最恵国待遇とはなにか

アメリカのトランプ大統領、基本的に言うことがおかしいのだが……

トランプ大統領 カナダ メキシコ 中国に関税 報復措置や反発も (NHK)

トランプ大統領 輸入の鉄鋼製品とアルミに25%関税 日本も対象 (NHK)

実はこれどちらもWTOのルールにとって大きな問題がある話なのだ。

というわけで自由貿易に関わる世界のルールを勉強してみた。


関税及び貿易に関する一般協定、略称のGATTなら聞いたことがあるかもしれない。

WTOより長い歴史のある協定で、GATTが発展してWTOという組織になったという経緯があるよう。

関税及び貿易に関する一般協定 (外務省)

日本語版だってとても読めたような協定ではないけど、いくつか重要なルールをかいつまんで説明する。

第1条のタイトルが「一般的最恵国待遇」となっているが、

これはWTO加盟国はWTO加盟国との貿易に対して最恵国待遇を与えないといけないというルールである。

いずれかの締約国が他国の原産の産品又は他国に仕向けられる産品に対して許与する利益、特典、特権又は免除は、他のすべての締約国の領域の原産の同種の産品又はそれらの領域に仕向けられる同種の産品に対して、即時かつ無条件に許与しなければならない

全てのWTO加盟国に最も有利な条件を与えること(最恵国待遇)というのは、

全てのWTO加盟国に同じ条件を適用するということである。

条文を読んだらまさにそういうことが書かれていますね。


あれ? でも特定国からの輸入に対して安い関税率が適用されることってあるよね。

確かにこの考えで言えば、WTO加盟国からの関税率と、非加盟国の関税率の2つしか存在しないはず。

でも、実際には他にもいくつかの関税率が存在するんですね。

GATTの36条にはこんな文言が書かれている。

多くの低開発締約国が限られた範囲の一次産品の輸出に引き続き依存しているので、これらの産品の世界市場への進出のための一層有利な条件であつて受諾可能なものを可能な最大限度において設けることが必要であり

発展途上国に対して優遇措置が必要であるというようなことを言っていると。

この目的のため、発展途上国に有利な税率を適用すると、それ以外の国に対する最恵国待遇を満たせなくなるので、

1979年にGATTの会合で「異なるかつ一層有利な待遇並びに相互主義及び. 開発途上国のより十分な参加に関する決定」が行われ、

発展途上国に有利な税率を適用する制度(GSP)が公認されるに至った。

ちなみに2019年まで中国・メキシコ・タイ・ブラジル・マレーシアなんて国もGSPの適用対象だった。

日本の制度上、GSPからの卒業要件が意外と厳しく、ここまでかかってしまったらしい。


で、もう1つ重要な例外措置があって、それが自由貿易地域(FTA)ですね。

これはGATT 24条に定められているのだが、

自由貿易地域とは、関税その他の制限的通商規則(略)がその構成地域の原産の産品の構成地域間における実質上のすべての貿易について廃止されている二以上の関税地域の集団をいう。

