自分で作った巨大な墓

祖母のところを訪問したら、祖父の月命日なのでと一緒に墓参りに行くことに。

そういえばそうでしたか。

きっと透析を始めるに遅いと言うことはなかった

もう2年近く前ですよね。というわけでたどり着いた墓は思っていたのと違うところで……

どうも話を聞くと、従来あった先祖代々の墓は更地にして、合葬墓に集約したのだという。

確かに取り払った墓石がそのあたりに置いてあった。


集落にある寺の管理する墓地だが、その墓地の空き地に作ったらしい。

こんな空き地あったのか……と思ったのだが、言われて見れば空いてた気がする。

墓守も大変ということがあって、合葬墓を作る計画が出来て、多くの檀家が賛同してお金を出して作った墓だそうで、ここに祖父も関わっていたわけだ。

ゆえに、この墓というのは地域の墓であるとともに、自分で作った墓という一面もある。

家に戻って供養のときにとった写真を見せてもらったが、そこには祖父も写っていた。

そうして作った墓だから、もちろん自分も入ることを意識していたわけである。

祖母も亡くなったら、ここに入るのは決まっているのだと、もう名前が書いてあった。(そういうもんなのか?)


地域の墓といえば、ちょっと前にこんな話を書きましたね。

1つの墓の規模は大きくなるものの、数年で洗骨を経て骨の形で納めることになる。

骨の形にすると合葬が容易であり、複数人の骨を1つの壺に納めることも多かったという。

「門中」とかいうかなり広い一族、あるいは地域で共有の墓を持ち、

そこには風化を待つ遺体を納めた棺と、洗骨された遺骨を納めた厨子甕が納められているというわけである。

(それは風葬の墓だった)

一部の伝統的な墓には地域の墓という一面もあったりするらしい。

これは沖縄で伝統的に行われていた風葬のためには必須だったからだが。

その後、火葬が一般化し、内地と同じような感覚の先祖代々の墓を作ることも容易になったわけだが。


偶然かも知れないが、その合葬墓のある場所は特に眺めのよいところだった。

墓地というとどうしても狭いところに押し込められるイメージはあるが、

土地にもゆとりがあるからか、利用の難しい斜面をうまく利用して作ったからなのか。なかなかこんな墓地はないですからという話はしていた。

その中でも一等地が空き地として残されていたなんて……

という感じもあるが、区画を区切って使うにはあまり便利ではなかったのかもしれない。

確かにこれは個人の墓のサイズではないもんなぁ。


というわけで亡くなって今さら知る意外な事実だった。

まさか晩年にそんな巨大な墓穴を掘っていたとはね。

新しい中之島の美術館と阪神百貨店

今日は大阪へ出かけてた。主な目的地は中之島である。

中之島に直行するならこれもアリなのではと、鶴橋から環状線で福島へ。ここから歩いて中之島へ向かった。

ちょっと遠いかな? でも肥後橋駅から歩いてもけっこうあるしなぁ。


というわけで最初の目的地はいつもの国立国際美術館ですね。

従来入っていた友の会に代わるものとして、「OKミュージアムパスポート」というものができた。

従来通り、関西2館の共同の会員制度で(OKはOsakaとKyotoの意味)、他の国立美術館でもコレクション展は見られるのでほぼ同じ。

ただ、2点違うところがあって、1つがプレゼント用途でも使えると言うことで、ミュージアムショップでカードを購入するという形になったということ。

もう1つは年2回は同伴者を連れてきても観覧できること。

同伴者か……アテは全然ないなぁ。

ああ、そういえばもともと友の会の会費って年3000円だったんですよね。

それがOKパスポートは年5000円(友の会からの移行は4000円)で値上がりしてるんですよね。

それでも関西2館の企画展を見られることを考えれば十分だと思うんだがな。

とはいえ同伴者も年2回一緒に見られますよというのは値上げ対応なのかもね。


その国立国際美術館では、「感覚の領域 今、『経験する』ということ」という企画展があって、これはまさにここ2年ぐらいの新作揃いである。

「昨今のコロナ禍によって、世の中の混迷の度合いはより深まっていきました」なんて説明があったが、作品が受けた程度はいろいろか。

しかし、新作だと見せ方とか作家とよく調整してやっているのは魅力なのかな。

コレクション展と合わせて、いい刺激になった。


さて、いつもは中之島といえばここまでだったが、隣に黒い箱状の建物ができた。

これは「大阪中之島美術館」という大阪市の美術館である。

大阪市立美術館(天王寺公園)・大阪市立東洋陶磁美術館(中之島一丁目)に次ぐ3つ目の市立美術館だが、そのコンセプトは大きく違う。

1990年から構想が動き始め、コレクションを集めるも建物ができず、貸したり市内の他施設で展示したりということもあったが、大半死蔵され、30年を経てやっとできたのが「大阪中之島美術館」だった。

