パールライスが買った備蓄米

去年、米の購入制限だと騒ぎになっていた頃、

なぜか手元には米の在庫が比較的多くあった。

なので、のらりくらりと今日まで来たが、さすがに米は食べるとなくなるので、

高いの嫌だなぁと思いながら米を買いに出かけたら、

「パールライスのお米」という少し怪しげな米があった。

パールライスって言ったらガリバーなんだから怪しいと言ってはいけませんが。

裏面を見ると、原料玄米「複数原料米 国内産 100%」とある。

これ、放出された備蓄米ですね。

価格は確かに他のブランド米に比べれば割安だった。


パールライスはJAグループの米のブランドである。

このブランドを使う企業もいろいろな形態があるが、

今回のものは「全農パールライス株式会社」という農協の出資する会社が販売している。

農協の連合会の一部門として扱っているものもある。

いずれにせよ地域農協の活動と密接に関係する企業である。

そして今回の備蓄米放出においても多くはこれらの企業が落札している。


どうしてパールライスが多くの備蓄米を落札したのか。

そこには今回の備蓄米放出は本来想定している凶作によるものではなく、流通円滑化という名目があるためである。

長期的な価格への影響を抑えるため売り渡した集荷業者から原則、1年以内に同じ量を政府が買い戻すことを条件としています。

(備蓄米21万トン放出 価格はどうなる (NHK))

すなわち備蓄米を購入した業者は後から同量の米を備蓄米として売らなければならないのである。

となると、これができるのは取扱量の多い業者に限られるわけで、

その最たるものはパールライスということになるのである。

なお、1年以内という期間は伸びそうな話が出ている。

米価が落ち着くにはもうちょっとかかるのではないかと。


農協は今回の備蓄米放出に反対していたわけだけど、

一方でこのように多くの備蓄米を落札したのは他にこの役目を果たせる企業もなかったことがある。

農家にとってみれば、米を高く売りつけるチャンスである一方、

米の高値が継続すると消費者の米離れにつながりかねないということで、

長期的な視点もあったのではないかと思う。

この高値ではパンの方が実態として安いのではって話もありますからね。

コメ値上がり続く 茶わん1杯 食パン1枚より高価に 民間試算で (NHK)


備蓄米であっても銘柄を揃えることでブランド米として流通させることは可能で、

そのような形で知らず知らずのうちに備蓄米を買っている可能性もありうる。

とはいえ、全てが全てそのような対応も難しいのだろう。

実際、どういう銘柄の米が「複数原料米」として流通しているのかわからないけど。

平時ではなかなかこういう形では流通しませんからね。


業界ガリバーであるパールライスが多く落札したものの、

落札時の条件で転売が禁止されていることもあり、商品化に時間を要しているという話もある。

一時的であろう高値対策ということでいろいろ条件が厳しく、

その中では最善策だったとは思うのだが、なかなか難しいようである。

とはいえ、少しずつ流通していることは事実で、効果は出てくるのではないか。


ところで今回の高値の要因はなんだったのだろうか。

まず、引き金を引いたのは2023年の猛暑により米の品質が下がったことだという。

令和のコメ騒動、根本的な原因を問う (経済産業研究所)

玄米としての量はあったが、精米して商品化できる米が減ってしまったのである。

このため2024年産の米の流通がタイトになってしまったという。

その状況で価格が読めるうちに業務用米として買われてしまったのかなと。

流通段階で滞留しているという話もあったが、流通業者に買い占める余裕があるとは思えないが、

外食業界にとってみれば米の調達価格が読めないのは困りますからね。


家庭用の米よりも業務用米の方が価格高騰の影響は大きいですよね。

今は先買いした米で影響は多少抑えられているかもしれないが、

それでも職場の食堂も米を使ったメニューが値上げされるなど影響は出ている。

この先、さらなる値上げも続くかもしれない。

家庭用の米も最終的に高くなるのだろうが、相対的には影響は小さいかもしれない。

新しい大統領専用機ができない

いろいろ変だなぁと思ったんですが。

新たな米大統領専用機、27年に引き渡し ボーイングが計画か (CNN)

アメリカの大統領専用機が2027年に納入予定かという話なのだが、

当初は2022年納入予定と言っていたのが2029年に遅れると言っていたが、

それを巻き返して2027年ぐらいにはなるかなという話らしい。

なんでそんなに遅れてるのかと思うのだが、変なことが書かれていて、

引き渡しの遅れには数多くの理由がある。17年に当初の契約を締結した後、ボーイングは20年2月に2機の747型機の改修に着手した。これらは別の顧客向けに製造された機体だったが、顧客側が財務破綻(はたん)したため引き渡しに至っていなかった。今振り返ればこうした手順は、恐らくゼロから機体を製造するよりもコストがかさみ、時間もかかるやり方だったとみられている

すでに出来ている機体を改造するのに7年もかかっているのである。


でも、それならそれで新造する方向に舵を切ればよかったんじゃないか。

そう思ってしまうのだが、よくよく考えればそれができない事情があった。

それがボーイング747が2022年に製造中止になったことである。

旅客機としてのニーズはほとんどなくなってしまい、

貨物機としては多少ニーズはあったが、生産継続するには十分な量ではなかった。


今のアメリカ大統領専用機は1990年導入のボーイング747-200である。

先代の日本の政府専用機が1992年導入の747-400だったからそれより古くて、

航空機関士の搭乗が必要な人手のかかるタイプの機材である。

日本の政府専用機は2019年にボーイング777-300ERに代替された。

日本国内の航空会社が導入していて、長距離航行できて、広い機材ということで選ばれたそう。

ボーイング787も概ねこの条件を満たすと思われるが、

貴賓室など設けた上で、普通席を十分な数作るのが難しかったよう。

政府専用機は要人輸送とともに、邦人救助にも使われるためである。

なぜ次期政府専用機は777-300ERが選ばれたのか (Aviation Wire)

ちなみにボーイング777-300ERは2021年に製造が中止されている。

後継の777Xは日本ではANAが発注しているが、開発が遅延していて、

2026年から納入予定と延期されているが、果たしてこれもどうか。


2017年に大統領専用機の後継機を発注した時点で旅客機としての747の終焉は見えていたはずで、

にもかかわらず、面倒な改造を要する747を注文したのか。

これはアメリカ大統領ほど敵が多い人はいないということだろう。

空飛ぶホワイトハウスなんて言われることもありますが、

大統領専用機には様々な機能が求められており、747は唯一の選択だったのだろう。

実際、改造内容はかなりセンシティブなもののようで、

同氏が言及した要件の変更は、機密情報へのアクセスに絡む適格性審査の基準を空軍が「緩和」するというもの。機体の製造に携わるボーイングの従業員はそうした審査の対象となるが、これが計画の遅れの一因になっているとの見方が以前から出ている。

