日新聞デジタル)

この団体については警察も名前を伏せている状況である。

ただ、どうも調べてみると自民党というのはいろいろな宗教団体などと関係があるようで、世間ではカルトとされるものも少なくないようである。

直接関係ないとみられるが、少し前にこんなニュースもありましたね。

「同性愛は精神の障害か依存症」 自民会合で配布の文書に差別的内容 (朝日新聞デジタル)

神社がカルトであるという話にはならないと思うが、神道政治連盟という団体はかなり先鋭的な団体であることをうかがわせるところがある。

安部さんはこの神道政治連盟とも関係が深い議員の1人でもある。


近年は社会が不安定化して、それがこのような凶悪事件の後押しをしているのでは?

という見方もあるところで、そこに安部さんの総理大臣在職期間が重なることもまた1つの側面である。

これについては自民党、ましては総理大臣だけに要因を求めることはできなくて、

国内外の情勢を考えれば、どうしてもこういう形にしかならないところはある。

ただ、安部さんは長きにわたる総理大臣を努めたこともあり、象徴的な人物であったことは確かである。

それが狙われる要因になるか? と一報を聞いたときには思っていた。


このような社会情勢は各政党にもいろいろな影響を与えていて、

1つは立憲民主党・国民民主党の2つの民主党問題である。

相容れないところがあり分裂し、以後2つの政党は先鋭化を強めている。

大阪府を中心に台頭している日本維新の会(大阪維新の会)もまた先鋭的な政党である。

そういう状況には「国民政党」を自認していた自民党も無縁ではなかったのだろう。

未だにそれなりに多様性はある政党だとは思うが、だんだんと先鋭的な主張に蝕まれるようになってきていたのは確かである。

先ほど紹介した神道政治連盟の主張は自民党を蝕むものの1つではないか。


いろいろ書いてきたが、やはり亡くなったことは無念ということに尽きると思う。

総理大臣は辞したが、一議員あるいは派閥の代表として今後も活躍が期待されていた人である。

動機を聞くと、完全なとばっちりだし、この点も悔しい話である。

総理大臣時代は苦しいことも多かったと思うが、それで結末がこれでは報われない。


今回、警察の警備についての不備も指摘されている。

ただ、今回使われた手製の銃というのは、遠目にはカメラにも見える不定形のもので、

それを事前に警戒してどうこうという話は難しいのが現実だと思う。

そもそも日本では銃やその他凶器の規制は相当に厳しく、ゆえに手製の銃が使われたとも言えるが、それで襲撃を成功させることは並大抵のことではない。

なかなかここまでの事態は予想できなかったんじゃないか。

奈良市での演説は直前に決まったことで準備が不十分だったという指摘もあるが、

これでも元首相という立場から警備は厳しい方であったのであって、

多くの議員または候補者は、警備なんてほとんどない状況で機動的に動いているところである。

全ての議員・候補者・政治団体を守ってこそ、自由な政治活動があると思うが、

今回のような襲撃は規制や警備でどうにかするのはやはり難しいのではないか。

未然に防ぐ努力が必要だといわれても、組織犯罪ならともかく、ローンウルフ型と言われているが今回の様に1人でやられては事前の対処も難しいだろう。

バスのキャッシュレスはPayPay?

乗船時に「低気圧の影響で船内設備の利用に影響が出たり、到着が遅れることがあるかもしれません」と言われ、はて?

と思ったら、西日本で雨を降らせた台風だったものが、太平洋にいるためらしい。

確かに前回乗ったときよりはゆらゆら揺れる。

テレビでは地上波も映らなくはないが不安定なので、朝はNHK BS1でワールドニュースとBSニュースを見てた。これはこれでいいけど。

船内案内図を見て、ドライバールーム内に風呂も食堂もあるもんなと思ったら、

よくよく見るとトイレも風呂も男性用のみで、実態はそうだろうけど、女性ドライバーがいたら、ドライバールームと一般客室との間の扉を通ってくるのかな?

なんてことを考えながら船旅をしている。


今回の旅行で驚いたのが、バスがほとんどキャッシュレスで乗れたことである。

といっても大都市圏のバスのようにICカードが導入されているわけではない。

実はバスにPayPayなどで使うQRコードが貼られているのである。

網走バス・十勝バス(帯広)・道南バス(登別・苫小牧)とこのあたりは全部そう。

根室交通はバス車内にはそういうのはなかったが、ノサップ岬への往復きっぷの券売機が対応していた。


バスがキャッシュレスというのはありがたい話である。

さすがに両替機のないバスはいまどきあんまりないけど、それでもピッタリになるように小銭を用意するのは面倒である。

僕は紙幣は1000円札しか持たないけど、高額紙幣は両替も難しい。

大都市圏ではICカードの利用が一般的になって、相互利用も進んでいる。

もっとも犬山で乗った岐阜バスがayucaという専用のカードしか使えないなんてのも経験しているけど。

そんな中でユーザースキャン型のQRコード決済は魅力的だったんだろう。

なにしろQRコードをバス車内に貼って、目視確認するだけでキャッシュレス化できるのだから。


QRコードはバスごとに異なるものになっているようである。

店名に相当するところが、ナンバープレートの数字部分(網走バス)、ナンバープレート情報全部(十勝バス)、車体に書かれた番号(道南バス)といった具合。

運賃箱に現金を入れる代わりに、QRコードの運賃箱に払うという考えだろう。

十勝バスではJPQRのQRコードが別に貼られていて、PayPay以外で対応している決済手段はこれで使うらしい。

PayPayがJPQRに統合されていないのは条件面で不利だからだろう。

道南バスでは1つのQRコードでPayPay・au PAY・Alipay・WeChat Payが使えるようで、なんか仲介業者を介した仕組みになってるっぽい。


それでも現金はそこそこ使った。

というかバス代は払うのが面倒なだけで金額的には大した話ではないんだよな。

今回は基本的に宿代はじゃらんで決済しておいた。

キャンペーンで決済額の10%のポイントが付与されて、一応使うあてはあるので。

(このキャンペーン、ポイントの有効期限がものすごくシビアなのだが)

