1年前の話だが、夢洲の万博会場でEXPO 2025のモニュメントの前に、
1970, 1975, 1985, 1990, 2005 とマーキングされていた。
これは日本でこれまで行われた国際博覧会の歴史を表したものである。
1970は大阪・千里丘陵での万博、その跡地に整備された万博記念公園にはたびたび行っている。
1990は大阪・鶴見緑地での国際園芸博覧会、その後の鶴見緑地にはたびたび行っている
2005は愛知万博で、これは会期中に行っている。閉会後は都市公園に戻り、愛・地球博記念公園となっているが、行ったことはない。
(制度上は万博前の愛知青少年公園とは別の公園らしい)
それで1975年の沖縄国際海洋博覧会の跡地の海洋博公園はそもそも沖縄県自体未踏なので行ったことがないのは当然としても、
1985年の国際科学技術博覧会の跡地はそんなに遠くないのに行ったことないよな。
ということでこの夏に行こうかなと考えていた。
土日の天気も悪く断念というのが続いていたが、今日は日中はよさそうだと昨日決断、
電動バイクを担いで、秋葉原で乗り換えてはTXに乗ったのだった。
さて、1985年の国際科学技術博覧会、一般には つくば科学万博 とか呼ばれていたという。
会場となったのは 茨城県谷田部町・桜村 である。
これらの地域は1987年に つくば市 となっている。
つくば市の区域は1970年に成立した筑波研究学園都市建設法の対象地域とされていたが、
合併までは桜村とか谷田部町とかいう行政区分が残っていた。
つくば科学万博 の目的はいろいろあったが、1つには工業団地の造成というのがあった。
科学万博の主会場は閉会後、公園を除いては工業団地として事業所が建ち並んでいる。
当時からこれでは科学万博のレガシーが残らないという考えはあったのか、
研究学園都市の中心部にサブ会場が設けられ、閉幕後も残すことにした。
このサブ会場こそが現在の つくばエキスポセンター である。
というわけでバイクを担いで降りたのは万博記念公園駅である。
この駅名って大阪モノレールの万博記念公園駅とまるっきり同じ駅名なんですね。
ローカルな交通機関同士なのであまり問題はないのかもしれないが。
しかし、公園の目の前にあるわけではないんですよね。バイクで走ればすぐ着くけど。
「科学万博記念公園」という看板があって、駅名もそれに合わせるべきだったのでは? と思ったが。
近くの歩道には「科学の門」というモニュメントがある。
会期中にあった同様のタワーを縮小して改めて作ったものだという。
その下には会場内の地図があって見ていたが、この公園のエリアは会期中から緑地だったよう。
谷のように掘り込まれていることなどからすると、調整池の役割を持たせているのだろう。
公園自体は今はそんなに見所はないが、桜の名所として知られているそうで、確かに桜の木がたくさんあった。
こんなので科学万博の足跡をたどったとは言えないよなと、再度出発。
万博会場跡地の工業団地には工場というよりは研究所や研修施設が多いようだった。
時代の変化か、物流施設を作る工事をしているのがみられた。
ちょうど高速道路が近くに出来たんですよね。工業団地に求められるものも変わっているということである。
北上すると つくば市役所が見えてきた。
1987年に合併したつくば市だが、2010年まで旧町村の役場を転用した複数の庁舎を使っていたらしい。
2010年にやっと市役所ができたわけですね。
このエリアは研究学園駅ができたことから、研究学園という町名が付いている。
紛らわしいのだが、筑波研究学園都市のコアエリアの研究学園地区とは別のものである。
なんでこんな命名になったのか理解できないのだけど……
この一帯はもともと日本自動車研究所の巨大なテストコースがあり、
テストコース機能の移転により大幅に縮小した上で、区画整理が行われた。
住宅開発が特に盛んで、駅周辺には高層住宅が建ち並び、まだ拡大の余地がありそうだ。
そんなわけで現在のつくば市では生活の中心になりつつある。
相対的に つくば駅のあるセンター地区は衰退が進んでいるとも。
で、少し進むと昔からの研究学園都市のコア地区に入っていく。
走っていて思うのは、幹線道路とそれ以外の分離が徹底されており、