そんな理由で遅れるか? とは思うのだけど、かなり切実な問題なのだろう。


まさかアメリカ政府がボーイング以外から旅客機を買うわけにはいかないだろうけど。

でも、今のボーイングで長距離航行可能な機材っていうと実質的に787しかないんですよね。

確かにボーイング787はいい機材だと思うけど。

日本の航空会社は伝統的にボーイング機が多かったので、

操縦資格などの面ではボーイング機がよいとJALもANAも787を多く購入している。

一方でそこでカバーできない部分をエアバス機に求めているのも実情で、

大きい側ではJALが導入したA350 XWB、小さい側ではANAなどが導入しているA321というのがある。


アメリカともあろう国の大統領専用機がボロいってのはどうなんだよと思うけど、いろいろ難しい事情があるんですよね。

日本の政府専用機は日本製の部品が多く採用されているボーイング機がよいとは言われていた。

ただ、2代目政府専用機の検討が行われていた時点の状況では、

ボーイング777か787しか選択肢に入らなかっただろうなとも思う。

当然ボーイングだったんですね。

今だとどうでしょうね。ボーイングにこだわって787にするか、

JALによる運用が軌道に乗っているエアバスA350 XWBを選ぶか。

左矢印信号を単独の用途

右矢印信号というのは比較的見る機会が多い。

青信号の後に右矢印信号を出して右折車を流すという使い方は全国的に多く、

直進・左折と右折を別々に流す右折分離方式も地域によってはよく見る。

右折分離方式では左折と直進を流すために、左矢印・直進矢印信号も使う。

しかし、その場合は左矢印・直進矢印は同時に点灯する。


で、気になったのは左矢印信号を単独で使うのってどういう状況なのかということである。

というのも左矢印信号単独というのは自転車にとっては結構怖い信号である。

自転車は第一通行帯を走行するため、左折専用レーンであっても通らざるを得ない。

とはいえ、その第一通行帯の中で右側に寄っておくことで、

左折車と大きく干渉せずに直進・二段階右折をできる場合もある。

ところが左矢印信号単独ではそういうわけにはいかない。

端に寄って左折車が通るのを待たざるを得ない。

そういう交差点では普通自転車なら歩道に入る方がよいと思うのだが、

特定原付ではむやみに歩道に入れないので車道の端に寄って待つしかない。

左折車にとっても怖いだろうとは思うけど、それ以外にやりようがないのだ。


調べたところ、曲がる車が多い交差点では青信号の前に左矢印信号を出して車を流すことがあるそうだ。

仮に南側~西側で曲がる車が多い交差点があったとする。

南側から西側に左折する車を左矢印信号で先に流す。

このときは横断歩道は全て赤信号にするので、横断歩行者待ちが生じない。

さらにいえば、このタイミングで西側から右折して南側に向かう車を右矢印信号で流すこともできる。

例えばこういうサイクルを繰り返すことが考えられる。

  1. 東西方向 青信号(歩行者用信号含む)
  2. 西側から右矢印信号、南側から左矢印信号
  3. 南北方向 青信号(歩行者用信号含む)

この場合、2.と3.の間には一旦赤信号を挟むはずである。

2.では横断歩行者待ちはなかったが、3.では左折車は横断歩行者を待たないといけないということで、

左折する場合に注意するポイントが変わるためである。


T字路でも左矢印信号が単独で使われることがあるが、

直進できないので、右折分離方式をすると右折と左折に分かれるということかと。

西から来た道路が、南北方向を走る道路にぶつかるT字路だと、

  1. 南北方向 青信号(歩行者用信号含む)
  2. 西側から左矢印信号、南側横断歩道の歩行者用信号青
  3. 西側から右矢印信号、北側横断歩道の歩行者用信号青

とすると、東西方向の横断歩道と車が交差しないわけですね。

なお、これでは自転車の二段階右折ができなくなってしまうので、

東西方向については左側の横断歩道の歩行者用信号に「自転車・歩行者専用」を付けて対応しているのでは。

すなわち、自動車が右折するタイミングで自転車は左折・二段階右折をするということになる。


左矢印信号を先発で出す交差点も歩行者用信号に「自転車・歩行者専用」を付けていることが多いのかな?

と思ったが、必ずしも徹底されていないようだ。

もしも歩行者用信号に「自転車・歩行者専用」を付けた場合は、

左折・直進・二段階右折を問わず、歩行者用信号が青になるまで待たなければならない。

左矢印信号には自転車は従わないということである。

左折車が止むまで待った方が安全ではないかという気はする。


そんなわけで左矢印信号の間は自転車が安全に待てるようにして欲しいのだが、

往々にしてこのような交差点は左折レーン確保のために余裕がない。

前後に自転車専用通行帯があっても削られるのが常ですね。

自動車からすれば歩道に入ってくれという話なんだろうけど、

フェンスなどでそう簡単に歩道にも入れない場合も多いわけで、

こうなると端でじっくり待つしかないのが実情だよな。


自動車からみれば不規則な走りになることも多いのだが、

自転車(特定原付)にとってはいろいろ難しい事情があることも理解いただきたい。

ルール的にも難しいため錯誤も生じやすく、失敗したなぁと思うこともけっこうある。

自動車側の臨機応変な対応に支えられているところもある。

自動車が突っ込んでくる中では待つしかないですから。

16時からの万博

昨日、万博は11時以降の入場者に期待していたのでは?

という話を書いたのだが、どうも今日から夜間券は16時以降入場可能になるらしい。

夜間券で16時から入場できる!「トワイライトキャンペーン」開始! (EXPO2025)

「当面の間」とはなっているが閉幕まで続くかも。


実現方法が少し面白くて、システム上は17時以降の来場予約ができることは変わらないが、

17時以降入場の予約を持っている人は16時台から入場できるという形になる。

すなわち17時という予約は実質的には16時以降ということになるんですね。

とはいえパビリオンの事前予約は17時以降ということになるのだろう。

入場後の予約は入場さえしてしまえばできるようになるのかな。


余裕を持って来場できるようになれば、飲食などに使える時間も増えるだろう。

わずかに1時間だけどこれが大きいと思いますね。

結果としては博覧会協会としても収入は増えるのかもしれない。

元々、1日券で16時台から来ようという人はそうそういないだろうし、

これが1日券の需要を食ってしまうということもあまりないだろう。

16時から入れるともはや「夜間券」ではないかもしれないけど。

17時に入ろうと貼り付く人を先に流せればメリットはあるだろうし、

ちょうどこのあたりから会場内も空きはじめるという想定なのだろう。


これから夏になると昼間は暑すぎるということで、

夜間券の時間帯に見て回るのが総合的に楽という話もある。

16時も暑いだろうけど、昼間に比べれば若干涼しくはなっているわけだし。

昼間は大阪都心で屋内中心に楽しんで、夕方から夢洲に転じるのはありかもしれない。

というか夏休みの万博行きは1日はそういう形になりそうである。


ちなみに愛知万博でも夜間券はあって17時以降に入場できる券で、

通常料金の半額という設定は全く同じである。

16時以降に会場のチケット売り場で購入することが出来た。

あくまでも17時入場だったんかね。

今回の万博では入場券は事前購入・来場予約が原則だが、

夜間券についてはほとんどの日に当日購入が可能とみられる。

(このあたりの情報は「今週の万博」ページで確認することができる)

