松山の宿は市内電車の駅の目の前だから、起きたら路面電車の音がよく聞こえる。
実は広島でもそうだったのだが、広島の電車より けたたましい音を立てて走るから。
古い車両は床が板張りだったりするんで。そうかと思ったら比較的新しい低床車も走ってるんだけど。
松山城でも行くかなぁと歩いていくと「松山城(登山口)」と書いた案内標識が。
登山口?と思ったら、山が見えてきた。
そう、松山城は松山市街地にある山、勝山(通称:城山)に建っているのだ。
ロープウェイもやっているが、歩いてあがることにした。歩いた方がその高さがよくわかるだろうし。
そしたらロープウェイといいつつ、スキー場にあるような1人乗りリフトで上り下りする人が見える。
けど、もう1つ、ロープが見えるから、何かと思ったらロープウェイとリフトどっちもあったらしい。
登っていくと鉄塔が見えるが、ここが松山の放送局の電波塔である。市街地にある山は電波塔に好適だよね。
呉から松山までのフェリーでNHK-FMを聞いてたけど、呉近くをのぞいては松山側の電波を受信していた。
この電波はここから飛んでいたのだ。なるほどなぁ。
松山城は江戸時代からの天守が残っている。
各所の塀や壁には鉄砲を出す穴があけられている。かなり徹底されている印象を受けた。
天守の中に入ることができるんだけど、山の上にさらに高い建物なので大変眺めがよい。
そして、こうして見てみると瀬戸内海に面している側をのぞいてはどこも山であることに気づく。
松山は愛媛県の県庁所在地ではあるが、県内各都市とは山を隔てて離れている。
特に新居浜をはじめとする東予地域は別子銅山のこともあって、関西との結びつきが強い。
それに対して松山を中心とする中予地域にとっては対岸の広島県とのつながりが深いのだという。
そうは言っても松山は大都市である。長らく四国の中心的都市だったのだ。
松山城という立派な城があれば、その城下町というのは相当なものだったらしい。
今は高松が中心的都市になりつつある気がするけど、実は高松市と松山市だと松山市の人口の方が多いらしい。
ただ、高松都市圏は讃岐平野一円に広がり、都市圏人口としてははるかに多い。
もっとも松山と高松を比べたところで仕方ないんだけど。都市の立ち位置が違うから。
連絡船の街だった高松は交通の要所として重用され、歴史ある城下町である松山は今も多くの官庁が立ち並ぶ。
そういう生い立ちの差がそのまま現れていると考えればよろしいかと。
そんなわけで、ぶらぶらと散歩をして、ほどよい時間に市内電車でJR松山駅へ。
ここから特急列車で八幡浜まで行くのだが、「左の奥の方へ進んでください」と改札の駅員は言う。
そしたら、ホームにやってきた列車はそれより右側に止まった。
「あれ?」と思ったら、反対から列車がやってきた。
これ、どういうことかって話だけど、高松・岡山からの電車の特急と、八幡浜・宇和島方面のディーゼル特急「宇和海」を同一ホームで乗り換えられるようにしてるらしい。
八幡浜までは特急で45分ほど、山越えのショートカットルートを突き進んでいく。
そうやって八幡浜までは早かったのだが、次に船との乗り換えはイマイチである。
というのも、八幡浜駅から八幡浜市街や港までは少し離れていて、だいたい2kmぐらいある。
バスがあればよかったのだが、これがあんまり多くないし、船や汽車の時間とも合わない。
せめて八幡浜市街まではバスに乗ろうかとも思ったが、時刻表を見ると時間が合わないので全部歩くことに。
どちらにしても駅に着いてから船が出るまで1時間半あったから、歩いても余裕だったのだ。これも不本意なのだが。
港に到着して、きっぷを買おうと「臼杵まで大人1枚」と言うと、乗船名簿書いてこいと言われた。
この距離の航路で乗船名簿書かないといけないのか。別府~大阪以来2度目の乗船名簿である。
なお、沿海区域までの航路では乗船名簿は必須ではないらしい。
その理屈で言うと別府~大阪も乗船名簿はいらないことになるのだけど。
ともあれ、乗船名簿を書いて、窓口で運賃を支払い(車だとクレジットカード使えるけど、徒歩は現金だけらしい)、きっぷを受け取った。
それで30分ほど待つと乗船開始だから、車の人は車に戻り、歩きの人は乗り込めと放送が入った。
それで船に向かうとタラップが架かってるが、特に係員はいない。
なんとなく乗り込むときっぷをチェックされることもなく乗り込めた。いい加減だな。
ただ、実際のところ徒歩客はかなり少なくて、降りるときに数えたらたった5人だったな。
船の中はカーペット席しかない。ロビーは椅子あるけどさ。
この距離のフェリーだと、椅子席とカーペット席の2本立てだと思ったのだが、カーペットだけなのか。
そんなわけで、カーペットであぐらでもかきながら、のんびりと2時間ちょっと。
ただ、このうち1時間ほどは佐田岬半島に平行して進み、そこから40分ほどしたら今度は佐賀関半島に平行しながら進む。
佐田岬半島の先の方と佐賀関半島の先の方を結ぶフェリーとして国道九四フェリーがあり、
これだと四国~九州は70分とのことで、まさに最短ルートである。
ただし、公共交通との相性はイマイチなので、その点では八幡浜~臼杵・別府のフェリーに分があると。
八幡浜港もあんまり公共交通とのかみ合いがよいとは思えないのだが、まだなんとかなるレベルだという話か。
臼杵港に到着して、歩いて10分、臼杵駅付近に到着した。
こっちはかなり近いね。とはいえ、そこを歩く人なんて全くいないのだが。
そして今晩の宿に到着。
さすがに九州まで来ると遠くまで来たなと感じるんだけど、言葉がかなり変わるんだよね。
広島でも松山でも、関西の言葉とそんな極端に差があるわけでもない。けど九州まで来ると明らかに違う。
ちょっとずつ近づいてきたからこそ、この急な変化に気づいたんだけど、不思議なもんだね。