1970年、大阪府北部の千里丘陵で日本万国博覧会が行われた。
そしてその跡地は今日、万博記念公園として存在している。
それはいいけど、その万博公園ってなにがあるの? というのは最近までよく知らなかった。
太陽の塔はあるけど……あとはエキスポランドぐらいしか印象はなく、
これもよく知られているとおり2007年から休園、のちに閉園となってしまったから今は無い。
実は、万博公園のほとんどの部分は現在、自然文化園という有料の公園になっている。
それと日本庭園、これは万博のパビリオンとして作られたものを残したもので、
自然文化園と日本庭園が現在の万博公園の大半のものである。あとは国立民族学博物館ぐらいかなぁ。
そんな万博公園にせめて日本庭園ぐらいは見たいなと思い出かけることにした。
1970年の万博へのアクセス方法は主に3つあり、
1つは当時、千里中央から中国自動車道予定地を通って万国博中央口まで伸びていた北急を使う方法、
万博終了後、北急は千里中央までになったが、現在はモノレールが中央環状線沿いに走っているので、
千里中央でモノレールに乗り換えて万博記念公園駅まで乗れば、万博当時の王道ルートとほぼ同じルートで万博公園に行くことが出来る。
次に阪急千里線で万国博西口駅を使うルート、この万国博西口駅は現在の山田駅のやや北にあった駅で、
確かに山田駅から万博公園の西口まではそんなに遠くない。
ただ万博公園も広いので、今は山田駅からモノレールに1駅だけ乗って、万博記念公園駅まで行く方がいい気もする。
中央口からの方がいろいろな施設に近いから。まぁ万博公園内の目的地次第ですけどね。
最後に、茨木駅からのバスで東口へ至るルート、これは現在は阪大本部前行きの近鉄バスに相当する。
茨木からのバスだと日本庭園バス停が便利なのかな。日本庭園に限らず各種の施設まで比較的近いところにある。
1970年当時のルートが現在もそれなりに使えるルートとして残っていることがわかる。
日本庭園に行く前に、自然文化園を散策していたのだが、
本当にここが「人類の辛抱と長蛇」と揶揄されるほど人が集まった万博会場なのか、というほどの自然だから戸惑った。
かつてのパビリオンの場所には標示があるんだけど、森のど真ん中に「アメリカ館」と書いてあるのだからピンと来ない。
後で自然観察学習館の展示を見て知ったんだけど、現在の自然文化園は万博跡地に盛り土をして作った自然だそうだ。
だから万博当時の姿と似てもにつかないのは当然といえば当然らしい。
もともと万博会場は竹林が広がる未開発の土地だった。そこを切り開いて万博会場を作ったわけだ。
それを終了後は自然を再生しようということで、盛り土の上に自然を作ったのだという。これは当時としては画期的なことだったようだ。
なんか聞き覚えのある話だなと思ったら、関空などに土砂を供給したはげ山に自然を復活させた淡路夢舞台の話か。(淡路夢舞台というリゾート)
木が密集しすぎて森の多様性が損なわれているということで、間伐をしてみたり、今も自然文化園の自然再生は今も続いているが、
食物連鎖のトップ、オオタカが営巣しているなどずいぶん自然豊かなところであることは確からしい。
それにしてもひたすら森である。展望タワーから万博公園を眺めたのだが、44年前の姿は全く想像できない。
もはや公園というより森という感じだが、太陽の塔の周辺から東側はわりに開けている。
万博公園の外を眺めてみると、とにかく巨大なのが大阪大学病院、あの病院では万博公園の森を見ながら過ごしているのだろうか。
西側を見れば千里ニュータウンの街が広がっている。千里中央のあたりかな、高層ビルが建ち並び、千里ニュータウンの生まれ変わりを感じさせる。
森は森で野鳥がいたり、みどころもいろいろあるわけだが、開けたところの話だと、
ほとんど散ってる梅の花と、そろそろ咲きつつあるソメイヨシノの花かなぁ。
花見で来ている人が多くて、中央口付近はものすごく人が多かった。
森ばかりの自然文化園の西側は人もまばらなのだが、開けている東側は人が多いねぇ。
このあたりもほとんどは万博が終わってから作られたわけだけど、