あまりそういう人は多くないかもしれないが、夜間券ならふらっと来る人はいるかもしれない。


今回、いろいろ事情があって基本の入場料が7500円と高くなったが、

平日券は6000円、当初あった11時以降という条件も外れた。

夜間券は3700円、これも16時以降に緩和されて少しゆっくりできるようになった。

このあたりで少し来場のハードルが下がればいいなということでしょうね。

前売券の売上もあれはあれで悪くないと思うのだが、

直前に決めてもこの2つは比較的安くて、来場者の分散にも寄与するので活用してほしいということか。

平日券のこと知らずに早割1日券(6700円)買って残念がる人はいるかもしれないけど。

(11時以降という条件緩和も開幕直前の発表だったので)

平日に10万人入り連休に13万人入る万博

連休最終日は雨の中、小降りになってきたところを狙って買い物に出かけていた。

午前中に買い物に行こうかと思っていたけど、本格的に雨が降ってる中ではさすがに。


連休期間は万博会場はさぞ賑わっているのだろうと思ったのだが、

入場者数という観点では案外そうでもないようだ。

【速報】GWの万博来場者は3日9.8万人、4日11.5万人、5日10.4万人 開幕初日には届かず 万博協会発表 (Yahoo!ニュース)

初週はともかく、それ以降の平日は10万人前後が来ている。

一方で連休期間で一番多かった4日は13万人ということで意外と差が少ない。

なお、入場者数の統計では関係者の数も数えており、これは平均1.7万人、これは大きく増減しない数字である。


どうして差が少ないのかというと、入場予約制の影響だろうと。

両ゲートの9時・10時台は満員、11時台も満員の日もあった。

すなわち朝から万博を楽しむことを考えるとこれぐらいが受け入れの限界のようだ。

なお、平日でも9時台は満員になっている日は多いが、

平日は団体客が多く、これは個人客とは別のゲートを通るので、

平日と休日では混雑の質が違うとみるべきだろう。


なのに万博の来場者は1日平均15万人を見込んでいるのだという。

朝の入場ゲートがパンパンで13万人とかなのに、積み増す余地があるのか?

おそらく計画では11時以降の来場というのにかなり期待していたとみられる。

チケット利用条件の改善について~ 通期パス・夏パス・平日券 ~ (EXPO2025)

元々は平日券・通期パス・夏パス(夏休み期間何度でも入場可)は、

11時以降に来場する場合のみ使えるというルールだったのだが、この制限が外れた。

特に平日券の制限が外れたのは大きな話で、平日であれば6000円で入れるということで、

これは昨年10月まで発売された超早割一日券の金額と同じである。


とはいえ、さっきも書いたように平日の個人客の入場ゲートの混雑は比較的マシである。

あえて、そこを厳しく制限する必要はないとみたのかもしれない。

通期パスも夏パスも主戦場は平日ならば、そういう話もあるだろう。

休日で11時以降にシフトしても別に何かメリットがあるわけではない。

うんと遅くして17時以降の夜間券となれば3700円と安くなる。

確かに夜間券での来場者もかなり見込んでの数字ではある。

とはいえ、これも休日よりは平日向きである。

なぜならば団体客が帰りだすのがそのあたりだからである。

団体客がおおかた去って、空いた万博を楽しむなら平日がよい。


というわけで平日と休日の来場者数が意外と変わらないという話だが、

万博の来場者は50代以上が多いという報道もあった。

大阪・関西万博の来場者、7割強が50歳以上…子育て世代の呼び込みカギ (読売新聞)

学校団体での来場など携帯電話の位置情報でつかみにくいのはあるが、

比較的、時間に余裕がある層が多く訪れているようで、

そうなると休日も平日もないとか、平日でも休暇を取ればいいとなると。

やはり休日に一番こだわるのは学生ということになるだろうが、

小中学生など連れて来場する人は割合としては少ないんじゃないか。

そうなれば休日と平日の差があまりない理由も理解できる。


入場予約制がうまくいって、平日にも分散してくれている。

これにより中央線の混雑もそれなりのレベルに抑えられている。

とは言えるものの、来場者の層の広がりに課題がありそうだ。

これはP&R駐車場の利用が低調な話にもつながるかもしれない。

遠方からの来場が少なく、子供連れのグループが案外少ないと。

こうなるとなかなか車で乗り付けようという話にはならないのだろう。


あと、こういう傾向だと期待できるのはロイヤリティー収入ですね。

万博会場での飲食・物販は売上に応じて博覧会協会へのロイヤリティー支払が生じる。

万博グルメが割高と言われるが、理由としては大きく2つあって、

1つは半年という限られた期間で投資を回収する必要があるから。

もう1つは博覧会協会への支払があるからということになる。

それだけの価値のある品を提供しようと国内外の出展者は努力しているはずである。

時間に余裕のある来場者が多ければ、それだけお金も落としてくれるのではないか。

チケット売上以外にもロイヤリティー収入に期待している部分はある。


全然ダメという感じではないけど、期待外れな部分はある。

この先、大きく混み合うのはお盆以降ということになろうかと思う。

夏休み期間にどれぐらい来てもらえるかというところで、

そこで小中学生とか連れてきてくれる人が増えるといいですね。

そろそろ夏休みの万博行きも2ヶ月前なので、計画立てて2ヶ月前抽選に突撃しますか。

もうそんな時期なんだよな。

SpaceXは新しい市を作る

なかなか日本では想像できないことなのですが。

スペースXの打ち上げ拠点 市として承認 有権者の大半が関係者 (NHK)

