汎用的な履歴書というけど

就職の学校推薦の件、他の会社に推薦してくれないかと就職担当教員にE-mailを送ると、

枠に空きがあるならいいよ、と返事が返ってきたので、

その会社に連絡したらエントリーシートをWebから書いてといわれ、今書いてるところ。

そのときに門前払いされた理由を聞いてないか、と就職担当教員に合わせて聞いたのだがなにも聞いてないとのこと。

謎は謎のままだが、前を向いてしっかり進めていこう。予想外に慌ただしくなってしまった。


その話とは別の話で、この前自由応募で出した会社の話。

こちらは書類選考の結果、一次面接に行くことになったのだけど、その持ち物が、

  • 履歴書(写真付き・手書き)
  • 成績証明書・卒業証明書・修了見込証明書(学部と大学院)
  • 健康診断書
  • 筆記用具

えー、エントリーシート送ったのにまた履歴書いるんですか。

もっとも履歴書はあらかじめ送るばかりでなく、面接のときに持参する場合もあるようだから、

一次面接ではじめて履歴書いただきます、とそういう考えなんだろうね。

エントリーシートはWebで提出だったからね。紙では存在しないわけだし。


特に様式指定がないということは、汎用的な履歴書用紙を使えばいいわけだ。

汎用的なものというと、JIS様式ですかね。高校生だと全国高等学校統一応募用紙なんだろうけど。

まぁJIS様式の履歴書用紙は買いに行けばすぐに手に入るのでそれでいいんだけど、

最近では学校で履歴書用紙を作ることも多くて、ちょうど僕が高専本科を卒業する年にうちの高専でも履歴書用紙を作り始めて、

それを取りに行って書いてる人がいたことを覚えている。たしかA3でかなりたくさん書けるなと思って見ていた覚えがある。


それでどうも今の大学でも履歴書用紙を作っているようで、取りに行ってきた。

そしたらA4サイズのすごくコンパクトな履歴書用紙が置いてあった。

本人の希望欄やら扶養家族などの欄は外されていて、学歴・職歴欄の行数も少なめになってるが、

自己PRを書く部分はそこそこ確保されていて、コンパクトながらによくできてるのかなと思った。

世の中B4サイズとかA3サイズの履歴書を使ってる人が多い中で、A4サイズの履歴書というのも変な気もするが、

大学が用意したものなのだからそこは問題ないだろう。細かい事はエントリーシートでいろいろ書いたわけだし。


以前もちょっと話題にしたけど、かつて会社指定様式の履歴書がいらないことをやたら書かせるものだから問題となったことがあるそうだ。

全国高等学校統一応募用紙というものを作り、高校生に使わせるようになったのはそれに対抗したものだ。

JIS様式の履歴書にしてもそうだけど、いらないことを書く欄がないということは好ましいものだと思われている。

とはいえ、最近まで未成年者用に保護者氏名なんて欄が用意された履歴書が使われていたようなんだけどね。

今はそんなこと書かせる必要はないということで削除され、自己PRの欄が広げられたと聞いている。


そんなわけだから、昔の履歴書に比べれば自己PRの欄は増えたわけだけど、

それでも不足していると考える会社が多いのか、エントリーシートだとか会社指定様式の履歴書を出させる会社は多い。

とはいえ、いらないことを書かせて批判をされるのはいやだろうから、そこはよく考えてるんだと思うけどね。

JIS様式の履歴書というのはそういうときに参考になりそう。実際、参考にしてるのかな。

大学の作った履歴書もJIS様式を基本に大学生には必要性の薄い部分を削って、自己PRはできるだけ確保できるように工夫したつもりなのだろう。


まぁもともとエントリーシート出してるので、そこの内容と食い違っても仕方ないので、

自己PRの部分はそのときの内容に沿った内容になりそうね。そういう意味では形式的に完成させるだけとも言える。

そういや、いまさら気付いたけど、学部時代の成績証明書・卒業証明書は高専本科・専攻科の証明書で代替できるか確認してないな。

それは代わりにならないなんていうことはないだろうけど、一応確認しておいた方がよさそう。

当日受け取るときに戸惑われても困るし。

5%OFFが欲しいからWAONとイオンカード

3月20日、大学近くのイオンでパンを買おうとしたときのこと。

「イオンカードかWAONはお持ちですか」とレジで言われ、そうか5%OFFかと気付いた。

毎月20日・30日、イオングループの各店舗ではお客様感謝デーとしてイオンカードの呈示またはWAONでの支払いで5%割引を行っている。

今月は買いだめ対策か28・29日も追加されているが、ともかくイオンカードかWAONがあればわりに大きな割引である。


持ってないわ、ということでいつもどおりセゾンカードで払ったから5%OFFの恩恵は受けられなかったが、

よくよく考えてみると、ビックカメラのポイントカード作ったらWAONが付いてきたことを思いだした。(ビックカメラとJALとイオンが1枚に)

