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確かに熊谷は暑いんだけど

ひどい暑さが続いており、今日も最高気温39℃近くに達する地点が出ている。

しばらくはひどい暑さが続くようで注意が必要である。


暑いといって思い浮かぶところはいろいろあるだろうが、関東地方では熊谷が暑いことで有名だ。

あまりの暑さに「あついぞ! 熊谷」なんてキャンペーンをやっていた時期もあったほど。

でも、なんで熊谷が暑いと言われるのだろう?

そりゃ内陸性の気候でフェーン現象の影響を受けやすいから……という話もあるけど、なぜそもそも熊谷がピックアップされるのだろうか。


実は埼玉県で唯一の気象台が熊谷地方気象台なのだ。

一般的に気象台は県庁所在地に置かれるものだが、埼玉県については熊谷に置かれている。

理由は埼玉県庁が東京からあまりに近いからと言われている。

県庁所在地の都市に気象台がないのは埼玉県だけではなく、千葉県(銚子地方気象台)と滋賀県(彦根地方気象台)がある。

千葉は東京、大津は京都から近いということが考慮されているのだろう。


一方で複数の気象台がある都道府県もある。

1つは北海道、札幌・函館・旭川・室蘭・釧路・網走・稚内と7箇所ある。

もう1つが沖縄県、那覇・宮古島・石垣・南大東と4箇所ある。

沖縄県の気象台の配置は海の観測も考慮したものになっているらしい。

南大東島地方気象台は唯一村にある気象台だ。さいたま市になくて、南大東村にある役所、それが気象台だ。

あと、以前は京都府にも京都地方気象台の他に舞鶴海洋気象台の2つの気象台があった。

海洋って付いてるけど地上観測もやっていたので、完全に2気象台体制だったが、地上観測は集約され、舞鶴での観測は無人化された。

特殊な気象台として成田・東京・中部・関西・福岡と航空地方気象台というのがあるが、こちらは航空向けに特化しているので他の気象台とは違う。


最高気温のランキングに出てくるのは、気象台だけではなく、それ以外の気象官署(大半は無人)もある。

ただ、アメダス観測点ほどは数がないので、関東平野内陸の観測点も限られていて、熊谷、前橋、宇都宮ぐらいでしょうね。

前橋も熊谷とともに最高気温の記録で見ることは多いかな。

いずれにせよ、熊谷が特異的に暑い都市というわけではなくて、

たまたまこの地域の観測所が熊谷に置かれたから、熊谷で記録が出るってだけのこと。

この近くでもっと暑い都市は他にあるのかも知れない。


こういう話は他にもあって、餃子とか納豆の消費が日本一の都市なんていうのも、

家計調査のデータが出るのが県庁所在地の都市と政令指定都市だけだからという話で、

確かに宇都宮市とか浜松市は餃子の消費額が多いのかも知れないけど、もっと多い都市がある可能性は否定できない。

家計調査自体はそれ以外の地域でも行われているが、都市単位の統計データとして出せるのは主要な都市に限られるということ。

かといって都道府県とかという単位ではなく都市単位というのがちょっと不思議ですけどね。


Author : hidemaro
Date : 2018/07/17(Tue) 22:28
社会 | Comment | trackback (0)

復旧しつつあるけど

昨日はイトーヨーカドーに、今日は市内の商店街に買い物に行ったけど、

昼間にいくつもりがどっちも暑すぎて、夕方にならないと出られなかった。

というか洗濯物を干すために外に出ただけでも暑くて暑くて。

夕方になって比較的マシになったから買い物に出たというけど、

近くのアメダス観測点の数字を見ると、気温が31℃というのだから十分暑い。


西日本での豪雨から1週間ほどが経過した。

直後は近畿圏・中国地方の鉄道・高速道路が軒並み通行止めになるような状況だったが、

1週間でかなり開通が進み、特に高速道路では山陽自動車道・中国自動車道ともに復旧した。

関門海峡の先の九州自動車道では一部通行止め区間が残っているが、北九州高速で迂回可とのこと。

というわけで広域では人は新幹線で、車は高速道路で移動可能になった。

ただ、未だ深刻な状況が続いている地域も多いようだ。


特に深刻なのがJR呉線、全線にわたり1ヶ月以上の運休が宣言されており、平行する道路も軒並み被災。

国道は暫定的に開通したものの、ひどい渋滞が続いているとのこと。

広島呉道路(クレアライン)という高速道路があるが、これも被害が大きく、復旧には時間を要するとされている。

有効な迂回手段に乏しく、唯一時間が読めそうなのが広島~呉~松山のフェリー、海路という手段があるのはまだ幸いとも言えるが。


そんな中で、明日から限定的だが代行輸送のバス・船が運行されるとのこと。

限定的というのは朝に呉駅→広島駅、夕方に広島駅→呉駅と一方向きしかないということ。

ただ、一方で広電バスが呉~広島の路線バスを再開させている。

この路線バスも本来はクレアライン経由なので迂回しての運行ではあるのだけど。

国道の渋滞がひどいため、一部区間でクレアラインの不通区間を特例的に使うとのことで、多少は渋滞の影響を軽減できる。

さらに、渋滞の影響を全く回避出来るように船も朝に1本限定でJR代行船として運航されるとある。

なんとJRの宮島航路で使っている船を持ってくるのだという。車両甲板まで開放して550人一気に運べるようだ。

まだ十分とは言いがたいのだろうが、長期戦に向けた体制は整いつつあるようだ。


呉線が特に深刻だと書いたけど、JRが1ヶ月以上の運休を宣言している路線が他にも多数ある。

ただ、三原~広島、岩国~徳山については新幹線での代行輸送が効果を上げている。

車両変更・臨時停車・増発などを行い沿線の足を確保している。

岡山~津山を結ぶ津山線は、一部区間を除いて明日に運転再開、一部は1ヶ月以上運休だが、代行バスの設定も行われる。

当該区間は過去にも長期不通になっており、よくも悪くも代行輸送の実績はある。

主要路線で代行輸送のアテがついていないのは岡山~米子を結ぶ伯備線ですかね。

ただ、一方で都市間の高速バスは走っているし、市町村が通学バスを走らせるなどの対応も行われているようだ。

JRも代行輸送を検討中とは書いてあるが、ちょっと準備に時間がかかりそう。


ライフラインという点では水道も復旧しつつあるのだが、復旧のめどが立たない地域があるよう。

というのも、愛媛県宇和島市の一部地域に水を供給している浄水場が被災したのだが、なんと現地での復旧が不可という状況で、

代替の浄水場を整備しなおすまで本格的な復旧はできないようだ。

さすがに断水がずっと続くと衛生面でも影響が大きいので、暫定的に通水しようとしているようだけど、なかなか厳しい。


長期戦を覚悟しないといけない地域もいくつも出てきているようだが、うまく工夫しながらやっていくしかない。

大変なことだけど、いつまでも何も出来ないままというわけにもいかないのだから。


Author : hidemaro
Date : 2018/07/16(Mon) 23:16
社会 | Comment | trackback (0)