事実上、SpaceX社の手によりスターベース市ができたという話である。

初代市長はSpaceXの幹部であり、ロケット打ち上げに伴う手続きの効率化が期待されているとのこと。


そもそも日本では基本的に全ての土地がいずれかの市町村に属している。

このため新たに市町村を新設するということは、いずれかの市町村からの分離という手続きを取ることになる。

市町村の分離というのは合併前に戻る形でのものは少しあって、

例えば、長野県宮田町は1954年に駒ヶ根市に合併したが、1956年に分離して再び宮田村となっている。


アメリカでは”unincorporated area”という市などの基礎自治体が存在しない地域が存在する。

一方で全ての地域はcounty(日本語では郡と書かれる)あるいはそれに相当する地域に割り振られている。

州ごとに制度が異なるのでなんとも言えないのだが、郡にも議会や役所が設けられていることが多いという。

日本では郡単位の行政機構は失われて久しいが……といっても州によってはそういうところもある。

調べたところスターベースはキャメロン郡のボカチカという村がもとになっている。

ここは規模が小さな村で郡レベルの行政機構しかなかったわけである。

そこにSpaceX社が拠点を置くとなって、同社は地域内の道路・学校・医療を郡にかわって提供している。

そう、すでにSpaceXの村だったのである。

市が設立されると郡の行政機構から抜ける部分も多々あるので、

ロケット打ち上げ基地を中心としたまちづくりを加速できるということになる。


この新しい市を作る手続きは地域内の有権者の投票で決められるが、

すでにボカチカにはSpaceXの従業員が多数住んでいるため反対する理由は乏しく、

圧倒的な賛成多数でスターベース市が設立されたわけである。

日本ではさっきも書いたように新たな市町村ができるとすれば、

市町村を分離する手続きが必要になるが、関係する市町村議会全てで議決が必要である。

その後、都道府県知事に申請を行い、都道府県議会の議決を受けて総務大臣へ届出を行うことで効力が生じる。

すなわち新しい市町村を作る地域の有権者の意向だけでは決まらない。

元々市が存在しない地域に市を作るのと違うのは当然かもしれないが。


ところで日本は全ての地域がいずれかの市町村に属していると書いたが、

いずれの市町村の属するか不明な所属未定地というのはある。

所属未定地というといかにも争いがありそうだが必ずしもそうとも限らない。

2007年まで琵琶湖は滋賀県に属するがいずれの市町村に属するか決まっていなかった。

それでも特に不都合はなかったからですね。

このような所属未定地はいずれの面積にもカウントしないルールなので、

琵琶湖の面積は滋賀県の面積には入っていたが、沿岸市の面積には入ってなかった。

このことが地方交付税交付金の算定に不利ということで協議の上、境界を決定した経緯がある。


一方で水面に新たな土地ができると争いに発展することがあり、

東京港の埋立地で特別区同士で争って裁判に発展したこともある。

13号地が江東区(青海)・港区(台場)・品川区(東八潮)になったり、

中央防波堤埋立地が江東区(海の森)と大田区(令和島)に分かれたのはこのため。

いずれも埋立の起点になっている江東区に面積の多くが割り振られているが、

橋や地下トンネルで接続される区にも一部割り振られる形になった。


で、東京都には所属未定地がまとまってある地域があるんですよ。

それが伊豆諸島の鳥島・須美寿島・ベヨネース列岩・孀婦岩である。

いずれも無人島だが鳥島は元有人島である。

東京都に属することは確定しているのだが、所属町村は定かではない。

火山噴火により全島民死亡して無人島になる以前は八丈島から往来があったので、

八丈町所属だろうと主張するも、位置関係としては青ヶ島に近いため、青ヶ島村も譲らず、

自治省に裁定を求めるともはや住めない無人島であることから決定されなかったという。

万が一、鳥島に村を作ることがあるとすれば、八丈町・青ヶ島村の両議会の議決が必要なのだろう。


あと、村が機能していない地域というのもある。

それが北方地域の択捉島・国後島・色丹島で、計6村は機能していない。

歯舞群島はいずれも根室市内のため、ここは特に問題はないが。

とはいえ、現実問題としてこれらの地域が日本の支配下に戻ってきたとして、

名目上の6村が復活するのかというと、やはり難しいだろうと。

事情はかなり違うのだが、鹿児島県十島村は太平洋戦争後に一部がアメリカ軍支配下に入った。

その後1952年に返還されたのだが、十島村は日本支配下に残った有人3島での行政機構を整えていた。

そこで返還時に十島村は境界変更により範囲を狭めて三島村に改名、

アメリカ支配下にあった村を新たな十島村とする措置がとられた。

特別法により、新しい村の設立が認められたということである。


というわけで日本で新しい市町村ができるのはよっぽどのことだが、

一方でそういうことを考えてもよかったんじゃないかなと思うところがある。

それが千里ニュータウンである。豊中市と吹田市にまたがる。

両市にとって外縁部にあたるところで、豊中市は千里中央、吹田市は南千里に出張所を置いて対応している。

新たな都市をつくるというなら「千里町」とか新しい市町村を作ってもよかったんじゃないか。

そもそもそんな発想はなかっただろうというのはあるだろうし、

千里ニュータウンに囲まれる形で上新田(豊中市)という既成集落が存在した。


しかし、一企業が実質的に新しい市を作れるってのもアメリカはすごいなと思いますけどね。

果たしてそれでテキサス州、キャメロン郡の皆さんは納得しているのか。

SpaceXとしては元々カリフォルニア州に本社を置いていたが、

マスク氏が州の方針に反発して、打ち上げ基地のあるテキサス州に移転したという。

マスク氏が関わっているテスラもX社もテキサス州オースティンに本社を移している。

スターベースの市制も本社化に関係したものということになる。

税収面では大きい話らしいんですけどね。地域との調和という点ではどうだろうか。

ファンクラブ「Style Party」の謎

連休の頭とお尻に東京に行かないといけない用事があると書いてたが、

それが今日のPyxis 10周年イベントである。

会場は豊洲PIT、オールスタンディングなら2000人は入る大型ライブハウスだが、

座席指定で、その座席も半分ぐらいのスペースで収まるほど。

昼・夜の2部制だとこんなもんなのか。ちょっと寂しい気はしたけど。


Pyxisは 伊藤美来・豊田萌絵の2人ユニットである。

事務所スタイルキューブの同期によるユニットで2015年に結成された。

そこから10年なんですね。といっても10年続いているかという見方は難しい。

というのも音楽活動という観点では2019年以降は新曲が出てなかったからである。

2019年にZERO-Aレーベルが廃業したことも影響しているのだろう。

(もっともZERO-A廃業後も移管の上で歌手活動が続いているものは少なくないが)

このためPyxisとしてのイベントも下火にはなっていた。


だからといってPyxisはなくなったわけではない。

「Pyxisのキラキラ大作戦」というWeb番組はずっと続いているわけだし。

実際のところは2人の活動が充実するにつれて、Pyxisの活動に重点が置かれなくなったということだろう。

伊藤美来さんはソロでの音楽活動が盛況で、東京国際フォーラムホールAだとか4000人規模のホールを使うこともある。(満席ではなかったかもしれないが)

そうなんですよ。今日のイベントはそれより1桁少ないってね。

豊田萌絵さんは「響け!ユーフォニアム」のイベントで飛び回ってる印象がある。


イベントで配布されたチラシでちょっと違和感のある表記があった。

Style Cubeオフィシャルファンクラブ「Style Party」ご入会受付中!