注力分野は19世紀後半からの美術・デザイン……って国立国際美術館の注力分野と被ってるやんけ。

このことは国立国際美術館の美術館ニュースでも触れられていたが、

国立国際美術館は阪神地域ゆかりの作品は多いが、国立美術館の中で現代美術に注力するという役割がある。ゆえに尖った作品が多いところはある。

一方、大阪中之島美術館は大阪ゆかりの作品が多く集まったことと、

そして、デザインを注力分野としたことも特徴で、これも商業都市として発展した大阪らしいところである。


ということで開館記念展の1つ「みんなのまち 大阪の肖像」を観覧することに。

これはまさに大阪ゆかりの作品、そして大阪で生まれたポスターなどのデザインを多く生かした作品で、大阪の歴史を芸術から見ようということである。

ポスターが展示されているところを見ると、美術館というよりは歴史博物館の趣もあるが、しかしこれも大阪で生まれた芸術ではあるんですよね。

今回は戦前までだが、今後行われる第2部では戦後から現在までの大阪を見せるということである。


それにしても広い美術館だが、建物の構造は美術館というよりオフィスビルの趣。

2階のチケットカウンターから4階まで長いエスカレーターで上がり、

4階・5階にそれぞれ展示室があり、平行して展覧会ができるようになっている。

この高く積まれた感じがオフィスビルの感じを醸し出しているのだろうか。

まぁこれはこれで都市的で面白いですけどね。


中之島から堂島川を渡り、梅田方面にトコトコと歩いてやってきたのは、

阪神百貨店梅田本店、この前全館開業となった。

阪神と阪急の経営統合から長いですが、この阪神百貨店の改築というのは経営統合を象徴するものと言える。

まず、このビル自体、大阪神ビルと新阪急ビルの敷地を合わせて建てたもので、

新しいビル名は「大阪梅田ツインタワーズ・サウス」である。

サウスがあればノースは? これは阪急百貨店のビル(旧:梅田阪急ビル)である。

どちらも低層階は百貨店、高層階はオフィスビルである。

で、建替にあたってはまず新阪急ビル側を壊し、こっちに半分建てて、百貨店が移転し、残りの部分を壊して建替、そして今年に完成を迎えたと。


こういう事情があるのでとにかく細長い百貨店である。

阪急百貨店と同一会社になったことで役割分担がより明確化し、

阪神百貨店は食と住関係に注力している印象である。もちろん衣料品はあるが。

阪急百貨店と阪神百貨店の役割分担はそれこそ同一会社になる前からあったことだと思うが、同一会社になればなおさら張り合う必要はありませんから。

フロア構成を見ると地下1階の食品売り場はあまりに有名ですが、1階も食品売場なんですよね。

これは歩道橋から入る2階が玄関と位置づけられているという事情もある。(このあたりは近鉄百貨店阿倍野本店にも共通することである)

さらに地下2階にはレストランが。この構成は阿倍野で見たな。

百貨店最上階にもレストランはあるが控えめな印象。これは阪急百貨店との役割分担なんだろうな。

そこからエスカレータでオフィスのロビー階に行けるので、ここからシャトルエレベータで降りてきた。

このあたりの構造は本当にあべのハルカスとよく似ているが、阿倍野は他の百貨店がないのでフルラインナップでやっているのに比べてシンプルな印象はある。


さて、またしても中之島に戻ってきて、市役所・中央公会堂から中之島公園を散歩、お祭りをやっているようで賑やかだった。

このあたりは犬を散歩している人が多かったが、この辺の住んでいる人には身近な公園なんだろうか。

堂島川を渡った西天満のあたりだと住む街という感じもありそうだしなぁ。

一般的にはオフィス街に囲まれた公園という感じなんだけど。


その後、北浜から日本橋まで地下鉄に乗り、でんでんタウン界隈を散策し、

なんか買いたい物があるかと思ったが特になく、帰ったのだった。

連休で大阪も賑わってはいたけど、外国人観光客が多かった時はこんなもんでもなかっただろうと思う。

場所によるか。少なくとも中之島の賑わいは美術館開館の影響はあるでしょう。

バスで行く乗用車の博物館

今日から関西へ向けて出かけるのに、乗り込んだのは東名ハイウェイバスの東名スーパーライナーである。

かなり久しぶり。それも前に乗ったときには浜松北までだったから、名古屋まで乗り通すのは何年ぶりだ?

これは新東名経由で東京駅(またはバスタ新宿)~名古屋駅を直行する新東名スーパーライナーができてからはほとんどそちらを選んでいたため。

今回、東名スーパーライナーを久々に選んだのは早売1が取れるのがそれだったから。


停車するバス停はそこそこ多いが、遅れることはなくスムーズに走る。

時刻表通り走れば、という話だが東京駅~名古屋駅で新東名スーパーライナーと東名スーパーライナーの所要時間差は60分前後である。

しかし、この差分というのは休憩が1回多いこと、名古屋市内が一般道走行であることというのがあって、

休憩1回が10分強、名古屋市内の一般道走行が40分ほど。だから高速道路を走ってる時間自体はそんなに変わらない気がする。

もっとも停車するバス停が多いとそれで遅れを拾うことがあるけど。

特に名古屋市内の一般道走行がきついというのが正直な感想で、それがいやで新東名スーパーライナーを選んでたところもある。


そこで今回、東名スーパーライナーを選ぶなら名古屋ICで降りるつもりだった。

そこから次の目的地をどうしようかと地図を見て考えていたら、

長久手市にほど近いことに気づき、それならと選んだ目的地がトヨタ博物館だった。

名古屋ICには時刻表通りに到着、ここから地下鉄(本郷駅が近い)に乗り換える人が多いんだろうけど、ひたすら東に歩いて行く。

そして長久手市に入ってわりとすぐところにある猪ノ湫(いのくて)バス停から「トヨタ博物館前」行きのバスに乗る。

このバスは藤が丘駅を出て、長久手市内の住宅地を走っていくバスである。

普通は藤が丘からリニモで行くところなんだけど、時刻がうまく合えばこれが最速ではないかと思ったら、バスの時間同士がピタリと合って……

ピタリすぎて、ロードサイドで昼食を食べようと思ったが、それは無理とコンビニで買ったおにぎりが昼食になってしまったのは誤算だったが。


バスは終点「トヨタ博物館前」……ってどう見ても名鉄バスの車庫なんですが。

このトヨタ博物館前というバス停はもともと長久手車庫という名前だったらしい。

それが比較的最近に改名されたようで、わかりやすいといえばそうだが、ちょっと戸惑う命名である。

とはいえトヨタ博物館が近いことは事実。案内の看板も立っているので迷わない。


トヨタ博物館とはいかなる博物館なのか?

