フォークリフトの会社を買う理由

豊田自動織機をトヨタ自動車が買収するらしいという噂があって、

トヨタ自動車がフォークリフトの会社を買うことに大義はあるのか?

という疑問を持っていたら、いくつか思い当たる理由を教えてくれた人がいた。

で、今日、豊田自動織機の非公開化に向けた方針が正式に発表された。

トヨタ自動車が買収するというのは部分的に正解だが、思っていたのとは少し違ったかも。


豊田自動織機は名前通り織機も作っているが、自社製品の主力はフォークリフトである。

でも、フォークリフトの会社というのもあまり正しくない見方で、

実際にはトヨタ自動車からの受託ビジネスの占める割合が高い。

そういう商売をする中でエンジンの認証について不正があったわけである。

豊田自動織機の商売にトヨタ自動車としてもより積極的に関与していく必要があり、

そのために買収が考えられたのだろうと思っていた。

ところがそれだけじゃないらしいんですよ。それが豊田自動織機がトヨタ自動車の大株主であることである。

豊田自動織機が保有するトヨタ自動車株の時価は3.2兆円である。

これに対して豊田自動織機の時価総額は買収の憶測が出る前で3.9兆円である。


このような問題の打開策としては、株式移転や株式交換で持株会社を作る方法がある。

例えば、セブン&アイホールディングスは、イトーヨーカ堂が保有するセブンイレブン株の価値が高いことへの対策で、

イトーヨーカ堂、セブンイレブンジャパン、デニーズジャパンの3社が株式移転で作った会社である。

豊田自動織機とトヨタ自動車は元々同じ会社だったことを考えれば、

株式移転などで1つの持株会社に収まることは原点回帰とも言える。

とはいえ、これはトヨタ自動車の株主にはよく思われないだろう。

実質的にトヨタ自動車の利益が豊田自動織機の株主に流れることになるだろうから。


そこでトヨタ自動車が豊田自動織機の株主から現金で買収するという憶測があったと。

たくさん借入金はいるけど、信用力はあるので実現性はあるだろう。

でも、フォークリフトの会社を買うことに大義はあるのか? という問題はある。


で、今日発表されたことによれば、この買収はトヨタ不動産が設立する会社を主体として行われる。

トヨタ不動産というのは2022年に東和不動産が社名変更したもので、

ミッドランドスクエアの所有者だとかで知られている。

この会社はトヨタ自動車などが出資して作られた会社で非上場、

トヨタ自動車や豊田自動織機の大株主でもある。

この会社にはトヨタ不動産が1765億円、豊田章男氏が10億円出資する。

さらにトヨタ自動車も7060億円を出資するが、議決権を持たない優先株での出資となる。

金額としてはトヨタ自動車の出資が多いが、議決権という面では非上場のトヨタ不動産が親会社になる。


それでこの会社の子会社が1株16300円で豊田自動織機株の公開買付を行う。

ただしトヨタ自動車が保有する24.7%の株はここに応募しない。

残る75.3%を全て買い取れたとすれば3.7兆円となる。

うち8900億円ほどはトヨタ自動車他の出資で賄えるとして、

残り2.8兆円はとりあえずは借入で賄うことにする。

もっとも75.3%の中にはトヨタ不動産を初めとする関連各社に還流する分もある。

そのような事情を考慮して、トヨタ自動車、デンソー、豊田通商、アイシンの4社は、

豊田自動織機の保有する自社株を買い取ることを目的として公開買付を行う。

市場の株価の10%引きぐらいで買い取るそうである。

そうするとトヨタ自動車からは2.9兆円、デンソーからは3200億円、豊田通商からは3200億円、アイシンからは400億円程度もたらされる。

合計3.6兆円、かなりの金額が豊田自動織機にもたらされる。


で、ここで株主を公開買付者とトヨタ自動車の2名にするための株式併合を行う。

これがうまくできた後、豊田自動織機はトヨタ自動車から自社株買いを行う。

さっきトヨタ自動車が公開買付に申し込まなかったのは、

こちらの方が税制上有利だからという理由だそう。

この節税額も考慮してトヨタ自動車からは併合前の1株あたり13416円、9941億円で買い取る。

