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Blogで振り返る2011年

去年もおととしも大晦日には1年の振り返りを書いているし、今年もそうしよう。

しかし1年間というのは長いもので、1月に何を考えていたかとか覚えてないものである。

それならBlogの記事を読み返せば思い出せそうである。


1月は卒業論文を書いていた。できあがった卒業論文は付録でふくれあがりとんでもないページ数になったもの。

2月になればもう高専本科の生活もおしまい。この頃になって卒業アルバム作り始めたのだが、そのアルバムの作成を一手に引き受けてやってた。

3月となって、電気学会の高専卒業研究発表会で初めての学外発表をして、もう卒業だなと思ってたころ、

3月11日、部屋で作業をしていたら部屋が少し揺れた気がした。これが東北の地震だと知って え?と思ったもの。(参考 : 遠い遠いところで津波が起きた)

関西では直接地震の影響を受けることはなく、その1週間後、予定通り卒業式が行われましたが、

被害を受けた地域では卒業式なんてやってられん、ということでうやむやになってしまったところも多かったよう。

そりゃそうですわな。沿岸部は津波による被害が激しかったわけですから。揺れによる被害も多かったけどやはりね。

それから9ヶ月ほどたった今となっては、沿岸部を除いてはもとに戻りつつあるような気がする。

ただ、沿岸部の立て直しは長い戦いになりそう。つぶれたことを機によい都市を造ってほしいと思うけど、時間をかけすぎるのも難しく悩みどころ。

あとまぁ、やっと落ち着いてきましたけど、被災した福島第一原子力発電所もこれからどうするか、大変なところである。

まぁこの事故のあとのことについてはいろいろ思うところがあるのだけど、初めての事態にどう立ち向かうか、というのは今後の重要な見地となるだろう。


話は戻って4月、上海への旅行で始まった4月だが、このとき高専専攻科に入学。高専生活は続く。

5月、ゴールデンウィークはノーマイカーフリーチケットが使える、ということで大阪へ行ってきた。

この後、10月から共通一日乗車券・ノーマイカーフリーチケットはエンジョイエコカードとなったが、その後2回、

あわせて3回、大阪市内を600円でぐるぐる回っている。これに味をしめたのか、今年はいろいろおでかけしてる。

6月となり、数学のTAのお仕事を始める。高専では他にも教える仕事をしているが、簡単にうまくいくもんではないな。

ただ、教えたことを吸収してちゃんと問題を解けるようになった学生も見てるわけで、結果には結びついてるのかなと。


7月、暑くなりつつある頃だが、電力不足と言うことで鉄道などの冷房は弱められたりしてた。けどこんなもんで十分ですけど。

夏休みになって、スルッとKANSAI 3dayチケットを買い、神戸・比叡山・高野山へそれぞれおでかけ。

神戸はともかく、比叡山も高野山も普通に行くとえらくお金がかかるところなので、うまいこと使えたかなと。

8月にになるころ、実験に使うFPGAボードが届き、夏休みとはいえ研究室で作業をしていた。

なんとかインターンシップ始まるまでに結果が出て、このことについて学会発表するということで大変忙しかった。

インターンシップは暇をもてあますこともあったものの、技術者の職場を知るいい機会となったと思う。

それが一番の成果かな? まぁ2週間とやたら長かったけど、それを生かすプログラムもないという感じだったのが残念だけど。

インターンシップから帰ってきたら9月、研究発表の準備で前半は忙しかったが、後半はテストがほとんどないということでわりに暇だった。

あと9月というと、9月3日に台風12号がやってきた。これほど大きな台風が襲ったのはずいぶん久しぶりな気がする。

うちの地域ではさほど影響はなかったものの、紀伊半島の南部では大きな被害が出た。

特に十津川村は明治の大水害以来というほどの被害だった。しかし寸断された道路・鉄道ももうとりあえずの復旧を遂げることができた。

長期不通となるのではと言われていた紀勢本線も、12月には復旧させることができた。

こうして見てみると、立ち直り早い気がするけど、地域で力を合わせた結果だろうと思う。明治の十津川大水害とは時代が変わったということだろう。


10月、1日に大阪へ小旅行に出かけているが、その翌週はつくば市へつくば理学カンファレンスのためおでかけ。(参考 : 技術者、理学に触れる)

今年は関西から離れて遠くにいったのは家族ででかけた上海とこのつくば行きの2回だな。

そして29日・30日は学会発表のため姫路へ。こんなネタで大丈夫かと思ってたけどそれなりにおもしろいものだと思ってもらえたようです。

などなど、10月は毎週のように出かけていた。

11月、3日にまたしても小旅行、京都に関西文化の日に合わせておでかけ。京めぐりを使ってバス・地下鉄でぐるぐる回ってた。

そして12日には奈良国立博物館で正倉院展へ、初めて見たけどあれはすばらしかった。

12月となって法隆寺へ、そして24日に忘年会などのためまたも大阪へ。

10月から12月は本当にたくさん出かけた。


去年は遠くへ出かける旅行が多かったが、今年を振り返ってみると近くの旅行が多かったように思う。(参考 : おおみそかに2010年を振り返る)

近くにあってもこれまであまりいけなかったところを回れたのはよかったと思う。

まぁ心残りなのは姫路城が工事中だったことですかね。実は3dayチケットでの旅行のとき、本当は神戸じゃなくて姫路に行くつもりだったのよね。

その後、学会発表のため姫路を訪れていて、姫路はいいところだなと思ったんだけど、やっぱり姫路城の姿が見えなかったことは残念かな。

また今度、ぜひきれいになった姫路城を訪れたいですね。


今年は本当にいろいろあった年だと思う。

災害、経済や政治の混乱、ただそんな中でも世界は回っている。世界は意外に強いものである。

僕はこれらの影響を直接受けたわけでもない。こんなけいろいろあればなんかひっかかってもよさそうだが、そうでもなかった。

むしろ専攻科生となって変わったことの方が大きい。同じ場所で学んでいるけど、そこでの生活はずいぶんな変化があった。

専攻科の学生は高専生には違いないのになにかひと味違う気がする。よいところです。


来年は研究も進めなならんし、進路を決めないといかんし、学士の学位を取らなあかん、やることはたくさんある。

今年は割にゆとりが多かったので旅行にもたくさん出かけたが、来年はどうだろう?