トヨタと付いているが、古今東西の乗用車を集めた博物館と考えるのがよい。

もちろんトヨタ車も乗用車の歴史にとって重要なものはあるが、割合としてそんなに多いわけではない。

これらは動く状態で維持されていて、黎明期の車を含め、実際に動かしている映像を録画して放映していたりして学びが多い。

これができるのはトヨタ自動車のバックアップがあってのことだろう。

あと、文化館という別の建物には、エンブレム・ポスター・カタログなどこれも古今東西の乗用車にまつわる資料が集めてある。


乗用車の歴史をたどっていくと、最初はアメリカやヨーロッパの車が多いのだが、

それがだんだんと日本の車が増えて行くのは、日本メーカーの存在感が高まっていった歴史を表しているのだろう。

乗用車の用途もだんだんと移り変わっていることも見えてくる。

送迎車のようなニーズに寄っていた時代、国民車ということで小型で安価な車が求められた時代、高速道路でのドライブが求められるようになった時代。

各地のメーカーが創意工夫を凝らした歴史が見て取れる。

なお、この展示構成は2017年に大きく見直されたものとのこと。


ところでこの乗用車というのはほとんどがガソリン車である。ディーゼル車もあったかもしれないが。

しかし黎明期と2000年代の車はその限りではない。

黎明期には蒸気自動車と電気自動車、2000年代にはハイブリッド車(これはガソリン車の一種だが)、電気自動車、燃料電池自動車(これも電気自動車の一種か)と。

黎明期に電気自動車があったことに驚いたが、それこそエンジンより技術的なハードルが低かった時代はあった。

各地に路面電車があったのも、大型バスより電車の方が容易に作れたからである。

エンジンや蒸気機関より容易に起動できるのは魅力だが、鉛蓄電池ではなかなか走れる距離も限られるだろうし、まもなく廃れたわけだが。

これがパワーエレクトロニクスや蓄電池の発展により、改めて見直されているということである。

一方でガソリンエンジンは相変わらず魅力的である。

動力が変わっても変わらないところはあるだろうが、動力が車の形を決めるところはある。果たしてこの先はどうなるのだろうか?


なんてことで3時間弱見学して、帰りはリニモで。

リニモに乗るのは2005年の愛知万博以来である。

もっともあのときは愛知環状鉄道経由で八草~万博会場だけリニモだったんだけど。距離から体験乗車の感も強かった。

博覧会への足は通勤・通学の足として地域に根付いている。

そういえばあの当時はまだ長久手町だったっけ。

トヨタ博物館の裏が畑だったり、まだのどかな一面も残しているが、

名古屋の郊外というのはだいたいそういうものですね。

チケット引き取って東京国際フォーラムへ

今日はコンサートのために東京国際フォーラムへ。

と、その前にチケットの引取をしなければ。

最近は電子チケットが多いからチケットを受け取ること自体久しぶりだが、

その上にFamiポートを操作して受け取るのはさらに久しぶり。

というのも最近はスマートフォンでバーコードを出して、レジに直行できることが多いから。

レジに直行できる


そもそも今回のチケット、発券開始の時点でE-mailでの通知が来なかった。

チケットぴあ なんですけど、普段なら来るのになと思ったのだが、

そもそもCDの応募券から申し込んだからか、自分のアカウントに紐付いてないんですね。

申込時の受付番号とパスワードで照会画面に入ると「引換票番号」というのがあるので、

これを控えてFamiポートに入力して……昔は普通にやってたけど本当に久しぶり。

Famiポートのタッチパネルで数字を入力するのはどうにも能率の悪い作業である。

だからe+やCNプレイガイドで導入されているレジに直行できる仕組みはありがたいのだが。


チケットを引き取って会場へ向かった。

東京国際フォーラムに来るのは2度目ですけど、前はホールCで今回はホールA、

ホールAは最大5000人ほど入るホールということで入って思ったのは「広い」ということ。

規模が近いのがパシフィコ横浜 国立大ホールだが、こちらが3階層なのに対して、2階層なので2階の下でも天井が高い。幅も若干広い気がした。

座席は1階席の中央付近で、そんなにステージまで遠くはなかったかな。


前はホールCと書いたけど、それがこのときですよ。

今日は東京国際フォーラムに出かけていた。

台風が近づいてるのに? そう、台風が近づいてるのに。

(台風でも覚悟があれば決行する)

そしてお目当ての人まで同じである。そう、伊藤美来さんですね。

また台風接近で雨なのでは? と思ったがそうはならず、外に待機列を作れることに驚く。

まぁそれにしてもソロの歌手として東京国際フォーラムホールAを使うというと、来るところまで来たなと思いますね。

大阪・東京の2公演で、大阪の会場もグランキューブ大阪ですからね。

どっちも都心立地の国際会議場じゃないか。この並びを見ると一流って感じがするな。


とはいえ、1年前にパシフィコ横浜 国立大ホールを使ってるんですよね。

これもなかなか感慨深いものがあったが、間引きがありましたから正味は……というところはある。

今回は間引きはなく。それでどれぐらい埋まったんだろう?

2階席を使ってるのは確かですが、これがどこまで埋まってるか。

ただ、自分の周りだけか、不規則に4席とか2席とか塊で抜けているところがあった。

空き方から間引きではないことはわかるが、これは一体なんだろうか?

