昨日JRA賞の話を書いて、ふと気になったのがアメリカ競馬である。
芝とダート両方のレース体系がしっかりあるという点では日本と似ている。
違うのは日本は芝が主流で、アメリカはダートが主流であること。
アメリカ競馬の表彰はエクリプス賞という。
エクリプスは現代のほとんどのサラブレッドの父の父の父……を追っていくとたどり着く名馬である。
アメリカの馬ではないんですけどね。じゃあなんでそんな名前にしたんだって。
その昔、アメリカではいろいろな団体が競走馬の表彰をしていたようだが、
1971年に統一的な表彰制度ができて、名馬の名前を借りてEclipse Awardと命名したと。
アメリカ競馬というのは州ごとに統括団体があり、薬物規制などのルールすらも違うという状況が続いていた。
にも関わらず全国レベルでの表彰制度の確立という点では先進的事例だったようで、
ヨーロッパ競馬のカルティエ賞はエクリプス賞をモデルに1991年に創設されたものだという。
(ちなみにこのカルティエとはスポンサーである宝飾品メーカーのことである)
エクリプス賞の競走馬部門としては年度代表馬を筆頭に、
最優秀2歳牡馬・最優秀2歳牝馬・最優秀3歳牡馬・最優秀3歳牝馬と馬齢別の部門、
最優秀短距離牡馬・最優秀短距離牝馬・最優秀芝牡馬・最優秀芝牝馬・最優秀障害馬という条件別の部門、
そして、最優秀ダート古牡馬・最優秀ダート古牝馬という馬齢+条件の部門がある。
「牡馬」とは書いたが”Male Horse”という表記なので せん馬も明確に対象である。
2021年に日本のラヴズオンリーユーが最優秀芝牝馬を受賞しているが、
芝部門については外国馬の受賞が多いのも特色である。
日本・香港などで実績がある上にBCフィリー&メアターフを優勝したということで、
アメリカ競馬の芝競馬を代表する牝馬であると認められた形である。
2015年までは最優秀古牡馬・最優秀古牝馬とダートに限定しない形だったが、
その時代には芝部門とダブル受賞ということもあったようで、
2012年・2013年の年度代表馬Wise Danは最優秀芝牡馬と最優秀古牡馬をダブル受賞している。(せん馬だけど)
芝から年度代表馬ってあるのかと思ったが、2019年にもBricks and Mortarが芝部門から年度代表馬になっている。
2019年はアメリカ国内の芝G1 6連勝、その最後がBCターフでまさに世界チャンピオンである。
そして今は日本で種牡馬をしている。だから聞いたことある名前だったと。
エクリプス賞と日本の表彰制度を比較すると気づくことはいろいろある。
まず、アメリカでは1971年に全国レベルの表彰制度ができたわけだが、
日本ではJRA賞とNARグランプリは並立する形となっている。
2つの統括団体がそれぞれ賞を与えるという昔のアメリカ競馬と同じようなことをやっていると。
その上で部門を見てみると、JRA賞もNARグランプリも馬齢別の部門以外は性別を問わず1つだが、
エクリプス賞は障害部門以外は牡馬・牝馬が全て分かれているということ。
ダートだと牡馬・牝馬の差が比較的大きいのもあるのかもしれない。
部門についてはJRA賞は2023年から最優秀マイラーと最優秀スプリンターに分けられた。
JRAでは1600m以下を短距離と位置づけて、1200mと1600mのG1を交互に並べてきた。
ところが近年は距離にこだわり香港国際競走など外国を含めて転戦することが増え、
1200mと1600mで全く面々が異なり、スプリント路線とマイル路線どちらに賞を与えるか難しくなっていた。
このことから1400m未満をスプリンター、1400~1600mをマイラーで表彰するようになった。
一方のNARでは1500m以下を短距離としている。1600mは短距離ではない。
エクリプス賞も概ねその考えのよう。
短距離部門はJRA賞では芝、エクリプス賞・NARグランプリではダートの実績で表彰されるのが常だが、
おそらくそのような規定はないので、2023年にレモンポップ(フェブラリーステークス・南部杯とダートマイルG1級2勝)を最優秀マイラーに投票する人はいた。
ヴィクトリアマイル・安田記念を連勝したソングラインより評価するべきだったのかは疑問だが。