ともかく来年も充実した1年としたいと思う。

みなさま、よいお年を!


Author : hidemaro
Date : 2011/12/31(Sat) 20:33
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これ1つでもちつきができる

今日はもちつきをしてた。

この時期は倉庫に閉じ込められてた もちつき機 が1年に1回だけ掘り出されて活躍するときである。

まぁもちつき機なかったらもちつきやろうとはおもわんわな。


この もちつき機 というもの、非常によくできているなと思った。

もちつき機のもっとも重要な役割はもちをつくことである。

まぁ実際には練るような動作をするのだが、これが機械でできることで家庭でももちつきが楽にできるようになった。

しかしそれに加えて もちつき機にはもち米を蒸す機能が付いているのが普通である。

蒸すことは家庭に蒸し器があればそれで出来てしまうから もちつき機特有の機能ともいえない。

それをあえて取り込んだメリットはなんといってもこれ1つでもちつきが完結するということだろう。

大して機械のサイズを大きくすることなく蒸し機能を取り込むことができたからだろうが、うまいこと考えたなと思った。


もちつき機 の取り込んだ機能はそれだけでない。

この もちつき機、保管するときはふたを付けて保管する。

実はこの ふた、もちを取るのに使える。

ちょうどいい大きさのバットがあればよいが、それこそもちを取るぐらいしか使い道がないんだから、

それをもちつき機と一体にして収納できるというのは賢い。

さらに のし棒 を収めるスペースもありましたが、丸餅の地域の人にはいらないものだからか、これはどっかにいってたが。


頻繁に使うものならばもうちょっと違った構成になりそうだが、

もちつき機はさほど使用頻度は高くない。それゆえにいろいろ一体化するという方法をとったのではないかなと思った。

もっとももちつき機の説明書にはパンこねるのにも使えますよとか書いてあるのが、

メーカーの意図通りに使うとなると、正直 ふた とか のし棒ポケット は邪魔な気がする。

まぁやっぱりもちをついてなんぼの装置なのかなと。


Author : hidemaro
Date : 2011/12/30(Fri) 23:51
日常 | Comment | trackback (0)

PS Vita専用メモリカードなるもの

最近、SCEより新型携帯ゲーム機PlayStation Vitaが発売された。

PlayStation®Vita

なにより特徴的なのは通信方法としてこれまで多くのゲーム機で用いられてきたWi-Fiだけでなく、

モバイルインターネットへの接続機能を有する3G/Wi-Fiモデルがあることでしょう。もちろんWi-Fiだけのモデルもあるよ。

携帯ゲーム機とモバイルインターネットの連携といえばモバイルアダプタGB(2001年発売)を思い出すが、

あれは早すぎたんだなと今日のPS Vitaの注目からも感じている。携帯ゲーム機とモバイルインターネットの融合はやはり面白いようだ。


そのPS Vitaを買おうと思っているのなら注意しないといけないことがある。

それはデータの保存場所である。

PS Vitaではソフトのダウンロード販売が広く行われることになっている。

このダウンロードしたソフトを保管するのにストレージがいる。

パッケージで購入したら、PS Vitaカードと呼ばれるものにソフトが収められていて、セーブデータをカード内に保管することができる。

ところがソフトによってはカード内ではなく別に保管することになっているものがある。

ダウンロードしたゲーム・セーブデータの保管場所が問題だが、PSPではMemoryStick Duoだったところが、PS Vitaでは専用メモリカードなるものが必要になるらしい。

専用!? 見た目はM2(MemoryStick Microのこと)っぽいのですが確かに専用らしい。


このことについて説明するインタビュー記事があった。

【西田宗千佳のRandomTracking】PS Vita発売前の最終情報を開発チームに聞く (AV Watch)

