KLM Asiaはなぜ今日も成田に飛ぶ

偶然「KLM AISA」と書かれた飛行機を成田空港で撮影した写真を見て、

気になって調べたらいろいろと驚くことだらけだった。


前提知識として知っておくべきキーワードが「日本アジア航空」である。

この会社は1975年に日本航空の子会社として設立された。

その背景には1972年の中華人民共和国との国交樹立がある。

国交樹立後に中国大陸との航空路線を開設するにあたり航空協定を結んだが、

大陸への乗り入れが認められた日本航空は台湾路線を運航してはいけないという条件が付いた。

台湾を支配する中華民国との断交も相まって台湾路線の継続が困難になった。

この問題を打開するため日本航空ではない航空会社を設立した上で、

日本・台湾の民間団体同士で航空協定を結ぶという形を取ることになった。

以後長らくJALグループの台湾路線は 日本アジア航空(JAA)により運航されていた。


で、このやり方は後に台湾への乗り入れを行う外国航空会社の参考にされ、

航空会社の名前に「アジア」と付けて別会社として台湾乗り入れする会社が何社もあったという。

もっとも塗装を変えて別会社を装っているだけというケースもあったらしいが。

KLM Asiaもその1つである。オランダのKLMは台湾路線はこの名前で飛ばしていた。


一方で時代が進むにつれて、大陸・台湾の両岸交流も深まってきた。

もともと香港経由での交流はあったが、2003年に香港上空を経由するという名目での直行便が運航され、

2008年にはそのような名目を付けずとも直行便が認められることとなった。

これにより中華人民共和国が外国航空会社に課していた台湾路線を運航しないことという条件も外れることとなり、

2008年に日本アジア航空は日本航空インターナショナル(当時)に吸収合併、

以後はJAL便名で台湾路線は運航されている。

すでに引退しているが旧JAAの機材は「JAL」の塗装に改められて使われたという。

他の外国航空会社も台湾路線の別会社(を装うの)は順次やめたという。


しかし、そんな中でも「KLM Asia」は未だに残っている。

とはいえ、台湾路線が単なる「KLM」塗装の機材で運航されることもあるし、

台湾路線以外でも「KLM Asia」塗装の機材が使われることもあるという。

これが冒頭に書いた成田空港にいた KLM Asiaの正体である。

調べてみるとアフリカ路線にKLM Asiaの機材が入ることもあるようだし、

時には大陸路線にKLM Asiaの機材が入ることもあったという。

KLM Asiaの本来の意味からするとおかしな話だが。


塗装だけの問題とみられるが、KLMでは2016年頃に塗装変更を行っている。

そのときに通常のKLM塗装になるかと思いきや、塗装変更されてもKLM Asiaだったという。

「荷蘭亞洲航空公司」という漢字表記までちゃんと書き込んでいるという。

(実際にそんな名前の会社があるわけではないと思うのだが)

果たして何を意図しているのかはわからない。


ところで日本にはもう1つ、2008年以前に台湾路線を運航していた会社があった。

それが エアーニッポン である。現存しないんだけど。

ANAグループでその昔はプロペラ機を飛ばしていたらしい。

グループ内に存在したこの会社に台湾路線を担わせていた時代があったと。

とはいえ、こちらはJAAに比べればかなり形式的なものである。

Air JAPANの名前が付記されたANA保有の機材とANAの乗務員を借りて、

エアーニッポン(EL)便名で運航していたというのが実態だったよう。

(2006年に中部~台北線を自社機材で開設したのはあるようだけど)

なお、エアーニッポンは主にプロペラ機をエアーニッポンネットワーク(現:ANAウイングス)に分社化、

ANA便名でのジェット機の運航と台湾路線の運航という役目はいずれも親会社に吸収され2012年になくなっている。


もう今は昔なんですけどね。

その名残がなぜかオランダの航空会社に残っていて、

なぜかKLM Asiaの名前を書いた機材で世界中を飛び回っていると。

もうそれもこの機材が引退すればなくなるんじゃないかなぁと思うけど。