新幹線も手加減せざるを得ない

函館~八戸の移動で北海道新幹線を使ったが、これは北海道~本州で青函トンネルを使っている。

この青函トンネルは全長54km、通過に要する時間は約25分となっている。

北海道~本州を最短で結ぶ函館~大間航路で所要時間90分ほどだそうだから、圧倒的に短時間だ。

一方でこの距離を時間で割ってみると140km/h程度と新幹線というにはちょっと遅い。

実は青函トンネルを含む区間は貨物列車との併用区間ということで、スピードを落として走っている。


青函トンネルは北海道新幹線開通により旅客列車は全て新幹線になった。

一方で在来線の貨物列車も同区間を走行する。

架線電圧・信号方式の都合で専用の機関車が必要だが、それは新幹線開通に合わせて作った。

ところが貨物列車と同区間を走るということで、すれ違い時の影響が懸念された。コンテナが落ちたりするんじゃないかって。

そんなわけで併用区間84kmは在来線時代と同じ140km/hに抑えられたのだという。

140km/hって在来線にしては速いけど、旧型の特急車の時から青函トンネル区間ではこのスピードだったらしい。

だから、青函トンネル開通時からこの区間の最高速度は何も変わっていないということ。


ただ、あくまでもこの制約があるのは併用区間だけで、その前後の区間では新幹線本来の能力が出ている。

新函館北斗~新青森の149kmのうち併用区間は84kmだから、4割以上の区間は最高速度260km/hで走れる。

なので、函館~青森だけ見てもスピードアップはできている。

ただ、函館・青森ともに中心駅と新幹線の駅が離れてしまったので、この都市間の移動と考えるとトントンぐらい。

トントンならよさそうだが、新幹線の料金になったので在来線よりかなり高く付くようになった。

そんなわけで函館・青森の都市間の移動については、フェリーへの移転も見られたようで。

青函トンネル開通当初は連絡船が普通列車相当だった経緯から、快速「海峡」がメインで、特急料金なしでも移動できた。

これが2002年に全列車特急になり、2015年に新幹線化と、青森~函館の移動手段としては列車は高く付く乗り物になってしまったのだという。


さて、それで青函トンネルを含む貨物列車との併用区間だが、高速化したいという話は当初からあった。

貨物列車を積み込む新幹線車両を作るというトレイン・オン・トレインというのも検討されたが、どう考えても問題が多いので実現されていない。

とりあえずは160km/hへのスピードアップを計画しており、今年度末に引き上げの方向で準備を進めているようだ。

160km/h程度であれば貨物列車への影響もないだろうということだ。

これにより併用区間84km間で4分程度の短縮効果があると求まる。ほんの少しですけどね。

ただ、貨物列車との干渉を全く考えずにスピードアップできるのはこの程度なのかもしれない。


貨物列車をすれ違わないようにすればよいが、貨物列車は1日50本ほど走っていて、旅客列車の倍ぐらい走っている。

併用区間を通過するのに140km/hで36分、貨物・新幹線と交互に使っても各々1時間間隔で走るのは無理となる。

だから新幹線全列車がフルスピードで走ることはあり得なくて、一部の列車を選んでスピードアップするしかない。

ただ、効果は大きくて、200km/hのスピードアップで現状より10分短縮、240km/hまでスピードアップすれば15分短縮となる。

でも一部の列車しか恩恵ないからなぁ。1往復だけスピードアップするという話もあったが、最速の所要時間だけ短縮されてもねぇ。


貨物列車とのすれ違いの方がはるかに問題だから、あまり明るみになっていないが、追い越しができないという問題もある。

260km/hで走る新幹線と110km/hで走る貨物列車が84km間を走ると、所要時間差は26分ほどになる。

すなわち新幹線が出る26分前までに出た貨物列車に追いついてしまうということ。(実際に上で書いたスピードで走れるかはさておき)

ただ、実際に乗って気づいたけど、併用区間の途中に追い越しをおこなうための設備があるのね。

今でも貨物列車と新幹線で多少のスピード差があるので使っているのだろう。160km/hに上がればなおさら。

すれ違いの問題が解決できるのがほんの一部の列車に留まるとすれば、このことは明るみに出ないのだろう。


ところで、北海道新幹線は新青森~新函館北斗、さらに札幌までとなっている。

青森県内を含めて全てJR北海道の運営で、奥津軽いまべつ駅は本州にあるけどJR北海道単独駅になっている。

在来線時代は津軽今別駅で、このときから本州唯一のJR北海道の駅だった。

これはもともと青函連絡船がJR北海道の路線だったことに由来しているんだろうな。

在来線時代は津軽線から分岐する中小国駅からがJR北海道だったが、新幹線になって全部新線だから、青森までJR北海道に戻ったのだろう。

東海道新幹線が神奈川県に入っても東京駅までJR東海で、山陽新幹線は九州に入っても博多駅まで、さらに車庫線の博多南線までJR西日本などあるけど、、

JRになってからの新線は会社の境界をきっかり決める傾向はあって、北陸新幹線だと従来の境界駅の直江津駅と同じ上越市内の上越妙高駅が境界駅になった。

上越妙高駅で乗務員交代できない列車があるから、乗務員交代は長野駅で統一されているのだけど。

それに比べれば青森県に入ってもまだJR北海道ってのは不思議な気もするけど、連絡船が背景にあるのなら納得という気はする。


Author : hidemaro
Date : 2018/07/15(Sun) 23:37
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ウミネコの鳴く町