豊田萌絵やPyxis(豊田萌絵&伊藤美来)をはじめとしたスタイルキューブ所属声優の会員限定コンテンツを更新中!

事務所のファンクラブなんですよね。ずっとそれでやっていた。

なぜ「豊田萌絵」はPyxisと別枠で書いているのに「伊藤美来」とは書かないのか。

これは2023年に個人のファンクラブができたことによるものである。

さっきも書いたように個人の音楽活動も盛況という中でStyle Partyとは別立てで始まったと。


もっともスタイルキューブという事務所は一時は移籍・廃業続きで、

Style PartyがPyxisの2人のファンクラブに近い時代もあったのだ。

その状況が変わり始めたのが2017年の石原夏織さんの所属だった。

元をただせばスタイルキューブ所属だったが、別事務所に移籍していた。出戻りとなる。

この後、主に他事務所からの転入が続き、印象深いところでは2022年にMachicoさんの所属がある。

もともとあったファンクラブもそのまま移管されている。

今日のトークパートの補助役としてきていた和泉芳怜さんはアイドルからの転身だという。

そんなのもあるんですね。伊藤美来さんに憧れてなんて言ってたが。

あ、石原夏織さんの追っかけのごとく移籍してきた佐々木琴子さんってのがいましたね。


個人単位のファンクラブも充実していく中で、

Style Partyは事務所のファンクラブとしての充実を図ることになり2023年にリニューアルしたという。

個人単位のファンクラブがない人では豊田萌絵さんがもっとも活動が活発ということか、

ファンクラブのコンテンツも牽引するところが多いようだ。


ちなみにスタイルキューブはある観点においては業界ガリバーである。

それはモーションキャプチャーである。

今は分社化されてソリッドキューブという会社になっている。

Pyxisの2人もモーションアクターの仕事をしていたことがあるという。

モーションキャプチャー関連の事業がうまくいっていたので、

声優事務所としての再興に向けて投資もできたのかな? と想像するところである。

実態はともかく、Pyxisの2人がつないだ事務所という印象は強いですけどね。

Ryzen APUは性能に妥協している?

佐渡から帰ってきたら注文していたPCがマウスコンピューターから届いた。

AMD RYZEN, AMD RADEONのシールが貼られている。

まずはそのまま起動していろいろ初期設定。当然問題なく起動する。

前のPCからDVDドライブ, HDD, SSDを移植すると、SSDがうまく認識しない。

どうもこいつがPCが使えなくなった原因なのかもしれない。

データ救出をあきらめたわけではないが、重要なデータはHDDにあるからSSDからデータが救出できなくても損害は軽微である。

アプリのインストールはまだいろいろあるけど、とりあえずPCの再構築は完了。


注文後に少し後悔したことがあった。

今回のPCはRyzen7 8700Gという比較的上級のモデルのAPUを搭載している。

APUというのはCPUとGPUを一体としたチップのAMDにおける呼び名である。

AMDはATI合併後からAPUに力を入れている。

このタイプはCPU, GPUともに比較的性能の高いモデルではあるのだが、

実はグラフィックボード搭載モデルで使用されているRyzen5 7500Fに比べて若干性能が低いらしい。

GPU性能もやはり下級クラスのグラフィックボードにも及ばないわけである。

確かにグラフィックボード搭載モデルに比べて若干安く済んだのだが、

コストパフォーマンスという面ではあまりよくない選択だったかもしれない。


現在のRyzenシリーズは原則として全てGPU搭載、すなわちAPUである。

さっき書いた7500FというのはAPUのGPUを無効化したPCメーカー向けの特別版である。

ただ、その中にもCPUタイプとAPUタイプというのがあるんですね。

それぞれリソース配分に差があり、同世代・同価格帯で比べても、

  • Ryzen 7700X :
    • CPUコア:8, CPUベースクロック:4.5GHz, L2キャッシュ8MB, L3キャッシュ32MB
    • グラフィックコア:2, グラフィッククロック:2.2GHz
  • Ryzen 8700G :
    • CPUコア:8, CPUベースクロック:4.2GHz, L2キャッシュ8MB, L3キャッシュ16MB,
    • グラフィックコア:12, グラフィッククロック:2.9GHz

CPUのL3キャッシュが多いか、グラフィックコアが多いかということである。


開発の流れとして、まずはデスクトップ向けのCPUタイプのAPUが発売される。

最初に手を出す人というのはゲーミングデバイスを作るような人だから、

この人たちにとってみれば内蔵グラフィックには興味はないのだが、

それでも現在は全てGPU搭載モデルが出荷されることになっている。

次いでモバイル向けのAPUが作られる。

これは低消費電力かつ内蔵グラフィックへの期待が大きいので、

グラフィック性能を高く、消費電力を低くする一方で、演算性能は犠牲にしている。

そしてモバイル向けAPUを元にして、デスクトップ向けのAPUタイプのAPUが作られているという。

元がモバイル向けなので低消費電力ではあるんですよね。

モバイル用よりは消費電力は高いが、デスクトップ向けの中では消費電力は最低クラスである。


GPUにリソースを割く分、CPUの演算性能が犠牲になっている。

一方のGPUもそれはそれで難しい事情がある。

それはGPUのメモリがメインメモリと共用であるということだ。

今回、標準16GBであるところ、32GBまでメモリを増設してもらった。

これがGPU用のメモリ割当を増やすためで、UEFIの下記のところで設定してドーンと8GBを割り当てた。

Advanced/AMD CBS/NBIO Common Options/GFX Configuration

iGPU Configuration: UMA_SPECIFIED

UMA Frame buffer Size: 8GB

それはそれでいいけど、問題はメモリのアクセス速度なのだという。


今回のPCに搭載されているメモリはDDR5-5200が搭載されている。

オーバークロック無しで言えば一番速い部類である。

実はGPUの性能をフル活用しようと思うとより速いメモリが必要らしい。

でも、それっていうのはオーバークロックなんですよね。

APUとしてはとても頑張っているのだが、メモリが足を引っ張っている側面はあるそう。

なお、グラフィックボードにはグラフィック専用設計のSDRAMが搭載されており、

同世代のDDR SDRAMに比べて帯域幅が広いのだという。

ここもグラフィックボードの性能を決める大きな要素ということになる。

メモリの量は増設してなんとでもなるけど、帯域幅は難しい部分がある。


というわけでAPUはCPU性能もGPU性能も犠牲にする部分があるのだが、

じゃあ、なんでAMDは全てのRyzenを原則GPU搭載にしたのだろうか。

高性能なCPUならばグラフィックボードを搭載する人が多いんじゃないか。

それならリソースをCPUに全振りした方がよいのでは?