ところが帯広で泊まった宿はどうしても現金じゃないとだめで、

ただ直接予約だとだいぶ安かったので、それだけは現金で払った。

2泊分なのでそこそこまとまった額ということで、根室でATMに行って下ろしたが。

あとはやっぱり外食費ですかね。最近は決済端末を置いたり、QRコード貼る店は多くなったけど、それでもなかなかですね。


あと意外と出番があったのがQUICPayですね。

まぁQUICPayが使えるところはだいたいクレジットカードが使えるのだが、

やはりタッチだけで払えるのは楽で、残高気にしなくていいですからね。


株主優待でもらったプリペイドカードを消化したり、

200円未満の買い物を中心にメルペイを消化したり、

ラクマの売上金を使うために楽天ペイを使ったりというのもありましたが。

しかし、楽天ペイは他のコード決済に比べて明らかに導入店舗が少ない。

帰ってからイトーヨーカドーで使うからいいんだけど、PayPayほどではなくてもd払いぐらいは使えるもんだと思ったけど全然ダメだね。


この結果、PayPay残高はほとんどスッカラカンになった。

これはヤフオク・PayPayフリマの売上金が積み上がってたのがほとんどなくなったという意味である。

実は最近はあまりPayPay残高を自分でチャージしてなくてですね。

普段の生活ではインターネット以外でPayPayを使うことが少なくて、

それは各種の電子マネーの優先度の都合で決まるんだけど。

それがこの旅行で一気に掃けたわけである。

旅行中にPayPayフリマで1点売れたので、これの売上が確定すればまたチャージされるし……

説明の上、発送を待ってもらってる状態なので、帰ったら早く出したいものである。

ヒグマの動物園

登別温泉に宿泊したのは、この旅行最後の目的地がのぼりべつクマ牧場だったからである。

この牧場というのはロープウェイで登った先にある。

というかロープウェイはクマ牧場への往来専用で、ロープウェイの入口にもクマ牧場としか書いてない。

直前に気づいたがWebで購入すると1割引なんですね。2550円が2400円になる。

まぁ動物園というよりはロープウェイの値段だな。それはそれでいいんじゃないか。


名前からわかる通り、エゾヒグマの展示を主とした動物園である。

ロープウェイ開業はなかったが翌年には開業したようだ。

当初は展望だけを目的としたロープウェイだったが、早々にクマ牧場の玄関口としてのロープウェイになったわけである。

ヒグマの展示場所は大きく3つに分かれ、オス・メス・子グマに分かれている。

子グマは今年1月に生まれて半年ほど、それでもけっこう大きい。

もちろん大人のヒグマはものすごく大きい。特にオスはすさまじい迫力である。

オスのヒグマを展示している第1牧場の中には「ヒトのオリ」という施設がある。

放牧場の中にガラス張りの建物があって、そこに入ってヒグマを観察できる。

オリというが改築によりガラス張りになったので、言うほどオリっぽくはないが。

中から餌やりをして観察することも出来て、他の人がやっているのをみたら、ガラスにかじりつくかのようなクマの顔や手を観察できる。


ところでここまで北海道を巡ってきて、アイヌ文化を見聞きする機会もあったが、

アイヌにとってヒグマというのは特別な生き物である。

そんなこともあってか牧場内にはアイヌのコタン(集落)を再現してあったが、

そこには子グマを飼育するための「ヘペレセッ」という檻も再現されていた。

クマを捕らえて肉や皮を使い、それを葬る儀式をするというのはまぁわかる話だが、

実はその中で母グマを殺して使い、子グマはしばらく飼育して、2歳ぐらいで殺して儀式をするということをやっていて、それを「イオマンテ」と言っていたらしい。

山の神であるヒグマを村に迎えておもてなしするという体裁ではあるのだが……


ロープウェイで上がってきてすぐに「クマ山ステージ」というのがあって、

ここで「クマのアスレチック」というクマがエサを取る技を見せてくれる。

例えば木の切り株をほじくって虫を捕るようにエサを取ったり、ぶら下がってるヒモに挟まったリンゴを取って食べたり……

これはこれで面白いけど、なんかちょっと違和感があるなと。

展望台の建物の中にある「ヒグマ博物館」のクマ牧場の歴史を見ると、

かつてはここでクマのショーをやっていたらしい。でもやめたんですね。

これはまさに動物園の役割が変わっていく様を表していて、クマの本来の能力をうまく見せる方向に転換した結果が「クマのアスレチック」だったらしい。

園内のヒグマでも人は不用意に近づけないので、人は柵越しでクマ任せ。

展示に「ヤリ型注射器」というのがあったが、麻酔をかけずに投薬するときは、柵越しにこれでおしりを突いてやるらしい。なかなかですね。


このヒグマ博物館はパネルの内容が古いところが多数あり、

「昭和を感じる」ということで所々追記されていた。今はジャイアントパンダもクマ科だよとか。

この中ではアイヌとヒグマという話があり、ヒグマを解体してどうやって使っていたか、特にヒグマの料理ですよね。いろいろあったけどなかなか……

あとはヒグマの生息域ですが、かつては農地化・都市化でヒグマの生息域が狭まっていると思っていたが、

これも「昭和を感じる」ということで、今は北海道ならどこでもいるぞと。

当時はヒグマの行動が十分追えてなかったというのが実情らしい。

人とヒグマの関係について考えさせられる機会も増えているが、

これは明治時代に農地化を進めたときからずっとそうなんですよね。

よき距離感で付き合っていきたいものだが。


展望台からはクッタラ湖が見える。まん丸だがカルデラ湖らしい。

来たときは海の方は曇ってたが、帰るときにはそこそこ見えるようになっていた。

室蘭が出っ張ってるなぁというのがまず印象的である。


ということでここから苫小牧まで列車で移動。

この距離でも特急使えるのは楽だわ。

苫小牧に来たということは、船で帰ると言うことだね。大洗行きですね。

大洗に到着してから茨城県内を観光することも考えたが、色々都合が合わず、直帰ということで。

それなら飛行機でもよかったんじゃない? という気はするけど。

まぁでも、さんふらわあ就航50周年記念の割引運賃で安いしいいかと。

石炭の道とサケの川

今日は今回の旅行の中でも特に余裕がある日なので、寄り道をしていくことに。

北海道の路線図を見ると、苫小牧から札幌に行く線路と並行して少し違う方向へ向かう路線がある。路線名は「室蘭本線」……えっ?