おそらくチケットを買ったが都合が合わず来れなかった人じゃないかなぁ。


実はこのチケット、申込みをしたのは昨年7月である

その後8月に購入確定、そこから8ヶ月後にこうして開催である。

いくらなんでも早く売りすぎだろと。うっかり忘れてしまわないかヒヤヒヤしたわ。

果たして8ヶ月後にどうなってるか見通して買えるかという話である。

買ったものの来れなかった人のチケットも終演してしまえば売上である。

そういうのも見込んで早期に販売をしたのか? と疑ってしまうが。

チケットぴあ だけどCloak使ってないからリセールも使えないしねぇ。

まぁ気になったのはそこだけですね。

松弁ネットと2時間無料の公共駐輪場

西武ドームからの帰り、所沢まではぎゅうぎゅう詰めの電車で行くしかなく、

そこからは比較的空いている電車と自転車で帰宅ということになるが、

これといってなにかあるわけでもなく、真っ直ぐ帰宅して夕食が自然である。

自転車の道中でロードサイドの飲食店に寄れないこともないのだけど。


土曜の帰宅後は冷蔵庫に取っておいた料理や、冷凍食品を食べたが、

日曜はそういうわけにもいかず、何らか買って帰る必要がある。

だいたいそういうとき頼りにするのは松屋であり、松弁ネットで注文すればすぐに受け取れる。

ただ、普段は電車を降りたら駅前にある店で受け取って、歩いて帰宅というところ、

今回の場合は、西武の駅を自転車で出て、別の駅(異なる路線)の近くにある松屋で受け取って、そして帰宅するという必要がある。

別の駅の近くに寄る分は少しロスになるんだけど、そんなに気にしなくてもよいぐらい。

これが一旦帰宅して、歩いて松屋まで取りに行くとなれば、けっこうなロスである。


じゃあ松屋の店の前に自転車を停めて受け取りに行けばいいのかと思うかもしれないが、

駅前の道路・広場は自転車の駐車禁止区域である。

店の敷地内に自転車が入ればよいのだが、どうもあの店はそういうスペースがない。

というわけで店に直接自転車で乗り付けるのは難しい。


となれば公共駐輪場を使うしかないね。

市内の公共駐輪場は全て2時間以内の利用が無料化された。

(民営の駐輪場はその限りではないが、多くは一定の無料時間がある)

このため商店街などでの買い物でも気軽に使えるようになった。

ただ、駐輪場の立地が便利かどうかというのは問題である。

駐輪場が道路から入れやすいか、出し入れの時間はどうか、目的地に近いか。


この松屋の場合どうだったかというと、比較的近くに駐輪場があった。

時間帯によっては混むのかもしれないが、当然こんな時間ならガラガラである。

駐車券方式なので駐車券を取って、ラックに入れて、短時間でも施錠して、

それで店に弁当を取りにいって、戻ってきて、また自転車に乗り、駐車券を入れて出る。

昨日は雨だったので、駐車券が湿って、出口の精算機に入れるのに手間取ったが。

ここは駐車券方式だから当然だけど、個別ロック方式でも市内の公共駐輪場は精算機に行かないといけないんだよなぁ。

イトーヨーカドー店内の駐輪場だと規定時間内はロックされないんだけど。

ここがちょっと煩わしい。それでも結局は無料なんですけどね。


今回使った駐輪場がどうだったか知らないが、ほんの少し前までは2時間以内無料の公共駐輪場は当たり前ではなかった。

なので、どこなら短時間無料かというのはあらかじめ知っておく必要があった。

ただ、短時間でも公共駐輪場使ってくれというのに、こうわかりにくくては困ると、

少し前に全ての駐輪場でこのルールが適用されることになった。

このため空きがある前提で、素直に目的地近くの駐輪場を選べばOKになった。

逆に1日100円みたいな大雑把な料金設定の駐輪場はなくなって、6時間とか12時間ごとに料金が加算されるようになっていった。


まだ普通自転車だからこれでいいけど、バイクだともっと大変ですよね。

ちなみにバイクでも公共駐輪場ならば2時間以内無料は適用されるようである。

ただ、公共駐輪場では排気量50cc以下の原動機付自転車しか対象にしておらず、

バイク用の駐輪場が設置されている場所は自転車よりもだいぶ限られる。

それでも東京都という地域性もあるのか、比較的ある方だとは思うんだけどね。


駐輪場なんて、そもそも料金が安い上に、短時間無料なんてのはシステムの維持費を賄うことすら大変そうだが、実際どうなのだろう?

ここら辺の駐輪場はだいたいSuicaで料金も払えるから便利なんですよね。

昔にコインポスト方式の駐輪場を使っていた時のことを思えば雲泥の差である。

しかし、これがないと本当に大変ですからね。

市民にも駐輪場の利用は根付いているようで、商店街の道路空間に自転車が置かれていることはほとんどない。

まぁ放置したら撤去されてしまうってのはあるでしょうけどね。

勤続7年で移籍する人

そういえば明日で勤続7年ですか。

ということをなんで唐突に書いたのかというと、同期からメールが届いて、

事業部門の移管に伴って4月から社外に移籍するという話があったから。

言われて見ればそうだ。確かにこの人の部署は移籍対象だったわ。


今まで会社の同期で退職したのは2人、改めて調べたけどやっぱり2人だった。

しかもこのうち1人は外国出身で、出身国への里帰りのための転職ですね。

おそらくこの人の移籍が3人目ですね。仕事内容は変わらないから転職とは言えないけど。

けっこうな人数が7年働いて、転職したのは2人か……これにはちょっと驚いた。

僕のように最初の配属以来、仕事内容が大きく変わらない人も多いですが、

社内で仕事内容が変わっているであろう人はしばしばあることは読み取れる。

以前、他の本部の人と話してたとき「○○本部の肥大化」なんて話をしていたが、

全体を見渡してみると、この本部に所属する人が増えているのはよくわかる。


移管される事業部門というのは社内(グループ内の意味)では小さな事業部門である。

社史を見ると、一時期はかなり巨大な事業部門だったらしいが、

事業を取り巻く環境が変わり、社内での注力分野も移り変わり、社内でも小さな事業部門として細々とやっていた。

社内では一定のまとまりのある事業分野とかで分社化が行われ、うちの勤務先では会社ごとに採用活動をして、それぞれの会社の目的にかなうように育成している。

ただ、例外はあって、分社化しないほど小規模で、かなり性質が異なる事業部門が2つぐらいあったんだよね。

そこに配属された人が1人ずついて、1人は採用時点で事実上決まっていたようである。

もう1人はまったくノーマークだったようで、かなり驚いていた記憶がある。

実はそのかなり驚いていた1人こそが今回、移籍する人なのである。


細々と続いていた小さな事業部門だったが、小規模ゆえの課題は多かったようだ。

詳しくは書く気も起きないけど、業務上関連がほぼないはずの当部署にも波及した。

そんなどん詰まりを打開する策として選ばれたのが他社への譲渡だったというようだ。

それに伴って社外に移籍するということにはいろいろな思いがあったんだと思う。

移籍に同意せず、社内に残ることを選んだ人もいるらしい。

果たして彼の本心はどうだったのだろうか?