「専用メモカは「取り外さないで使う」前提?!」の節より読んで欲しい。

そもそものきっかけはMemoryStickなどの読み書き速度が一定しないということで開発しにくいという話があったことだそう。

いかにもこのへんゲームらしい話かなと思うんだけど、汎用のストレージの読み書きの速度は規格はあるだろうが、具体的な速度は製品により違うことだろうと思う。

MemoryStick Duoの場合は、SONYとSanDiskぐらいしか作ってなさそうな印象を受けるが、一応他にもメーカーはある。

さらにMemoryStickは割高感があることもあり、安価なMicroSDをMSDuoに変換するアダプタがPSPユーザに流行ったものである。

もちろんどこまで保証するかという問題はあるが、ゲームの作り手の満足のゆくものになるかはよくわからない。

どんなものでもそれなりに動くものを作れよ、と普通のソフトウエアに対しては言えるのだが、

ことゲームというものにはそれが通用しない。ということは無茶なスペックを要求するPCゲームがどんどん出ていることからも感じられる。

そう考えればこのことがきっかけとなって他社製造のストレージを封じるための措置をとってきたことは理解できないことではない。


もう1つにはセキュリティ上の問題があったとされる。

ダウンロード販売のソフトウエアも収めるのであるから、汎用のメモリカードに記録するとなるとそこから抜き出される心配が出てくる。

もちろんMemoryStickにはMagicGateというものがあるからそう簡単なことではないだろうが。

それを封じてしまうためには汎用コンピュータで読めないようにしてしまえばいい。

その場合、普通はストレージを内蔵するという選択肢をとるのだが、あえてそれを取らなかったということがこのインタビューで語られている。

最初から内蔵ストレージを用意しても良かったのですが、そうすると容量によってバリエーションが増えますし、容量が増えるたびに本体を買い換えていただくことになります。それよりは、予算に応じて専用メモリーカードを買い換えていただいた方がいいだろう、と考えたわけです。

なるほど、確かにこの考えは合理的である。

PS Vitaの専用メモリカードは4GB・8GB・16GB・32GBの4種類用意されたが、本体内蔵でこの4種類の容量から選べるようにすると、

通信方式の2種類とあわせて8種類の在庫を持たなければならない。

まぁ実際そうするとすればPS3のようにストレージ容量は2種類ぐらいに集約するでしょうけど。


しかし、ユーザからすれば戸惑うことばかりである。

どうも32GBの専用メモリは品薄になっているらしく、買っても思うように使えないということはあるらしい。

合理的な考えもユーザから受け入れられるか? と言われると少し難しいねということである。

参考までにPSPには本体にMSDuoなどが添付されたバリュー・パックというのが広く売られていた。

それを買えばPSPの環境は全て整うという点では便利だったのではないだろうか?

そう考えると結局内蔵ストレージでよかったんじゃないのという意見はなるほどなと感じるところである。


しかしまぁ今のSD万能時代に用途が明確とはいえ新しくメモリカードを作るあたり、SONYのセンスはようわからん。

まぁもちろん説明はここにあるとおりなんだろうけど。まぁけどストレージまわりはユーザにはありがたくない話ばかりやわな。


Author : hidemaro
Date : 2011/12/29(Thu) 23:44
コンピュータ | Comment | trackback (0)

むやみ早くできる行列の特効薬

その昔、インテックス大阪であったイベントに出かけてきた友人から聞いた話である。

そのイベントでは限定販売とかなんかあるらしく、できるだけ早く入場したい人が多いらしい。

そのまま放っておいたらそれこそ徹夜とかしてまで早く入場列に並ぼうとするやつが出てくる。

これでは地域の人の迷惑となる。というわけでそれを防ぐために考えた賢い方法の話を思い出したので書こうと思う。


開場の何時間か前に入場列の形成をはじめるのだが、

このとき6列かそれぐらいに分けて自由に並べさせる。

そして、開場時間に近づいてきたら、主催者がサイコロを振る。

そしてどの列から入場させるか決める。

その上、その列の前後どちらから入場させるか、先頭と最後尾にいる人でじゃんけんさせて決める。

こうして決めた順番で入場させるという方法である。


この方法の場合、どこの列のどの場所に並んでも入場までかかる時間の期待値は同じになるはず。

なのでことさら早く来る必要がない。それこそ開場ギリギリに来てもよいのである。

夜間・早朝から来る人がいなくなれば地域への影響も抑えられる。

まぁそもそも早く来たところで列形成をはじめてないんだから意味ないんだけど。


むやみやたらに早く並びはじめることへのよい対策というのはなかなかないものです。

何時から列をつくって、と予告したところでその時間より早く来て並ぼうと待機する人であふれることは目に見えていて、

そうなれば安全のため列を成させるしかない、事実上何時からという予告は意味を成さないわけですね。

くじ というのはそういう問題をなくすよい方法かなと。

ただまぁどうやって公正なくじを提供するか。これは難しい問題かも知れないけど。


まぁ一番いいのは十分な在庫をもっておいていつ来ても買えるようにすることですけどね。

それなら早く来る意味なんてほとんどない。

ただ、それだけではないというのがこの手のイベントの楽しみ方なのかも知れない。僕にはようわからんが。


Author : hidemaro
Date : 2011/12/28(Wed) 23:44
社会 | Comment | trackback (0)