池は万博の頃からあって、そこには奇抜な噴水があったのだが、現在は水が出ないからただのオブジェだ。
あと太陽の塔の奥にあるお祭り広場、これも万博の頃から残っている。
といっても万博の時は太陽の塔からお祭り広場にかけては屋根があったし、今のお祭り広場はただの広場でなにもないが。
そしてもう1つ、自然文化園内で万博の時から残っているのが鉄鋼館である。これは現在EXPO’70パビリオンとして万博のことについて展示している。
というわけでEXPO’70パビリオンに行くと、太陽の塔についての特別展があって入場料は300円という。
常設展が200円だから、かなり安いなと思って特別展の入場券を買って入る。
太陽の塔の顔は一度交換されていて、古い顔がこの特別展の目玉である。
太陽の塔は有名だが、実はこの太陽の塔というのはテーマ館の一部だった。
太陽の塔の中、地下も展示があり、地下にあった動物たちの模型も展示されていた。
今、太陽の塔を眺めることは出来ても、テーマ館の全貌を実感するのはなんとも難しい。1970年に足を運んだ人のみ知る世界だろう。
それで常設展も見るぞ、と入場券を出すと、特別展の入場券には常設展は含まれていないのだという。
「特別展が300円、常設展が200円、だから特別展は実質100円とはこりゃ安い」なんて思ってたらそうではなかったらしい。
というわけで改めて200円払って常設展へ。まぁあわせても500円なんで高くはないけどさ。
万博の計画段階からその後まで、万博の記録が残されている。
驚いたのは千里丘陵で万博をやることが決まったのは5年前の1965年のことで、それから5年で作り上げたのだという。
このEXPO’70パビリオンは鉄鋼館の再利用だが、鉄鋼館はなにをやってたのかというと、スペースシアタという音楽堂をやっていたのだという。
そのことについても詳しく残されている。どこが鉄鋼なのかはいまいちわからんが、球体スピーカーなど鉄を駆使したものもあったのだろう。
会場についての展示で印象に残ったのが迷子の話で、あらかじめ迷子札を配り、迷子センターを設け、迷子をすばやく見つけられる体制を作ったのだという。
警備員が迷子を見つけて迷子センターに連れて行く取り組みもあり、迷子の発見率は90%だったそうだ。
迷子パトロールにあたっていた女性警備員の制服もあったな。
パビリオンで案内にあたっていた女性、ホステスと書いてあったが、その制服も多数展示してあったな。
今はあんまりそういう言い方しないよなー。当時の最先端はこうだったんだなぁと展示を見て思う。
自然文化園を見るだけで半日どころか、もっとかかったが、日本庭園も見ておかないと。
自然文化園と日本庭園のチケットは共通だが、一旦外に出る必要がある。
当日ならば何度でも入場できるので入場券さえ持ってれば行ったり来たり出来る。
日本庭園もずいぶん広いのだが、この日本庭園というのは4つの時代の庭がある。
入ってすぐのところは江戸時代の庭、休憩所から眺めていたが、優雅だなぁと思った。
鎌倉・室町時代の庭、平安時代の庭、そして現代の庭、とさまざまな時代の庭がある。
そんなこともあって庭の博物館のような一面もある。確かに見比べてみると面白い。
はす池・しょうぶ田は作業中で残念なことになってたが、みごろにはきれいな姿を見せているのだろう。
あと万博公園には国立民族学博物館もあるのだが、もう自然文化園と日本庭園だけで疲れ切ってしまったので帰ることに。
国立民族学博物館(みんぱく)は自然文化園・日本庭園とは独立してあって、東口からは自然文化園に入ることなく入場できる。
とはいえ中央口など他の入口から入る場合は、自然文化園を通過するために入場することができる。
だから事実上、自然文化園の入場も込みなのだが、あくまでも通過の名目で入れるだけなので。
ちなみにEXPO’70パビリオンは自然文化園内の施設なので、これは自然文化園の入場料は必要なので念のため。
みんぱく はそれはそれで巨大な博物館だそうで、これだけでも一日潰れかねないので、改めてゆっくり見に行きたいと思う。