室蘭本線は 岩見沢~苫小牧~東室蘭~長万部 と 東室蘭~室蘭の支線からなる路線である。

室蘭が中間にあるのが変な感じがするが、歴史的経緯からこうなっている。

この路線の苫小牧~長万部は札幌~函館を結ぶ特急や、本州~北海道の貨物列車が多く走っている。

それに対して岩見沢~苫小牧は1日8往復とかそんな本数である。

一体、この路線は何なのかというと、石炭を室蘭に運んだ線路である。

かつてはこの区間には接続路線から石炭を載せた貨物列車が集まってきていた。

その名残が昨日帯広から札幌への特急列車で通過した石勝線にあって、追分駅を挟んでS字を描いて南千歳で千歳線に合流するルートにある。

室蘭本線の支線として夕張に向かっていた夕張線を新夕張から帯広方面へ、追分から南千歳へ伸ばした結果こうなったと。

新夕張~夕張は石勝線の夕張支線として2019年まで運行されたが廃止されている。


実際どんな路線なのか。旭川行きの特急に乗り岩見沢まで行き、ここから1両編成のディーゼルカーに乗り込む。

乗客は少ないが、こまめに乗り降りがある。運賃を現金で払う人もけっこういた。

よくわからない路線だがかなり生活感はある。

かつては多くの貨物列車が走った路線とあって、走りやすそうで複線区間も多い。行き違う列車はないが。

こうして苫小牧に到着。


なお、全体的に北海道の路線名は実態にあっておらず、駅ナンバリングの路線記号は

  • 札幌―(千歳線)→苫小牧―(室蘭本線)→長万部―(函館本線)→函館 : H
  • 東室蘭―(室蘭本線 支線)→室蘭 : M
  • 札幌―(函館本線)→長万部 : S
  • 札幌―(函館本線)→旭川―(石北本線)→網走 : A

という形になっている。函館本線はその実態に合わせてH・S・Aに分かれてる。

そして今回乗車した岩見沢~苫小牧はナンバリング対象外である。


苫小牧からまた札幌方面の列車に乗って到着したのは千歳である。

一般的には飛行場の町として知られるところで、飛行機への乗り継ぎを意識したホテルも多い。

轟音がするから空を見れば、尾翼に赤い丸の描いた飛行機……って政府専用機じゃないか。

政府専用機は千歳基地を拠点にしてるんですよね。何度かみかけたので訓練中なのかも。

その後に戦闘機が飛んでいったり……あれ? 一般の民間機は?

実は新千歳空港と千歳基地は接続しているが別々の滑走路を持っていて、離着陸のルートが市街地の真上になるのは千歳基地の滑走路だけなんですね。

民間機に比べれば飛行頻度は低いと思うが、低騒音化が進む民間機と比べると軍用機はうるさいのでは? という気はする。


千歳にやってきたのは千歳水族館という淡水魚の水族館があるからである。

「サケのふるさと」と名前に付いているのだが、千歳川がそうなんですよね。

千歳というと太平洋側のつもりだったが、千歳川は石狩川水系で日本海側に流れ、水源は支笏湖である。

太平洋に近いのはそうだが、実は日本海側の川のわりと上流域だったんですね。

淡水魚の水族館もいくつか見たけど、サケ・マス類がメインでけっこう見栄えする印象である。

淡水魚には違いないけど、海にも行く魚ですからね。

水族館では水辺の動物を展示することも多いが、そういう観点で展示されていたのはなんとアメリカミンクである。

もともと毛皮のため飼育されていたのが野生化して千歳川沿いで暮らしているらしい。

この水族館には川を直接観察できるところがあって、ウグイを中心に魚がたくさん見られた。解説にはウグイが産卵していると書いてあった。


入口にインディアン水車というサケを捕獲する機械が置かれていたが、

実際この水族館のあたりで年30万匹ぐらいのサケを捕獲しているらしい。8月ぐらいから捕獲が始まるみたいですね。

なぜここでサケを捕獲するのか? それは人工孵化に使うためである。

明治時代、資源保護のため、従来アイヌたちが行っていた川でのサケの捕獲が禁止されるも、河口付近でのサケの乱獲は続き、サケの数が減っていたという。

そこで外国の方法を参考に、サケを捕獲して、そこから卵を取り出して受精・孵化させて、放流することで、サケの生息数を増やそうとした。

ただ、これもなかなかうまくいかなかったらしい。これが大きな効果を上げるのは1970年頃からだそう。

この人工孵化がどうして効果的なのかというと、サケをある程度育てた状態、さらに海のプランクトンが多い時期を狙って放流することで、生存率を高められるということである。