結果として豊田自動織機は一連の取引で2.6兆円程度プラスになる。

公開買付者は2.8兆円程度を借入でまかなったが、この借金は豊田自動織機に返済させる。

買収資金を買収した会社に返済させるというのは常套手段ですね


こうして豊田自動織機はトヨタ自動車他の大株主という地位を失い、

非上場のトヨタ不動産が議決権のほぼ100%を持つ会社の傘下に置かれる。

もっともトヨタ自動車は議決権はないが出資全体の8割ほどを占める。

優先株というのは他の株式より高い分配が得られるので、

豊田自動織機の稼ぎの相当割合がトヨタ自動車に流れると言うことだろう。

豊田自動織機の商売もトヨタ自動車と密接に関係するものが多くを占める。

豊田自動織機はトヨタ自動車と一体を成す「モビリティカンパニー」になると考えるのが自然である。

親会社であるトヨタ不動産との関係よりはるかに密接である。


トヨタ自動車の株主にとってみれば、2.6兆円の資金は必要だが、

以後は豊田自動織機への配当金の支払いは生じないばかりか、

豊田自動織機の稼ぎの多くが入ってくるとなれば、けっこういい話である。

豊田自動織機とより密接な関係が築ければ長期的にもメリットはあるだろう。

必要な資金は現金で賄えるので、資金確保の問題も少ない。


問題は豊田自動織機の株主である。

トヨタ自動車による買収の憶測が流れてから株価は18000円前後に達していた。

潜在的な価値を考えればそれぐらいはあると見積もったわけである。

豊田自動織機としても1株16300円というのは世間の見積もりに対して安くないかということで、

トヨタ不動産に対し、当該価格は、当社の本源的価値等を踏まえた少数株主の利益が最大限確保されていると評価することは難しいと判断したことから、価格の引き上げを検討するよう要請いたしました。

としたのだが、これは結局突っぱねられている。

1株16300円のは豊田自動織機側のアドバイザーが計算した数字としても妥当な範囲ではあったので、

「本公開買付けに応募するか否かは当社の株主の皆様の判断に委ねることが相当である」という結論になったそう。


そんなわけで豊田自動織機の株主が公開買付に応募するかという課題がある。

確かにこの公開買付にはトヨタ不動産や豊田通商などは応募するし、

その後の株式併合にはトヨタ自動車も賛同するわけだけど、

それらをあわせて確実に手中に収めているのは40%程度では?

で、株式併合をするには最低でも2/3の賛成が必要である。

他の株主が30%ぐらいは公開買付に応募してくれないといけない。

さらに言えば2/3を手中に収めるだけでは足りない可能性もある。

トヨタ自動車の持分は24.7%、それ以上の株式を1名で持たれてしまうと株式併合後に残ってしまう。

これは新生銀行で実際に起こった話である。(cf. スクイーズアウトしても想定外の株主が )


買付価格が渋い公開買付というのはある話ではあるけど、

そんなにたくさん取得できなくても目的が達成出来るものだと、

それでも成功は堅いだろうとされることはある。

今回はどうなんでしょうね。1株16300円でも憶測が出る前の株価よりは高い。

それでよしと考える株主が多ければそれでいいけど、

世間の見積もりよりは安いのでやはり応募しないという考えも当然ある。

状況によっては買付金額の見直しというのもありますけどね。


トヨタ自動車による豊田自動織機の持分が24.7%というのは、

豊田自動織機によるトヨタ自動車への議決権が停止されないギリギリのラインである。

トヨタグループと言われる会社は25%未満の出資を相互に行うことで結びついてきた。

グループというが親会社・子会社という関係ではないのである。

ただ、昨今は資本効率という点で株主にとやかく言われる状況になっていた。

その最たるものが豊田自動織機で、何らかの見直しは必要だったに違いない。

でも、そこに対する答えが本当にこれでいいのかというのは疑問ですよね。

議決権上はトヨタ不動産の子会社になるというのは相当な違和感のある話だし、

豊田自動織機には潜在的な価値があるのを見せないようにしているようにも思える。

株主の判断も相当に割れると思うので、果たしてどうなることやら。