ただしこのWAON、WAONポイントの代わりにJALのマイルが貯まるWAONなので、その点では残念だが。

それにしてもこれにチャージして使えば5%OFFの恩恵は受けられるわけである。

その後、28日・29日にもイオンで買い物することがあって、その時にはWAONにチャージして支払って5%OFFの恩恵を受けている。


僕が20歳になってクレジットカードを作ろうとしたとき、イオンカードもその候補にあった。

ただ、ときめきポイントがいまいちだなと思い、永久不滅ポイントのセゾンカードを選んだという経緯がある。

スーパーでの特典を考えると、西友よりはイオンの方がという思いもあったのだが、そこは重要なことでもなかったので。

まぁ5%OFFだとか特別なことがなければ、永久不滅ポイントの還元率0.5%というのはイオンカードに比べて悪いわけでもないし、

普段はセゾンカードで払っとけばいいというのはそれはそれで正しいのだけど。


ところでイオングループの店に行くとWAONで支払うとボーナスポイントが付くと書かれている商品がある。

WAONへのチャージには ときめきポイント は付かないから、WAONポイント か ときめきポイント の二択で、

いずれも基本的に200円で1ポイントで、還元率は0.5%で同じなんだけど、ボーナスポイントは明確に違う。

これはイオンカードで決済してもなにも起きないから、イオンカードを使うよりもWAONの方が有利だということになる。

あと還元の最小単位が ときめきポイント は1000ポイント、WAONポイントは100ポイントとWAONの方が還元しやすいのも特徴。

どうせ ときめきポイント の還元先もWAON以外は大したもんはないんだし。

それでか知らんが父も母もWAONを決済に使い、イオンカードかイオン銀行からのオートチャージを設定してある。

イオンカードで直接支払えば残高を全く気にする必要がないにもかかわらずWAONを介するのはWAON特有のメリットがあるからか。

もっともオートチャージを設定してあるので、これがちゃんと働く限りにおいては残高を気にする必要はないが。


WAONへのチャージをキャッシュレスで行う方法はイオンカードかイオン銀行での決済しかない。

というわけだからそのいずれも使えない僕がWAONの恩恵を受けようとするといちいち現金でチャージしにいく必要がある。

それはめんどくさいなぁ、ということでイオンカードを申し込むことにした。

イオンカードとWAONをひもづけしておけば(カード内蔵のWAONは最初から当然ひもづけされている)、

WAONステーション(イオングループのスーパーならほぼある)で操作するだけでチャージできるし、オートチャージの設定をしておけば端末に行く必要も無い。

まぁイオンカードなら持っておいて損はないでしょ。年会費は永久無料だし。

WAON一体型のカードで、カードが届いたらビックカメラのWAONから残高を移すつもり。

今申し込むと1000WAONポイントくれるらしいし。


そういやWAONってイオングループ以外でも使える店あったよなぁ、と調べてみると、

ファミリーマート・マクドナルド・吉野家・ヤマト運輸あたりか。あ、ビックカメラもそうだね。

WAONがEdyの代替になるわけでもないが、よくよく考えると僕がEdyを使ってたのは ファミリーマート・セブンイレブン・ローソン・デイリーヤマザキ・サークルK・サンクス・マクドナルド だけで、