さて、水族館を出て、早々宿へ向かうために特急に乗るが、

千歳駅は特急停車駅ではないので、隣の南千歳までは快速エアポートで行く。

快速エアポートはこの区間の列車の多くを占め、まぁ通勤電車ですね。

南千歳が特急停車駅なのは、なにより新千歳空港への乗換駅であること。

また、函館方面と釧路方面の特急を相互に乗り継ぐニーズがあるためらしい。

乗り継ぎ駅ということで、待合室が改札内にある。北海道では珍しい。


登別駅で降りてバスに乗ってたどりついたのは登別温泉である。

背の高いホテルがたくさんあって戸惑う。

根室にいた日、予約していた宿から電話があってなにごとかと思ったら、

「この日は予約していた宿を休館にするので向かいの宿に来て」とのことだった。

これは昨年に白浜で同じようなことを経験しているのだが、

温泉宿が割安な別館を設けていて、双方が埋まるのならよいのだが、

なにぶんこの状況では別館を開けるのは割に合わないと、本館に来てくれと。

ということで立派なホテルである。修学旅行生がいるから風呂の時間はずらした方がいいよと言われたが、それぐらい大きなところである。


明日で北海道滞在は最終日である。いろいろ回ってきましたねぇ。

前に北海道に来たときは4日間の滞在でしたからね。まぁ前後はありましたが。

十勝の動物園と農業王国への道のり

昨日は月曜日は博物館など軒並み閉まっていてどうしょうもないと書いたが、

日を改めて向かったのは緑ヶ丘公園、後で知ったけどここも刑務所跡地なんだね。


宿からそんなに遠くないからと歩いて行ったのだけど、

帯広というのは自転車を使う人がけっこういるらしく、平日昼間でも自転車で走る地元住民と何度も遭遇した。

明確な理由はわからないが、平坦で春~秋の気候の良さが自転車生活に適しているのかな。

ただ、冬は雪に路面凍結に風の冷たさと自転車に向かないみたいですけどね。

あと(北海道では降雪が少ない方だけど)雪国の宿命として、道路がボロボロなんですよね。自転車の乗り心地は悪そうだ。


いろいろな文化施設が集積しているが、その中でまず向かったのは おびひろ動物園 である。

その前に帯広市野草園というのがあって、入場無料で動物園まで通り抜けられるらしい。

十勝の原野の草木を紹介するもので、その中にはアイヌゆかりの植物も多く、

そのことを紹介する看板が立っている。これは動物園にもアイヌゆかりの動物についてあった。

つぶしてデンプンと繊維質を取り出していたとか、まぁそんな感じですがね。


動物園は小学校・幼稚園の遠足での来園があると書いてあったが、午前中はいなかったな。静かなものである。

立地的に寒い地域の生き物が多いのはそうなのだが、それだけでもない。

トラとかカンガルーとか、本来暮らしているところでは考えられない帯広の寒さに慣れなければならない。

ニホンザルの展示があって、サルの仲間では寒さに強い方だが、そもそも北海道に生息していないように、帯広の寒さは大変なようで、

ある程度まではサル団子になって対応できるが、あまりに寒いと暖房の効いた獣舎で暖を取っているとのことである。まぁそれは仕方ないか。

なお、おびひろ動物園 では冬季は休日のみ開園している。それ以外の時期とは展示内容も多少制限されるが、雪・寒さの中の動物の姿が観察できる。

週末の11時~14時の3時間だけという限られたチャンスだが。


園内には「帯広畜産大学サテライトブース」という小さな建物があって、

動物園で亡くなった動物を大学で解剖して死因の調査をして、

その後に骨格標本にして来園者に紹介するという活動をしているようだ。

大学の教育活動の材料でもあるし、その後には来園者の教育活動にもつながるという取り組みなわけですね。


「氷雪の家」という建物があって、冒険家の植村直己氏の紹介をしていた。

どうも説明を読むと犬ぞりを引くエスキモー犬を動物園に寄贈して、

その後に動物園で繁殖されたエスキモー犬を借りて犬ぞりでの冒険に出かけたり。

その犬ぞりの冒険の姿を再現した模型など冒険に関する資料が置かれていた。

今どきの動物園の役割とはだいぶ違うなと思うけど。実際、現在は動物園にはエスキモー犬はいないわけだし。


動物園とともに公園内の目的地だったのだが「帯広百年記念館」である。

十勝の歴史・自然史を紹介する博物館になっている。

今でこそ農業王国と言われる十勝だが、ここに至るまでは大変なことだった。

日本各地から移住してきて、原野を切り開き開拓するも、寒冷地で湿原も多く、なかなか農業はうまくいかなかった。

これで苦しんだのは移住者ばかりではなく、もともと住んでいたアイヌたちもそう。

以前、Blogにこんなことを書いた。

そもそもアイヌ文化ってなんだよって話から始まる。実はこれって交易を通じて発展した文化だったんだよね。
海産品や動物の皮を輸出して、鉄製品や米を輸入する。そうして発展してきた。
しかし、輸入に依存ずる文化だったので、交換レートの悪化で窮し、植民地化されてしまうのだった。
さらにロシアに対抗するためには実効支配していることを示すために千島・樺太を含めて開拓する必要もあった。(略)
こうやって見てみるとアイヌ文化は滅びるべくして滅びたという感じだよね。

(札幌で山登り)