洗濯物の乾きにくい冬空

夏休みも冬休みもそうだが、母から洗濯物を干すように頼まれることが多い。

15分もかからず済む話だが、朝の15分はそれなりに大きいだろう。


それで洗濯物を外に干すわけだが、やはり冬は乾きにくい。

夏だと太陽がさんさんと照ってるので、熱ですぐに乾いてしまう。3時間ほどで済んでしまう。

ところが冬は太陽はあまり期待できなくて、風で乾くことを期待するしかない。


というわけで干してから6時間ほどたって、そろそろ日も落ちてくる16時ごろ、洗濯物の乾き具合を見てみる。

まぁだいたい乾いてるのだが、ものによってはまだ乾いていない。

ほとんど乾いていたのが薄いTシャツと靴下、薄いとか小さなものは乾きやすいらしい。

パジャマのズボンもよく乾いていた。まぁこれもわりに薄いからね。

もう少し乾かしたいのが3割ぐらいあったのがタオル、今のタオルは厚手のものなのでそんなに簡単には乾かない。

そのうえ、物干しハンガーに固めて干してたので風の通りが悪かったのだろう。

ほとんど乾かし足りなかったのが長袖のシャツ、脇の下が濡れたままというものの多いこと。


とりあえず取り込んで乾かし足りない分は風呂の乾燥機で乾かすことに。

まず乾いているやつをハンガーから外してたたむ。

そして、タオルは密度を減らして温風を通りやすく付け直して、

長袖シャツはバンザイさせたような状態で干した。脇の下が乾き残るのだからそうするのがよさそうだ。

その結果、1時間ほど乾燥機に投げ込んでたら全て乾いてめでたしめでたし。


冬の洗濯物干しの悩みは、太陽があまり照らないというだけでなく、衣服が厚くなっているというのもある。

長袖シャツの脇の下が濡れたまま残るというのはまさにそういうことやわな。

解決法は風が通るように干すということになると思うのですが、干すときの効率を考えるとなかなか難しい。

長袖シャツをバンザイさせて干すというのは、洗濯物をとりこんで物干しハンガーが空いたからこそ取り得た方法で、

大量の洗濯物を前にしてなかなかその方法は取れない。


まぁ他にうまいやり方はあるのかもしれませんが、僕が考えついたのはこんなもん。

こういう悩みを持った家庭は多そうである。めんどくさいから乾燥機投げ込むというのは答えの1つだと思うけど。

ただまぁ乾燥機も時間かかるのよね。衣類が厚くなってるから余計にひどい。


Author : hidemaro
Date : 2011/12/27(Tue) 23:51
日常 | Comment | trackback (0)

深夜にバスが走る大晦日から元旦

12月31日から1月1日にかけては鉄道・バスで終夜運転が行われることが多い。

アメリカのニューヨークでは地下鉄が普段でも終夜運転しているようだが、

日本では都市内で終夜運転したところでどうしょうもないという考えなのか、普段は行われていない。

ところがこの大晦日から正月にかけては初詣などで需要が見込めることもあって、盛んに実施されている。

ただ、実は今年は東京都市圏ではすでに2度も終夜運転やってたけど。帰宅困難者の救済のために一部路線で行っていたの。


いくら初詣などで終夜運転の需要が見込めるといっても普段の昼間に比べればよっぽど利用は少ない。

そのため各停主体のダイヤで実施されるのが普通。

近鉄奈良線では尼崎~奈良の各停を毎時3~4本程度運転することになっている。

ただ、京阪では利用者が多いためか急行と各停がそれぞれ20分間隔で走るし、

近鉄大阪線は遠く伊勢まで走っていくこともあってか、榛原までの各停が毎時2本の他に、伊勢まで行く急行が毎時1本、特急が毎時1本走る。

有料特急が終夜運転するというのはなかなか珍しい光景か? まぁさすがは近鉄といった感じである。

逆に終夜運転中、普段より増発する変わった路線もある。近鉄の生駒ケーブル、京阪の男山ケーブル、どちらも参拝者が多いから。


鉄道は主要路線ではこんな風に終夜運転を行うが、バスで終夜運転というのはそう多くない。

けど終夜運転するところがないわけじゃない。

伊勢神宮の内宮は駅から離れていて、五十鈴川駅から参道まで20分ほどかかる。まぁ歩けない距離ではないのだが。

しかし、伊勢神宮は外宮、これは伊勢市駅から近いが、これを参ってから内宮を参るのが正式の参拝だとされている。

となるといちいち駅に戻って電車に乗って歩くというのはじゃまくさい。まぁそれを2010年の初詣ではやってたんだが。(参考 : 元日の朝から夕方まで)

まぁそういうこともあって、普段から 宇治山田駅→伊勢市駅→外宮→内宮→宇治山田駅 というバスが走っている。

内宮と外宮・宇治山田駅の間で五十鈴川駅を経由する系統も走っている。

終夜運転では 外宮前・宇治山田駅前~内宮前のバスと 内宮前~五十鈴川駅のバスが走るらしい。

終夜運転・正月臨時ダイヤともに時刻表がないが、これは時刻表がいらないという意味だろう。


バスがないとやってられないというと京都である。もちろん終夜運転をやる。

ただ、全部特別ルートでの運転で、普段のバスとはルートがかなり違う。

北野天満宮へのアクセスのため走るのが特50号系統、京都駅→四条大宮→西大路四条→北野天満宮前→二条駅前→四条大宮→京都駅と走る。

普段と違うルートになる理由はようわからんが。

北野天満宮と京阪電車・熊野神社・平安神宮との往来を意図しているのか走るのが特201号系統、四条大宮~西大路四条~北野天満宮前~出町柳駅前~熊野神社前~京都会館美術館前、

普段の201号系統を1/2周ぐらい走っておいて途中でエスケープする変なバス。

京都駅から清水寺へのアクセスのための特206号系統、京都駅→七条京阪前→五条坂→五条京阪前→烏丸五条→京都駅、

なんか観光シーズンの臨時バスであったような。清水寺に行くぐらいしか使い道はなさそうだが、歩いて八坂神社・知恩院へも。

まぁ地下鉄・京阪もあるからそんなに重要なバスではない気もする。


またすごいのが奈良である。

初詣臨時バス/春日大社・東大寺・興福寺 (奈良交通)