どん詰まりを打開する策として前向きに捉えたのだろうか?

7年もやってればそれなりの愛着のある仕事ではあったのだろうか。


7年も働いてれば、そこそこベテラン扱いされるようなこともあって、年末にはこんなぼやきを書いている

これが製品に対する広い知識だったり、かなりベテラン向きの仕事だと思うのだが、

そんなことを勤続6年のやつに押しつけておいて、仕事のやり方が気に食わないと課長3人に詰められたこともあった。

(2021年を振り返る)

今はうまいことやっていると思いますよ。

その割にはまだ下っ端扱いみたいなのもあったりするんですけどね。

それは部署の構成からして仕方ないことか。

休暇の日に水回りの工事予定

ちょっとどうするか悩んでいる話があって、それが社宅の水回りの工事計画。

平日とびとび2日で予定されていて、仕事に行けばどうってことはないが。

在宅勤務が多いけど、水が使えなくては仕事もできないというわけで、

この日がどうしても出勤させてくれと言えばよいと思ったのだが……

実はこのうち1日は休暇取得予定なのである。外出のためではなく、前日の帰りが遅くなるだろうからなんだけど。


どうも工事内容を見ると、先日の水回りのトラブルが影響してるっぽい。

実はこれが大変だったのである。実は建物内で漏水があったんですよね。

で、仕方なく断水。これが夕方まで続いた。

断水だと手も洗えないしトイレも流せないし料理もできない。

とはいえ、このときは逃げ道があって、それは敷地内の蛇口が使えたことである。

ボウルを外にある蛇口に持っていって部屋に運んで、それをすくって手洗い、料理に使った。

(この日の昼食はうどんを食べた覚えがある。少量の水が必要だった)

トイレもボウルの水を一気に流せば、流せたからこれで救われた。

しかし今にして思えば、緊急出勤にするべきだったのかなぁ。


というわけでこの日の日中はなにか外出しないとどうにもならないことになった。

今度は工事内容からしてトイレを流すことはどうしてもできない。

どうしましょうか? 本当なら買い物を別としては家でダラダラしたかったのですが。

スーパー銭湯に入りに行きますかね。

確かに自転車歩行者専用道ですね

ずっと風呂に入ってたらふやけるけど、休憩室で読書でもしましょうか。

思わぬ出費だが、そんなに高くはないし、こういう1日もいいでしょう。


社宅の断水・停電など伴う工事は平日にやることが多いが、

この前に停電の工事が土曜日にあったかなぁ。

これは在宅勤務する人が多いことも考えたのかどうか知らんが。

停電は2時間ぐらいだからそんなに気にならなかった覚えはあるが。


まぁそれにしても突然の漏水に遭遇した人は大変でしたね。

別のフロアの廊下で起きた事件らしいのだが。

応急処置でバルブを閉めて、そこから工事を手配して……と。

このあたりは大家(というか社宅管理部門だな)がやったんだろうけど。


地域全体で断水とか、下水道管の破壊とかには遭遇したことはないけど、

そうなれば敷地内の蛇口をひねるとか、そういう逃げ道もないですからね。

まぁそうなれば給水車も来るだろうけど、水取りに行くのも大変だし、

下水道管が破壊されれば、トイレいくにも外出しなければならない。

そういうがないように対策はしているけど、なにがあるかはわかりませんからね。

甲州街道沿いの梅林

今日は花見のためにおでかけ。この時期ですから梅ですね。

ちょっと前に八王子市の高尾梅郷の紹介を見て、比較的近いし時期になれば行くことを考えていた。

時期としては少し早めかなと思ったけど、暖かくなってきたしね。


というわけで、JRに乗って高尾駅へ。ここは東京方面と甲府方面の通勤電車の乗換駅でしたね。

北口の周辺案内を見ると「○○霊園」とか「多摩御陵(武蔵野陵)」とか墓だらけ。

東京都心から延々続いてきた市街地が途切れるのがやっとこの辺なんですね。

で、てっきり観梅のための地図とか置いてあると思ったらないんですね。

まぁ八王子市のWebサイトに書いてあるので。(cf. 高尾梅郷 (八王子市))