アイヌが独立を失っていく理由はこれで説明できるが、和人との共存共栄という姿もあってもよかったかもしれない。

アイヌは狩猟採集を重視していたが、耕作も一定やっていたわけだし、農業を主体とした新しい文化を築くことはできたのかもしれない。

でも、意気揚々と入植してきた和人がこれですから、どうにもならんわけだよな。

持続可能性を考えれば、狩猟採集から農業へ重点を移すことは避けがたい話だが、それも実はうまくいってなかったと。


館内には十勝の主な作物の作付面積と収穫量が示されていたが、

かつてはマメ類を多く作付けしていたが、冷害などの課題が多かった。

それが機械化・品種改良などで面積当たりの収量は大きく増加した。

機械化というのは馬耕のときにできた地面の固い層を砕いて深く根を張れるようにしたなんてのもあるらしい。

排水の改良など含めて、畑自体の改良というのはかなり大きな要素である。

今の十勝といえば、ジャガイモや小麦がよく知られる。あとは酪農ですか。

マメ類は作付け面積は大きく減らしたが、収量はそこまで減らず。


乗ろうと思ってた列車までだいぶ時間があるなと、少し足を伸ばして向かったのは「ビート資料館」である。

ビートは砂糖大根なんて言われるけど、十勝で多く栽培されている作物である。

このビートを砂糖にする会社の1つ、日本甜菜製糖(ニッテン)の展示施設である。

入館料を払うと、お土産としてスティックシュガーの入った箱を渡された。この手の博物館ではよくあるやつ。

実は日本国内で作られる砂糖の8割は北海道のビート由来、2割が沖縄・奄美のサトウキビ由来なので、実は国産に限れば圧倒的にビートなんですね。

ただ、外国からサトウキビから作った粗糖を輸入して、これを精製することも多い(ニッテンも北九州でやっている)ので、我々が使う砂糖全体としてはサトウキビ由来の方が多数派なのかなと。

ビートからの砂糖作りは、ビートを湯に浸して糖分を取り出すが、

この液は黒いので、二酸化炭素を吹き込んで沈殿物を落とす。

ゆえにビートからの砂糖作りには石炭・石灰なんていうのも必要になる。

それでさらにイオン交換樹脂を通して不純物を除去する。

そこから結晶化して純度の高い砂糖ができ、残った蜜はイーストの原料などになているとのこと。

あとビートの残りかすはビートパルプという飼料として使われている。


あとこの資料館の展示物には鉄道関係のものがけっこうあるが、

これはビート輸送とその傍ら人も運んでいた十勝鉄道の歴史である。

現在はビートのトラック輸送を行う会社として存続しているそう。

これも十勝のビートの歴史なんですね。


ビート資料館からはさすがに距離があるのでバスに乗って帯広駅に戻り、

宿に預けていた荷物を回収して、特急に乗り込んで向かったのは札幌。

札幌なのは宿が安かったというのが大きい。

札幌駅に降り立って、網走・根室・帯広とはだいぶ違う大都会に戸惑う。

札幌に来るのは初めてじゃないけど、こうして来るとギャップが大きい。

帯広もけっこうな都市だけど、地下道が張り巡らされた札幌と比べるとね。

この辺は北海道でも別世界だよなぁ。

世界唯一のばんえい競馬

旅行の計画を立てるのに月曜というのは鬼門で、なぜならば博物館などが休みであることが多いから。

帯広も例外ではなくて、当初は月曜日に根室に行こうと思っていたのである。

ノサップ岬自体は別に休みはないわけだし。

でも、どうしても帯広に月曜日までに到着しなければならない理由があったのである。


とはいえ、午前中はまだ関係ないので市内を散歩していた。

夏の帯広はそこそこ暑い。これは太平洋側の内陸の気候の特徴でもある。

太平洋側の内陸といえば、関東平野北部や岐阜県東濃にも共通する。全国最高気温常連ですよね。

もちろん北海道なのでそこまで極端な数字は出ないし、北海道だと旭川の方がすさまじい数字を叩き出したりするけど。

この太平洋側内陸の気候には他の特徴もあり、それは冬は冷えるが降水量が少ない(雪が少ない)ということである。

この特徴を生かしたスポーツがスピードスケートですね。

今は屋内で行われることが増えたけど、元は屋外競技なので。屋外でのスピードスケートが盛んな地域でないと屋内の会場もなかなかない。

このため2030年の札幌オリンピック構想ではスピードスケートは帯広開催の予定なんですね。(cf. 完全国体は貴重だが、完全オリンピックも貴重か?)


それはそうとして、なぜ月曜日に帯広にいるのかという話だが、

それは世界で唯一、プロスポーツとしては帯広だけで行われているものを観に来たと。

はて、そんなのあったっけ? と思ったかも知れないが、ばんえい競馬のことね。

北海道特有の競技で、アマチュアでは各地のお祭りなどで行われることがあるが、公営競技として行われているのは帯広競馬場が唯一である。

その帯広競馬場は原則、土・日・月にナイターでやっている。

この曜日に固定されているのは同じ北海道の門別競馬場と開催日を被らないようにしているため。

こちらはサラブレッドの競馬だが、土日はJRA・平日は門別というようなすみ分けをしていると。

このため土・日・月のどこかに帯広滞在を重ねたかったんですね。


競馬場の外には とかちむら という農産物販売所や「馬の資料館」という展示施設がある。

この「馬の博物館」は農用馬の導入から現代のばんえい競馬に至る歴史を紹介している。

かつては開墾のために馬の力をブルドーザーのごとく使っていた。

馬に付ける道具を変えて、畝を作らせたり、種まきをさせたりしていたと。

軍馬としてのニーズもあり、馬の出征の写真も展示されていた。

ただ、これらのニーズは太平洋戦争後だんだんと失われていく。

それがなんとか残ったのは ばんえい競馬 の公営競技化だったわけですね。

元々、農家が馬の力比べということで、馬同士で丸太を引っ張り合って勝負をしていたと。それがいつしかソリでの速さ比べになっていったわけですね。

かつては岩見沢・旭川・北見でも行われていたが、採算性に問題があり、帯広1箇所だけの開催となったところで、インターネット企業の支援が入り、

全国的な知名度も上がり、インターネット中継で楽しむ人も増えた。

現在はインターネットを中心に年間517億円(2021年度)の馬券売上となっている。


そんなわけで競馬場に入る。「入場無料」とのことだった。

入場料取られても100円なんですけどね。

ちょうど着いたところで2レースの発走だった。2歳新馬戦とのことだった。

2歳にして体重800kgぐらい。それで480kgの重りをひくわけである。

障害を越える前など途中で一息入れるために止まったりするが、

平坦なところをサクサク進めるときは案外速い。


というわけで次のレースの予想をするかとしたところで、雷がゴロゴロと。

雷雨の影響でなんと一時停電するほど。これでレースができないと3レースは中止と放送が入った。

3レースは? ということはこの先はやるのか?