最恵国待遇の枠組みの外で、関税が「事実上のすべての貿易について廃止」することは認められているということである。

この「事実上のすべての貿易について廃止」というのはいろいろ論点があるようだが、

分野の偏りなく85%以上の関税をせいぜい10年ぐらいで撤廃することを指すものだと言われている。

ちなみに最近は貿易に限定しない経済連携に関わる協定だということで経済連携協定(EPA)と書かれることも多い。


日本にとってはCPTPPとRCEPが代表的なものである。

CPTPPはアメリカ抜きのTPPということで、2018年に発効している。

RCEPはASEAN+5(日本・中国・韓国・オーストラリア・ニュージーランド)医で締結された協定で2020年に発効している。

日本とASEANとは2008年にEPAが締結されており、中国・韓国とのEPAという意義が大きい。

あと、日本とEU・スイス・イギリスの間でもEPAが結ばれている。

この結果、日本の貿易額のうち79%が関税が「事実上のすべての貿易について」廃止された状態になっている。

原産地規則もあるのでこれらの国からの輸入品全てが無税に近いかというと、

なかなかそうもいかないが、RCEPやCPTPPのような多国間の協定になったことで、

国を超えたサプライチェーンをカバーしやすくなり、FTAの活用はより進んでいるとのこと。


で、冒頭の話に戻るのだけど、

まず特定の国に対して高い関税を掛けるというのは、最恵国待遇に真っ向から反する行為である。

セーフガード措置やアンチダンピング措置というのはあるけど、

トランプ大統領の言っていることはこういう話ではないので、WTO加盟国としてはあり得ないことである。

これはわかりやすい話だと思う。


もう1つ、日本を含む全世界からの鉄鋼・アルミに高い関税を課すというもの。

全ての国に等しく高い関税を課すのは最恵国待遇に反しない気もするが、

これは逆にFTAとの兼ね合いで問題になってくる。

実は日本とアメリカの間では日米貿易協定というFTAが結ばれているのだ。

まぁこの協定がFTAなのかというのは議論がある話なのだが、

さっきも書いたように特定の国への関税を引き下げる手段というのはGSPとFTAの2つで、

日本とアメリカの間で選びうるのは当然FTAしかないわけである。

で、関税が「事実上のすべての貿易について廃止」されているはずなのに、

そこに例外なく関税を掛けるというのは当然FTAからの逸脱であり、

こうなってくると最恵国待遇の例外にあたらないという話になってくるのである。


もちろんこれらはWTO加盟国に課しているルールであって、

アメリカがWTOから脱退すればその限りではなく、実際そういう検討もなされているようである。

ただ、こうなってくるとアメリカはWTO加盟国からの最恵国待遇が受けられなくなる。

一応、WTO非加盟国というのは存在して、そのための税率も存在していて、

日本では赤道ギニア、エリトリア、アンドラ、北朝鮮、南スーダンからの輸入品に適用されている。


日本とアメリカに限った話を言えば、アメリカがWTOから脱退したとしても、

WTO非加盟国の関税が適用されることはとりあえずはない。

なぜならば日米貿易協定が存在するからである。

WTO非加盟国でも協定などで最恵国待遇を適用するとなっている国があり、

ブータン、バチカン、ナウル、イラク、イランなどが該当する。

すでに日本に最恵国待遇を適用されている場合は、日本も最恵国待遇を適用するというポリシーのようだ。

で、WTOとは別に協定が結ばれているというのもありまして、

日本としてはアメリカに対してWTO加盟国に対する約束に加えて、

協定で約束した関税撤廃などを行うと約束しているわけである。

なので、アメリカがWTOから脱退しただけならば、日本はアメリカに最恵国待遇を適用しなければならない。

逆もしかりでアメリカは日本に対して最恵国待遇を適用しなければならないのですが。


実のところ、GATTの最恵国待遇に関わるルールは本当にそうなのか?

というところに様々疑問符が付くところはあるのが実情である。

さっき日米貿易協定はFTAなのかというのは議論がある話と書いたが、

実はアメリカ側の関税撤廃率は実質6割程度だと言われている。

日米貿易協定、関税撤廃率低く 米のTPP復帰につなげるか (産経新聞)

そもそも日本とアメリカの間ではTPPがすでに存在している。

TPPはかなり高い水準のFTAであり、お互いこのレベルならよいと考えていたわけである。

ところが前のトランプ政権のときにTPPは凍結され、とりあえずはアメリカ抜きのCPTPPが発効することとなった。

日本としてはアメリカにTPPに戻ってきなさいという立場でいるわけだが、

当のアメリカにその気がないので、じゃあ二国間で可能なところからやりましょうと。

そのために結ばれた協定が日米貿易協定で、将来的にはTPPレベルの関税撤廃を実現しましょうという建前はある。

ただ、実態として自動車関係の関税撤廃の見込みが立っていないので、

これが実現しないままだと関税撤廃率は6割ぐらいになってしまいますよと。

この件については日本の国会でもかなり問題となったそうなのだが、

どうしてもアメリカをTPPにつなぎ止めておきたい意向もあり、成立した経緯がある。


実態はどうなのかと突き止めるといろいろあるんですけど、

こんな具合にいろいろな言い訳を活用しているのが実情である。

そんな中、GATTに反することを公然と言う大統領の国ってどうなのよと。

日米貿易協定のFTAとしての趣旨を踏まえれば、日本からの輸入品に関税を掛けるのはおかしいでしょと反論するのは当然のことである。


日本で暮らしていると自由貿易の恩恵は様々感じるところである。

日本のメーカーが外国で生産し、日本を含む全世界の輸出しているのはその典型で、

そこで使われる部品というのは日本産の部品というのもけっこうある。

日本はどうしてもエネルギーや農畜産品など外国からの輸入に頼る部分が多く、

円滑に輸入するために様々な措置がとられているところである。

小麦、砂糖、乳製品など国産農家の保護も必要だけど、国内では需要が賄えない品目はいろいろあって、

そこはいろいろ調整をしているわけだが、それでも自由貿易には叶わんわけである。

経済版「2プラス2」新設へ 米保護主義対抗で連携―日英 (JIJI.COM)

今や、世界の自由貿易の盟主は日本とイギリスだってよ。


もちろんアメリカにしても国内産業のバランスというのは重要な話で、

その観点で関税などで外国からの輸入品の制約がかかることは仕方ない部分はあるけど、

それに見合った国内産業の振興策があるのかというと、ここは疑問はある。

鉄鋼の関税が上がったところで、USスチールは老朽化する製鉄所の生産性を高める体力がなく、

そこで日本製鉄が買収して投資をしようとしたのはよい方である。

いろいろ現実が見えてない気はしますけどね。