終夜運転では市内循環を30分間隔・JR奈良駅~近鉄奈良駅~春日大社表参道を20~30分間隔・シャープ前~JR奈良駅~近鉄奈良駅~春日大社表参道を30分間隔、

全部合わせたらJR奈良駅~近鉄奈良駅~春日大社表参道にはどれだけのバスが走るのだろうか。

この終夜運転でおもしろいのは、直接初詣に使われるJR奈良駅~近鉄奈良駅~春日大社表参道以外にもけっこうバスを走らせていると言うこと。

市内循環のJR奈良駅~高畑町とかシャープ前~JR奈良駅は沿線にそれほど有名な社寺があるわけでもない。沿線の人が初詣に使うんかね。

あとまぁ、これは終夜運転とは関係ないんだけど、三が日に高畑町→近鉄奈良駅→宮跡庭園→イオンモール大和郡山と初売号なんてバスが走るんですね。

一体どういう需要を見込んでるのかようわからんが、奈良交通の初詣輸送へのやる気が見えてくる。

他にも奈良県各地の有名社寺で終夜運転やってる。松尾寺へ路線バスが乗り入れないからって最寄りのバス停から無料バスを走らせるなんてサービスもやっている。


年の初めはこうして特別なことが多いですね。

終夜運転させるだけの需要を生み出すイベントなんてまぁなかなかない。

あとここには書かなかったけど、初日の出の臨時列車・臨時バスも運行されるところがある。

日の出なんて特に珍しいものではないけど、初日の出は格別なのだろう。こんなのも不思議な光景かな。


Author : hidemaro
Date : 2011/12/26(Mon) 23:17
交通 | Comment | trackback (0)

回送バスも使いよう

昨日、難波宮跡から日本橋にいくとき、

さて谷町四丁目から地下鉄乗るかなー、と馬場町交差点で横断歩道渡ろうと待ってたら、

向こうにバスが信号待ちしてる。それならバスで行くかなと先にある国立病院バス停からそのバスに乗った。


そのバスの行き先表示には [62]上本町六 と書いてあった。

62号系統は 大阪駅前~天満橋~上本町六~あべの橋~住吉車庫前 のバスなので、

基本的には [62] 住吉車庫前 と表示しているのだが、このバスは上本町六丁目行き。

バスに乗るにしても上本町六までなのでちょうどいいやとおもってバス停に走ったんですけどね。


大阪の市バスに限らないだろうが、バスも区間便というのが設定されることがある。

特に郊外のバスだと顕著ですよね。

あんまり山奥まで乗る人多くないから途中まで走らせるとか。

需要の多い区間に集中して走らせて、需要のない区間は本数を絞る。よくある方法である。

都市部でそれが顕著な例というと京都市バス206号系統(北大路BT~東大路通~京都駅~大宮通~千本通~北大路BT)でしょうか。

この206系統は東大路通側での需要がかなり多い。一方で大宮通・千本通側はそれほどでもないらしい。

そこで東大路通側だけ走るバスが大量に走っていて、東大路通側では半分ほどが区間便になってる。


ところがこの区間便はちょっと事情が違う。

実は回送バスにお客さんを乗せてるだけなんですね。

どういうことかというと、地下鉄今里駅近くにある東成営業所のバスが天満橋駅発着のバスの多くを担当している。

なんでそんなところが担当してるのか不思議だが、多分最寄りの営業所なんでしょう。そのため往来が激しい。

回送バスは天満橋~上本町六で上町筋を通るのだが、この区間のバスは需要のわりにはやや少ない。

それなら回送バスにお客さん乗せればその需要を吸収できると、2011年のダイヤ改正で回送バスを区間便にすることにしたそう。

実は2010年に62(上本町六~住吉車庫),101(天満橋~あべの橋),102(大阪駅~上本町六)の各系統を統合し62号系統となったときに、

101系統の走行区間では実質的な減便となったそう。その不便を軽減するために翌年に回送バスを活用して増発をしたというのが真相らしい。

天満橋-バス時刻表 62号系統 住吉車庫前行

上の印の付いてるバスが区間便ですが、区間便が入るとかなり賑やかに見えますね。

区間便抜けると1時間に2本~3本しかない時間帯が多いだけにありがたい話。


にしても回送バス多いですね。

どうも乗務員交代のときに車庫までバスで行って交代するのが市バスでは普通らしい。

まぁ確かに乗務員基地への往来には乗り物が必要ですから、車庫からバス運転していけばいいねってのは確かだが。

ちょうど僕が乗ったのは11時ごろだったので、この運転士は東成営業所に帰ったらお昼ご飯かなと思った。


62号系統関係で言えば、上本町六~あべの橋、上本町六~住吉車庫前にも回送バスを利用した区間便が設定されている。

ただ数はそんなに多くない。天満橋~上本町六はちょうど都合がよかったのだろう。

なかなか回送バスに頼ってのサービスアップも難しいところである。

ただ、他にも実質的には回送バスという系統はぼちぼちあるらしく、いろいろ工夫はされているようだ。

所要時間が増えるため少々コストは増えるものの、全く新しくバスを走らせるよりはよっぽど安上がりなのでよいのだろう。


上本町六へたどり着いたバスは、交差点北側の停留所で乗客全員を降ろして、

左向きにウインカーを出して、行き先表示を回送に変えた。そして信号が変わったら千日前通を東へ走っていった。

そうそう、この区間便は交差点北側のバス停にしか停まらないので要注意。

天満橋まででバスを利用する人は北西角で待つのがおすすめ。

停留所ごとに停車する本数が違うというのはよくあることなので調べておくとよいと。

大阪市バスはちゃんとその情報が時刻表ページに出ている。


Author : hidemaro
Date : 2011/12/25(Sun) 23:41
交通 | Comment | trackback (0)

歴史ある上町台地を巡る

今日は忘年会というべきか、大阪で友人らと集まるために大阪へ。

今日は土曜日でそれならエンジョイエコカード買うしかないだろ、と今日も600円払って買った。

まぁけど今日の使い方はあまり派手ではなくて、なんとか元を取ったかなという程度。

今回の周遊のテーマは上町台地、ということにしておこう。


今日のスタート地点は森ノ宮駅、中央線でやってきた。

ところでいつも迷うんだけど、森ノ宮、森之宮、どちらが正しいんでしょうね?