と待っていたら6レースから再開ということになった。

スタートを遅らせるのではなくレースを中止していくのは、売上の多い発走時刻の遅いレースのスケジュールを維持するためなんだろうなぁ。


ところでこの競馬場は入口に「ホッカイドウ競馬」という看板もあったように、

サラブレッドの競馬の場外馬券売場でもある。

場内には川崎・盛岡の競馬の映像・オッズが流れていた。

あと休日はJ-PLACE帯広としてJRAの発売もやっているので、JRA用のマークカードも置いてあった。(今日はフタをされていたけど)

けっこうサラブレッドの競馬目当てに来てる人もいそうな感じだったけど。

ちなみに帯広競馬場はかつてはホッカイドウ競馬としてサラブレッドのレースもやっていて、航空写真で見るとトラックらしきものが見える。

現在はばんえい競馬に使う直線200mコースだけが機能している。


雷雨が止んでも雨は断続的に降り、そもそも雷雨でコースは水を多く含んだ状態。

こうなると高速決着になりやすいということで、そういう条件が得意そうな馬を探して買うと面白そうだ。

1レースでワイド100円だけ買うという形で遊んでみることにした。

今日のメインレースはオープンクラスとA1クラスの馬であらそわれる「天の川特別」、一応はトップクラスのばん馬も出るレースのようだ。


サラブレッドの競馬と同じようにパドックを周回する馬を見られるが、

歩いて引かれる馬ばかりではなく、騎手が騎乗して周回する馬もいた。

実際のレースでは馬の後ろにつけたソリに騎手は乗るから、

背中に騎手が乗っているのはちょっと意外な気もしたが、馬の乗り方としてはこっちが普通ですよね。

レースは言われているように展開が速く、障害をするする越えて走っていく。

大接戦で写真判定で同着なんていうレースもあったりなかなか。

しかしワイドですら馬券は難しい。

ワイドで買った2頭が3着・4着というのは惜しいのか惜しくないのか。

結局は当たらずじまいだったが、負けても700円止まりである。

1レースを除いては全く見当違いではない感じだったが1点ではなかなかね。


しかし競馬場に来て思ったのは、現地観戦はそこまで想定していないのかなと。

もちろん世界唯一のばんえい競馬、観光客の取り込みは意識しているが、

ナイターのメインレースの頃まで滞在することはあまり考えていないようで、

夕方になると少ない売店やら食堂はどんどん閉まっていく。平日というのもあったかもしれないけど。

さらに送迎バスの運行も止まっていて、メインレース後に乗れる路線バスもない。

宿までそんなに遠くないから歩いて帰ったけどね。

インターネット時代の地方競馬の宿命かな。

「ばんえいグランプリ」のファン投票上位馬の生産者インタビューが掲示されていて、農用馬に由来するばん馬の生産者の多彩さが知れるが、

その中に自分の馬が重賞に出るときぐらいは帯広で現地観戦したいが、片道6時間もかかるのでナイターでは大変だ。というようなことが書いてあった。

メインレース、最終レースの頃までいると、市内ですら思う。


そんな課題はあるけど、農用馬がばんえい競馬で生き長らえたことは間違えない事実である。

サラブレッドの競馬ではJRAはもちろん、地方競馬ですら国際交流だという話がある中、

北海道のローカルスポーツであるばんえい競馬はかなり独特な立場である。

でも、それはそれでいいのかなと思いながら、競馬場から宿への道をとぼとぼ歩いて行ったのだった。


というわけで今回の旅行の難所というのは、帯広に月曜までに到着するということだったわけ。

その上に根室の宿が取れないとか、宿の制約もいろいろ重なって難しかった。

ここからのルートは気楽なものだが、とりあえず明日も夕方までは帯広観光である。

最東端の都市からさらに東を見る

昨晩泊まった厚岸というのはカキ養殖で有名な町である。

駅から宿までそこそこ長い橋を渡り、この付近だけ見ると島に渡るようだが、

実はこの橋は厚岸湾と厚岸湖を分かつ河口に当たる場所にある橋である。

橋を渡った先は湖南地区というそうで、島ではなく湖の南側なのである。

こういう地形から厚岸湖は汽水湖だが、塩分濃度は海より若干低い程度なのでほぼ海らしい。

海近くの道路では貝殻が転がっていることがあるが、防潮堤の外との対比からすると勝手に打ち上げられてきたようだ。


厚岸から汽車に乗って向かうのは日本最東端の都市、根室である。

釧路~根室の区間は花咲線と呼ばれ、普通列車(一部は快速)のみが走っている。

釧路で札幌方面の特急との乗り継ぎは意識されているが、それだけ。

1両編成の汽車はやはり観光客が大半のようである。

途中で急減速するから何かと思ったら、車窓観光のための減速運転をやってるらしい。


昨日、書き損ねたのだが、網走~釧路の釧網線も花咲線も採算は大変厳しい路線である。

ただ、その一方でJRとしては鉄道としての意義はあると考えているようである。

両路線とも平行する高速道路は存在しない。花咲線区間は計画はあるが事業化のめどは立っていない。

このため広域観光におけるメリットは大きいのだが、生活路線としての意義が薄いことが課題で、釧網線は特にその傾向が強い。

観光客が利用してると言っても、この本数で1両編成の汽車が満席になるかどうかという程度である。

沿線市町村に費用負担を求めるとなれば、スクールバスとか通院バスを機動的に走らせた方がよっぽど安上がりで便利であろうと思う。

でも、それでは広域観光は成り立たなくなる。非常に難しい路線である。


そんなこんなで汽車に揺られてたどり着いた根室駅はホーム1つのコンパクトな駅だった。

そんな根室について最初に向かったのは根室郵便局だった。

ゆうゆう窓口はあるが12:30で閉まってしまうからである。

ここで風景印を押すよう依頼して郵便を出した。今日窓口をやっている郵便局ではもっとも東でしょう。

根室市街を歩いていて思ったのは、そこそこ立派だと思ったが、官庁街というのが意義のほとんどだなと。

昼食を食べられるかと思ったホテルのレストランは、休日休みであったのはその表れかも知れない。


根室にはいろいろな役所があるが、その1つは北海道の根室振興局である。

かつての根室支庁を継承しているが、一時は釧路支庁と統合して道東総合振興局とする計画があった。