これらのほとんどはクレジットカードでの決済ができて、唯一使えないマクドナルドはWAONが使える。

最近、Edyを使うメリットをあまり感じなくなってきたので、これを機に現在の残高限りでEdyを使うのをやめようかなと思うところ。

まぁまだ3000円ぐらいあるから、まだまだ持つだろうけどね。

44年後の万博会場

1970年、大阪府北部の千里丘陵で日本万国博覧会が行われた。

そしてその跡地は今日、万博記念公園として存在している。

それはいいけど、その万博公園ってなにがあるの? というのは最近までよく知らなかった。

太陽の塔はあるけど……あとはエキスポランドぐらいしか印象はなく、

これもよく知られているとおり2007年から休園、のちに閉園となってしまったから今は無い。

実は、万博公園のほとんどの部分は現在、自然文化園という有料の公園になっている。

それと日本庭園、これは万博のパビリオンとして作られたものを残したもので、

自然文化園と日本庭園が現在の万博公園の大半のものである。あとは国立民族学博物館ぐらいかなぁ。


そんな万博公園にせめて日本庭園ぐらいは見たいなと思い出かけることにした。

1970年の万博へのアクセス方法は主に3つあり、

1つは当時、千里中央から中国自動車道予定地を通って万国博中央口まで伸びていた北急を使う方法、

万博終了後、北急は千里中央までになったが、現在はモノレールが中央環状線沿いに走っているので、

千里中央でモノレールに乗り換えて万博記念公園駅まで乗れば、万博当時の王道ルートとほぼ同じルートで万博公園に行くことが出来る。

次に阪急千里線で万国博西口駅を使うルート、この万国博西口駅は現在の山田駅のやや北にあった駅で、

確かに山田駅から万博公園の西口まではそんなに遠くない。

ただ万博公園も広いので、今は山田駅からモノレールに1駅だけ乗って、万博記念公園駅まで行く方がいい気もする。

中央口からの方がいろいろな施設に近いから。まぁ万博公園内の目的地次第ですけどね。

最後に、茨木駅からのバスで東口へ至るルート、これは現在は阪大本部前行きの近鉄バスに相当する。

茨木からのバスだと日本庭園バス停が便利なのかな。日本庭園に限らず各種の施設まで比較的近いところにある。

1970年当時のルートが現在もそれなりに使えるルートとして残っていることがわかる。


日本庭園に行く前に、自然文化園を散策していたのだが、

本当にここが「人類の辛抱と長蛇」と揶揄されるほど人が集まった万博会場なのか、というほどの自然だから戸惑った。

かつてのパビリオンの場所には標示があるんだけど、森のど真ん中に「アメリカ館」と書いてあるのだからピンと来ない。

後で自然観察学習館の展示を見て知ったんだけど、現在の自然文化園は万博跡地に盛り土をして作った自然だそうだ。

だから万博当時の姿と似てもにつかないのは当然といえば当然らしい。


もともと万博会場は竹林が広がる未開発の土地だった。そこを切り開いて万博会場を作ったわけだ。

それを終了後は自然を再生しようということで、盛り土の上に自然を作ったのだという。これは当時としては画期的なことだったようだ。

なんか聞き覚えのある話だなと思ったら、関空などに土砂を供給したはげ山に自然を復活させた淡路夢舞台の話か。(淡路夢舞台というリゾート)

