元は御物だけど

えっ? そんなことして大丈夫なの? と思ったのだけど。

皇居内の三の丸尚蔵館、収蔵品管理を宮内庁から文化庁へ移管 (朝日新聞デジタル)

皇居内にある宮内庁の展示施設、三の丸尚蔵館、現在改築中だが、

所蔵品は文化庁へ移管して国立文化財機構に貸出、建物は国立文化財機構へ移管、

実質的には三の丸尚蔵館が国立博物館のネットワークに組み込まれることになる。


このようなことを行う背景には三の丸尚蔵館の所蔵品の活用を進めるためには、

他の博物館への貸出なども考えたが、国立文化財機構にはそのような実績があると。

宮内庁で文化財の保存・活用について対応し続けるのは限界があり、

国の機関の中では専門性が高い、国立文化財機構に委ねようということである。

従来は無料公開だったが、移管後は国立博物館と同様に観覧料を取るかもしれないが、このあたりは今後の検討事項らしい。

国立文化財機構としては展示にかかる費用程度は賄えるように観覧料を設定し直したので、この施設も同じ考えになるのではないか。


しかし三の丸尚蔵館の所蔵品を宮内庁から文化庁に移管してよいのか。

だって、あの施設にあるのって皇室ゆかりのものでしょ? と。

そこで調べたところ、三の丸尚蔵館の所蔵品というのは、相続税の物納や国への寄贈という形で皇族の手を離れたものらしい。

重要文化財などは納税や買取により国の所有になることがある。

このような文化財は文化庁所有で国立博物館・国立美術館などに無償貸与されている。

(かつては文化庁から博物館・美術館に管理換されていたが、法人化後は貸与での対応になっているそう)


三の丸尚蔵館ができることになったきっかけは1989年の昭和天皇崩御にある。

天皇が所有している「御物」を皇族が相続すると相続税が発生する。

このため御物をすべて相続することはできず、多くは相続税の物納や国への寄贈という形で国にもたらされることになった。

そうすると国としてはこれをどうやって保存・活用していくかという問題がある。

そこで宮内庁が三の丸尚蔵館という展示施設を作り、1993年に開館した。

納税・寄贈された美術品は宮内庁の業務として保存・活用をすることになったというわけである。

その後、他の皇族からの納税・寄贈についても三の丸尚蔵館の所蔵となっている。


実は皇室関係の財産の取扱というのはけっこう複雑である。

そもそも今回の移管先の国立文化財機構もそのルーツは帝室博物館にあり、その帝室博物館の所蔵品はかつては「御物」とされていた。

しかし1947年に帝室博物館は文部省(当時)に移管され、国立博物館と改名、以後は御物として扱われることはなくなっている。

法隆寺が明治時代に献納した(実質的には寺の困窮から売りつけた)宝物もほとんどは国立博物館に移管されている。

法隆寺はあくまでも皇室に献納したもので、御物でなくなるなら寺に返還せよと申し出たそうだが、大半は現在も東京国立博物館所蔵のままである。


皇室関係の財産は大きく3つに分けられるそう。

  • 皇室用財産: 皇居・陵墓・正倉院(建物・宝物)など → 国の所有物
  • 御物(御由緒物): 三種の神器など → 皇族所有だが相続税の課税対象外
  • 御物(その他): 購入あるいは献納された美術品 → 相続税の課税対象

皇室用財産は宮内庁の業務で使うものという位置づけなんでしょうね。

皇族の住居や埋葬に関わるものは新規なら宮内庁が調達しますからね。

正倉院については長年にわたり東大寺の管理下にあり、明治政府により「御物」と位置づけられることになったが、どちらかというと後付けで、

現在も宮内庁管理ではあるが、公的な性質が強いという判断だったのではないか。


残る御物も皇位とともに継承されなければならない「御由緒物」は相続税の課税対象だから、基本的に皇族の手を離れることはない。

(ちなみに2019年の皇位継承は存命のうちに行われたので相続ではなく贈与なので、御由緒物は贈与税の課税対象外であることが特例法で規定されたそう)

それでも残るものはプライベートな所有物ということで相続税が課税される。

プライベートといっても皇族という立場で献納されたものもあるわけだが。

多額の財産を持つ人の没後に発生する相続税というのは相当な金額で、3代も相続すれば財産はすっかりなくなるというのが定説である。

昭和天皇崩御後に御物の多くが納税・寄贈されたのもそのようなことを考慮してのことだろう。


とはいえ、国に納税・寄贈されたところで、従来は三の丸尚蔵館が宮内庁の施設だったから、

さっきの区分で言えば、御物(その他)→皇室用財産 という程度の変更だった。

これが文化庁への移管で完全に皇室を離れることとなる。

とはいえ、本来は当初から文化庁所有になるべきものだったんですよね。

でも、大量の御物がいきなり文化庁の所有になっても体制を整えるのは大変なので、

宮内庁で三の丸尚蔵館を作り、そこで保存・活用体制を整えることに理由はあったんですよね。


というわけでここに至るまでにはいろいろ複雑な事情があったと。

近年になって三の丸尚蔵館の所蔵品の一部が重要文化財(一部は国宝)に指定された。

従来は皇室関係の所有物というのは重要文化財に指定されないのが通例だった。

世界遺産登録のために国宝になった正倉院正倉みたいな例外はあったけど。

(百舌鳥・古市古墳群の世界遺産登録のときは宮内庁の管理体制を根拠にして、史跡指定せずに押し切っているが)

これは文化庁移管も見据えた取り組みだったのかもしれない。


移管後は三の丸尚蔵館は国立博物館のネットワークに組み込まれるものと思われるが、宮内庁としては下記のことを要望している。

(収蔵品の)宮殿等での使用については、宮内庁、文化庁、(独)国立文化財機構で調整し、適切に対応する。

館の管理・運営にあたっては、(独)国立文化財機構は、皇居としての品位の保持に留意するとともに、皇居東御苑の管理や皇居の警備に関し、宮内庁等と十分に調整を行う。

(三の丸尚蔵館の今後の管理・運営の基本的在り方 (pdf) (宮内庁))

所蔵品は国立文化財機構で管理するが、必要時には宮内庁で使うこともあること。

あくまでも皇居内の施設なので、それなりの使い方をしなさいと書かれている。

この点では従来からの国立博物館とは異なる扱いになりそうだ。