まずは国道20号線を高尾山方面に歩いて行く。進むと右手に梅林があるようだが。

JRの線路をくぐって少し進むと「遊歩道梅林」と書いた看板があった。川沿いに梅が並んでいるようだ。

突然梅林になるから驚くが、この高尾梅郷は街道筋に沿って梅林が点在している。

そのため、観梅のためには梅のないところも含めてかなり歩くことになる。

また、旧甲州街道の細さもあって駐車場はないし、そもそも車が走るのも大変。

ただし、バスは比較的多く走っている。


そんなこんなで川沿いに梅が並ぶ遊歩道梅林を散策する。

きれいだけど、まだ咲いてない木も多いなぁなんて思いながら進む。

それもしばらくすすむと途切れてしまう。案内を見るとこの先には天神梅林があるらしい。

というわけで獣道みたいなところを進むのだが、これがけっこうある。

本当にこれで合ってるのかよと半信半疑で進むと、斜面の梅の木がたくさん。

そこには「高尾天満宮」という石柱がある。神社はさらに先かなと思いながら斜面を散策して梅を楽しんでいると、無人の祠に「天満宮」と書いてある。これらしい。


この天神梅林を散策しているときに、周りを見てみると鉄道と高速道路がある。

鉄道はJR中央本線、高尾~相模湖の区間でこのあたりには駅はない。

高速道路は中央自動車道、鉄道と同じくトンネルを抜けて相模湖へ向かう。

そりゃ旧甲州街道の街道筋に沿った梅郷なんだから、他の交通機関もあるわけだが、

さらに進んでいくとジャンクションが見えてきた。これ圏央道とのジャンクションだね。

で、その圏央道の真下は少し開けて公園になっていた。梅まつりをやってたらここがメイン会場だったらしい。

いかにも地域対策という感じのある施設だが、帰りに見たら地域の人がゲートボールで遊んでましたね。


ここからは旧甲州街道をさらに進む。沿線には梅がちらほらと。

家の庭などに数本梅を植えているのは自家用か。ちょっとまとまった梅園もありますね。

それで進んでいくと「木下沢梅林」の入口という急な坂がある。

ここはいかにも整備された梅林だったが、ここはあまり咲いてませんでしたね。

あらかた咲くとなかなかの景色なんでしょうけど。

ちなみにここは高速道路の真横なのだが、その高速道路では小仏トンネル周辺の拡幅工事を行うので、そのための仮設施設を梅林の近くで作っていた。

国道20号線と分岐したあたりは、ある程度住宅がまとまっていたのだが、

圏央道をくぐる頃にはもう街道筋にまばらに並ぶようになり、この辺はほぼ住宅はない。

鉄道が近くを通っているなら駅があってもよいのになと思ったが、高尾駅から2~3kmも進めばこんな状況なんですね。


そんなわけだけど、バスは比較的多く走っている。

一番多いのは休日昼間ということでハイキング用途での利用が多いのかな?

観梅対応で増発……ではなく2台続行で運行されていた。

なぜ続行なのかというと、旧甲州街道が細くて行き違い地点が限られるからだろう。

木下沢梅林からバスで帰る人が梅の里入口バス停に列を成していたが、この先の利用も考えれば2台体制がよいという判断か。

さっきも書いたように自家用車でのアクセスが難しい梅林ですから、こういう対応をしているということですね。


そんなわけで結構歩いたのだが、帰りも歩いて行くことに。

圏央道をくぐるところからは行きとは違うルートを進む。

「荒井梅林」と書いた看板があったので、線路をくぐって坂を上って……

ここはまさに梅の栽培をしている畑が並んでいる感じでしたね。

街道筋を見下ろすような梅園で景色が良い。その景色の良さにカメラを向ける人がちらほら。

もしかしたらこの人たちは線路を走る電車と梅を合わせて撮りたいのかもしれない。


最後のまとまった梅園は「関所梅林」だが、梅が植えられた公園という感じ。

関所というのは小仏関所跡のことである。ここに江戸時代には関所があったと。

ただ、この広場には「甲州街道 駒木野宿」という記載もあってちょっと違和感が。

説明を読むと、もともとは小仏峠にもっと近いところにあったらしい。

それが移転して駒木野にやってきて、駒木野関と呼ばれることもあったそうだが、一般には小仏関所として知られている。

箱根関所とかに比べるとかなりコンパクトな印象だが、甲州街道って今の中央道のイメージよりはるかにローカルな街道でしたからね。


というわけで国道20号線に出ると、もう少し歩けば高尾駅。

一気に高層住宅が建ち並ぶ景色になるのでギャップには本当に驚く。

いろいろ考えたけど、電車に乗ってまっすぐ帰宅することにした。


気になるところはいろいろあるけど、なんといってもうちから近いですからね。

去年の春に越生に行ったけど、あれも大概遠かったですよね。

高尾梅郷は街道筋に点在するということで、これは好みがあると思う。

あとは梅のバリエーションはあまり多くない印象はある。

とはいえ、歩いて楽しいところであることは確かで、冬にはなかなか出歩けなかったから久々に楽しかったですね。

完全国体は貴重だが、完全オリンピックも貴重か?