木が密集しすぎて森の多様性が損なわれているということで、間伐をしてみたり、今も自然文化園の自然再生は今も続いているが、

食物連鎖のトップ、オオタカが営巣しているなどずいぶん自然豊かなところであることは確からしい。

それにしてもひたすら森である。展望タワーから万博公園を眺めたのだが、44年前の姿は全く想像できない。

もはや公園というより森という感じだが、太陽の塔の周辺から東側はわりに開けている。

万博公園の外を眺めてみると、とにかく巨大なのが大阪大学病院、あの病院では万博公園の森を見ながら過ごしているのだろうか。

西側を見れば千里ニュータウンの街が広がっている。千里中央のあたりかな、高層ビルが建ち並び、千里ニュータウンの生まれ変わりを感じさせる。


森は森で野鳥がいたり、みどころもいろいろあるわけだが、開けたところの話だと、

ほとんど散ってる梅の花と、そろそろ咲きつつあるソメイヨシノの花かなぁ。

花見で来ている人が多くて、中央口付近はものすごく人が多かった。

森ばかりの自然文化園の西側は人もまばらなのだが、開けている東側は人が多いねぇ。

このあたりもほとんどは万博が終わってから作られたわけだけど、

池は万博の頃からあって、そこには奇抜な噴水があったのだが、現在は水が出ないからただのオブジェだ。

あと太陽の塔の奥にあるお祭り広場、これも万博の頃から残っている。

といっても万博の時は太陽の塔からお祭り広場にかけては屋根があったし、今のお祭り広場はただの広場でなにもないが。

そしてもう1つ、自然文化園内で万博の時から残っているのが鉄鋼館である。これは現在EXPO’70パビリオンとして万博のことについて展示している。


というわけでEXPO’70パビリオンに行くと、太陽の塔についての特別展があって入場料は300円という。

常設展が200円だから、かなり安いなと思って特別展の入場券を買って入る。

太陽の塔の顔は一度交換されていて、古い顔がこの特別展の目玉である。

太陽の塔は有名だが、実はこの太陽の塔というのはテーマ館の一部だった。

太陽の塔の中、地下も展示があり、地下にあった動物たちの模型も展示されていた。

今、太陽の塔を眺めることは出来ても、テーマ館の全貌を実感するのはなんとも難しい。1970年に足を運んだ人のみ知る世界だろう。


それで常設展も見るぞ、と入場券を出すと、特別展の入場券には常設展は含まれていないのだという。

「特別展が300円、常設展が200円、だから特別展は実質100円とはこりゃ安い」なんて思ってたらそうではなかったらしい。

というわけで改めて200円払って常設展へ。まぁあわせても500円なんで高くはないけどさ。

万博の計画段階からその後まで、万博の記録が残されている。

驚いたのは千里丘陵で万博をやることが決まったのは5年前の1965年のことで、それから5年で作り上げたのだという。

このEXPO’70パビリオンは鉄鋼館の再利用だが、鉄鋼館はなにをやってたのかというと、スペースシアタという音楽堂をやっていたのだという。

そのことについても詳しく残されている。どこが鉄鋼なのかはいまいちわからんが、球体スピーカーなど鉄を駆使したものもあったのだろう。

会場についての展示で印象に残ったのが迷子の話で、あらかじめ迷子札を配り、迷子センターを設け、迷子をすばやく見つけられる体制を作ったのだという。

警備員が迷子を見つけて迷子センターに連れて行く取り組みもあり、迷子の発見率は90%だったそうだ。

迷子パトロールにあたっていた女性警備員の制服もあったな。

パビリオンで案内にあたっていた女性、ホステスと書いてあったが、その制服も多数展示してあったな。

今はあんまりそういう言い方しないよなー。当時の最先端はこうだったんだなぁと展示を見て思う。


自然文化園を見るだけで半日どころか、もっとかかったが、日本庭園も見ておかないと。

自然文化園と日本庭園のチケットは共通だが、一旦外に出る必要がある。

当日ならば何度でも入場できるので入場券さえ持ってれば行ったり来たり出来る。

日本庭園もずいぶん広いのだが、この日本庭園というのは4つの時代の庭がある。

入ってすぐのところは江戸時代の庭、休憩所から眺めていたが、優雅だなぁと思った。

鎌倉・室町時代の庭、平安時代の庭、そして現代の庭、とさまざまな時代の庭がある。

そんなこともあって庭の博物館のような一面もある。確かに見比べてみると面白い。

はす池・しょうぶ田は作業中で残念なことになってたが、みごろにはきれいな姿を見せているのだろう。


あと万博公園には国立民族学博物館もあるのだが、もう自然文化園と日本庭園だけで疲れ切ってしまったので帰ることに。

国立民族学博物館(みんぱく)は自然文化園・日本庭園とは独立してあって、東口からは自然文化園に入ることなく入場できる。

とはいえ中央口など他の入口から入る場合は、自然文化園を通過するために入場することができる。

だから事実上、自然文化園の入場も込みなのだが、あくまでも通過の名目で入れるだけなので。

ちなみにEXPO’70パビリオンは自然文化園内の施設なので、これは自然文化園の入場料は必要なので念のため。

みんぱく はそれはそれで巨大な博物館だそうで、これだけでも一日潰れかねないので、改めてゆっくり見に行きたいと思う。

ドクターコースに退学はつきもの

今日に就職の学校推薦の可否が決まると言うことで、

無事、以前にエントリーシートを送った会社に推薦してもらえることとなって、

それで学校推薦のプロセスで進めてとE-mailで連絡したのだが……

「エントリーシート・適性テストを踏まえた結果、学校推薦での応募は受けかねる」

という返事が返ってきたから驚いた。これは全く予想外だ。

説明会では書類選考の結果がどうあれ、学校推薦を受けた場合は面接に来てもらうという話だったし、

書類選考の結果によらず面接の結果が優先されるから、そこは心配することはないと説明していたほどなのに。

書類選考の結果、箸にも棒にもかからないと判断されたのか、どうせ採用できないのだから早めに伝える方がよいと考えたのか。

しかし、面接で会わないまま断られるのは当初の話と全く違うわけでなんとも後味が悪い。

先方がそう言うからにはご縁がなかったと理解するしかないねぇ。別の会社に推薦を出してもらえるか担当教員に聞かんとなぁ。


先日、卒業式があったが、この3月で研究室を去るのは修了生だけではない。

博士後期課程の学生が1人、この3月をもって退学する。

退学といってもリタイヤしたわけではない。

ドクターコースでは退学というのは珍しいことではないのだ。


もうこの方、D3なので、後期課程進学から3年経過して、所定の期間を経過している。

だから修了できてもよさそうだし、半年前ぐらいにはこの3月で修了するつもりでいたはず。(博士論文を書く前に)

ところが論文作成が間に合わないということか、この3月での修了をあきらめることになった。

それなら留年して在学し続けて、それで論文を完成させて修了・博士の学位を目指せばよいと思うところだが、

実は4月からの就職先が決まっていて、別の大学で働くことになっている。


とはいえ、大学院の場合、社会人学生として職場にも大学にも籍を置くことは想定されている。

だから、4月から修了までの間、職に就きながら、社会人学生として在学して論文を完成させるのもありに思える。

そのことで就職先にも問い合わせていたようだが、2つの大学に籍を置くことは許されないようで退学を選んだようである。


せっかくここまでやってきたのに退学したら博士になれないではないか、

と思うところだけど、博士には課程博士と論文博士の2つがあって、

論文博士であれば大学院に在籍しなくても論文の提出で学位を得ることができる。

そんな制度もあるので、大学院を退学した後に論文を完成させて博士を得るという方法は想定されている。

ドクターコースで退学が珍しくない、というのは論文博士の制度を使って博士論文の完成を待つことができるからというわけだ。

そんなわけだから、ここで一旦退学するものの、半年後の学位取得を目指し論文作成を進めるとのことだ。

学位取得のため、あと数回、この大学にもやってこないといけないなぁ、と言っておられた。


この方、高専から高専専攻科を経て大学院にやってきたということで、僕と似た経歴を辿ってここまで来ている。

そんなこともあってインターンシップのときからよく面倒を見てもらったのよね。

当時、研究室で唯一のドクターの学生というのもあったんだろうけど。

これから、就職先の大学で一人前の研究者を目指して、努力されることでしょう。

博士の学位は忘れて出て行かれるけれども、半年後には無事取り返して、

いつか立派な研究者として大活躍される日が来ることを期待している。

インターネットキャリアを自称するY!mobile

もう EMOBILE を使い始めて1年ほどだが、

そのEMを提供しているイーアクセスがウィルコムと合併の上、ヤフー傘下に変わることになった。

ヤフー株式会社によるイー・アクセス株式会社の株式の取得に関するお知らせ (Yahoo! JAPAN)