その下部組織として根室におかれる予定だった組織が根室振興局である。

ただ、この計画には集約対象の支庁のあった都市、特に根室からの反発は大きかったようである。

確かに根室はこれだけの役所を配するだけの必然性がある都市とも思えない。

もし支庁が失われれば、都市が崩れていくのではないかという懸念はあったのだろう。

名目上は根室支庁は根室振興局、釧路支庁は釧路総合振興局に継承されたが、

一部の業務は釧路総合振興局で根室管内も取り扱うという対応が取られているのが実情である。


もう1つ、根室で目に付くのが北方領土返還要求に関するものである。

官庁街を歩いていると「北方領土返還要求現地視察大会」という看板が立っていた。

どうもこの週末だったらしく、これが根室で宿が取れなかった理由? と。

といってもこの週末に限らず、埋まっているところが多くて、そういう問題でもなさそうな気はしたけど。

根室市はこの問題の当事者である。歯舞群島はもともと根室市の一部だからである。

根室市は機能停止中の国後島・択捉島・色丹島の各村の戸籍業務を代行しているが、それ以前にそもそも根室市の一部がロシア占領下なのである。


日本最東端の都市に来て郵便を出しただけで満足なわけはなく、

ここまで来たのなら足を踏み入れられる範囲で日本最東端の地、ノサップ岬を目指したいですよね。

バスが走っているのだが、実はこのバス、列車との接続が良すぎるのである。

このため郵便局へ行くと、その次の列車に接続するバスに乗るしかないのである。そしてバスで戻ってくるとすぐ列車に乗らないといけない。

なんだかなぁと思うんだけど、それがニーズに合っているのだろう。

バスターミナル内にクレジットカード・コード決済対応の券売機があって、ここで往復きっぷを買ってからバスに乗り込む。


途中「歯舞郵便局」とか歯舞の付くバス停がいくつかあったが、

歯舞群島の歯舞というのは根室市に合併する前の歯舞村から来ており、歯舞村の主な地域は北海道側である。

歯舞村の離島というのが歯舞群島の命名であろう。

よく北方四島という言葉を聞くが、歯舞群島の有人島だけで5つあるので誤解を招く言い方だと思う。

比較的小さな島の集まりだが、根室からの距離が近いだけに漁師の往来も多かったんじゃないか。

岬から双眼鏡で観察していたが、もっとも近い貝殻島灯台(廃墟)はよく見えた。

それ以外で明確に見えたのは標高の高い国後島の爺爺岳ぐらいかなぁ。


ノサップ岬は特にそうだけど、それ以外でも根室市内各所に「返せ!北方領土」みたいな掲示が見られるが、

果たしてこれらの地域を実際に日本が支配するとなってどうするか、真面目に考えて言っている人はどれぐらいなのだろう?

果たして日本支配下にあり続けたとして歯舞群島の有人島や他の島での生活は存続できたのか? けっこう大変なことである。

無人島だとしても漁民にとっての恩恵はそこそこあるでしょうし、特に歯舞群島はそれが大きな意義だったかもしれないけど。


対立はある一方で漁業や海上安全の分野ではロシアと一定の協力関係はあり、

ロシアが支配することに特に争いはないサハリン(樺太)では日本企業も開発に参加するなどして、ロシアとも現実的な関係を築いてきたところである。

ただ、ちょうど先日こんなニュースもありましたが。

サハリン2「ロシア企業に無償譲渡」の大統領令…三井物産・三菱商事が出資 (読売新聞)

こういうことが現実的になってくると、北方領土に関わる強硬論も強まるのかもしれないが、果たしてそれで問題が打開できるのかという話である。

まぁロシアに理屈が通用しないのは今に始まったことではないという見方もあるでしょうが。


根室駅に戻ってきて釧路行きの列車に乗り、釧路からは特急おおぞら号に乗る。

釧路での特急の乗り継ぎはとてもよい。良すぎて買い物もできないけど。

今回使っているLOVE HOKKAIDO! 6日間周遊パス では指定席を4回取れる。

自由席なら乗り放題でもあるんだけど、特に回数面で問題はないので根室駅でノサップ岬に出る前に指定席を取っておいた。

ということで指定された座席に座って目指したのは帯広である。

さすがに特急は速い。ただ途中で急減速することがあった。

どうもシカなどの動物を発見して減速したようだ。


帯広は十勝の内陸にある都市でけっこう大きな都市である。

それにしても帯広に着いて思ったのは、夜なのにこんなに暑いのかと。

アメダスによれば20時の気温が29℃ほど、今日に限れば東京より暑い。

北海道も内陸の夏は暑いんですよね。

まぁ北海道の気候は複雑な面もあるようで、平均すれば関東平野よりは涼しいけど、条件により極端な暑さを叩き出すことがある。

特にこのあたりは暑さに油断できない地域であることは確かだ。

運休でもやってきた釧路湿原

木曜日、女満別空港から網走行きのバスに乗り、網走駅で下車して早々に「LOVE HOKKAIDO! 6日間周遊パス」を購入した。

前日までの購入が必要で汽車旅は日曜からスタートなので、翌日でもよかったが忘れないようにと。

そして今日は朝6時台の列車で出るからと、パンを買い込んでは食べて、早々に宿を出て駅にやってきたのだが……

設備点検のため6時41分発釧路行きは運休と案内されていて、えーっ!? と。


これ釧路にたどり着けない? と思ったら駅員の話を聞くと「10時24分発が次の釧路行きになります」というから、「次の列車は動くつもりなんですか?」と聞くと「そのはずです」という。

うーん。そうすると次の汽車を待つのが最善だなと待合室で待つことに。

そうして待ってる間にJR北海道の運行案内など調べると不可解なことが。

実はこの運休の原因は東釧路駅の工事が長引いたためのようである。

この工事は予定されていたもので、釧路からの花咲線始発は一部区間がバス代行になることが決まっていた。

ところが何らかの事情でそれ以上に列車を運休しないといけなくなったということである。

この時点でどうかと思う話だが、さらにどうかと思う話がある。


問題が発生しているのは釧路付近のことであり、網走から釧路までは3時間はかかる。なのでこの間に開通していればよい。

もし出発後にダメだとわかると、乗務員のやりくりに不便を来すから?