ちょうどこのへんでは環状線の西側が中央区、東側が城東区なんだけど、

西側の町名が中央区森ノ宮中央一丁目・二丁目で、東側の町名が城東区森之宮一丁目・二丁目なんですよね。

この森之宮という地名の由来は鵲森宮の通称、森之宮神社に由来するものらしく、神社はWebサイトに森之宮神社と書いている。

けどその森之宮神社の所在地は中央区森ノ宮中央一丁目だしようわからん。

ちなみに駅名は地下鉄もJRも森ノ宮駅ですが、JRも地下鉄も城東区森之宮一丁目に車庫がある。砲兵工場の跡地だったかな。

その車庫の名前が、JRは駅名と一緒で森ノ宮電車区なんだけど、地下鉄は町名に合わせたのか森之宮検車区、なんやねんこれ。


で、なんのために森之宮にやってきたのかというと、駅東側に大阪府赤十字血液センターがあるんですよね。

ここで成分献血しようと。繁華街の献血ルームだとやたら混むのでここならどうかなって。

他の献血ルームが10:00からなのと違ってここは9:00から受け付け開始なので、朝の時間でと思う人にはおすすめ。

というわけで駅から歩いていくと、献血バスが中央大通を走っていた。もしかしたら梅田の路上に行くのかも知れない。

さらに血液センターに近づくと「ウォーーン」とサイレンが、パトカーかとおもったらなんか違う。

これは血液運搬車ですね。血液センターなどで作った血液製剤を医療機関に運ぶ車で、普段は別にサイレンは鳴らさない。

けど緊急で血液製剤を送ってきて欲しいとなることがある。そんなときはサイレンを鳴らして走っていく。緊急自動車として認められている。

それで献血ルームは2階にあって、予想通り空いてて休憩も入れて1時間半ほどで終わった。これで10時半。


森ノ宮駅の西側になにがあるか? 環状線に乗ったことある人ならご存じですよね。大阪城公園がある。

というわけで環状線を越えて大阪城公園へ。きれいな公園で驚いた。

大阪城公園の周りを見ると、北にはOBPのオフィスビルが、東と南は都心に立地するマンションなどが建ち並び、西は官庁街のビルが見える。

そんな中、鳥たちが集う緑に囲まれた大きな大きな公園があるというのはなかなか不思議な光景である。

まさに都心のオアシスとでも言うべきものである。

お堀の周りを歩いて行く。すると堀になんか変なもんが浮かんでいる。なんやねんとおもったら水質浄化ロボットらしい。
(参考 : 「太陽光発電 水浄化システム」(ソーラーUFO)の運用を支援します (大阪市))

そして大阪城公園を離れて歩道橋で中央大通・阪神高速を渡る。すると原っぱが広がっているのが見える。これが難波宮跡である。

まぁただの原っぱだといえばそうなのだが、発掘の結果分かったことはなかなか多いらしい。

この難波宮跡はかなり広くて、NHK大阪放送局の横にある大阪歴史博物館の地下にその遺構が残されていて展示されている。以前見たことがある。

この難波宮跡から北を見てみると大阪城がよく見える。

中央大通はほぼ全区間にわたって阪神高速が上空を走っている。ところがこの難波宮跡にかかる部分は地平走行になっている。

都市高速でこう言う風に地平走行というのは珍しいように思うが、難波宮の遺跡保護と大阪城への景観確保のためにこうなっている。

その後、日本橋へ行って電気街を昼過ぎまでうろちょろしていた。


電気街を見終わった後、東へとことこ歩いて松屋町筋へ。やたら自動車関係の店が多い。

堺筋は日本橋3南まで北行一方通行だが、松屋町筋はその区間で南行一方通行になっていて、都心部ではセットで1つの道路といった感じ。

なんで松屋町筋に来たのかというと、この辺が上町台地の西の端にあたるところなんですよね。

なので東側を見ると急な坂が並んでいる。そんな中で石段が見えた。大江神社の入口らしい。

ずいぶん長い石段である。上がった先で西を見てみると、日本橋の電気街などがはるか下に見える。

この石段を登り切ったところの町名は天王寺区夕陽丘町なのだが、実はこれかなりいわれのある地名である。

夕陽丘町 (わがまち大江)

この夕陽丘という地名は藤原家隆の「契りあればなにはの里に宿りきて、波の入日を拝みつるかな」という歌に由来するもののよう。

昔、大阪湾は今よりも東に食い込んでた。ちょうど住吉大社のあたりに住吉の浜と呼ばれる砂浜があったらしい。

そんなわけだから、ちょうど夕陽丘のあたりというのは海に沈みゆく夕日がよく見えたのだろう。今でも夕日がきれいそうである。

大江神社の横には急な坂がある。愛染坂という名前がつけられてる。上町台地の端なので道路を引いてもこんな風に坂になってしまう。

このあたりにはそんな坂がいくつかあって、天王寺七坂と呼ばれている。(参考 : 天王寺七坂 (大阪市天王寺区))


