なかなか日本では想像できないことなのですが。
スペースXの打ち上げ拠点 市として承認 有権者の大半が関係者 (NHK)
事実上、SpaceX社の手によりスターベース市ができたという話である。
初代市長はSpaceXの幹部であり、ロケット打ち上げに伴う手続きの効率化が期待されているとのこと。
そもそも日本では基本的に全ての土地がいずれかの市町村に属している。
このため新たに市町村を新設するということは、いずれかの市町村からの分離という手続きを取ることになる。
市町村の分離というのは合併前に戻る形でのものは少しあって、
例えば、長野県宮田町は1954年に駒ヶ根市に合併したが、1956年に分離して再び宮田村となっている。
アメリカでは”unincorporated area”という市などの基礎自治体が存在しない地域が存在する。
一方で全ての地域はcounty(日本語では郡と書かれる)あるいはそれに相当する地域に割り振られている。
州ごとに制度が異なるのでなんとも言えないのだが、郡にも議会や役所が設けられていることが多いという。
日本では郡単位の行政機構は失われて久しいが……といっても州によってはそういうところもある。
調べたところスターベースはキャメロン郡のボカチカという村がもとになっている。
ここは規模が小さな村で郡レベルの行政機構しかなかったわけである。
そこにSpaceX社が拠点を置くとなって、同社は地域内の道路・学校・医療を郡にかわって提供している。
そう、すでにSpaceXの村だったのである。
市が設立されると郡の行政機構から抜ける部分も多々あるので、
ロケット打ち上げ基地を中心としたまちづくりを加速できるということになる。
この新しい市を作る手続きは地域内の有権者の投票で決められるが、
すでにボカチカにはSpaceXの従業員が多数住んでいるため反対する理由は乏しく、
圧倒的な賛成多数でスターベース市が設立されたわけである。
日本ではさっきも書いたように新たな市町村ができるとすれば、
市町村を分離する手続きが必要になるが、関係する市町村議会全てで議決が必要である。
その後、都道府県知事に申請を行い、都道府県議会の議決を受けて総務大臣へ届出を行うことで効力が生じる。
すなわち新しい市町村を作る地域の有権者の意向だけでは決まらない。
元々市が存在しない地域に市を作るのと違うのは当然かもしれないが。
ところで日本は全ての地域がいずれかの市町村に属していると書いたが、
いずれの市町村の属するか不明な所属未定地というのはある。
所属未定地というといかにも争いがありそうだが必ずしもそうとも限らない。
2007年まで琵琶湖は滋賀県に属するがいずれの市町村に属するか決まっていなかった。
それでも特に不都合はなかったからですね。
このような所属未定地はいずれの面積にもカウントしないルールなので、
琵琶湖の面積は滋賀県の面積には入っていたが、沿岸市の面積には入ってなかった。
このことが地方交付税交付金の算定に不利ということで協議の上、境界を決定した経緯がある。
一方で水面に新たな土地ができると争いに発展することがあり、
東京港の埋立地で特別区同士で争って裁判に発展したこともある。
13号地が江東区(青海)・港区(台場)・品川区(東八潮)になったり、
中央防波堤埋立地が江東区(海の森)と大田区(令和島)に分かれたのはこのため。
いずれも埋立の起点になっている江東区に面積の多くが割り振られているが、
橋や地下トンネルで接続される区にも一部割り振られる形になった。
で、東京都には所属未定地がまとまってある地域があるんですよ。
それが伊豆諸島の鳥島・須美寿島・ベヨネース列岩・孀婦岩である。
いずれも無人島だが鳥島は元有人島である。
東京都に属することは確定しているのだが、所属町村は定かではない。
火山噴火により全島民死亡して無人島になる以前は八丈島から往来があったので、
八丈町所属だろうと主張するも、位置関係としては青ヶ島に近いため、青ヶ島村も譲らず、
自治省に裁定を求めるともはや住めない無人島であることから決定されなかったという。
万が一、鳥島に村を作ることがあるとすれば、八丈町・青ヶ島村の両議会の議決が必要なのだろう。
あと、村が機能していない地域というのもある。
それが北方地域の択捉島・国後島・色丹島で、計6村は機能していない。
歯舞群島はいずれも根室市内のため、ここは特に問題はないが。
とはいえ、現実問題としてこれらの地域が日本の支配下に戻ってきたとして、
名目上の6村が復活するのかというと、やはり難しいだろうと。
事情はかなり違うのだが、鹿児島県十島村は太平洋戦争後に一部がアメリカ軍支配下に入った。
その後1952年に返還されたのだが、十島村は日本支配下に残った有人3島での行政機構を整えていた。
そこで返還時に十島村は境界変更により範囲を狭めて三島村に改名、
アメリカ支配下にあった村を新たな十島村とする措置がとられた。
特別法により、新しい村の設立が認められたということである。
というわけで日本で新しい市町村ができるのはよっぽどのことだが、
一方でそういうことを考えてもよかったんじゃないかなと思うところがある。
それが千里ニュータウンである。豊中市と吹田市にまたがる。
両市にとって外縁部にあたるところで、豊中市は千里中央、吹田市は南千里に出張所を置いて対応している。
新たな都市をつくるというなら「千里町」とか新しい市町村を作ってもよかったんじゃないか。
そもそもそんな発想はなかっただろうというのはあるだろうし、
千里ニュータウンに囲まれる形で上新田(豊中市)という既成集落が存在した。
しかし、一企業が実質的に新しい市を作れるってのもアメリカはすごいなと思いますけどね。
果たしてそれでテキサス州、キャメロン郡の皆さんは納得しているのか。
SpaceXとしては元々カリフォルニア州に本社を置いていたが、
マスク氏が州の方針に反発して、打ち上げ基地のあるテキサス州に移転したという。
マスク氏が関わっているテスラもX社もテキサス州オースティンに本社を移している。
スターベースの市制も本社化に関係したものということになる。
税収面では大きい話らしいんですけどね。地域との調和という点ではどうだろうか。