北京オリンピックの閉会式の中で次回開催地へのオリンピック旗の引継ぎがあって、

次回開催地の市長として2人の人が来ていた。

これは2026年の次回冬季大会がミラノとコルティナ・ダンペッツォの共同開催であることによる。

ミラノは氷の競技を、コルティナは雪の競技のメインの開催地となるが、かなり広域に分散する予定である。

共催でオリンピック


しかし氷雪の会場が分かれるということなら今回も氷は北京、雪は張家口で分かれてたし、

その前のピョンチャンも雪はピョンチャンで氷はカンヌンだった。これは隣同士だけど。

オリンピックを複数都市で共同開催するという制度は、オリンピックの種目数が増える中で開催都市の選択肢を増やすという意図があるとみられる。

夏は単純な競技数の多さだが、冬は雪の競技は適地が限られ、山間部には大規模な競技施設は用意しきれないという問題がある。

氷雪分離での開催は今後の冬季オリンピックの標準スタイルになるのかもしれない。

一方で2030年の冬季オリンピック招致を目指している札幌は氷雪の主要な種目を市内で実施する計画である。

唯一無二の豪雪地帯の200万都市らしい「完全冬季オリンピック」構想だが……


というところでふと頭に浮かんだのが「完全国体」という言葉である。

これは国民体育大会の秋季大会と冬季大会を同一都道府県で行うことである。

多くの都道府県では氷雪の競技はできないため、冬季大会は分離して開催される。

しかし県内に氷雪の競技ができる施設があれば、全て1つの都道府県で完結する。

このような国民体育大会は「完全国体」と呼ばれ、最近では2016年の岩手国体が該当する。


ただ、冬季大会って スケート・アイスホッケー・スキーと3区分に分かれてて、

このうち1つ・2つ、あるいはさらにそれを細分化して開催することもある。

会場が特に限られるのがスピードスケートとスキーである。

このためスケートとスキーの分離開催は以前から一般的に行われていたそうだ。

さらにスケートリンクの数も考慮してか、アイスホッケーの分離開催も行われるようになった。

東京都と神奈川県はアイスホッケーだけの国体冬季大会を実施したことがある。

いずれもスケートは山梨県開催であり、隣接地域ということで選ばれたのか。


冬季大会の開催回数を国体2巡目に入った1988年から数えてみた。

その上で冬季大会3区分の開催実績のある都道府県を列挙すると、

北海道・青森県・岩手県・山形県・福島県・群馬県・長野県となる。

これらは確かに完全国体の開催実績あるいは計画がある。

条件は厳しいと書いたが 47都道府県中7道県というのは意外と多いかな。


ところで、完全国体でなくても秋季大会と冬季大会をともに開催する場合がある。

準完全国体とでも言えばいいんですかね。こういうスタイルもいくつかみられる。

これをやった都道府県の1つが東京都である。2013年の東京国体がそうだった。

スキーは秋田開催だけど、スケート・アイスホッケーは東京開催である。

しかし、ここにはからくりがあって、スケートのうちスピードスケートは福島県の会場を使ったんですよね。

国体競技の中でも射撃はできる場所が限られるため他府県での開催が多く、

2013年の東京国体でも射撃の一部は埼玉県・千葉県での開催になっている。

これと同じ理屈でスケートのうちスピードスケートだけは福島県でやったわけですね。

それ以外のスケート、ショートトラックとフィギュアスケートは東京開催なので、

スケート大会全体としては東京国体の一部となっているわけですね。


限りなく完全国体に近いのが2012年の岐阜国体である。

秋季大会と冬季大会のスピードスケートとスキーは岐阜開催だが、それ以外のスケートとアイスホッケーは愛知開催にしたのである。

岐阜県ってスピードスケートができるという点では貴重だけど、

他のスケート競技はできないんですね。それで愛知開催になったんだと思う。

とはいえ、岐阜・愛知は隣接していることを考えれば、実質完全国体では? という気もする。

なお、秋季大会でもセーリングは愛知県の会場を使っている。内陸県だと厳しいよね。

岐阜・愛知の2県で氷上競技を実施するのは、昨年の三重国体でも採用されていて、

秋季大会は三重、冬季スピードスケートは岐阜、他のスケートとアイスホッケーは愛知、スキーは秋田と4県開催の国体となった。

ただし、この大会は延期無しの中止に追い込まれている。(スケート・アイスホッケーだけはやったらしいが)


なお、2028年に青森県で予定されている国民スポーツ大会は冬季大会全てが青森開催になる。

(ところで国民スポーツ大会の略称は国スポらしいが、これ定着するのか?)

とはいえ、これもスキーの一部は秋田県の会場を使用する。

1990年にスキー国体の実績はあるが、現在の設備では対応しきれないようだ。

なので、全競技が県内に収まるという意味での完全開催ではないが、秋と冬3区分は県内でやるのでこれを完全開催だと言っている。


2030年の札幌オリンピック構想について「完全冬季オリンピック」と言ったが、

アルペンスキー滑降が千歳市にかかった以外全て市内で行った1972年大会とは違い、

氷雪それぞれの一部の種目は市外開催となる予定である。


スピードスケートは帯広開催を想定しているが、1972年当時はスピードスケートは屋外競技だったが、現在は国際大会は風の影響を受けない屋内で行うことが多い。

屋内のスピードスケート場は道内では帯広にあり、国内外の大会実績が豊富である。

2017年の冬季アジア大会は札幌で行われたが、スピードスケートは帯広だった。

それと同じなので特に問題ないでしょうということですね。

距離は鉄道・高速道路で3時間ほどと離れているけどね。


アルペンスキーの一部(おそらく高速系種目)はニセコでの開催を想定している。

これは1972年大会の滑降コースは仮設だが、森林伐採などの非難もあったためだろう。

アルペンスキーの高速系種目は立地条件が厳しく、長野オリンピックでも仮設から既設スキー場の利用に変更したが、それでもだいぶ揉めたという。

札幌からは多少離れるが、スキーヤーからの知名度も高いので採用されたのだろう。

こっちは帯広ほどは離れていない上に、新幹線が開通すれば倶知安まではより短時間で移動できる。しかし新幹線開通してるのか?