なんのために夕陽丘のあたりに来たのかというと四天王寺に行くためですね。

谷町筋に出るとちょうど四天王寺前夕陽ヶ丘駅の入口があった。

この駅はできたときに四天王寺前駅としたら夕陽丘の人から大して四天王寺近くもないのに夕陽丘を駅名にしなかったと苦情が寄せられて、

いろいろあって最終的に四天王寺前夕陽ヶ丘駅という合成駅名で落ち着いたという経緯があるようで。まぁけど四天王寺の最寄り駅には違いない。

四天王寺は法隆寺とともに聖徳太子ゆかりの寺ですね。まぁ古い寺ですわ。

天王寺区やら天王寺駅やら、天王寺というのは四天王寺の略称ですね。

ただ、実は何度も焼けてて、今の中心伽藍は鉄筋コンクリート造で戦後に再建されたものらしい。まぁけどできるだけ飛鳥時代のデザインを取り入れているようで。

この中心伽藍、エンジョイエコカード持ってると100円引きで入れて、学生は200円だから、なんと100円で入れる。

そんなわけで中心伽藍に入ってお参りすることに。

五重塔だが、さすが戦後の再建というべきか、螺旋階段を延々と上がって上まで登れるようになっている。

塔の上にはお釈迦様の遺骨が納められていると言われる舎利塔が安置されていた。塔ってお釈迦様のシンボルなんですよ。

金堂の壁にはお釈迦様にまつわる絵が描かれていた。うまいこと説明してるなと思った。

燃えに燃えた四天王寺ですが、中心伽藍の北側、六時堂は空襲でも焼けずに残っていて、四天王寺の中では古い建物のよう。


忘年会の場所は天王寺駅だったのだけど、少し時間があるのでバスで上町台地を南下してみることにした。

62系統であべの筋を延々と下って住吉車庫まで行った。

あべの筋沿いにもいろいろといわれのあるものがある。

安倍晴明神社、北畠公園、万代池公園、あとちょっと離れているけど聖天山、帝塚山古墳、どちらも大阪の低山として有名ですね。

まぁ回ってる暇なんてないが。あべの橋~住吉車庫はバスの本数が多いのでなかなか便利である。

そうしてあべの橋に戻ってきたらちょうどいい時間だった。


その後、いろいろあって、終わったら17時すぎだった。

ちょうど17:59発の1号系統に乗ってJR平野駅で乗り換えたら近鉄八尾駅に行く9A号系統の終車に乗れるので、

ちょうどいいと思いと乗り継いで八尾から近鉄で帰ったとさ。エンジョイエコカードの有効利用である。

まぁしかし9A系統、利用者少ないわ。JR平野駅発着とか中途半端過ぎるのよね。

本数も少ないし、いつ廃止されても不思議ではないが、JR平野駅発着じゃなくて平野区役所発着にするぐらいのことはするべきだと。

あまりに使いにくいバスですわ。本当は往路にも使いたかったんだけどね。


Author : hidemaro
Date : 2011/12/24(Sat) 23:53
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師走に来年の備え

今日は朝から近くへおでかけ。

ただし電車で。いつもなら自転車で行くんだが、まぁ今日は思うところがあって。


今日のおでかけの最大の目的は年賀状の差し出しね。

例によって余った切手を使って料金別納で出しているので郵便局へ行く必要がある。(参考記事 : 年賀状を送りに大きな郵便局へ行く)

ここではどうも料金別納郵便を出せる郵便局が限られてると書いたけど、近くの郵便局でもできるらしい。

というか近くの郵便局で別納で出された郵便が届いたから確かやわな。

なのでわざわざ大きな郵便局に出向く必要はなさそうだが、今日は祝日、なので郵便窓口は基本的にやっていない。

けどゆうゆう窓口ならやってるので行ってきたと。ただし午前中に限る。

料金払うとき切手が重なってて数えても金額が合わないと騒ぐことになったけどちゃんと見つかって差し出すことが出来た。

ちなみに今年の年賀状の元旦配達の締め切りは25日だそうです。もうあさってやで。


用事がこれだけなら自転車で来たのだが、もう1つ用事が。

それが近鉄新春全線フリーパスの購入ですね。

近鉄は普段から土・日両方を含む3日間、近鉄全線乗り放題の週末フリーパスを4000円で出している。

前売り限定で1日前までに購入しておく必要がある。

ところが1月は新春全線フリーパスという名前で12月30日から1月31日までの任意の連続3日間で使えるパスを発売している。

値段は全く一緒で4000円なんだけど、正月は休日じゃなくてもOKということになっている。

ただしこちらも年内限定発売と先に買っておかないといけないことは同じ。

というわけで近鉄駅営業所へ。駅には無料の駐輪場ないので電車で行ったのね。


というわけで駅営業所で購入した。もちろんクレジットカード払い。

驚いたのは日付指定は購入時にするわけじゃなくて、利用前にボールペンで記入するという方法になっていたこと。

まぁ買い置きするようなきっぷじゃないけど、急な予定の変更も大丈夫?