今回の当事者、イーアクセスとウィルコム、そしてヤフーはいずれもソフトバンクグループと知られている。

しかし事情はいろいろ複雑で、グループ間での付け替えというほど簡単なことでもない。


ウィルコムはかつてはDDIポケットという会社で第二電電(DDI)の傘下にあったPHS会社だった。

だから本来ならKDDI傘下にあってもよさそうなのに、ゆえあってソフトバンク傘下にある。

というのも2004年にKDDIはDDIポケットをカーライルという投資会社に売却している。このときウィルコムという社名・ブランド名が付けられた。

その後、日本でのPHSをリードしてきたわけだが、2009年ごろに経営が悪化し、2010年に民事再生法を適用して経営再建に取り組んだ。

このときにスポンサーとして現れたのがソフトバンクだったというわけ。

当時、ウィルコムは新通信方式であるXGPを開発してモニタテスト(でいいのかな)を始めていた頃だった。

おそらくソフトバンクが注目したのはそこなんだと思うんだけど、XGP事業をソフトバンクが設立したWireless City Planning(WCP)に分離した。

このWCPはXGPを元にしたTD-LTEの通信方式、AXGPのサービスを開始して、

これをソフトバンクモバイルにMVNOとして使わせ、SoftBank 4Gの名前で提供している。

XGP事業を手放したウィルコムは現在、日本唯一のPHS事業者としてPHSサービスを提供するとともに、

PHSと3G・LTEのハイブリット端末を出して、そこではソフトバンクモバイル・WCPから回線を借りている。


イーアクセスはデータ専業で2007年に新規参入した新しい携帯電話会社だ。

参入当初はイーモバイルという会社だったが、親会社のイーアクセスに吸収されたらしい。今もEMOBILEあるいはEMの名前で知られてるよね。

イーアクセスというとかつてはADSLでYahoo!BBと激しい競争を繰り広げてきた会社だが、携帯電話事業では気が合うところがあったそうだ。

ソフトバンクモバイルが通信改善を急いでたこともあって、2013年にソフトバンク傘下になった。

現在はソフトバンクモバイルとイーモバイルは相互にMVNOで回線を使いあっている。

ソフトバンクモバイルはダブルLTEの名前で、イーモバイルはスマートフォン・携帯電話端末でソフトバンクとWCPの3G・LTE回線を使っている。


そうしてソフトバンクモバイルを含め、3つの移動体通信会社を手にすることになったソフトバンクだが、

イーアクセスの買収は電波を買ったも同然で、総務省からもケチを付けられたそうで、

そこで株式の一部を機器メーカーなどに売って、ソフトバンクの議決権を33.3%以下に引き下げた。

ただし、議決権のない株式を大量に持っているので、持株比率で言うと99.5%だそうだから、子会社も同然なんだけど。

一応これでソフトバンクとイーアクセスは一定の独立性を持っているぞと主張できるようにはなったのだが、

まぁなんとも微妙な話である。


それでどうしたもんかなぁということは考えてたんだと思うけど、

その答えがイーアクセスとウィルコムを合併させてヤフー傘下に移すという方法だったのだろう。

ヤフーはソフトバンクグループとして知られているが、自身も東京証券取引所に上場している。(かつては大阪証券取引所にもJASDAQで上場していた)

そんなわけでヤフーはソフトバンクとは少し独立した関係にある。

とはいえ、Yahoo!BBはソフトバンクの子会社であるソフトバンクBBが提供していたり、

ソフトバンクモバイルがVodafone Live!をYahoo!ケータイに改名したり、ソフトバンクもいいようにYahoo!のブランドを使ってるような気もするが。

ともかく、ヤフー傘下に移せばイーアクセス・ウィルコムの独立性を保てると考えたのだろうな。

そして付けられた新ブランドは Y!mobile で新社名は ワイモバイル、こうしてYahoo!色を打ちだそうということか。


今後どうなるんだろうね。

ウィルコムのPHS事業は社会的にも重要な事業だから今後も続けていくんだろうけど、これも Y!mobile のブランドになるってことか。

なんかPHSといえばウィルコムとなってたのに、携帯電話のブランドと一緒というのもねぇ。

メインはデータ通信を中心とした携帯電話事業だろうが、これまでデータ端末中心だったところをスマートフォンに広げていこうという考えはあるのだろう。

そうなると気になるのがウィルコムのPHS・3G・LTEのハイブリッド端末だけど、もうPHSを続ける理由ももうない気はするねぇ。

Y!mobileになってもPHSをやめるという選択肢はないけど、あくまでもPHSの特色を生かせる範囲でやってくことになるのかな。


そして、買収するヤフーの立場だが、一応こんなことを言っている。

日本で最初の「インターネットキャリア」として、「ネットの生み出す楽しさ・便利さをみんなの手元に届ける」ことをコンセプトに、日本初のインターネットキャリア事業「Y!mobile」(予定)を展開していくことといたしました。