地方競馬にはサラブレッドの障害レースはないのでNARグランプリでは障害馬の表彰はないが、
その代わり「ばんえい最優秀馬」というのがある。ばんえい競馬もNARの所掌でしたね。
NARグランプリは地方所属馬の全国チャンピオンを表彰するものだと言えるが、
現在はばんえい競馬は帯広でしかやってないので……ある意味では世界チャンピオンですが。
馬齢別の部門はJRA賞では芝・NARグランプリではダートで選ばれるのが常だが、
昨年のJRA賞最優秀3歳牡馬でフォーエバーヤングが票を集めたように必ずしもそうでなくてもよい。
一方でエクリプス賞は4歳以上についてはダートと限定されるようになった。
2歳・3歳はダートと制限されていないから芝の実績で選んでもよいが、
BCジュベナイルやケンタッキーダービーなどのダートの世代戦の結果が重視されるだろうから、
現実的には芝で評価されるのは難しいということではないかと思う。
そう考えると昨年のフォーエバーヤングってすごかったんだなと思うけど、
3歳の表彰でさえ秋の古馬戦の結果を重視するJRA賞の特色なんじゃないですかね。
日本の表彰制度の最大の問題としてJRA賞とNARグランプリのスコープの差がある。
JRA賞は基本的にはJRAのレースで実績を残した馬が受賞対象である。
(ただし、JRA所属馬は地方開催のダートグレード競走・外国の重賞の結果も考慮に入れてよい)
一方でNARグランプリは基本的には地方所属馬のみが対象である。
ダートグレード競走特別賞に限っては所属を問わないことになっている。
この隙間に転落したのが2021年にBCディスタフを優勝したマルシュロレーヌである。
日本調教馬初の外国のダートG1制覇という快挙だったが、
JRA賞最優秀ダートホースはテーオーケインズ、最優秀4歳以上牝馬はラヴズオンリーユー、
NARグランプリの最優秀4歳以上牝馬は地方所属馬しか受賞できないし、ダートグレード競走特別賞は船橋のカジノフォンテンとなり、
なにか表彰してやれないかと考えたNARはマルシュロレーヌを「特別表彰馬」とした。
地方のダートグレード競走をステップにBCディスタフを制覇したことは地方競馬にとっての名誉であるという理屈である。
今の制度では NARグランプリ年度代表馬、ダートグレード競走特別賞、JRA賞最優秀ダートホースと、
ダートのチャンピオンを表彰する賞が国内に3つ存在するわけですよね。
2023年で言えば、イグナイター(NAR年度代表馬)、ウシュバテソーロ(ダートグレード競走特別賞)、レモンポップ(JRA最優秀ダートホース)である。
これではいけないじゃないかという考えは当然あると思うのだが、
地方所属馬をたたえることに主眼を置いているNARグランプリと、
かつての八大競走を筆頭にJRAの重要レースでの結果が評価されがちなJRA賞の考え方の差は大きい。
エクリプス賞もカルティエ賞もJRA賞も記者などの投票で決まるわけだが、
現状のJRA賞を見ても地方競馬のレースを正当に評価してくれるかは疑わしい。
なお、NARグランプリは選定委員会での投票により選定されている。
あと中央・地方通じてダートの馬齢・性別の表彰を行う場合の課題としては、
JRAではダート牝馬路線の整備がほとんど追いついていないというのがある。
3歳戦の関東オークス、古馬戦のJBCレディスクラシック、エンプレス杯とチャンピオン決定戦は用意されたが、
JRAからの出走馬を選ぶためのレースが不足しているという実情がある。
またJRA所属馬が出走できる2歳の牝馬限定戦はエーデルワイス賞が唯一、
それで牝馬ながらに全日本2歳優駿に出たミリアットラヴが優勝したのは快挙だけど……
本当なら地方所属・中央所属ともに目指すべきチャンピオン決定戦は同じであるべきのはず。
というわけで難しい問題なんだけど、昨年から大井の3歳ダート三冠が始まり、
こうなると地方・中央を通じたダートの3歳チャンピオンを表彰したくなるはずである。
芝・ダート通じて、中央・地方通じての年度代表馬を決めるべきだとは必ずしも思わないけど、
ダート競馬の表彰の在り方は改めるべきときが来ているのかなと。