普段の週末全線フリーパスは日付指定なのでこうはいきませんけどね。


なんのために買ったのかというと初詣など新年のおでかけのためですね。

1/2に信貴山・宝山寺に初詣で行く計画をしていて、それにいろいろ計画を加えて3日にしたのよ。

1/4には四日市・桑名へおでかけしようと。あんまり行ったことないところだし。桑名とか通過してばっかりだしたまには。

1/3は親戚のところに行くのに使えるかなと思ってるけどこれはどうなるか。まぁ2日間使うだけでも十分ですが。

ちなみに信貴山・宝山寺へ行くなど、大阪府・奈良県・京都府内の近鉄に乗れれば足りる場合は、

京阪奈初詣1dayチケットが1200円で買える。もちろんケーブルもついている。これはかなりお得じゃないかな。

あと近鉄沿線だとなんといっても伊勢神宮だよな。来年の正月には行かないけど、2010年の正月に初詣で行っている。

このときも使ったけど伊勢神宮初詣割引きっぷ、これ2日間有効で伊勢市~賢島フリーなんだけど、初詣した後にそこまで足延ばす人どれぐらいいるんだろ。そんなことしなくてもお得ですが

それもこれも年内限定発売なのでお早めに。

遠方からという人も伊勢神宮初詣割引きっぷと新春全線フリーパスは全国のKNTで買えるので年内に買うしかない。


Author : hidemaro
Date : 2011/12/23(Fri) 23:41
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京都でプロコンやるとはいうけど

昨日のBlogだけど書いたはいいが、なぜか反映されてなかった。まぁ文章は残ってたので今日帰ってきてからPostしたけど。

まぁともかく、今日は冬至、最も日の短い日に今年の授業は終わった。

もっとも木曜日って研究の日だから授業なのかはようわからんが。

一応、来週火曜日までは学校は開いてるのだが、冬休みは短い休みなのでみっちり休ませてもらおうと思う。


そんな授業最終日、今日から舞鶴市でプログラミングコンテストが行われている。

第22回プログラミングコンテスト概要

今年の会場は舞鶴市だが、実はもともとは舞鶴でやる予定ではなかった。

もともと、今年の大会の担当は一関高専だった。なので一関市でやるんじゃないかと思われていた。

ところが今年3月に起きた地震の影響でとても大会実施という状況ではなかった。

しかしプロコンは秋にあるから、まだなんとかなるということだったのか、

主管校を舞鶴高専に変更して少し時期を遅らせて12月に実施することにした。


舞鶴高専というと期待してしまうのが会場。

舞鶴市は日本海側ということでアクセスが悪いが、もうちょっと広い視点を持ってみると、

舞鶴高専は京都府にあるので京都府内ならどこで開かれても不思議ではない。とも言える。

各地からのアクセスを考えれば京都市内やその周辺地域で実施することの方がよいように思う。

その舞鶴高専による振替が決まった直後に公開されてた会場は四条烏丸の京都産業会館だった。

しかし少し経ってみると、会場がかわっていて伏見区のパルスプラザになってた。

パルスプラザとか僕が舞鶴高専に主管校を変えて実施すると聞いたときに真っ先に浮かんだ会場だったので、あまりに予想通りで驚いた。

が、最終的には舞鶴市の舞鶴市総合文化会館で実施されることになったようである。


この経緯はようわからんが、プロコンの実施にあたっては補助学生を動員する必要もあるだろうし、

そこらへんの都合もあったのかもしれない。

舞鶴から京都に学生を呼び出すとか無茶やわな。

府立高専や奈良高専の学生を呼び出す方がよっぽどやさしい。

まぁ他にも理由はいろいろ考えられるけど、これは実際に実施するに当たっては無視できない問題じゃないかと思う。


「京都」という言葉はよく目にする。しかしこれを見るたび、この京都はなんなのか頭を悩ませることになる。

行政区分として京都府と京都市というのがある。

このいずれかを示しているのだろうか? と思うが、必ずしもそうとも言えない。

京都市というのは郊外を取り込んで非常に広い市となった。

北部の左京区・北区・右京区はかなりを山林が占めている。特に右京区は2005年に京北町を編入している。

京北町は律令国で見ると、他の京都市が山城なのに対して、ここは丹波となってしまう。

もちろん編入された理由には平安京ができたときから木材の供給などで縁が深かったということはあるが、それにしても広い。

そこで京都の都心部、洛中と呼ぶが、これが京都という見方もある。京都の人が市内といえばそれは洛中のことだろう。


もう1つ、京都府も問題である。

京都府は南は山城国、北は丹波国・丹後国で構成されている。

南部には京都市内も含む広い京都盆地(山城盆地とも)が広がっている。

そこを流れるのは木津川・宇治川・桂川だが、このうち桂川の上流には亀岡盆地がある。

ここは丹波国の南部にあたり南丹とか口丹とか呼ばれている。京北町もそうですけど、古くから京都との繋がりが深い。

その北に分水嶺があって日本海側にあたる地域が広がっている。舞鶴市は日本海側の港湾都市である。

ですから、京都府とはいえ山城・南丹と中丹・丹後ではずいぶんと性質が違うんですよね。

京都府と思って口から出た「京都」は中丹・丹後は指していないかもしれない。


まさに今回のことは「京都」という言葉に主催者、参加者ともども揺られた大会なのかもしれない。

実は舞鶴高専が主催で行っている大会の中には京都市内で開催されたものもある。

最近聞いたところでは第5回近畿地区高専英語プレゼンテーションコンテストが京都市の京都リサーチパークで実施されている。

そういう実績は過去にもあるようで、それだけに期待もあったのかもしれない。

今回の会場がパルスプラザだったら23日(2日目)だけでも見に行ったのにな。(参考 : 高知で見るプロコン競技部門)

さすがに舞鶴では1日だけのために行く気にはなれないや。

まぁけど当たり前の結果といえばそうである。やっぱりあそこは日本海側の港湾都市、舞鶴市の学校なんだよ。

直接応援には行けないけど、全国から集まった高専生の活躍を期待したいと思う。

まぁUstreamで配信もあるので、また明日時間があれば見ようと思う。


Author : hidemaro
Date : 2011/12/22(Thu) 23:47
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