八戸でどこに行こうか、そこまで考えていなかったが、地図を見て鮫に行くことにした。

鮫? 八戸市の地名ですよ。海のサメとは特に関係ないらしい。


というわけで中心街から鮫行きのバスに乗る。

八戸の中心市街地は一方通行の都合で往復で停車するバス停が異なる。

バスの行き先表示は中心街と表記されているが、これはいくつかのバス停の総称だ。

鮫方面のバスにとっては中心街は八日町バス停を指し、鮫からのバスは朔日町バス停になるなど。

鮫行きのバスは20分間隔で走っている。それなりに使いやすい。


さて、鮫駅近くでバスは終点となり、帰りは鮫駅から列車に乗るので荷物を置いて歩き始めた。

海沿いに歩くとけたたましい鳥の鳴き声が。ウミネコの繁殖地として知られる蕪島である。

蕪島は4月~8月に繁殖のためにウミネコがやってくる。

7月のいまは子供たちが飛ぶ練習をして、8月ごろの出発に向けて準備をしているところ。

偶然だがちょうど見頃だったわけだ。


ウミネコは水鳥、空も飛べば、海も泳ぎ、魚を捕って暮らしている。

普段は魚の群れを追っかけて北へ南へ旅をしているが、どうしても繁殖は陸上で行う必要がある。

ウミネコの繁殖地はいくつかあるが、その1つが蕪島のようだ。

島とはいうが、人為的に陸つながりにされてしまったものの、金網が張られ外敵の心配が少ないということで、ウミネコはここを好んで繁殖地としているようだ。

人が近づいてもあまり逃げないが、陸にこれといった外敵はないと高をくくっているのだろうか。まぁ静かに見ていたってのもあるけど。

ウミネコの名前の由来は猫のような鳴き声をするからだが、一羽の鳴き声は「アーアー」という具合、でも集まると「ニャアニャア」と聞こえるから確かに猫。

それにしてもすごい数のウミネコだ。近くの消波ブロックの上もウミネコが並び、建物の上もウミネコがいる。

島の地面もウミネコがたくさんいるし、近くの海も砂浜もウミネコがたくさん。床は鳥の糞だらけ。

基本的にウミネコは白と灰色なのだが、茶色いのがいる。これこそ子供のウミネコなんだという。

そういう視点で見てみると、まだ飛ぶのに自信がないのか、海面で長く過ごしているのが多いし、金網の中の陸上でいるのも多い。

大人顔負けによく飛ぶのもいるけど、まだまだ空を飛ぶのには慣れが必要というのが現状なのだろう。


蕪島の近くでは海藻を採っている人がいた。コンブ漁かな。ここら辺はウニ漁なんかも盛んらしい。

そんな様子を見ながら進んでいくと鮫角灯台にたどりついた。

灯台があるだけに眺めがよいが、休日は灯台の中に入って見学ができて、灯台の上からだと本当に見晴らしが良い。

その灯台には案内の人がいたんだけど、どこから来ました? という話で、往路は大洗からフェリーで北海道に行ったんですよ、

という話をすると、この灯台からそのフェリー見えるよとのことだった。

八戸港の目印としてだったつくられた灯台だったが。太平洋沿岸を行く船にとっても目印になっているのかな。


戻ってきて、八戸市水産科学館「マリエント」に。

ここのレストランで昼ごはんを食べて、それから展示を見ていた。

魚、イカ、ウミネコ、地球深部探査船「ちきゅう」とちょっと雑多だし、

特集展示で本来の展示パネルが見えなくなっていたり、ちょっとテーマがわかりにくい。

探査船「ちきゅう」の展示は意外だったんだけど、どうも八戸を拠点に調査に出ることが多いようで、科学館でも注目しているようだ。

すごいなと思ったのが「『ちきゅう』たんけんクラブ」の活動、小学生から大学生までの学生の会員が自然観察、施設見学などの活動をしているわけだが、

主に高校生のシニア会員はその成果を学会で発表したほどで、とても充実した活動を行っていることがわかる。

これも探査船「ちきゅう」ゆかりの都市にある科学館ということはあるんだろうけど、なかなかこうはいかないよね。


というわけで鮫駅から列車に乗って帰る。

八戸線は八戸駅から中心街近くの本八戸駅などを通り、鮫など海沿いの地区を通り、八戸市外を出て、最終的に久慈まで行く。

本当なら八戸市内の移動に重宝しそうな路線だが、本数が1時間1本程度なので、市内だけの移動ならバスが便利ということになる。

ただ、新幹線など八戸駅での接続に合わせて走っているので、それに合えば使える路線ではある。

走っているディーゼルカーには うみねこ の姿があしらわれており、蕪島のウミネコが八戸線沿線のシンボルであることがわかる。

八戸駅で新幹線に乗り換えれば2時間半ほどで大宮駅に到着、降りるとクソ暑かった。

ここまでくれば、あとはもうすぐ。家に帰ってきたらやはりとてつもない暑さだった。


これで旅行は終わりと考えるのが普通だけど、実はまだ不乗区間の払い戻し手続きをしていない。

それをやって苫小牧からの鉄道での旅行が完了となる。


Author : hidemaro
Date : 2018/07/14(Sat) 23:05
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函館で山登り

