USスチールがぶち切れるわけ

USスチールがぶち切れているということで話題となっていたのだが……

日鉄のUSスチール買収阻止にCEO「中国が小躍り」と激怒 労組は「歓迎」で温度差 (産経新聞)

社長のコメントとしてこういうことを言うかという話だが、それだけ道理のないということで。


外国企業がアメリカ企業を買収する場合、CFIUSの審査を受けなければならない。

多くはすぐに承認されるようだが、詳細な検討が必要となると時間がかかる。

日本製鉄によるUSスチールの買収はこのパターンにあたったわけだが、

CFIUSの審査結果は「合意に達することができなかった」というものだった。

は? と思ったのだが、複数の省庁の合議体で全会一致できないとこうなるらしい。

その場合に最終判定を行うのは大統領ということでめんどくさいことしてくれたなと。


バイデン大統領は日本製鉄によるUSスチールの買収を阻止すると豪語していた。

これは民主党の支持団体の1つである 全米鉄鋼労働組合(USW)の働きかけもあったのだが、

次期大統領のトランプ氏も同じようなことを言ってるから、2大政党が揃って阻止すると言ってるのだが。

じゃあ、大統領が判定するとなればNO GOになるに決まってるじゃないかと。単純に考えればそうだが。


ただ、CFIUSの審査で残った懸念は「国内の鉄鋼生産量が減少するおそれ」なんですよね。

日鉄のUSスチール買収審査、国家安全保障リスクで合意できず=米紙 (ロイター)

とはいえ、USスチールは買収不成立となれば、老朽化したモンバレー製鉄所を閉鎖すると言っているほどである。

USスチールには老朽化した製鉄所を改修する金はないのである。

大義がないのに大統領が買収を差し止めたとなれば、国の信用にも関わる話である。

公約で買収を阻止するとは言ったけど、CFIUSの見解を見て阻止するには値しませんでしたというのもあると思っていた。

ところがなんと大統領の手で買収を阻止したのである。そんな野蛮な国が存在したんですね。


それに対するUSスチールの社長のコメントもひどいものである。

「北京の中国共産党指導者たちは路上で小躍りして(喜んで)いる」というのはいかにも陰謀論めいた話である。

USスチールを追い詰めた要因の1つが中国での鉄の過剰生産だとされている。

世界的にも製鉄業が苦境になる中、日本製鉄は高付加価値の鉄でうまくやっていて、

過剰生産に打ち勝つための方策があり、そのための投資をすると言っている。

ところが買収阻止によりこれが打ち砕かれれば、過剰生産をする中国の思うつぼじゃないかと。


買収が成立しなければモンバレー製鉄所の閉鎖もあるという話が出てきて、

日本製鉄としても丁寧な説明をしたこともあってか、USスチールに近いところでは買収への理解は深まっているところである。

地元市長は買収を承認するようにと大統領に陳情をしていたというし、

実はUSスチールの労働組合も買収には賛同しているところである。

上部団体のUSWは反対しているのだが、その下部では賛成なんですね。


日本だと会社別の労働組合が基本だが、アメリカでは業種別の労働組合が基本である。

業種全体として処遇改善を訴えかけるには協調して労使交渉やストライキにあたるのが効果的だが、日本ではあまりみられない。

善し悪しはあるが、会社ごとの事情を見ながら対話できるのはよい側面である。

USWとしては製鉄業全体を見て買収を阻止するべきと主張したという理屈だが、

下部団体の組合員の意向が反映されていないのはどうなんだという話になり、

それが実際に影響を与えたとすれば、USWにとっても大きな問題ではないか。


司法判断を仰ぐという話もあるのだけど、早々どうにかなりそうな話ではない。

ビジネス的には買収失敗という方向で動かざるを得ないわけだけど、

こうなると日本製鉄がUSスチールに違約金を払わないといけない。

そうなんですよ。競争法上の問題などで買収が成立しなかった場合は、

買収をしかけた会社が違約金を払うという商慣例があるんですよ。

その額はなんと約890億円、USスチールに投資額に比べれば小さいが何のリターンもないお金である。

買収不成立の違約金といえば、T-Mobile USのことを思い出す。

ソフトバンクがアメリカで当時加入者数3位の携帯電話会社、Sprintを買収したとき、

業界4位のT-Mobile USと経営統合して、上位2社と戦うことを目論んでいたとされている。

この当時、AT&TによるT-Mobile USの買収が2社合計のシェアが高すぎると阻止されている。

ならば3位のSprintなら認められるだろうという目論見はあったのだが、

このときT-Mobile USは多額の違約金を得て、このお金で顧客開拓を進めたと。

するとみるみる契約者数が増加し、Sprintを抜いて業界3位となったわけである。

こうなるとSprintがT-Mobile USを買収するという目論見は成り立たず、

最終的にはT-Mobile USにSprintが吸収されるという形になっている。

ソフトバンクは引き続き大株主だが、親会社はドイツテレコムである。


いろいろ信じがたい話ですよね。

アメリカがわりと閉鎖的な国であるのは今さらではあるけど、

それにしてもさすがにこれはおかしいと思いますけどね。

アメリカの製造業にとっても波及効果の大きな買収案だっただけに本当に変な話である。