日本初のインターネットキャリアという説明はようわからんが、インターネット時代の移動体通信会社ということかね。

イーモバイルはデータ専業でインターネットにつなぐための通信会社として生まれたが、あくまでも回線だけ。

イーモバイルが作った回線をYahoo!のサービスとして提供していこう、というのがY!mobileの意図ではないかと思う。

そんなわけでソフトバンクモバイルに比べるとデータ・スマートフォンに特化した会社になるということなんだろうな。


僕はイーモバイルの新規参入時からたいへん注目してきた。

それ以前はデータ通信といえばウィルコムと思っていたものだが、EMはそれを塗り替えた。

新規参入組にしては広いネットワークを持つということで心証はよかった。UQがさっぱりだっただけにね。

値段も手頃で、モバイルデータ通信をやるならEMだと前々から思って来ていた。

大学院に入る前にモバイルデータ通信を検討したときにはソフトバンクモバイルの料金体系も昔に比べるとずっと手頃になっていたが、

それでも月々の料金が安くて、端末代も込みということで、EMを選んだという経緯がある。(モバイルルーターとタブレット)

エリアにはやや不満もあるが、それでも通学中に地上ではわずかに切れるだけだし、地下鉄のトンネル内が使えないのが惜しいぐらい。

今はスマートフォンならソフトバンクの3G・LTEネットワークも使えるし、そうなると全く問題ないね。

EMOBILE改めY!mobileの活躍には今後も注目していきたいと思う。

その前に新しいブランド名に慣れないといかんなぁ。6月からはEMじゃないもんなぁ。


ところで イーアクセス はADSL事業を営む会社でもあるが、それもまとめてワイモバイルになる。

このADSLというのは先に書いたとおり、かつてYahoo!BBと激しく争ってきた事業だ。

ヤフーはYahoo!BBを傘下に持っていないのに、かつての商売敵を傘下に持つという不気味なことになる。

固定通信事業は将来的には切り離すのかも知れないけどね。

4月から定期券代が変わるから

昨日から今日にかけての話。

23時ごろ、打ち上げを終えて、帰宅難民ともどもカラオケに行こうということになった。

というわけで大学近くのショッピングセンターに向かうためにバスで移動した。ちなみに終車。

そしてカラオケで朝5時まで歌って、まぁ途中で帰った人もいるけど、帰れない人はおおかた5時までいたか。

それからしばらくしたら始発が出るからそれで帰ればいいのだが、ちょっと用事があったので研究室に戻り8時半ごろまで仮眠をとることに。

朝ご飯をコンビニで仕入れて、それで研究室に戻った。


その用事というのが4月からの通学証明書の受け取りだった。

僕も気付いてなかったんだけど、すでに4月からの通学証明書の配付ははじまっていたようだ。

定期券を買うのは4月になってからでもよいのだが、なにしろ今回は4月から運賃の変更が行われる。

消費税率変更分相当で概ね2.9%の値上げとなるが、3万円の定期券で860円ぐらい、なんとも言えない額だが。

早く買えるのならそちらの方がいいのは確かなので、定期券売り場が混まない午前中に買って回ろうと思ったのだ。

8時半ごろ、タブレットに起こしてもらい、買っておいたおにぎりを食べ、9時になったら研究室を出て事務に行き、

古い通学証明書と引換に新しい通学証明書を受け取った。

高専のときは通学証明書に検印をもらうことになってたが、大学では毎年交換するという方法をとっている。


さて、それで帰り道、3箇所の定期券売り場を回って帰ってきた。

その中で市営地下鉄の定期券売り場では定期券の購入ではなくマイスタイルの登録を行ってきたわけだけど、

マイスタイルは4月15日までに登録すれば一緒なので別に急ぐ理由はなかった。けどせっかくだしね。

マイスタイルは3月中に登録しようがその時点の6ヶ月定期の1/6が上限になるから、4月からすぐ変更後の運賃が適用される。

ドケチはそこをこだわるのかもしれないが、まぁ2.9%ぐらいでとやかくいうこともないでしょ。


ある会社の定期券を買おうと窓口に行ったら、前の人が市営地下鉄との連絡定期券を求めていた。

市営地下鉄が1区だったので、「4月以降に買われた方が安くなりますね。差額の払い戻しもできますけど」というから、

「じゃあとりあえず1ヶ月分ください」とその人は言ってたが、あまりよくない説明だよね。

4月から大阪市営地下鉄の1区、現在200円区間だが、これが180円に値下げされる。

それに伴って定期運賃も値下げされる。

定期運賃が変更される場合の取扱は、運賃が上がる場合はそのまま期限が切れるまで使ってよいという扱いになる。

たいていの場合、4月までに買った定期券を4月以降に使うことはこれにあたる。


しかし、逆に運賃が下がる場合、今回の市営地下鉄のように運賃そのものが変わる場合の他に、高架化などで駅の位置が変わる場合もそうだが、

そんなときは定期券の期限が切れてから定期券売り場に持って行くと、日割りで差額の払い戻しを受けることが出来る。