今朝の函館は雨、だけど天気は快方へ向かうようだ。
というわけで、午前は五稜郭公園へ行くことにした。
湯の川温泉からは市電で行くわけだけど、実は函館市電・函館バスはnimocaを導入している。
nimocaは西鉄のICカード、福岡周辺で広く使われているが、なぜか函館にnimocaエリアがある。
これは函館市が全国のICカードが共通利用できることという条件でICカード導入の公募をしたら西鉄が手をあげたからだそう。
nimoca自体は福岡のICカードだけど、Suicaを含む他のICカードも使えますからね。
函館で発行されているnimocaはICAS nimocaと呼ばれている。
磁気カードの名前が「イカすカード」だったそうで、そこから取ったらしい。イカって海のイカか。
ただ乗車するだけならどのICカードでもよいが、バスとの乗り継ぎ割引はnimoca限定らしい。
福岡からnimocaを持ってくれば地元の人と同じように特典があるが、札幌からKitacaを持ってきてもダメと。
ただし現金でも乗り継ぎ割引は可だ。割引額はなんと160円、そのかわりに2時間以内に乗り換えることとなっているが。
さて、五稜郭公園駅から少し歩くと五稜郭公園にたどりつく。
五稜郭というと星形の独特な形の城郭で知られているが、これはヨーロッパの城郭を参考にしたよう。
ただ、その一方で作り方は日本の城そのもので、歩いている分にはそこまで違和感はない。
確かに堀の形は複雑ですけどね。
五稜郭の中には函館奉行所がおかれていた。この箱館奉行所は2010年に復元された。
この展示の中で知ったんだけど、実は箱館奉行所ってできてから7年後に壊されてしまったんだよね。
というのもできたのが江戸時代末期で、蝦夷地の拠点にするつもりが、明治政府は札幌に拠点を持って行ってしまったからだ。
箱館戦争で建物が破損してしまったこともあって、用済みと解体されてしまったのだという。
もしも札幌に拠点を動かさなければ、五稜郭に北海道庁に相当する役所があったのかもしれない。
ということは、2010年に復元された箱館奉行所は築8年で、すでに元の箱館奉行所より長い期間存在している。
このあたりは大阪城でもっとも長命な天守が現在の博物館建築の天守というのに通じるものがある。
平和な時代だからこそ存在し続けられているということですね。
函館駅付近にやってきて、列車に乗るまで荷物を置くことに。
この頃にはすでに雨は上がっており、晴れ間も見えてきている。函館山を見ると展望台も見えている。
すなわち展望台から街が見えるということだ。
というわけで、まずは立待岬に行くかと電車に乗り込んだ。
立待岬は函館山の東側にある岬、意外にも坂を登った先にあった。
こちらから海を見ると向こうには湯の川温泉がある。
ということは空港もこっちか、と双眼鏡で観察していると飛行機が。でも尾翼が黄色いな。
その飛行機は離陸してぐんぐんあがって雲の中に消えていった。
どの航空会社だったんだ?と函館空港の時刻表と見比べると、Tigerairの台北行きだったらしい。なるほどね。
海を見てみると、なぜか津軽海峡フェリーがいる。青森ってこっち行かないと思うんだけど。
と思って地図と見比べたところ、大間航路っぽい。ただ、時刻表とはあわない部分もあるので本当にそうかはわからない。
さて、函館山に登るかと思って、引き返そうと思ったら、登山道の地図が目に入った。
それで見てみたら、立待岬付近から登山道があって、せいぜい2時間ぐらいで展望台までいけるらしい。
引き返してロープウェイでは無駄が多いなと思っていたので、おもしろそうだと登山道から行くことに。
ただ、立待岬~千畳敷までの登山道は整備度が低く、上り坂もきつく、行き違いも苦労しそうな狭さ。(誰ともすれ違わなかったが)
おもしろいルートだとは思うんだけど、なかなかおすすめできない登山ルートだ。
登り切って千畳敷に着くと眺めがよい。
ここからはダートだが自動車も走れるような道で、稜線に沿って進むからアップダウンも少ない。
舗装された自動車道と合流すると、そこからは階段を上がると展望台。
実は函館山、冬季以外は自動車で上がれて、夜以外は自家用車でも上がれるようだ。
展望台は函館市街方面を一望でき、独特な地形も含めてよく観察できる。
本当は夜景が有名だが、昨日は夜景なんて無理な天候だったし。
あと案内していたタクシー運転手が客に「夜はすさまじい混雑だ」と言っていたし。まぁ悪くはないのかな。
やや霞んでいるが、それなりに景色は見える。ちょうど五稜郭公園のあたりはずっと雲がかかっていたけど。
下りはロープウェイで、片道運賃も設定されているので。すぐに麓にたどりついた。
麓にはキリスト教の教会がいくつかある。
その1つにハリストス正教会がある。正教会っていうとロシアで信仰している人が多くて、実際、ロシアから函館に伝来してきた。
外から見ていると、どうも中に入れるよう。「献金にご協力を」という書き方がキリスト教っぽいが。
小さいながらによくできた聖堂らしく、確かに聖陣も丁寧に作られていることがわかる。
さて、函館駅へ戻ってきて、八戸へ向かうことにする。
新函館北斗駅との間にはシャトル列車「はこだてライナー」が走っている。
新幹線開通にあわせて電化して、札幌で使っているのと同型の通勤電車を専用車として用意したようだ。
基本は新幹線にあわせて走るシャトル列車だが、一部は新幹線と接続しないのもあり、短距離だが普通の通勤電車としても活躍しているようだ。
これで新函館北斗駅にたどりつくと、なんと平面移動で新幹線に乗り換えられた。
逆は跨線橋通るみたいだけど、青森方面への乗り換えはできるだけ平面移動で済むようにしてあるらしい。
青函トンネルを通って青森へ向かう。25分もずっとトンネルを走り続ける。
途中にかつての海底駅が蛍光灯の明かりを放っている。万が一の時の避難所である。
なんとなくトンネルを走れば本州・青森県なわけで、あまり海を渡った実感はない。
新幹線ということもあって、17時ごろに函館を出ても、まだ1時間後に東京行きがくるというから驚きだ。
なお、乗ったのは八戸を通過するので新青森で十数分後に出る後続の列車に乗り換えが必要だった。
八戸通過便なんてあるのかと驚いたが少しだけあるみたい。基本的には停車なんだけど。
そして八戸に到着したら、宿のある中心街へのバスに乗り換え。バスが頻発しているので。
そしたら「七夕祭りのため迂回します」と放送が、降りようと思っていたバス停は迂回対象じゃなかったが、
それはそうとしてバスを降りたら街は大賑わいで、とてつもなくうるさい。
全く予期していなかったが、こんなこともあるのね。まぁさしたる影響はなかったけど。
というわけで明日は旅行最終日、八戸を散策したら、夕方には大宮着という具合。
寄り道しながらの旅もとうとう最終目的地だ。
Author : hidemaro
Date : 2018/07/13(Fri) 23:41
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ウソをつかない山と北海道の玄関口