調べたところビジネス用のPCの需要を考えてのことらしい。

グラフィック性能はいらないけど、高い計算性能は欲しいというニーズもあり、

そこを取りこぼさないようにするために全てGPU搭載にしたらしい。

Intel Coreシリーズも原則GPU搭載なのでそれに合わせた形である。

とはいえCPUタイプのAPUはグラフィック性能は最小限にしている。


新しいPCでいいなと思ったのがBluetoothが内蔵されていること。

無線LAN内蔵なのは書いてあったけど、Bluetoothも入ってたんですね。

デスクトップPCではあるけど、APUがモバイル向けベースで、

無線LAN, Bluetooth用にIntel AX210を積んでいるとノートPCみたいだな。

デスクトップPCの拡張性だけ持たせたってやつなんですかね。

トキの島からの帰り道

今日は天気が悪くなりそうだが午前中は比較的よいらしいので午前になんとか詰め込もう。

というわけで宿から両津に向かって走っていく途中でいくつか寄り道していく。


ところで昨日も書いたが佐渡はけっこうな都市だが、どこが行政の中心なのかというと難しい。

歴史的には金山で栄えた相川なのだろうし、事実上の玄関口で2004年の合併前から市だった両津かもしれない。

今は佐渡市という1つの市になったから覆い隠されているが、意外に難しい話である。

佐渡市は合併後の市役所を市域のほぼ中心という理由で金井に置いた。合理性なんですかね。

途中に佐渡警察署の立派な庁舎があったが、合併後に両津と相川にあった警察署を集約したもので、合併前の真野町にあたる。

離島という事情もあり、運転免許センターも併設している。

途中「――駅前」と書かれた広告があり、佐渡に駅なんてあるんかいなと思ったら、

「畑野駅前」という交差点があり、え!? と思ったらバスの待合所があった。バスの駅ということらしい。

鉄道小荷物の取扱所ということで駅と呼ばれていたらしい。実際に鉄道があったわけではない。


ずんずん走ってたどり着いたのは新穂地区にあるトキの森公園である。

トキの繁殖・放鳥の拠点になっている施設である。

佐渡といえば日本で野生のトキが最後までいたところであり、現在は野生復帰の拠点として知られる。

「トキふれあいプラザ」というギョッとする名前の施設があるが、別に触れられるわけではない。

ガラス越しだが、ここまでトキに近づいて観察できる施設はここぐらいなのだろう。

トキの独特な色合いとか、生まれて間もないヒナに餌を与える様子などがみられた。


展示施設ではトキ絶滅にいたるまでの経緯や、その後の野生復帰の経緯が紹介されている。

昨日、トキ絶滅の背景には農薬があると書いたが、実はその前にも重大な問題があって、

それが燃料源として山林の伐採が進んだことだった。一昔前はハゲ山だらけだったというがそれが問題だった。

これによりトキが越冬できる場所が減ってしまった。そこに圃場整備と農薬という農業の近代化が重なり追い詰められたという。

あと乱獲も問題で、羽根かと思ったら肉目的というのも大きかったらしい。滋養効果があると言われたが、そこまでおいしいものではなかったそう。

ともあれトキが越冬するにも苦労する中で、1968年に幼鳥のトキを1羽捕獲する、結果的に日本最後の野生産トキとなった「キン」である。

1981年に野生トキ5羽の一斉捕獲があり、人工下での繁殖に舵を切るよりだいぶ前に捕獲されていた1羽である。

結果的にはキンを含む日本のトキは子孫を残すことはできなかったのだが、キンのおかげでトキの研究が進んだ側面はある。

人工繁殖するにもトキを知る必要があって、そのためにクロトキなど他のトキの仲間の飼育もしていたという。(外で展示されていたのはその名残)


1981年に中国・陝西省で絶滅したと思われていたトキが発見され、人工繁殖での保護に取り組むとなったとき、

佐渡でのトキの研究成果がもたさらされ、日中間でトキの交換をしてペアリングも行われた。

あと、能登で捕獲されたトキも佐渡に来て繁殖に取り組んだ。

結果的には中国産のトキの子孫が中国・日本・韓国で野生復帰を果たしたわけだけど、

そこには佐渡でトキを守るために尽力した人たちの努力があり、その起点はキンの捕獲なんですね。

トキの保護に国境はないと書かれていたが、現場で尽力した人こそそういう思いは強いんだろうな。

野生復帰にあたってはハゲ山を林業で回復させ、水田を餌場として利用できるように冬季湛水・減農薬などを行っている。

2016年には野生下でのトキの巣立ちがみられ、佐渡には500羽ぐらいのトキがいるらしい。


近くに加茂湖と佐渡空港があるので少し眺めて両津港まで向かうことに。

加茂湖はイカダが多く見られたがカキ養殖が盛んらしい。いかにも汽水湖だが、治水のために開削する前は淡水だったらしい。

佐渡空港は高台にあるなぁぐらいの印象だが、ここから成田までの便が飛ぶ日が来るんだろうか。

拡張計画もあるらしいが、周辺の農地をだいぶ削らないといけないから大変なのかもなぁ。

そんなこんなで走って行くと両津港に到着。立派なフェリーターミナルがある。

ここまで雨に遭わずによかったよかった。

徒歩客も多く、島の玄関口だなと感じる。自動券売機で2等乗船券と手荷物券を買って乗り込む。


バイク担いで船に乗り込むと、ここに置いてと案内された。船内に「輪行袋置場」というのがいくつか設定されているよう。

スーツケースを持っている客も多かったが、車両甲板への階段室付近に並べられていた。

さて、どこに居座るかと中央付近の船内案内を見て、2等室の一部に「禁煙」と書いてあると思って、

そんなの客室禁煙なのは当たり前……と思ってよく見ると「禁酒」と書いてあった。禁酒!?