例えば、樟葉~淀屋橋~難波という京阪・市営地下鉄連絡定期券を通勤で6ヶ月で今買うと71930(京阪)+43420(市営)=115350円する。

4月1日スタートで買ったとすると、市営地下鉄は全期間が差額払い戻し対象になる。

1日あたり19円で対象期間は183日だから3477円の四捨五入で3480円払い戻しとなる。

使い終わってから定期券を市営地下鉄の定期券売り場に持って行けば払い戻してくれるそうだ。

4月以降に購入すると、京阪の運賃も変更後の運賃になるから73770(京阪)+40020(市営)=113790円となり、

3月中に購入して差額払い戻しを受ける場合に比べて1920円高く付く。

3月中に購入して払い戻しを受ける方法はそれぞれの区間で有利な運賃が適用されるので買い渋る理由はない。


僕は市営地下鉄は2区だから関係ないんだけどね。マイスタイルだからさらに関係ない。

ともかく、消費税率にこだわる人は早めに購入して得をすることはあっても損をすることはない。

ただし定期券売り場の混雑が見込まれるので、ギリギリに買うのはあまりおすすめできない。

なんとか都合を付けて混雑しない時間帯に買いに行けるといいね。

午前中はたいてい空いてるのでよかった。ほとんど待ちなしで買えたし。

卒業式から市中引き回し

今日は大学の卒業式、正式には 卒業式・大学院学位記授与式 と呼ぶべきか。
まぁ学位記授与式が汎用的かも知れないね。


しかし、卒業生・修了生は忙しい。
まず、卒業式の会場は入学式と同じく大学から離れたところで行われる。(大学の遠くで入学式をするのだと)
それは高専のときも学校の外だったから一緒とも言えるが、
問題はその場で学位記やその他のものは受け取ることができないということだ。
これは大学で専攻ごとに渡すのだという。
というわけだから卒業式の会場から移動する必要がある。
しかも、卒業式が終わるのは昼なのだが、それから写真やら撮ったりしてたら昼ご飯を食べる時間もままならないのだと。
研究室に15時ごろにやってきて、やっと昼ご飯にありつけたと言うほど。


これだけでも大概なのだが、その後、同窓会主催の祝賀会は大学から少し離れたところで行われる。
そこまでの移動は各自、まぁバスで1本なんだけど、めんどくさいね。
またこれが話が長いだとか評判はあまりよくない。
その後、卒業生・修了生にとっては二次会にあたるが、研究室での打ち上げがある。
これは祝賀会の会場近くで行われるが、なにぶん二次会なので始まるのは遅い。
なんと終了予定の時間にはもう終電がとっくに出てるという状況なので、
今日はもう帰れない。明らかに間に合わないので開き直るしかないが。


というわけで、卒業生・修了生の方は大変なことだと思う。
さらにめんどくさいのが一人暮らしをしていて、この3月で離れる人で、
大学近くに家がもうないとなると、いちいちやってこないといけない。
そんな卒業式と同じ日に研究室でやらんでもと思うが、ここでやらないと機会がないというのはありそう。
と、とにかくめんどくさい事情が多くて、重要なのは大学での学位記などの引き渡しからと考え、
卒業式の会場に足を運ばない学生もそれなりにいると聞くが、それもわかる気がする。
もうちょっとなんとかならんのですかね。

無投票ではないけど空振り

この前、あべのに出かけた時に大阪市長選挙のポスター掲示板を見て、

1人しかポスターを貼ってなくて、「あれ? 無投票だったっけ」と思ったら、

実際にはニュースでも話題の通り、4人の立候補者がいたということで、やっぱりねと思ったんだけど。

そんな選挙は昨日行われ、その結果、橋下氏の圧勝だったとのこと。


ただし、投票率はさほど高くなくて23.56%とのこと。

低いのは確かだが、過去の指定都市の市長選挙での投票率の最低は1979年の京都市長選挙の16.13%だから、

それよりはましではある。というか20%切るってなにごとや。

ちなみに2011年に橋下氏が当選した選挙での投票率は60.92%、これと比べるとそりゃ低いが、60%も行くことは珍しいことだ。


市町村長選挙というと無投票で決まるケースは珍しくない。

立候補者が選挙で選ぶ人数と同じならば選挙は行われない。

無投票とはいえ、無投票であることが決まるのは立候補者の受付が完了してから。

だから朝一番で1人だけ立候補しても、夕方に締め切って無投票が決まるまでは時間がある、

ちゃんと投票が行われるかもしれないから、結果的に無投票になるにしてもポスターを貼って回るんじゃないのかな。

今回の大阪市長選挙、事情が事情なので無投票もあるのではと言われたけど、

さすがに大阪市長選挙ともなれば注目されるわけで、それなりの数の立候補者が出てきた。

もっとも、資金面では弱い候補者も多かったことだろうし、ポスター1枚、2枚だけの掲示板も多かったわけだけど。


橋下氏の主張に賛成する人、そうでないにしても橋下氏が市長にふさわしいと考える人はいい。

けど、賛成しがたい人にとっては所在がない選挙だったことだろう。

投票率の低さもさることながら、白票が9%など無効票の目立った選挙でもあった。

大阪市長選:当選橋下氏、次点は白票 6万票余が無効票に (毎日新聞)