朝から洞爺湖畔を散歩していたが、本当に不思議な地形だ、
大きな湖の中に島があるという地形は火山活動によって形作られたものだ。
その火山というのが洞爺湖温泉の背後にある有珠山である。
最近では2000年に噴火しており、日本でも活動が活発な火山の1つだ。
いくら景色がよくて温泉が出るといっても、よくこんなところで観光業をやっているなという気もするが、
そこは噴火を繰り返してきた山だからこその自信もある。
2000年の噴火で熱泥流にやられた地域を災害遺構散策路という形で残してある。
川の規模の割にあまりに大きな砂防ダムを乗り越えた先にあるのだが、
建物に火山灰が流れ込み、特に桜ヶ丘団地は1階が完全に埋まっている部分もあり、2階もボロボロ。
このあたりは災害遺構であるとともに、次以降の噴火時に火山灰の泥が流れ込んだときにに引き受ける、遊泥地でもある。
川の規模の割に大きすぎる砂防ダムは、万が一のときに泥をせき止め、災害遺構を含む一帯に流れ込ませるためのものだそう。
そこから15分程度歩けば、そのときの火口も観察できる。火口はくぼんでおり、水がたまっていた。
洞爺湖もこのように火口にできた湖なのだが、相応の大噴火が遠い遠い昔に起きたということだ。
ところでこの遊歩道、ぬかるんでいる部分があるが、すごく滑る。火山灰の泥だからだろう。
それで下り道ですってんと転んでしまった。おかげでズボンがどろどろになってしまった。
この有珠山については火山科学館でくわしく紹介されている。
実は2000年の噴火、とんでもない被害を出したが、実は人的被害は全くなかった。
え?と思ったのだが、実は有珠山は世界で初めて噴火を予測して避難に成功した火山なのだ。
というのも有珠山の噴火時には火山性地震という前兆がある。
火山性地震が起きれば、いつかわからないけど噴火が起きることだけは確実なのだ。
初めて避難に成功したのは1910年の噴火のときの話で、ただならぬ状況に警察署長が避難指示を出したのだった。
現在は気象庁・大学などが継続的に観察を行っており、噴火が多いだけにデータも多く蓄積されている。
2000年の噴火では、未明に火山性地震を観測すれば、その日のうちに洞爺湖温泉付近を含む一帯で全員避難、
噴火する時期も、被害範囲もわからない、それでも避難を行ったのだ。
結果的に4日後に噴火して、火山活動の収束まで5ヶ月の避難をしいられたのだった。
ひとたび噴火となれば被害は甚大だが、早期に避難できれば助かる。このことを科学館では「ウソをつかない山」「やさしい山」と書いてあった。
バスに乗り洞爺駅へ。有珠山一帯を挟んで少しのところがもう海なんだよね。
室蘭本線も有珠山噴火で被害を受けており、北海道の輸送に大きな影響を与えてきた。
北海道新幹線は倶知安・小樽経由の函館本線ルートで建設される予定だが、
その要因の1つが有珠山噴火時の代替ルート確保のためというのもあるらしい。
今はこの函館本線が土砂災害でやられてるんだけどね。
新幹線はトンネルが多いし、在来線に比べれば災害に強いだろうけど。
そして、スーパー北斗号で函館まで乗ったのだが、途中、全く車内改札がないってどういうこっちゃ。
自由席だからチェックしないとなにもわからないはずなんだけど。
函館駅は連絡船時代の名残かえらく広い。
市電に乗ろうかとおもったが、えらく混んでるので、海沿いを散歩することにした。
すると、すぐに保存されている連絡船が見えてきた。博物館になっているようだ。
青函連絡船は本州・北海道を結ぶメインルートだった時代が長く続いた。
末期は飛行機の普及で利用者は減っていたが、貨車の輸送では引き続き重要な役割を担った。
この青函連絡船、なんと港の停泊時間が55分しかなく、この時間で客や貨車の入れ替えをしてたのだという。
なぜそんなに急ぐ?と思ったけど、3時間50分+55分って1隻の船で1日5便運航できるってことなのよね。
青函連絡船は接岸を早く行うため、特殊な工夫がされており、さらにタグボートも併用していたとのこと。
津軽丸形の連絡船は「海の新幹線」とも呼ばれたようだが、両岸を短時間で結ぶ工夫が随所に見られる。
船内は椅子席もあったがカーペット席の方が多く、なんとカーペット敷きのグリーン座席なんてのもあったようだ。
というわけで、カーフェリーとは異なる点も多く、鉄道連絡船らしさが実感できた。
函館山を見てみると雲がかかっている。小雨がパラパラ、散策する分にはそこまで問題はないが、またしても夜景どころではない。
その函館山の麓の高台には、歴史的な建物もいろいろあるが、旧函館区公会堂もその1つ。
高台の上にあり、バルコニーからの眺めはなかなかのものとのことで、
視界はよくないが、函館湾沿いを中心にあれこれと観察していた。
かつて皇族が来られたときに宿泊場所として使われたこともあり、そのことも紹介されていた。
函館は開港地ということで、それに応じていろいろ施設があったわけだけど、
外国人墓地というのも開港地ならではのものである。
その向こうに旧函館消毒所の建物がある。とんでもない名前の役所だが、今の検疫所のこと。
感染症予防という役割は同じで、感染症患者の隔離・治療を行ってきた。なので墓地のある町外れにあったわけ。
函館検疫所は小樽検疫所に集約されている。その小樽検疫所も今の最前線は新千歳空港でしょうけど。
そこから宿へ行くために市電に、乗り込んだのは函館どつく駅。
なんとなくわかるけど違和感があるが、これで はこだてドック と読む。造船所ですね。
市電に端まで乗ってたどりついたのが湯の川温泉だ。
ところでこのあたりは函館空港の近くなので、飛行機が通ると大きな音がする。
驚いたけど地図を見れば当然のこと。
湯の川温泉を歩いていて思ったけど、函館って北海道では特異な生い立ちの街なのよね。
江戸時代から松前藩の城下町でしたから。
それだけに街の雰囲気も他の北海道とは違って、むしろ本州の方に近いのかなと。
後の時代になっても、本州との行き来がひときわ多かったというし、北海道らしくないって話なのかもしれない。
そんな函館だが、明日もゆっくり回れるので、じっくり見ていこうと思う。
Author : hidemaro
Date : 2018/07/12(Thu) 22:21
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札幌で山登り

