木曜日、女満別空港から網走行きのバスに乗り、網走駅で下車して早々に「LOVE HOKKAIDO! 6日間周遊パス」を購入した。
前日までの購入が必要で汽車旅は日曜からスタートなので、翌日でもよかったが忘れないようにと。
そして今日は朝6時台の列車で出るからと、パンを買い込んでは食べて、早々に宿を出て駅にやってきたのだが……
設備点検のため6時41分発釧路行きは運休と案内されていて、えーっ!? と。
これ釧路にたどり着けない? と思ったら駅員の話を聞くと「10時24分発が次の釧路行きになります」というから、「次の列車は動くつもりなんですか?」と聞くと「そのはずです」という。
うーん。そうすると次の汽車を待つのが最善だなと待合室で待つことに。
そうして待ってる間にJR北海道の運行案内など調べると不可解なことが。
実はこの運休の原因は東釧路駅の工事が長引いたためのようである。
この工事は予定されていたもので、釧路からの花咲線始発は一部区間がバス代行になることが決まっていた。
ところが何らかの事情でそれ以上に列車を運休しないといけなくなったということである。
この時点でどうかと思う話だが、さらにどうかと思う話がある。
問題が発生しているのは釧路付近のことであり、網走から釧路までは3時間はかかる。なのでこの間に開通していればよい。
もし出発後にダメだとわかると、乗務員のやりくりに不便を来すから?
と一度は納得したのだが、よくよく運休案内を見るとこの列車は網走~摩周が運休で、摩周~釧路は予定通り運行とある。
ということは始発列車が網走→釧路を走り抜けるだけなら問題ないはずなのだ。
おそらくは摩周駅にいる釧路行き始発列車の車両・乗務員を戻す必要がありこうしたのだと思うが、それで網走~摩周の広い区間に影響を出すのはさすがにどうなのか。
と、どうにもやるせない思いはあったのだが、なるようにしかならない。
網走での待ち時間が長すぎるので、その間にモヨロ貝塚に行くこと。
昨日、北方民族博物館でオホーツク文化の遺跡として紹介されていて、市街地にあるのかと驚いたのだけど。
博物館が併設されているので、貝塚の剥ぎ取り標本や復原展示など見ていた。
貝塚なので貝が多く発見されているが、アザラシなどの海獣の骨もあること、
人の埋葬の場でもあり、壺を被せて埋葬されていたり、住居の跡でもあるがクマなどの骨を住居に祀っていたり。
住居の再現展示は本当にこんなことしてたの? という感じはあったけど。
さて、網走駅に戻ってきて始発列車となった快速「しれとこ摩周号」に乗車。
始発が快速ってどうなの? と思ったが通過するのは釧路付近の細岡駅だけだから実質問題ないらしい。というか快速の意味がよくわかんないけど。
乗客は観光客だらけのようで、隣はカメラ片手に車窓をあれこれ撮影していた。
まぁ確かに車窓の自然あるいは農場の姿はなかなか見られるものではないけど。
北海道らしく車両は冷房なし、窓を開けて走り、海岸を走る内は涼しかったけど、内陸になると段々暑くなってくる。ちょっときつい。
摩周を出ると座席はほとんど埋まったが、1両編成の汽車の座席が埋まった程度では列車としては利用者は……
終点までは乗らずに釧路湿原駅で下車。
もともとはこの列車で釧路湿原を去るつもりだったが、その後の釧路観光をスキップして釧路湿原で降りたのである。
ただ、ここには致命的なミスがあって、それは釧路湿原駅の近くには細岡展望台しかないということである。
ビジターズラウンジが近所にあると聞いてたが、それはこの細岡展望台に来る人目当ての施設だったと。
まぁ車道を歩いて移動すれば他のところへ行けるのはそうだけど。
細岡展望台から釧路湿原の全貌を見るのは、それはそれで価値があったが、
それだけで満足するわけはなく、幸いにして網走方面の汽車は1時間弱で来るので、
これで塘路駅に戻る。すると塘路湖付近には見所がいろいろありそうだ。
塘路駅で降りて塘路湖周辺を散策する。
ここは標茶町にあたるが、その標茶町の博物館があったので見学した。
この塘路湖周辺はアイヌの遺跡がいろいろあり、また実際にアイヌがヒシの実を集めたりして生活していたそうである。
比較的最近までそういう暮らしが残っていた、といってももうだいぶ昔の話ですが。
標茶町は農業が難しく入植者も苦労したようだが、戦前は軍馬の生産が主要な産業だったという。戦後は酪農に転じたそうである。
博物館に関連して隣には「北海道集治監釧路分監本館」という建物がある。
網走刑務所のルーツは釧路で収容されている囚人の外役所にあったというが、その母体となる施設の管理棟がこれだと。
ただ、刑務所としての機能は網走に集約され、その代わりにこの建物を使うことになったのが「軍馬補充部川上支部」でこの用途で使われた期間がもっとも長い。
当時は輸送手段として馬の重要性が高かったと。民間でも農耕用馬のニーズがあった。
それも戦後にはなくなり、標茶高校の建物として使われたが、これも老朽化で見合わなくなり、ここで建物を塘路湖畔に移築、博物館として使われた。
その役目も新しい博物館の建物ができてなくなり、建物は当初の刑務所の管理棟の形に戻され保存されているということらしい。
そんなこんなで散策して、塘路駅に戻って汽車を待つ。
来たときの列車の次の釧路行きまでこれだけ間があるので仕方ない。
釧路では10分ほどの乗換待ちの間に弁当を購入する。
もともとは釧路で時間があるから、観光してからゆっくり夕食が食べられると思ってたが、
湿原散策を優先した結果、それらを全て切り詰める必要が出てきた。
残念ではあるけど、もともと釧路の優先度は低かったのでこれはこれでとも思う。
そうして乗り継いだ汽車で到着したのは厚岸である。今日の宿はここである。
今日・明日は今回の旅行の大きな難所だったのだが、
その要因の1つが根室で宿が全然取れないということである。
釧路に泊まって汽車で移動することも考えたが、次の目的地の都合が悪かった。
なにが都合が悪いかはまた改めて書くとして。
全体的な調整の結果、少し根室に近い厚岸に泊まることを選んだわけである。
そこまでメリットがあるわけではないが宿代が安かったというのはある。
少し朝はのんびりできるので、厚岸の姿も見てから出発しようと思う。