橋下氏は反対なら候補者を出せというけど、それすらボイコットしたいと考える政党、有権者が多かったということがわかる。

ボイコットしたいと考える人にとっては無投票の方がよっぽどよかっただろう。それなら明らかな独り相撲なんだから。

実際には対抗する候補者は出たし、それに賛成する有権者も一定あった。

選挙自体のボイコットか、投票には行っても白票を投げ込むか。反対する有権者には難しい選択肢だっただろう。


かなり特異な選挙だったわけだけど、現実に無投票で決まる市町村長は多いわけで、

それとなにが違うんだといえばあまり違わない。そんなこと言ったら他の3人の立候補者には失礼だけど。

ただ、実際に選挙をしてわかったのは、橋下氏に賛成する人が少ないわけではないということやね。

確かに前回の選挙に比べると少ないんだけど、それでも十分とは言える数字で、橋下氏もそう主張している。

白票の多さだとか、投票率の低さだとかあるのは確かだけど、それは確かにそうだ。

実際、無投票で決まる市町村長がどれぐらいの信任を得てるかはよくわからんからね。


ところでうちの市でもじきに市長選挙があるのだけど、立候補者いるのか?

と調べたら、すでに立候補を表明している人が2人はいるようだから無投票にはならんだろうね。

どんな選挙になるかはわからないけど、無投票と大差ないなんてことにはならないはず。

茶封筒に入れた手紙

昨晩は通夜ということで泊まり込んで線香を灯して、
今日は午後から葬式から火葬、初七日の法要と、遅くまでかかりそうであわただしいのだけど、
今日でとりあえずはおしまいかな。
そんなわけであまりいろいろ書けないけど、
機会があればこのBlogでも祖母のエピソードを書こうと思う。


さて、棺に手紙を入れる人もいるらしい、
とそんなことを聞いたもんだから昨日、家を出る前に手紙を書いてきた。
手紙ねぇ。まぁ年賀状は送ってる。結局、直接挨拶に行くことが多かったけど。
それで完成した手紙は住所を書いて切手を貼ったら届きそうなものになったんだけど。
他の人もいろいろ手紙入れてたが華やかな中に1つそんなのがある。


初七日の法要で寝てしまうんじゃないかとも思うほどのスケジュールだが、
明日、1日休んだら普段通りかな。幸い、卒業式にもかぶらないし。
寂しいなぁということに尽きるけど、
これまでもこれからも近くはないけど見守ってくれていると思っている。

穢れという考えはあるけど

話は4ヶ月前にさかのぼる。

知恩院のライトアップに行ってきたことをBlogに書いたとき(cf. 光に照らされる知恩院)、

ライトアップの連絡先として書かれていた「総本山知恩院 布教部」とはなんぞやと調べていた。

参拝を担当する部門だと書いたが、このときどういうわけかこんなところに行き着いたのを覚えている。

清めの塩について (浄土宗)

なんでこんなとこに行き着いたんだろ? 改めて探してみたら全然関係ないところにあったぞ。


穢れという概念がある宗教は多いんだろうが、日本だと神道の影響が大きいのだろう。

神社用語辞典/穢れ (日本神社)

神道でいう穢れというのは死や血のことを言うそうだ。

出産も血だから穢れというのはあまり意識してる人は多くなさそうだけどそうらしい。

そのような穢れにたいして清めの塩を使うことがあるけれど、という話を書いてある。

浄土宗の説明は潔い。

しかしながら、今日では単なる迷信であり気休めであると言い切っても構わないでしょう。
浄土宗において、死は災いでも穢れでもありません。宗祖法然上人は、『百四十五箇条問答』の中で、死のけがれ、出産のけがれ、血のけがれに対して「仏教には忌みということはない」と、けがれという捉え方を否定しておられます。
すなわち、平生からお念仏をとなえていれば、阿弥陀さまのお導きにより極楽浄土に生まれ変われるのでありますから、畏れることはないということであります。

穢れなんてものはない、と言い切っているあたり大胆だ。

もっとも穢れという概念そのものは仏教で日本に持ち込まれたものらしいけど。

それにしても仏教では死は穢れではなかったそうだ。


寺やキリスト教の教会や、他の宗教施設でもかな、そこで葬式が行われることはそれなりにあることだ。

けど、神社で葬式はないんだよね。神社の人が亡くなっても神社の外で葬式が行われる。

死は穢れだから神域に持ち込めないというのが理由だそうだ。

そのことでかなり驚いた覚えがあるが、理屈はこの通りである。


どうしても日本では神道の考えから逃れることはできないところはあって、

それに引きずられている人も多いのかなと「清めの塩について」というタイトルを見て思う。

このことについては考えもいろいろだろうけど、僕は穢れなんてないんだという考えには賛成するところだ。

人を含め動物は血を流すことも死ぬこともあるんだから、それを穢れだとか避けていてはどうしょうもない。

まして出産だとかは祝いこそすれど避ける理由なんてあるわけがない。

このあたりの考えというのは医療の発展でかつて恐れるべきことが恐れるべきことではなくなったというのもあるんかもしれんけどね。


と、僕は思っているのだけど、なにぶん神道の考え方としては定着しているものですから、

当分は神社への参拝は自粛するべきところだろう。

そんなことも以前、話題にしたことがあったなぁ。

なぜ喪に服するのか?

30日ぐらいが目安ですかね。

もっともこんなに長い期間、喪に服すことを許す社会なんてものはないから全くあてにならないのだけど。