今日の札幌は曇りから晴れ、それなりにいい天気。
というわけで、午前中は野幌森林公園にある北海道博物館に行くことに。
往路は岩見沢行きの電車に乗って森林公園駅で降りて歩いていった。
このあたりは郊外の住宅地なんだけど、並んでいる家を見ると四角い。屋根が三角じゃない家が多い。
というのも、雪対策として、雪下ろしをせずに雪をためておける屋根にしてあるんですね。
本州でもあるのかな?雪下ろししなくていいし、雪も落ちてこないし安全性は高くてよさそうですけどね。
北海道は本当に寒いので、北陸などとはまた違う冬の備えがあるようで違うんだよね。
そんなわけで歩いていくと公園に到着した。すると巨大な塔が見えてくる。
なんだろと近づくも大した説明もない。後でわかったが北海道100年記念塔とのこと。
その塔から少し進むと北海道博物館があるのだが、道中に「歩くスキーコース」という看板が。
スキーというと滑るスキーの印象が強いが、歩くスキーもある。オリンピック競技でもあるよね。
北海道博物館だが、北海道の自然史から始まり、人の営みの歴史を現代まで追って、最後は北海道の自然で終わるという具合だった。
けっこううまくつながってるなと思った。
今の北海道に住む人の大半は明治以降に移り住んできた人たちが大半を占めている。
じゃあもともとこの地域に住んでいた人って?というのが丁寧に説明されていた。
そもそもアイヌ文化ってなんだよって話から始まる。実はこれって交易を通じて発展した文化だったんだよね。
海産品や動物の皮を輸出して、鉄製品や米を輸入する。そうして発展してきた。
しかし、輸入に依存ずる文化だったので、交換レートの悪化で窮し、植民地化されてしまうのだった。
さらにロシアに対抗するためには実効支配していることを示すために千島・樺太を含めて開拓する必要もあった。
そうして和人の入植もすすみ、もともとからのアイヌ人は少数派になってしまったのだった。
少数派になったアイヌたちは独自の文化を捨てざるを得ない状況になったのだった。
こうやって見てみるとアイヌ文化は滅びるべくして滅びたという感じだよね。
ところで、さっきアイヌは米は輸入に依存していたと書いたが、
開拓が進むに連れて北海道では米の生産が盛んに行われるようになった。
開拓が進む前は漁業がメインだったのだろうが、開拓が進み農業、鉱業が発展してきた。
鉱業は今は昔という感じだけどね。特に石炭ですね。
広大な土地を開拓して発展してきた北海道だが、今は札幌を中心に都市的な生活を送る人が増えている。
今も日本有数の農業地帯であることに違いはないが、明らかに重きをおくところが変わっている。
ところで、野幌森林公園には「開拓の村」という開拓時代の建物を多く移設した博物館がある。
時間がないので入らなかったが、かなり見応えのある博物館のようだ。
バスの時間まで余裕があったので、ちょっと無料エリアからのぞいてみたのだが、ちょうど馬車鉄道が見えた。
馬車鉄道というのは今の路面電車のルーツになった乗り物だ。
かつて道路も車も今ほどよくなかった時代、道路にレールを敷くと輸送効率もよく、乗り心地もよかったらしい。
馬車から電車に置き換えたものが路面電車だった。
でも今はバスでいいんですよね。道路の走り心地もよいし、バスも高性能になったから。
というわけでバスで新札幌駅まで。バスは1時間1本程度なので時刻表は要確認だ。
さて、地下鉄で都心に戻ってきて、市電に乗り込む。
西四丁目駅から電車に乗るが、なんと電車が車道の一番外側を走るので歩道から乗り込める。こりゃ便利。
電車で向かうのは藻岩山ロープウェイ、ロープウェイ入口駅まで乗る。
電車の中にはロープウェイの割引券があるので、これを取っていけばよい。
現在は環状化されている市電だが、もとは西四丁目駅~すすきの駅で切れていた。
少しだったのでつないで環状化したんだけど、このときできた区間は車道の外側を走るようにしたのだった。
この環状化と関係あるのか知らないけど、工事中の駅が多かった。
ロープウェイ入口駅からロープウェイ乗り場までは
そう遠くないはずだが、なぜかシャトルバスもあるらしい。
でも遠くないんだから歩けばいいよねというわけで行ったんだけど、けっこう急な坂を上る。
なるほど、これがつらい人はバスを使えるのかと納得した。坂を歩けるならバス乗るまでもないよ。
ロープウェイ乗り場で山頂は視界が悪いがと説明を受けたが、なんとかなるでしょと。
ロープウェイとミニケーブルカーを乗り継いで山頂までやってきたが、実際はそんなに悪くなかった。
ただ、確かに市街地方面に雲がかかりやすく、ややかすんだり、真っ白になってしまうときもある。
でもタイミングを選べば普通に景色は楽しめるので、不良ってほど悪くないんじゃないでしょうか。
観劇用に買った双眼鏡を自然観察用にと持ってきていたので、これであれこれと見ていたが、
思ったのは、まず都心から近いということ。これが藻岩山からの夜景が評判な理由だ。
そしてやはり計画都市ということで、郊外には住宅地が広がっているのがよくわかる。緑も公園・牧場・田畑とくっきりしている。
双眼鏡持ってくるといろいろ見えるもので、さっきまでいた北海道博物館も見えた。北海道100年記念塔を目印に探すとわかった。
まさに札幌を一望できるところですね。
さて、ここから次の目的地に向かうために地下鉄の終点、真駒内駅へ。
途中から地下から高架に出るけどずっとシェルターの中を進む徹底っぷり。雪対策にぬかりはない。
ここから洞爺湖方面のバスに乗るのだが・・・・・・バス乗り場の案内にない。
というかバス停が多すぎるんだよな。地下鉄の終着駅にしてもここまでとは。
わからんので駅員に聞くと端の端にあるようで、行ってみるとぽつんと「道南バス」のポールがあった。
1日1便のみ停車、予約制のバスということでずいぶんな扱いだった。
定刻から7分遅れぐらいでバスはやってきた。本当に来るんだろうなとびくびくしてたが、ちゃんと来て一安心。
ここから1時間ほど山を登り中山峠に、ここまで札幌市、ここからさらに山の中を進む。
札幌~洞爺湖のバスは1日4往復・予約制、なんで予約制なのかはよくわからないけど。
観光路線の色が濃いが、生活路線でもあり、地元の人っぽい利用者もいた。
そうして走ること2時間ほどで洞爺湖が見えてきた。そこからまだ走って洞爺湖温泉に到着した。
旅館にチェックインすると「8時から花火をやるので、旅館の外のここがベストスポットだ」とのこと。
花火?と思ったのだが、どうも洞爺湖ではロングラン花火大会ということで、
一定期間の毎日、花火を打ち上げているらしい。なかなか豪勢だが、話題作りにはなるんだろう。
部屋から見える場合もあるが、他の建物との位置関係もあるので、確かにベストスポットとされた場所から見るのがよかった。
花火なんて見るの久しぶりだな。まさかこうして不意に見ることになるとは。
まぁ洞爺湖に来ること自体、函館本線運休という不意なことがあったからこそなんだけど。
Author : hidemaro
Date : 2018/07/11(Wed) 23:28
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船でゆく北海道