確かに心当たりはあって、直江津~小木のフェリーでも1区画占有して酒盛りをしているグループ客がいた。

グループの中には騒ぐんじゃないと戒める人もいたけど。

と、こんな具合に船で酒盛りするとうるさくなりがちなので、それなら静かに酒盛りしろと言うのが普通の考えである。

ところがなぜか佐渡汽船は静かに乗りたい人のために「禁酒室」を用意したわけである。禁酒室以外の光景は怖くて見なかったけど。

酒造りが盛んな新潟県、酒豪も多い話は聞くけれど、まさかフェリーまでこんなことになっているとは。


今回乗船したのは おけさ丸、1993年から就航している。わりと年季が入っているのはそのためか。

船内にはゲームコーナー、軽食売場もある。ゲームコーナーってのが時代を感じるけど。

2等はすべてじゅうたん席である。イベントプラザのテーブルに居座る人もいるんだろうけど。

1等には椅子席もあるようで、降りるときに案内所の等級変更の掲示を見たら、1等チェア席は×マークが付いていた。

ちなみに2等が2970円に対して、1等は5030円、椅子で快適に乗れるなら払いますかね。

極端に混んでるわけでもないので、2等室でゴロゴロ寝ている人もいるけど、壁沿いに座ってタブレットPCで読書などしていた。

しかし離島航路というよりは本州~四国~九州のような本土間を結ぶカーフェリーの趣である。


新潟港に到着して、バイクを担いでフェリーターミナルにでる。

ここでバイクを組み立てるが、空模様はどうかと見てみるとパラパラ降っている。

このぐらいで距離も短いのでカッパは上だけでいいかと準備をして出発、ちょうどフェリー接続のバスがでた直後である。

港と新潟駅はちょっと離れている。普通はバスで往来する距離だが、当然のことながら自走である。

おそらくバスと同じルートで行ったんじゃないかな。というかほぼバスの後ろを走ってたので。

どうせバイクなら南口(こちらの方が新幹線に近い)に直行するルートを通ればよかったなと後で思ったけど。

新潟に来たのは2016年以来、このときは万代口バスターミナルはバックで入るバスターミナルだったのを覚えている。

当時、在来線の高架化事業が動いており、2022年に全面高架化、2023年に高架下のバスターミナルができた。

その高架下のバスターミナルを見るように歩道を押し歩き。当たり前だがバスターミナル内は一般車走れないので。

一般車乗降場は南口しかないんですね。そういう点でも南から入るべきでしたね。


上越新幹線は意外と本数が少なく、というか大宮~東京が混みすぎで各方面に割り振れる本数が限られてるんだよな。

乗れたのはフェリーの到着からおよそ1時間後のとき号である。だいぶ余裕あったんだよな。

普通に考えたら大宮まで乗るところだが、熊谷だと1ランク特急料金が下がるので。

それ以外のメリットもある。大宮より熊谷の方が乗換がコンパクトということである。

この頃、関東平野ではひどい雨だったが、到着する頃には小康状態になっているはず。

そんなことを思いながら乗換をして最寄り駅に到着したときには、すでに雨はあがっていた。

バイクを組み立てて、すぐ作れる夕食の食材と明日の朝食を買ってから帰宅。


いろいろ反省点はあるけれど、佐渡という着眼点はそれはそれでよかったんじゃないかな。

広い島なので2泊してもよかったかもしれないが、連休の狭間でいろいろ苦心したところもあるので。

その分を上越泊に置き換えたというのが実際のところですね。上越もそれはそれで行くべきところだったので。

佐渡金山のルーツを探る旅

ホテルを6時ごろにでて、バイクで少し走って直江津港へ。

ShinEtsuとかかれた看板を見て、信越化学の本拠地でしたねと。

信濃の水を使った水力発電と越後の石灰石を使ってカーバイド製造を始めたことにルーツがあるが、

今はそういう枠組みに留まらず、半導体関係の材料を作っている印象が強いんじゃないかね。

で、直江津港について窓口できっぷを買う。乗船待ちの車の列にはバイクもちらほら。

あくまでも徒歩客なのでそちらには並ばず。ただし折りたたみ自転車を袋に入れて乗る場合は手荷物運賃550円が徴収されるルールになっている。

それでも自転車の料金よりはだいぶ安いし、原付の料金と比べればなおさら。

で、運賃をSuicaで払おうとしたら、手間取った上で「人の運賃はSuicaで払えるのですが、手荷物運賃はカードか現金しか使えなくて」と。

なんだそりゃ。結局全額をクレジットカードで支払った。3730円なり。


さて、直江津~小木航路には こがね丸 というカーフェリーが入っているが、佐渡汽船に来たのは2023年と最近である。

北陸新幹線が上越に到達する少し前、双胴船の高速カーフェリー「あかね」が導入された。

従来、1日1.5往復しかできなかったが、高速化されたことで2往復できるようになり、新幹線と合わせて佐渡が近くなると。

こんな触れ込みだったのだが、双胴船が高コストということで、採算改善のため2021年にジェットフォイルに代替された。

とはいえ、車が乗れないのは生活航路として困るので、代わりとなるカーフェリーを中古で探すことになり、

豊後水道で使われていたフェリーが新造船に代替されるということでこれを購入、佐渡汽船にやってきた。

これが現在のこがね丸の正体である。船内に入るとあれこれシール貼りされているのはそのため。

なお、こがね丸は速力19ktの普通のフェリーだが、あかね時代と同様に1隻2往復体制を維持している。

そのしわ寄せが1便目が直江津7:10発、4便目が直江津20:05着というところに現れているのだろう。

それにしてもこの船、この距離なのに基本的にじゅうたん席しかないんですね。

パブリックスペースのソファーに座ってる人も多かったけど。この距離だと椅子席の方が嬉しいよね。

調べたらこの船と入れ替わりに豊後水道にやってきた「れいめい丸」は特急列車のようなリクライニングシートが搭載されてるらしい。


そんなこんなで小木港に到着、ターミナルを出てバイクを組み立てて出発。

ところで直江津~小木、新潟~両津はともに国道350号を構成する航路ということになっている。

佐渡島内の両津~佐和田~小木の道路を国道事業で整備する名目で、新潟~上越の国道ということにしたらしい。

そんな国道350号のサインは港近くに立っていた。その近くには国土地理院の「小木検潮場」という施設が。

佐渡島の標高を決めるために潮位を測っていたのだが、近年は標高の定義の見直しもあったりして標高の定義に直接関与しているかはよくわからない。

小木からはわりと急な上り坂が続く。沿線には果樹園が多くあったけど、柿ですかね。

また下って海沿いに出る。


佐渡といえば金山ということで、世界遺産登録されたことについていろいろなところでアピールされていたが、

一般的には相川金銀山のことを指すのだろうが、西三川砂金山というのがあり、こちらの方が古いそう。

ちょうど小木から山を越えた先が西三川ということで、これが小木からの佐渡入りを選んだ理由の1つである。

というわけで国道から少し入ったところに「西三川ゴールドパーク」というのがあるが、

これは砂金採りの体験施設という色合いが強くて、ここ自体は実際に砂金を採取していたところではないらしい。