ロードサイドに見えても、実は幹線道路に面していなくて、幹線道路から分岐してその中にいろいろあり、
歩行者は歩道から入れますけど、車にとってはむしろ奥まったところになる場合もある。
あと、つくばエキスポセンターの周辺はやたらY字型の交差点が多いんですね。
研究機関と集合住宅を折り重ねるように並べているのは職住近接を意図したものなのだろうけど、
TX開通以前、他との往来が面倒な時代には逃げ場がない思いで暮らしていた人も多いことが頷ける。
というわけでつくばエキスポセンターに到着。
つくば市中央公園に面した側には自転車の駐輪場があったのでここに停めましょう。
なんといってもこの施設で目立つのはH-IIロケットである。
当然、科学万博の当時はなくて後の時代に据え付けられたものである。
現在のつくばエキスポセンターは科学館で、特にプラネタリウムは万博当時からのもので、
とはいえ万博当時の投影機については交換され、プラネタリウムの入口付近で保存されている。
今回はプラネタリウムは観ないけど、この施設の万博時代からのコア機能である。
他にも科学万博当時のいろいろなものがプラネタリウムの前にある。
夜間割引入場券が午後4時以降となっていて、夢洲のときのトワイライトキャンペーンと同じだったんだなとか発見があった。
ちなみにこのサブ会場の入場券も共通だったようで、
メイン会場とハシゴする人のために作られたのが つくばセンター交通広場 である。
TX開業後も変わらない「つくばセンター」バス停のはじまりである。
それ以外ではよくある科学館なのかもしれないが、研究所の街らしい内容もある。
展示という面で重きをおいているように思ったのは有人宇宙活動、深海探査、南極観測といったところ。
つくば市内の研究所には個人でも容易に見学できる施設がある。
その1つがJAXAの筑波宇宙センターである。
ロケット・人工衛星の研究開発の中心ではあるが、これらはJAXA社内でもいろいろな施設に分散している。
最も特色があるのが有人宇宙活動ではないかと思う。
ここでは宇宙飛行士の訓練、きぼう・HTV-X といった有人宇宙船の管制を行っている。
いずれも国際宇宙ステーションの一部として人が乗り込むだけだが、れっきとした有人宇宙船、
その管制業務は つくば で行われているのである。アメリカとも協調してはいますが。
自由に見学できる展示施設「スペースドーム」では人工衛星の模型などがいろいろある。
その中でも大きくスペースを割いているのが きぼう と先代のHTV、
そしてJAXAの3つ目の有人宇宙船になるか? という 有人与圧ローバー のモックアップである。
これは去年に「深宇宙展」で見たんですけどね。今月にJAXAに戻ってきたらしい。
もう1つ、産業技術総合研究所の地質標本館も面白そうだったのだが、
産総研内のメンテナンスのため今日は臨時休館、普段は土日も開館しているのに残念。
というわけで、荒川沖駅へ向かってゴールとする。
荒川沖駅はかつてはセンター地区を含む一帯に最も近い駅としてバスが頻発していたが、
現在はそのようなニーズも減り、本数もだいぶ減っている。
でも近いことは確かで、つくば駅より荒川沖駅の方が近いエリアはけっこうあるよねと。
ちょうど産総研ぐらいの場所が両駅の中間点でしょうかね。
荒川沖駅でバイクを畳んで、電車に乗って次の駅がひたち野うしく駅、
この駅は科学万博アクセス用の臨時駅として作られた万博中央駅の跡地に再建された経緯がある。
しかし、最寄り駅といってもけっこう遠いなという印象はある。
距離だけのことを言えば荒川沖駅の方が近いが、大量の来場者を捌ける広さ、
大量のバスを運行しても困らない道路など考えると、やや西側に新駅を作る方がよいとなったのだろう。
この特徴が後にひたち野うしく駅として再建される理由になったわけですね。
現在もつくばセンター方面のバスは比較的多いが、途中のイオンモールつくば との往来のためだそう。
そんなこんなで科学万博の足跡をたどった。
博覧会当時からのものなんてそんなに残ってないのはどこもそうですよね。
ここはつくばエキスポセンターというのはあるけど、
H-IIロケットを筆頭に科学万博を経て研究所の街として知られることになった つくば の足跡ですよね。