昨日、大洗港を出航して数十分も経てばもう携帯電話のインターネットは使えなくなった。
瀬戸内航路だと、結局は陸地の近くを通るから、電波はなんとか通じるけど、太平洋ではそうもいかない。
それなりに陸地を離れて航行するのだから。
でも後で調べたらこの船って航行区域は沿海区域なんだね。
すなわち陸地からおおむね20海里のうちで航行すると。(多少緩和されているので、もう少し離れる区間もある)
今回の客室はコンフォート、2段ベッドの部屋だ。
といっても2段ベッドというのはカプセルホテルのような感じになっている。
下段だったからどのみち関係ないけど、ハシゴを上らなくてもよくて、各寝台にテレビまである。
いまどき雑魚寝なんていうのははやらないので、ツーリストはかなり絞られている。
でも、ちらっとみたところカーテン付きなのね。意外とよさそう。
メインはスーペリアという個室で、大半を占めている。
ただ、定員的に一番多いのはコンフォートみたいね。やっぱり個室は贅沢だ。
しかし、ちょっと困ったのが、パブリックスペースの机の少なさ。
なにが困るかというと晩ご飯だよ。そう、晩ご飯は乗船前にスーパーで買い込んできたので。
大阪~別府航路だと机たくさんあったんだけどな。ツーリストの人への配慮ってのもあったんだろうけど。
個室メインとはいうけど、定員としては個室じゃない人の方が多いですから。
全く揺れない瀬戸内の大型フェリーに比べるとゆらゆらしてるが、
それでも船が大きいんだからあまり気にならない。波も比較的穏やかではあるんでしょうが。
とはいえ、船酔いする人はいるんだろうか。トイレに便器ではなく流しがある個室があって、
オストメイト(人工肛門の人)用設備?と思ったが、よく見てみると「シーシック用流し」、すなわち船酔いで気分が悪くなった人用らしい。
ちなみに、オストメイト用設備を含むバリアフリートイレは別にある。
そういえば車いすの人、けっこう船内でみたな。飛行機と違って自分の車いすで船内動けるのはメリットなのかも。
大洗港は車いすのまま乗り込める。苫小牧港は無理そうだったが、車両甲板から出入りするんですかね。
夕食は持ち込んだが、朝食は船内の食堂へ。
フェリーの食堂もいろいろだが、ここは食べ放題方式、料金の精算が簡単だからだろう。
実は夕食で食堂にしなかった理由の1つがそれで、ちょっと割高感があったから。
朝食は持ち込むのも大変だし、値段的にも納得だったので、食堂に行くかと。やはりよかったですね。
ちなみに、大洗~苫小牧航路は深夜発の便もあるが、こちらは食堂がなく自動販売機だけ。
食堂というのは特に人手がかかるのでシビアなもんで、でもあったらありがたいものではある。値段の問題はあるにせよ。
ちなみに昼食はおにぎりやサンドイッチなどの軽食の提供をしているよう。これは使わなかったが。
朝ご飯を食べて、甲板に出てみると陸地が近くに見える。
なんだ?と思って電話を持って、位置情報を拾ってみると青森県の下北半島だった。航行中でも特に陸地に近づく区間のようだ。
甲板だと電波を拾うが、船内では右弦の窓際では厳しい。左弦(陸地側)の窓際ならいけるんだろうか。
ところで甲板にはドッグランがある。狭いけど。
ペットを連れ込めるのも船ならではのこと。飛行機に対しての話ですが。
船のニーズもいろいろではあるけど、車を連れて、ペットを連れてというのは、確かに他にはなかなかない。
食後に風呂に入ったり、ベッドにあぐらかいて読書したりして、12時半ごろに外に出てみると、もう苫小牧港だった。
港内を慎重に進み、接岸してタラップをつけて、結局、到着は定刻13時半なんだけど。
ただ、早く着いてもバスは時刻表に合わせてしか来ないわけで。
苫小牧~札幌の高速バスの一部がフェリーターミナルまで延長運転する方法なのでね。
まぁ高速バスだけど、苫小牧駅までの人もこれに乗る。そして苫小牧駅下車と。
苫小牧駅から電車で札幌に行くわけだが、
一見、普通の通勤電車に見えるが、なんとデッキがある。中扉もデッキ付き。不思議だな。
厳しい寒さの北海道では通勤電車にもデッキをもうけてきたようだ。なので寒冷地にありがちなドアのボタンはない。
一方で最近ではエアカーテンを設けてデッキを設けない通勤電車もでているようだ。
そんな電車に揺られて札幌に到着した。
千歳まではのどかなところを走ってるなぁと思っていたが、千歳からは沿線も都市的になってきて、札幌駅ともなれば大都市のターミナルの風格がある。
やはり札幌って大都市なんだなぁと改めて思う。
さて、札幌駅の精算所で、この先の函館本線の運休について相談を。
というわけで、きっぷを出すと「そもそも札幌通ってないのでは」と言われてしまった。
いや、札幌・小樽経由なんだけどと、端末で運賃を検算した結果、僕の主張が正しいことがわかったのだが、
なんとこのきっぷ「室蘭線・千歳線・函館線」と書くべきところ、「室蘭線・函館線」と書いてあり、室蘭本線と函館本線は直接接しているので、駅員が疑うのもごもっとも。
というかなんでそこ省略した。以前も経由の末尾が切れたことあったけど、まさか中間の重要なところが消えてるとは。
誤解も解けたところで、札幌~長万部が不乗という証明書をつけてもらい、着駅で払い戻しできるようにしてもらった。
それにあわせてその他のきっぷの変更をみどりの窓口で行って完了と。
小雨だと思っていたが、街を歩いているうちにどんどん雨足が強くなり、
こりゃつらいと思ったら、人の流れに沿っていくと地下道にたどりついた。
札幌は雪対策として中心部では地下道が充実しており利用者も多い。というか雨で通勤時間帯ってのもあるけど、多すぎるでしょ。
いや、ここまで地下道の利用者の多い街は珍しいんじゃないかな。
というわけで冬でも安心だそうで。目的地次第ではありますけど。
本当は夜景目当てに山登りしようかと思ってたけど、この雨では。
ちょっと想定外だったけど、明日は晴れるらしいので、じゃあそこで挽回しよう。
というわけで、午後に北海道に着いてもさっぱりだったけど、それなりには今日も楽しめたので。
ちなみに札幌は高専の卒業旅行以来、でもあのときは都心しか回れなかったので。
今回はちょっと郊外にフォーカスを当てているのは、このときのことがあったからこそではある。
Author : hidemaro
Date : 2018/07/10(Tue) 23:43
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大洗でサメに会う

旅行初日、大洗からフェリーに乗るのだからと大洗観光からスタートだ。
というわけで大洗に行くわけだけど、これが意外と遠い。
特急を使おうにも山の手からだと上野駅に行くのがめんどくさい。(朝は品川発着もない)
そんなこんなでいろいろ調べて、ルートを決めたのだった。
まずは東京方面へ行き、新宿駅から山手線で日暮里へ、
日暮里駅で常磐線に乗り換える。上野行きの電車から降りてくる人であふれかえっていたが、水戸方面の電車はガラガラだった。
これで柏駅で降りてしばらく待ちぼうけ。すると、あらかじめ特急券を買っておいた ひたち号 がやってきた。
ひたち号は全席指定だが、座席未指定券という制度もあるので、座席にインジケータがある。
みるとすべて緑、すなわち指定席が売れていることを表している。満席なんだね。
これで勝田駅で降りる。そして、ひたちなか海浜鉄道に乗り換えた。
一般的には大洗に行く場合は水戸駅から大洗鹿島線にんりかえるのだが、今回はひたちなか海浜鉄道で那珂湊駅を目指した。
というのも大洗最初の目的地、アクアワールド大洗へはこちらの方が近いからだ。
これは意外だったのだが、那珂川をわたったらすぐなんだよね。
そんなわけで到着した那珂湊駅だが、どうも周辺にもみどころがありそうなので散策しながら行くことに。
バスもあるんだけど、そんなに遠いわけじゃないから、みどころあるなら歩いていくかと。
地図を見ながら歩いていくと煙突が、これはかつてここにあった反射炉を復原したものだ。
水戸藩が大砲を作るために作った最新鋭の製鉄場だったらしい。意外なものだが、そんなのがあったんだなぁ。
そこから那珂川沿いを歩いていくと橋が見えてきた。海門橋、これをわたると大洗町である。
大洗町に入ればもうすぐアクアワールド大洗である。
大洗町に入った途端「ガールズ&パンツァー」の立て看板に迎えられたが町内いたるところにあった。
さて、アクアワールド大洗だが、なかなか大きな水族館である。
入場券はあらかじめ那珂湊駅で買っておいたが、すると団体料金相当になる。多少はやすい。
この水族館の特徴はなんといってもサメ、ロゴマークにもサメが描かれてる通りだが。
茨城県沖にはいろいろな魚がいるが、その1つがサメで、こうして水族館にやってくるサメも多いようだ。
あとマンボウの展示も日本一充実しているとのことで、サメとマンボウの水族館ということ。
もちろんそれ以外の展示も充実しているが、とにかくサメがすごい。
サメの肌にさわれる展示もあって、解説を聞きながらさわってたけど、サメもいろいろなんだなぁと。
そういえば関東圏で水族館っていままで行ったことなかったな。でも大洗で水族館ってのはよかったですね。
遠足の小中学生も夏休みの小中学生もいないので、わりとゆっくり見られたし。
平日に旅行に行くと遠足の人と遭遇しがちだけど、夏休み直前だとそれもないらしい。
大洗の海岸をあるいて行くが、かなり荒れている。
詳細は不明だが、どうみても危険なのでロープを張って立入禁止にしていた。
さらに進むと海水浴ができるように見えるが、今はまだ泳いでる人はいなかった。
海岸を歩いていくと、神磯の鳥居という海上の岩の上にある鳥居がある。
明らかに海の上でもないが、近づけるような岩場ではないということで意外だったが。
さらに進むと、商船三井のファンネルマークが見えてきた。
これが大洗港フェリーターミナルに停泊しているフェリーですね。2隻ある一方が乗るほう。
そのフェリーターミナルの横にめんたいパークというのがある。
これは かねふく の辛子明太子工場・直売所で工場見学もできる。
なんでこんなところに工場があるんだろ?と思ったが海が近いからだろうか。
ただ、説明を見るとタラコは冷凍で運び込んでいるようだし、
かねふく はそもそも福岡の会社で、生産のメインも福岡らしい。東日本向けの生産はここでやってるらしいが。
なかなか人手がかかる仕事みたいだね。
その後、フェリーに乗る前に買い出しをしてフェリーターミナルにやってきた。
圧倒的にトラック、徒歩客といっても本当に徒歩でフェリーターミナルに来る人なんてそうそういない。
乗船名簿は書かずにQRコードを読みとらせると、カードキー型の乗船証が出てきた。
これでいいのか。
別府~大阪は乗船名簿を印刷して持参するという方法だったんだけどね。スマートすぎてびっくりしたけど。
そんなわけでここから北海道まで17時間ほどの船旅だ。
Author : hidemaro
Date : 2018/07/09(Mon) 18:19
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特別に払い戻しをすることもある