実際にはこの先の方らしく道を進んでいく。他の車は全く見なかった。というか車で行くところではないのか。

西三川砂金山というのは砂金を含んだ土砂からなる山がいくつかある地域ということになる。

砂金という形で金が直接的に得られるので、平安時代には発見されていたらしい。

本格的に金を集めるには、山を崩して、土砂を水で洗って集めるということをやる。これを大流しと言っていたそう。

水を確保するためにため池や水路を作って、どんどんと山を崩していったわけである。

そんなこんなで砂金採取は1872年まで続いたという。その後、土を洗ったところやため池は田に転用された。

ちょうど田植えをやっていたが、一見なんてことのない水田の広がる光景は重要文化的景観「佐渡西三川の砂金山由来の農山村景観」に指定されている。


と、これはこれで佐渡金山の古い歴史を知ったのでよかったのだが、上り坂続きで電池消費がひどく、ここで電池交換になった。

想定より10kmぐらい手前で電池交換になってしまい、これはまずいなとなった。

さらにここから真野へ向かうルートは急坂で、非力なバイクにとっては進みにくいこともあり、急坂は押し歩きで上げて進むということに。

眺めはよくて雪を被った金北山はけっこうな景色である。

ずんずん走って行って佐渡博物館なんてのがある。どうも市の博物館らしい。

この博物館は佐渡の自然史と佐渡ゆかりの美術品を展示している博物館である。

美術品は佐渡出身の画家の作品が多かったが、佐渡が題材になっているものもあった。


佐渡島というとS字状の形状が知られているが、元々は火山活動でできた2つの島だった。

この火山活動の中で金銀を含む鉱床が作られ、これが海で洗い流されて堆積したのが西三川砂金山、

そのまま鉱脈として残ったのが鶴子銀山・相川金銀山ということらしい。

その後、2つの島の間は湖になったが、加茂湖を除いて土砂で埋まり1つの島となっていった。

新潟県最大の湖だという加茂湖は流入する土砂が少なかったので湖のまま残ったのだという。

生物という観点で言えば、やはりトキですね。剥製と羽根が展示されていた。

佐渡は日本で最後のトキの生息地だった。残念ながら国内産のトキは人工繁殖ならず絶滅したが、

中国のトキを繁殖させて野生復帰させる取り組みはそれなりに軌道に乗っている。

トキが絶滅に至る流れは、コウノトリとも重なるが、農薬の使用というところがあったようだ。

玄武洞とコウノトリ

トキの野生復帰にあたっては農薬使用量の削減などの取り組みを行ってきたとのこと。

庭にはロックガーデンとして佐渡の様々な石が展示されている。佐渡だけでこんなにいろんな石があるんですね。

日本海や島のなりたちに関わる重要な石が並んでいて壮観である。


さて、ここから相川へ向かう。相川までは緩やかな上り坂を進むとトンネルがある。

トンネルを走るのは怖いけど、普通の自転車よりは常時点灯なので他の車に気づいてもらいやすいかな。

トンネルを抜けると海とけっこう立派な市街地が見える。

この相川は金山で栄えた町で、江戸時代には5万人ぐらい住んでいたらしい。今の佐渡市の人口と同じぐらいじゃないか。

このため行政機関も多く置かれたのだが、今となってみれば佐渡の中心地とも言いがたい立地である。それでも一部の役所は相川にある。

きらりうむ佐渡にバイクを停めて、まずここで佐渡金山についての展示を見る。再現映像を多く見ることができる。

西三川砂金山での大流し、江戸時代と明治以降の相川金銀山の採掘・精鉱がわかる。

江戸時代には精錬して小判にするところまで佐渡でやってたんですね。国際貿易に使用され世界に渡っていたという。


というわけで地図をもらって相川を散策していくことに。

まずやってきたのが佐渡奉行所跡、ここは奉行所の役所部分と選鉱を行う勝場(せりば)が復原されている。

この時代の役所というのは現代の検察・裁判所にあたる部分の占める割合が高く、

御白洲で罪人になりきって記念撮影したらどうですかみたいなことも書かれていた。

勝場ではとにかく岩を砕いてすりつぶして比重でより分けるというのを繰り返し繰り返しやっていたという。

最終的には金色をした金の粒か、黒い金銀化合物の粒が出てきて、これを鉛を使って精錬していたという。

鉛? と思うが鉛に金銀を含む粒を溶かして灰に吸わせると、金銀だけ吸われずに残るらしい。これを灰吹法という。

このための鉛の備蓄が文献で行方不明となっていたが、奉行所跡の発掘調査で見つかり、レプリカが展示されていた。

この後、塩を利用する焼金法などで銀を分離することで小判の材料となる金を得ていたという。

江戸時代に採掘が進むにつれ、金鉱石の品位が下がると選鉱の負担が重くなり、採掘が続けられなくなり……

当時の手工業的な方法の難しさが表れていたようである。


相川には近代的な役所の跡もあり、登録有形文化財になっている相川税務署や相川拘置支所を見た。

なんと相川拘置支所は中に入って見ることも出来た。いろいろ朽ちてるから注意してねとはあったが。

裁判所があれば拘置所は必要で、現在も新潟地方裁判所佐渡支部と佐渡拘置支所はともに佐和田地区に存在する。

佐渡奉行所跡の少し下のあたりに北沢浮遊選鉱場跡がある。相川に来てここが一番人多かったな。

浮遊選鉱というのは現代の様々な鉱山で使用されている。界面活性剤を入れてかき混ぜて泡を作ると、泡に金属鉱物が着いて集まる。

これを集めてシックナーという水槽に流し込んで固形分を取り出したものが精鉱として出荷される。

日本で銅などの金属精錬を行っている工場には精鉱の形で入ってきている。

明治以降の遺跡という点では大間港という、資材搬入などのため整備された港がある。

岸壁の作り方がコンクリートができる以前の作り方という点で特徴的らしい。


と、ここから戻るわけだが、トンネル近くまでは押し歩きで上げて、グライダーのように降りて進む。

ところで佐渡というのは都市的な光景が多く離島っぽくないと言っていた人がいるが、

佐和田地区の国道沿いを見ると普通に都市郊外という感じである。

先ほども書いたが、相川はけっこうな大きな都市だったわけだし、金山がなくなって重心は変わっても都市的なんだろう。

日本の離島(本土5島以外の島)で一番人口が多いのは淡路島だが、架橋された離島である。天草下島も同様。

その次に多い奄美大島はジェット機もやってくる島、佐渡島は船頼みの離島にしては飛び抜けて人口が多い。

広さもあるわけだけど、金山がなくなっても金山の島なんだなというのは実感した。


と、けっこう粘ったが電池切れ、宿まで6kmぐらい押し歩きするハメに。

全然ダメですね。急坂を押し歩きしてこれだから、電池パック1本分ぐらい足りなかったかも。

今日1日に詰め込みすぎたことはあるのだが、それにしても行動範囲にバイクの電池が追いついてない。

西三川に行って電池を減らしたのは敗因だったのだろうけど。でも、それがなくてもやっぱり足りないわ。

でも、やはり佐渡金山のルーツは知っておくべきだったし、江戸時代の相川を知ることもできたし、概ね満足かな。

佐渡金山といえば明治以降の佐渡鉱山なのかもしれないけどね。でもそこまでは時間的に回るわけがない。

明日リベンジというのも考えなくはないのだが、明日は天気が悪化することもあるので、もういいかな。