早起きして東京駅に向かい、早特でとった こだま号 で新大阪まで。
乗り場に行くと3本前の列車がいて、時間帯からすると準備済みの車両を回送してきて出発を繰り返しているのだろう。
そんなわけで直前にやっと来た列車に乗って、ほとんど爆睡しながら乗っていた。
新大阪駅を改札外に出るのは久しぶりかと思いながら御堂筋線に乗り換え。
これもまた久しぶりな気がする 梅田~西梅田 の乗り換えを挟んで、肥後橋駅へ。
というわけでまずは中之島へ直行して、国立国際美術館へ。
特別展で 中西夏之 の回顧展をやっていて、あまり意識していなかったのだが、
よくコレクション展で見ていた 物をいろいろ詰め込んで樹脂で固めた「コンパクト・オブジェ」の作者だった。
ただ、基本的には画家で、館蔵品もいろいろあるのに、あまりこれまで見た覚えがないんだよな。
コレクション展の展示物も相当偏りがあることは確かなんだろうけど。
コレクション展も前とここは変えてないなというところはあったのは確かだし。
中之島を出てどうするかと思ったが、もう奈良に直行するかと近鉄に乗り換える。
というわけでやってきたのは奈良国立博物館である。
そもそも今回、今日から関西入りした最大の理由は「神仏の山 吉野・大峯―蔵王権現に捧げた祈りと美―」の賛助会員向けの鑑賞会があるから。
というわけで、その前に仏像館を見ておくかと。といってもこれこそ展示内容はほぼ変わらないのだが……
とはいえちょっと重要なこともあって、2021年から仏像館にいる巨大な金峯山寺の金剛力士立像である。
これは仁王門の工事中に避難してきているというもの。
これも特別展の展示物の1つに位置づけられている。後で説明があったのだが、これこそこの特別展開催の動機である。
さらにこの仏像館は今年9月から改修工事のため休館となる。屋根の葺き替えなどするらしい。
ちょうど仁王門の工事もそろそろ終わるので、この9月で奈良博では見納めとなり、吉野に帰られるわけである。
そうはいってもあんまり変わり映えのないことは事実なのだが……
ただ、発見もあってそれは館蔵品以外でも撮影可のマークが付いている像がいくつかあったこと。
奈良博は寺社からの寄託品の多い博物館で、だいたい寺社蔵となれば撮影禁止とされることが多い。
なので奈良博が平常展でも撮影禁止なのは仕方ないとずっと思っていた。
そんな中でも金峯山寺の金剛力士立像だけは奈良博に来たときから撮影可だったような気がするが。
それに触発されたか、ある時期から館蔵品に限って撮影できることになったのだが、
厳密に館蔵品だけだったので文化庁蔵すら撮影禁止で、さすがにそれはおかしいだろと思っていた。
そこからいろいろ所有者の意向確認も進んだのか、まず文化庁蔵のものは撮影できるようになっていた。
でも、大半を占める寺社蔵は難しいだろうなと思っていたら、ポロポロと撮影可のマークが付くようになっていた。
さて、特別鑑賞会、観覧前に担当者からいろいろ説明があった。
準備に3年ぐらいかかり、その間は吉野まで通い詰めたということである。
奈良から吉野もけっこう遠いが、それでも吉野に近い博物館でなければ実現できなかった展覧会だという。
2004年に世界文化遺産に登録された「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産というのは、
熊野三山、高野山、吉野・大峯とこれらを結ぶ参詣道ということだから、吉野・大峯は世界遺産の構成資産ではある。
ただ、やはり熊野三山が中心的だし、もともと密教の聖地として知られる高野山と比べると、
吉野・大峯というのはどうにもついでという感が強いように思う。
修験道の聖地だが、明治時代に修験道禁止により一旦歴史が途絶えてしまったのも痛手である。
これらを結ぶということで参詣道も構成資産に含めているという事情があるので重要なのだが。
今回の展示物を見ると、秘仏だとか初展示というものがしばしばある。
図録のために写真撮影したのが初めての写真資料になるものもいくつかあったらしい。
そんなの持って来ていいの? と思うわけだが、最終的には理解を得て博物館に持って来ている。
その中でも特徴的なのが大峯山寺から来た蔵王権現立像である。6体、うち1体は秘仏である。
大峯山寺は徒歩でしか往来できない。徒歩3時間はかかるというとんでもない立地である。
さらに女人禁制となっており、女性はどうやっても入ることが出来ない。
すなわちどうがんばっても拝むことが出来ない人がいる仏様であることが決断にいたった背景のようである。
女人禁制というのは易しいように思うが、何らか代替策など示す必要もあるので、いい機会と考えたようだ。
ただ、徒歩でしか往来できないということは、像を運ぶのも人力で運ぶしかなくて、
さほど大きな像ではないが、安全に運べるように梱包するとそれなりのサイズで、
これを背負って崖を登るようなところもあるので大変である。気が気ではない仕事である。
あと、この展覧会は藤原道長が納めたという紺紙金字経の修理完了合わせという意味もある。
経筒と下半分の切れた紺紙金字経が展示されている。さすがに長年埋まってただけあってボロボロである。
いろいろお経を収めたものがあって、56億7000万年後に現れることを期待して埋めていたらしい。
そんなのが本当にたくさんあって、ここは国宝指定された文化財が多い一室になっている。
さっき修験道禁止など明治以降は吉野・大峯の寺社は大きく衰退した。
そんな中で仏像が大量に集められ、引き取り手はいないかと探していたようで、
写真と照らし合わせると、その一部は奈良博の館蔵品として伝来していたという話もあった。
この博物館ができた理由そのものでもあるけど、所有権を残したまま寄託品にした場合もあるけど、
館蔵品として引き取った仏像というのはもう寺自体がなくなったというようなことが多い。
そうやって散り散りになっていく中にアメリカに渡った蔵王権現像もいましたよというところで終わっている。
これだけ撮影可になっていて、ようはフォトスポットですね。
すごく力の入った特別展だなと思った。
今回、博物館に持って来たことで詳細な調査を初めてできた文化財もいくつかあって、
もしかするとこれをきっかけにして重要文化財にという話もあるのかもしれない。
(秘仏だと重要文化財指定されるのは嫌がりそうだけど)
そういう意味でも意義深い展覧会なのかなと思いながら、電車に乗って親元まで向かったのだった。