と一度は納得したのだが、よくよく運休案内を見るとこの列車は網走~摩周が運休で、摩周~釧路は予定通り運行とある。

ということは始発列車が網走→釧路を走り抜けるだけなら問題ないはずなのだ。

おそらくは摩周駅にいる釧路行き始発列車の車両・乗務員を戻す必要がありこうしたのだと思うが、それで網走~摩周の広い区間に影響を出すのはさすがにどうなのか。

と、どうにもやるせない思いはあったのだが、なるようにしかならない。


網走での待ち時間が長すぎるので、その間にモヨロ貝塚に行くこと。

昨日、北方民族博物館でオホーツク文化の遺跡として紹介されていて、市街地にあるのかと驚いたのだけど。

博物館が併設されているので、貝塚の剥ぎ取り標本や復原展示など見ていた。

貝塚なので貝が多く発見されているが、アザラシなどの海獣の骨もあること、

人の埋葬の場でもあり、壺を被せて埋葬されていたり、住居の跡でもあるがクマなどの骨を住居に祀っていたり。

住居の再現展示は本当にこんなことしてたの? という感じはあったけど。


さて、網走駅に戻ってきて始発列車となった快速「しれとこ摩周号」に乗車。

始発が快速ってどうなの? と思ったが通過するのは釧路付近の細岡駅だけだから実質問題ないらしい。というか快速の意味がよくわかんないけど。

乗客は観光客だらけのようで、隣はカメラ片手に車窓をあれこれ撮影していた。

まぁ確かに車窓の自然あるいは農場の姿はなかなか見られるものではないけど。

北海道らしく車両は冷房なし、窓を開けて走り、海岸を走る内は涼しかったけど、内陸になると段々暑くなってくる。ちょっときつい。

摩周を出ると座席はほとんど埋まったが、1両編成の汽車の座席が埋まった程度では列車としては利用者は……


終点までは乗らずに釧路湿原駅で下車。

もともとはこの列車で釧路湿原を去るつもりだったが、その後の釧路観光をスキップして釧路湿原で降りたのである。

ただ、ここには致命的なミスがあって、それは釧路湿原駅の近くには細岡展望台しかないということである。

ビジターズラウンジが近所にあると聞いてたが、それはこの細岡展望台に来る人目当ての施設だったと。

まぁ車道を歩いて移動すれば他のところへ行けるのはそうだけど。


細岡展望台から釧路湿原の全貌を見るのは、それはそれで価値があったが、

それだけで満足するわけはなく、幸いにして網走方面の汽車は1時間弱で来るので、

これで塘路駅に戻る。すると塘路湖付近には見所がいろいろありそうだ。

塘路駅で降りて塘路湖周辺を散策する。

ここは標茶町にあたるが、その標茶町の博物館があったので見学した。

この塘路湖周辺はアイヌの遺跡がいろいろあり、また実際にアイヌがヒシの実を集めたりして生活していたそうである。

比較的最近までそういう暮らしが残っていた、といってももうだいぶ昔の話ですが。

標茶町は農業が難しく入植者も苦労したようだが、戦前は軍馬の生産が主要な産業だったという。戦後は酪農に転じたそうである。


博物館に関連して隣には「北海道集治監釧路分監本館」という建物がある。

網走刑務所のルーツは釧路で収容されている囚人の外役所にあったというが、その母体となる施設の管理棟がこれだと。

ただ、刑務所としての機能は網走に集約され、その代わりにこの建物を使うことになったのが「軍馬補充部川上支部」でこの用途で使われた期間がもっとも長い。

当時は輸送手段として馬の重要性が高かったと。民間でも農耕用馬のニーズがあった。

それも戦後にはなくなり、標茶高校の建物として使われたが、これも老朽化で見合わなくなり、ここで建物を塘路湖畔に移築、博物館として使われた。

その役目も新しい博物館の建物ができてなくなり、建物は当初の刑務所の管理棟の形に戻され保存されているということらしい。


そんなこんなで散策して、塘路駅に戻って汽車を待つ。

来たときの列車の次の釧路行きまでこれだけ間があるので仕方ない。

釧路では10分ほどの乗換待ちの間に弁当を購入する。

もともとは釧路で時間があるから、観光してからゆっくり夕食が食べられると思ってたが、

湿原散策を優先した結果、それらを全て切り詰める必要が出てきた。

残念ではあるけど、もともと釧路の優先度は低かったのでこれはこれでとも思う。

そうして乗り継いだ汽車で到着したのは厚岸である。今日の宿はここである。


今日・明日は今回の旅行の大きな難所だったのだが、

その要因の1つが根室で宿が全然取れないということである。

釧路に泊まって汽車で移動することも考えたが、次の目的地の都合が悪かった。

なにが都合が悪いかはまた改めて書くとして。

全体的な調整の結果、少し根室に近い厚岸に泊まることを選んだわけである。

そこまでメリットがあるわけではないが宿代が安かったというのはある。

少し朝はのんびりできるので、厚岸の姿も見てから出発しようと思う。