いきなり国宝

太陽の塔が重要文化財に指定されることが決まったよう。

文化審議会の答申(国宝・重要文化財(建造物)の指定) (文化庁)

1970年にできてから55年後の指定というのは、

文化財としての価値を持つのに最低50年必要という原則からするとほぼ最短である。

とはいえ、これは既定路線であって、それは直近に耐震工事をしていて、

これにより長期の保存ができるようになったこと、

そしてこの工事の中で太陽の塔の調査が様々進んだこと。

これらを踏まえて重要文化財に指定するというのはもっともな対応である。

大阪・夢洲での国際博覧会のさなか、1970年の万国博覧会のシンボルが重要文化財指定されるというのは大きなニュースである。


と、太陽の塔の重要文化財指定はあまり驚くことではなかったのだが、

「琵琶湖疏水施設」の一部が国宝(建造物)に指定されることである。

琵琶湖疏水施設を重要文化財に指定するにあたり、

その中でも特に意義が大きい 第一隧道・第二隧道・第三隧道・インクライン・南禅寺水路閣を国宝にするということである。

すなわち元は未指定文化財だったということになる。

なお、琵琶湖疏水は京都市の水道施設として現役である。


明治以降でいきなり国宝指定というのは驚いたのだけど、

美術工芸品の場合、明治以降に制作された国宝はないはずだが、

建造物ではいくつかあって、初めて指定されたのは2009年の旧東宮御所(迎賓館赤坂離宮)である。

実はこれもいきなり国宝指定だったという。

琵琶湖疏水施設は近代の土木構造物としては初めての国宝指定になる。


とはいえ、琵琶湖疏水そのものは1996年に史跡指定されている。

史跡というと例えば平城宮跡のように全て埋まってしまったものもあるが、

東大寺旧境内のように現役の寺社として使われているものもある。

現役の水道施設が史跡というのは一見変だが、それも可能である。

史跡で何らかの現状変更を行う場合は手続きが必要だが、

史跡の中にはすでに他の用途で使われているものも多くある。

あるいは平城宮跡の復原建物や展示施設のように史跡への理解を深めるための施設が後からできることもある。

史跡としての価値を失うような変更は認められないけど、

そこに関係ない部分や、あるいは史跡の保存に必要なものは認められる仕組みである。


史跡の上にある建物に手を加えることは史跡の現状変更にあたるので、

足利学校跡のように建物の保護が目的では? という史跡もある。

「聖廟および附属建物を含む」と明示されてますからね。

何に史跡の価値があるのかというのは史跡により異なるので、

何が保護されて、何は保護されないのかというのは一概には言えないが、

史跡指定するときの根拠とかが保護対象を示しているのではないか。


この史跡の上に建つ建物の価値を明確化するということでは、

建物を重要文化財・国宝に指定する方法もある。今回の琵琶湖疏水もこれにあたる。

例えば、水戸藩校の弘道館は「旧弘道館」で1922年に史跡指定されている。

のちの1952年に特別史跡に指定されている。あれ特別史跡だったのか。

その上に立つ建物で戦前から残る物は1964年に重要文化財に指定された。

建物の保護というよりは、建物を含む敷地一帯の保護が先行した一例である。


というわけで琵琶湖疏水は元々史跡として保護されていたが、

それを構成する土木構造物の価値を明確化するために重要文化財・国宝に指定されたということである。

もともと保護対象だったとはいえ、未指定からいきなり国宝というのは手続き上どうなるのかという話だが、

一旦、重要文化財に指定して、改めて国宝指定するという手順を取るよう。

文化庁の資料の中で、琵琶湖疏水施設の5つの施設を国宝指定する根拠は

「重要文化財のうち極めて優秀で、かつ、文化史的意義の特に深いもの」としている。

なので重要文化財であることは前提で、その上で重要文化財 新指定の中に、

琵琶湖疏水施設として24の施設が列挙されているが、その中にはさっきの5つも含まれている。


実際の告示でもこのようなケースは「有形文化財を重要文化財に指定し、これを国宝に指定する件」となるそう。

このBlogではたびたび国宝も重要文化財の一種として書いているが、国宝指定されるものは、事前または同時に重要文化財に指定されるからというのが正確だったらしい。

国宝指定されるとあえて重要文化財とは書かれないわけですけどね。


もっとも国宝も重要文化財も保護制度としては全く同じである。

重要文化財というのがそもそも極めて価値が高いためである。

国宝というのは重要文化財以上に地域・分野・時代の偏りが大きい。

国宝建造物は奈良県には61件もあるのに、11道県では0件である。

一方で重要文化財建造物は全ての都道府県で2桁はある。

京都府には307件、奈良県には267件もあるけど。

分野という観点では歴史資料というのは重要文化財(美術工芸品)10910件中の263件で2%程度を占めるが、

国宝となれば912件中3件で0.3%程度で、件数から見てわかるようにかなりレアである。

歴史資料というのは重要文化財指定の歴史が浅いんですよね。

琉球国王尚家関係資料(国宝)のような古文書もあるんだけど、

科学史・技術史に関わるものも多く、前に万年自鳴鐘のことを書きましたが。(cf. 本当に150年後の国宝はいるのか)

まずは重要文化財に指定して、将来的にその中で価値が高いものを国宝にするのではないか。


今回の夢洲での国際博覧会のレガシーが重要文化財になることはあるのか。

基本的には更地にするので、そこに残ることはおおよそ考えられない。

ただ、移設というのは考えられる。

建造物というのは移設しても文化財としての価値が保たれる場合がある。

明治村にある建物はその典型である。

それこそハードルは高いのだが、大人気のシグネチャーパビリオンとかはあるかもしれないよって。