そしてこれが最大の問題、ボブスレー・リュージュは長野開催を想定している。

もうこれは作っても維持できないのは目に見えているので遠くても既設会場だという話だが、その既設会場はというと老朽化のため製氷停止である。

スパイラルはかくして休止になった

スパイラルを再度使えるようにするのにいくらかかるのかという話である。

日本のそり競技への貢献は大きいが、費用面では厳しいのが実情だと思われる。

これは最悪国外開催もあると思うんですけど、スパイラル廃止の背景であるピョンチャンの施設も維持できてないらしいという話も聞くんですよね。


ということで言うほど完全冬季オリンピックか? という指摘もあると思うが、

札幌がホストタウンであるという体裁には全く問題ない範囲だと思う。

遠隔地といえば今度のパリオリンピックのサーフィンなんてタヒチ開催ですからね。

パリはともかく、フランス本土でも可能っぽいが、よりよい会場を求めた結果がタヒチらしい。

東京オリンピックで酷暑対策で競歩・マラソンが札幌開催になった話もありますが、

夏季大会も限られた期間内に気候上の条件を満たして実施するためには、共同開催を積極的に活用することはあり得るかもしれませんね。

現時点では、パリ・ロサンゼルス・ブリスベンと単独開催が並んでますけどね。

ってブリスベンって南半球だからまた冬に夏のオリンピックをやるのか……

それはやめた方がいいと思うんだけどなぁ。南半球のためにスケジュールずらせない事情もわかるんだけど。

武蔵野の森公園とは行き方がちょっと違う

明日、調布市の武蔵野の森総合スポーツプラザに行く用事があって……

というか今日も行きたかったがチケットが手に入らず。

多分、うちからだともっとも近い大型体育館ということになろうと思う。

これだけ近いのだからなんとしても行きたい思いもありつつチケットが用意されるかは別問題。

まぁインターネット配信もあるからね。


しかし近いがゆえの悩みもある。どうやって行くのがよいかわからんのである。

一般的にお隣の味の素スタジアムともども、京王線の飛田給駅からのアクセスが使われる。

東京都心方面からならこれで全く問題ないが、うちからはこのルートは不便である。

味の素スタジアムを使うほどの規模のイベントだと、JR中央線の複数の駅からバスが出る。

しかし、体育館でそういう話はあまり聞かない。

距離的には自転車で行けるのだが、果たして駐車場があるのかがよくわからない。


ということで下見ということで散歩に行ってきた。

そもそもこの一帯は軍の飛行場の跡地で、その一部は調布飛行場として飛行場の機能を残している。

しかし用地の多くは公園となり、飛行場により南北に分断された 武蔵野の森公園、

そして味の素スタジアム(計画時の名前は 武蔵野の森スタジアム)、武蔵野の森総合スポーツプラザといった体育施設があるという構造になっている。

この武蔵野の森公園には過去に自転車で散歩して行ったことはあるが、北地区である。

今回の目的地は南地区に隣接するから全く行き方が違うと思っていた。


南地区の東側は天文台通り(三鷹市にある国立天文台に由来)に接している。

なので天文台通りを走っていけばよさそうである。

なお、天文台通りは味の素スタジアムへのバスが走るルートでもあるはず。

ただ、スタジアムに入るのは臨時バスだけなので、定期バスだと天文台通りのバス停を使うのだと思っていた。

しかし、これはあまり正しくなかった。スタジアムが目的なら完全な間違いでも無いが。


そんなわけで天文台通りを走って行くと、「都立 武蔵野の森公園」と書いた看板が。

公園内には三鷹市・調布市のスポーツ施設が並んでいる。都立公園内に市のスポーツ施設があるんですね。市境が錯綜しているのでこういうことになるらしい。

公園に入るとスタジアムを抜けて体育館にいけるはず……

と思ったのだが、武蔵野の森公園とスタジアムの間には柵があるので通り抜けられない。

一方で分断されていると思っていた、武蔵野の森公園の北地区・南地区だが、

昼間のみの時間制限があるが、調布飛行場の西側にある回廊で往来できるようだ。

というわけで、思っていたのと全然違う! となってしまった。


一方で武蔵野の森公園の南端に沿って、味の素スタジアムの入口通路がある。

車道はバス専用(スタジアム敷地内の臨時バスターミナルに直結)、歩道は通れるようだった。

歩道を通って行くとスタジアムの周りにはスタジアム用の駐輪場がある。

なので、スタジアムが目的地の場合は、天文台通りから行くというのはそんなに間違いではない。

しかし、本来はスタジアムが目的地ではないのだから、スタジアム敷地内を通ることは好ましくない。

(一方でスタジアムを使う日ではないのに、あえて扉を開いて歩道を開放しているのは、天文台通りとの往来を確保するためではないかとも思う)


では、本当の正解はなんだったのか?

スタジアム西端・体育館東側の「スタジアム通り」からアクセスするのがよい。

このスタジアム通りにはスタジアム・体育館それぞれの駐輪場が並んでいる。

しかも自転車用とバイク用が分けて設けられている。

四輪車の駐車場はイベントのため閉鎖されているようだったが、駐輪場は使えるようだった。

スタジアム通りのあたりは府中市と調布市の市境をまたぐように通っており、

スタジアム通りを北に進むと府中市・三鷹市にまたがる武蔵野の森公園(北地区)が。

地図で見ると南地区~体育館の方が近そうだが、スタジアム敷地内を通れない場合は北地区~体育館の方が近いのだった。これは驚きの事実だった。


というわけで、武蔵野の森総合スポーツプラザへの自転車での行き方というのは、

府中運転免許試験場に自転車で行く場合のルートと8割同じだった。

確かに言われて見れば近かったですね。

飛田給駅からのアクセスが一般的とは書いたが、京王多摩川線で多磨駅下車という方法もある。

多磨駅は府中試験場の最寄り駅でもある。(ちょっと遠いんですけどね)

そんなわけで「運転免許更新の帰り道の景色だ」と思いながら、自転車で走って帰ったのだった。


振り返って見ると、スタジアム・体育館 は武蔵野の森公園の公園区域ではないんですよね。

一見分断されている公園の北地区・南地区は実は細い回廊でつながっているし、

一見隣接している公園とスタジアムは別施設なので柵で区切られているという。

これは公園利用者には当たり前なんだろうけど、地図で見てもわかんないですね。

なお、スタジアムと体育館については別扱いの施設ではあるのだが、

一方で体育館のある場所というのは、味の素スタジアム と 同スタジアムのサブトラックである「AGFフィールド」に挟まれた場所である。

制度上は別扱いだが、実態としては一体的に運営されていると言えるんじゃないか。


このあたり一帯の土地は軍用飛行場があったことでもたらされた土地であり、

スポーツ施設だけでなく、東京外国語大学や警察施設・福祉施設・特別支援学校・病院といった様々な使われ方をしている。

一方で、規模は大きく縮小したが、飛行場が残っているということは制約でもある。

こんな見た目だけど、東京都内を結ぶ定期旅客便の発着がある飛行場ですから。

そういう名目が無ければ、こんな飛行場存続できるわけはないのだが。

この周辺を動く中で空港の存在は本当に邪魔でしたね。


というわけで、もうこれで 武蔵野の森総合スポーツプラザ・味の素スタジアム へのアクセスは万全である。

自転車でこの規模の会場に観劇に行けるなんてなかなかないですよね。

もしオリンピックが有観客だったら、ここで世界レベルの競技に触れることもあったかもしれないけど。

でもオリンピックだと駐輪場が閉鎖されたり、厳しい交通規制が敷かれたりしたかもしれないし、自転車でピューというわけにはいかんかったかもね。