石破総理大臣がアメリカを訪問してトランプ大統領と会談して、
最近のアメリカと諸外国の関係を考えればかなり融和的な会談だったのでは?
と言われていますが、それも両国政府関係者の尽力によるものではとかなんとか。
で、その中で日本製鉄がUSスチールを買収しようとしていることについて、こういう話があったようである。
また、日本製鉄が買収することで合意している大手鉄鋼メーカー「USスチール」について「われわれにとってとても重要な会社だ。私たちは、その会社がなくなってしまうのを見たくなかった。買収は印象的によくない」と述べました。
そのうえでトランプ氏は「買収ではなく、多額の投資を行うことで合意した。来週、経営トップと会う予定だが、とても素晴らしい会社だ」と述べました。
けっこう言っていることはまともな気がするな。
大統領選挙の公約で日本製鉄によるUSスチールの買収を破棄させると言う一方、
アメリカに投資を呼び込むのだというのは矛盾した話だが、
買収ではなく投資でなければ歓迎だという形で整合を取ったわけである。
で、後に「買収ではなく」ということの意味は、USスチールの株式の過半数を保有しないことだという話があった。
トランプ大統領 “日本製鉄はUSスチール株 過半数保有できず” (NHK)
なるほどね。
日本製鉄はUSスチールの株式の100%を現金で買うことを考えていた。
よくあるやり方ではあるけど、なぜこの方法が選ばれることが多いのか。
そこには既存株主への配慮という側面が大いにある。
会社に投資する方法としてもっとも素直なのは増資を引き受けることである。
投資額に見合った株式を得て、議決権と配当を得るわけである。
ただ、この方法は投資先の会社の株主にとっては好まれない話で、
なぜかというと株式の希薄化が起きるからである。
例えば、元々6000万株発行していた会社が、増資を行って新規に3000万株を発行したとする。
会社の利益が変わらないとすると、1株あたりの利益は2/3に減少してしまう。
結果として1株の価値が下がってしまうというのが定説である。
もちろん増資によって得た資金で投資することで将来的にはそれ以上稼ぐ会社になる可能性はあるし、
当然それを目指しているのだが、短期的にはこのような評価になってしまう。
そこで一旦現金で精算してしまうという手法が一般的なのである。
現時点の企業価値に対して、将来的な見込みを踏まえて上乗せした金額を現在の株主に一旦払ってしまう。
100%の株式を取得すれば、全ての株主が等しく恩恵を受けられる。
その上で新しい親会社は議決権と配当を100%独占することになるので、
新たな投資により得た利益は100%回収できるというわけである。
この方法は既存株主に払う現金が多く必要なのが欠点なのだが、
既存株主への配慮としては理にかなった方法だとされている。
既存株主に払う現金を節約する方法としては、自社株式を対価に株式を取得する方法もあるが、
こちらは新しい親会社の株式で希薄化が起きるのが問題なのだろう。
あと国を越えた企業再編には使いにくいですよね。
ただ、買収される会社の議決権と利益を100%独占して投資を回収できるという点では同じ効果はある。
なので、この方法もそれなりに活用されている方法ではある。
ところで日本では親子上場というのがしばしばみられる。
ソフトバンクグループとかイオンは上場子会社が多いことで知られている。
ソフトバンクグループは金策でしょうかね。
ソフトバンク(2015年までのソフトバンクモバイル)が2018年に上場したのはいかにもそんな話。
イオンは昔は過半数に至らない出資が多かったらしいのだが、
近年はいろいろな手法で出資比率を過半数まで引き上げている。
100%子会社にするには既存株主に払う現金が多くなるが、過半数得るだけなら幾分節約できることや、
ある程度は各子会社の自主性を求めているとか事情があるよう。
ただ、親子上場というのはアメリカではあまりみられない形態である。
世界的に稀とまでは言えなくて、フランスやドイツでは一定あるらしいが。
どうしてかと考えて見ると、子会社の少数株主(親会社以外の株主)の利益が損なわれる懸念があるからで、
基本的に親会社は子会社の議決権の過半数を持っているわけで、
こうなると子会社は自律的に経営方針を決めることができないわけである。
親会社の利益を優先して、子会社の少数株主の利益が損なわれる選択をする可能性があると。
そこは承知の上で株主になってるんだろうという話はあるけど。
親会社の視点にしても子会社の経営方針を決めるのに少数株主への配慮が必要なわけだし、
何らかの方法で100%子会社にした方が自由度が高まるという考えもあり、
以前に比べれば日本の親子上場は減っているようである。
トランプ氏の言う「買収ではなく、多額の投資を行う」具体的な方法は不明だが、
既存株主から100%の株式を現金で買うというのは、
特に既存株主の保護という観点では理にかなった方法である。
日本製鉄が株式の100%を取得せずに投資するということが、
既存株主が新生USスチールの株主として残るということかは一概に言えないが、
そうなったとき一番不利なのはUSスチールの既存株主ですからね。
でも、もうそれしか復活への道はないのだとなれば納得するのかもしれない。
経済的な合理性はともかくとして、形式上の独立が必要なことはあって、
思い起こされるのが2012年のソフトバンクによるイーアクセスの買収である。
当時のソフトバンクモバイルはFDD-LTEのネットワークが狭く、
当時のiPhoneはLTEではFDD-LTEしか対応しておらず、通信網の逼迫が課題だった。
そんな中でEMOBILEのFDD-LTE網を借りることで打開しようとしたわけである。
で、これに伴ってソフトバンクは会社ごと買収することになったわけである。
文字通り電波を買うような買収だったので、買収後も独立した会社を装う必要があった。
で、どうしたかというとイーアクセスの株式の大半を議決権なしの株式にして、
議決権付きの株式の67%を通信機器メーカーなどに売却したわけである。
結果としてソフトバンク(現:ソフトバンクグループ)がイーアクセスの株式の99%以上を保有しながら、
議決権ベースでは33%しか保有していないという状況になった。
まさに名目上の独立である。(この期間も連結会計上はソフトバンクの子会社だったようだが)
独立した会社を装い続けるためにワイモバイルという社名にしてヤフー傘下に移管する話もあったが、
その後、状況の変化により独立した会社を装う必要が無くなり、
2015年にソフトバンクモバイル(現:ソフトバンク)に合併されたのだった。
Y!mobileというブランドで旧EMOBILEの事業は存続しているが、
ネットワークについては完全に一体化して区別の付かない状態になっている。
勤務先でもお国の事情により子会社ではなく関連会社に留まる会社がある。
実態としては子会社とほぼ同じ扱いではあるのだけど、子会社であってはいけないのである。
従来の買収計画でもUSスチールに特殊な事情があることは理解していて、
買収後もUSスチールという社名は維持することや、取締役の過半数はアメリカ国籍にするなどの一定の配慮があった。
そうはいっても議決権の100%を日本製鉄がもっていることに変わりは無い。
これよりも名目上の独立が保てる方法を何か考えるのだろう。
既存株主の納得が得られて、投資に見合った効果が得られる方法というのは難題だが、
トランプ氏としては日本製鉄の「投資」に期待しているわけですから、
なにか折りあいが付く案はありそうだなとは思う。
トランプ大統領の発言にしては意外とまともな気はした。
商売としてはもっともな話だが、アメリカ国民の心情に配慮しなさいと。
そういう話って世の中しばしばあるんですよ。
そこを打開する策が株主に受けいられるかという課題はあるものの、
日本製鉄とUSスチールの統合というのは競争法上の問題は少ないので、
この点ではかなり有利な案という側面はある。
日本製鉄の手腕も含めて、トランプ大統領はかなり評価しているのでは?