今回の旅行の目的地が西日本だったら中止にしないといけなかったかもなぁ、

なんて思ってたら、なんと北海道での先日の豪雨で乗車予定の路線の一部が運休になっていることがわかった。

不明点もあったのでJR北海道に電話で確認したのだが、どうも数日で復旧できるものではなさそうで(一方で数ヶ月単位での運休を宣言しているわけでもないが)、

代替輸送があるよとは言っていたけど、代替輸送は前日になるまでは不明などいう状況で、とてもじゃないが旅行に組み込める状況ではない。。

というわけでルートを引き直して、宿や交通機関の予約も取り直した。

あとは、今持ってるきっぷがどうなるかですが。札幌で駅員に相談だな。

出発前に気づいてよかった。


さて、昨日は山陽新幹線がほぼ終日運休、今日から運行再開となった。

これでも新幹線はよくて、中国地方の在来線に至っては今日も終日運休、さらに長期運休が見込まれる区間もちらほらあるという状況。

高速道路も通行止め区間が残っており、中国地方の移動には苦慮する状況が続く見込みだ。

とはいえ、昨日に比べれば新幹線が運行再開したというだけでも明るいニュースで、これで救われた人は多いはず。

裏返せば昨日は移動に絶望した人があまりに多かったということだ。


そんな中で話題となっていたのがコンサートのことだった。

会場自体が危険が見込まれるような場合は中止にするという判断をすることもある。

ただ、会場自体は安全、出演者・スタッフも到着できるとなれば、中止というわけにもいかない。

でも、そうはいってもこれでは移動がままならない参加者も多い。さて、どうしたものか。

日本では興行券は中止の場合を除いては払い戻しをしないという条件になっていることが通常だ。

ということは開催されればいかなる場合でも払い戻しをしないのが原則である。不可抗力であっても払い戻さないのが普通だ。

とはいえ、さすがにこれは……ということで特別な取扱を行うこともあったようだ。


まずこんな方法。神戸市で行われたラジオ大阪開局60周年イベント「V-STATION THE LIVE! Passion!!」では、

土曜・日曜と公演があったところ、土曜日の未使用チケットを日曜日に持参すると当日券に交換するという措置がとられた。

なぜそんなことができるかというと、空席がたくさんあったんですね。

出演者も半分ぐらいは同じなので、その点でもよい解決策だったのだろう。主催者の持ち出しもないしね。

全てにおいて解決になっているわけでもないが、今日であれば代替交通のあてもなんとかなった人は多いだろうから、ある程度の救済にはなっている。


もしくは特例的に未使用チケットの払い戻しを行うというもの。

ただ、特例的なものということもあってか、開演前は原則論を言うばかりで、事後に払い戻しを行うと発表したケースもあるようだが。

例えば、福岡市で開催された「ラブライブ!サンシャイン!! Aqours 3rd LoveLive! Tour ~WONDERFUL STORIES~」の福岡公演、

土曜・日曜と2公演行われたが、土曜の公演終了後にこういう発表を出している。

今回の記録的豪雨で被災された方や、交通網が遮断されたことにより、ご来場できなかったお客様に限り、チケット代金の払戻しをさせて頂きます。

又、明日7月8日(日)公演は予定通りの開催となります。払い戻しの対象とはなりませんので予めご了承ください。

といいつつ、今日の終演後には2公演ともに払い戻しを行うとある。

昨日は中国地方の交通がほぼ寸断され、九州島内の移動も支障区間が多く、飛行機以外の手がないということで大変な騒ぎだった。

当然、福岡への飛行機は大混雑で、宮崎へ迂回したりとなんとしても福岡にたどりつかねばと、もがいている人をTwitterで多く見た。

写真で見る限りはそれなりに埋まってるように見えるけど(cf. ラブライブ!公式(Twitter))、まぁそれでもちらほら空席があったようで。

あと、独特の救済策としてライブビューイングの映像を時間差で上映するディレイビューイングを実施予定とのことだ。

これは当日は移動がままならなかった人を広範に部分的に救済するものになっていると言える。(どれぐらいの興業規模かわからないけど)


ただ、主催者のことを考えると、開催しながら払い戻しをするというのはなかなか厳しいものがあるわけで、なかなか無理強いもできないよなとは思う。

来場できない人の席を当日券として売れれば、それで穴埋めできるし、不幸な空席も埋められる。

とはいえ、直前の払い戻しに対応するにはチケットレス化されていなければならないが、なかなかチケットレス化はできていないのが実情だ。

なんとかして解決できないかと思うのだけど、大規模な興業でチケットレス化するには相当なインフラが必要だろうと思うので、なかなか。

やっぱり紙のチケットをもぎるのは簡単だけど確実性が高いんだよね。紙のチケットの引き渡しもコンビニがその役割を担えているので。


JR西日本は今回の大雨に際して、「旅行見合わせのお願い」という告知を出している。

北陸新幹線などごく一部の区間を除いて、このような告知を出して、旅行の中止を依頼している。

これは何を意味するかというと、実際に運休になる否かによらず、無手数料での払い戻し あるいは 有効期間の変更に応じるということだ。

最近のJR西日本は事前に取りやめるように早めに告知を出す傾向があって、その一環として行われているのだと思う。

JR他社ではここまで明確に言うことはあまりないが。(JR四国が全線終日運休宣言を出すことはあるけど)

普段はいかなる不可抗力であっても払い戻しに応じないわけだけど、

多くの人が利用するJRがこのような告知を出している以上は、特例的な対応を取るというのは理屈に合うのではないかなと思う。

それぐらいですかね。影響の甚大さは言うまでもないけど、どこまで影響範囲とするかという線引きは実は難しい。


Author : hidemaro
Date : 2018/07/08(Sun) 22:55
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