山のトイレをどうするか

エベレスト(ネパール側の話だからサガルマータと呼ぶべきか)のトイレについてのニュースを見た。

「岩にあるのがそのまま見える」 エベレスト悪臭の主犯 (中央日報)

登山者に排便用封筒の持参を求めるという内容。

登山者が多く利用するキャンプ地の中には強風で地面が露出したところがあり、

そういうところでトイレをすると排泄物がそのまま飛散するという点が問題なようだ。


エベレスト登山は高所順応を含めてかなりの時間を要する。

その中でも滞在期間が長いのがベースキャンプと呼ばれる標高5364mのキャンプ地である。

実はこのベースキャンプについては行政が美化活動を行っており、

トイレについても便を貯留して運び出す仕組みがあるよう。

ただし、尿や雑排水についてはそのまま放出されている。

尿をそのまま放出して問題ないのかという話だが、当地の環境を考えればあまり問題はないかもしれない。

尿をそのまま放出した場合、生物の栄養となり、アオコの大量発生など考えられるが、

これほどの高地では生物がほとんどおらず、栄養を消費する生物がいない。

そして流下するなかで希釈されていくので、麓での影響は軽微と言えそうだ。


すなわちここで問題となっているのはベースキャンプより上での排便である。

それも滞在時間の長いキャンプ地での排便ということになる。

排泄物を分解する生物が乏しく、便は分解されず滞留してしまう。

キャンプ1とキャンプ3は氷雪の上のため、氷の中で滞留することになる。

これも問題ではあるけど、それ以上に問題なのが地面が露出したキャンプ2とキャンプ4である。

というわけでここでの対策が特に求められているということですね。


山のトイレといえば、日本では富士山のトイレ整備がよく知られている。

他の登山者の多い山でもトイレの整備が進められてきた。

浄化循環式、バイオ式、焼却式、あとはくみ取り式も一部ではあるか。

浄化循環式は接触材としてカキ殻を使ったものが多いのでカキ殻トイレとも。

一般的な浄化槽に似ているのだが、浄化水を洗浄水に再利用する点が異なる。

水道がなくても水洗化できることや、周辺に排水しないメリットはあるが、

汚泥や汚水の引き抜きは一定必要となる。運搬状況がよいところ向けか。

なので登山道に限らず、水道が使えないところで使われている方式でもある。


バイオ式はおがくずなどの担体に居着いた菌を使って排泄物を分解する方式。

富士山のトイレとしては最も数が多いタイプではないか。

基本的に撹拌だけすればよいので、この場合は処理に必要な電力も少なく済むが、

気温が低く、利用者が多いとなれば、バイオトイレもそこそこ電力を使う。

富士山ではこれがけっこう問題のようで、近年の登山者の増加に対応できない問題がある。

吉田ルート下山道トイレのおはなし

このトイレは富士山の中でも特に利用者が多いトイレだという。

利用者の多い吉田ルートで、かつ山小屋のない下山道にあるトイレだから。

バイオトイレは担体が水分量を調整するが、尿の水分に対応すると処理能力が下がる。

そこでここでは尿を分離して貯留する仕組みを取っている。

貯留した尿は運搬しているようだが、尿だけならさほど不衛生ではないということか。

なお、バイオトイレの担体は一定の周期で交換する必要がある。


焼却式は文字通りの排泄物を焼却する方式。

燃料を多く使うことになるのが欠点だが、焼却後は灰しか残らないのは便利。

富士山では一部の山小屋で使われているよう。

ただ、どちらかというとコンパクトさを生かしたキャンピングカー向けなのかなと見える。

能登半島地震で注目の「トイレカー」 水洗ならぬ“燃焼式トイレ”とは何か? (Markmal)

国土交通省の対策本部車に搭載されていることが紹介されている。これもキャンピングカーみたいなものか。


生物の働きが期待できない低温だと、焼却式以外で自己完結型の処理は難しいだろう。

こういう方式のトイレをキャンプ地に設置するといいんだろうなと思う。

ベースキャンプより先は運搬も大変なのでトイレの設置も難しいだろうが、

ここで書いた方式の中ではコンパクトなのも燃焼式である。

尿は分離して処理(尿はそのまま放出でも許容されているのは先に書いた通り)とすれば、

必要な燃料も節約できるかもしれないなとは思ったがどうだろう。


現状は尿の処理は求められていないとあるが、尿を飲用水にできればメリットはあるかもしれない。

現状は氷河から水を採取したりしているようだが、水質も懸念があるわけだし。

これについては山というよりは宇宙空間の話だなと思う。

国際宇宙ステーション/「きぼう」日本実験棟向け「次世代水再生実証システム」をJAXAより受注 (栗田工業)

国際宇宙ステーションの新しい水再生システムを日本で開発をしているという。

一般的な下水処理は生物処理での有機物の除去が主体である。

無機物は窒素・リンは富栄養化対策のために取り除くが、それ以外は放出する。

コンパクト化が求められていて、最終的に飲用水にすることもあり、これとはかなり異なる仕組みである。


まず、イオン交換樹脂で尿からマグネシウムイオン・カルシウムイオンを水素イオンに置き換える。

これらの成分は詰まりの原因となりやすいので先に取り除くと。

次に水の電気分解を行い、水の一部を水素イオンと水酸化物イオンにする。

この水酸化物イオンを使って有機物を分解する。主には水と二酸化炭素になる。

二酸化炭素と水素は気体として放出、各種イオンを含んだ水が残る。

この水を電気透析して陽イオンと陰イオンをそれぞれ濃縮、残った真水は飲用水になると。

電気透析は塩の製造に使われている仕組みと同じだが、陽イオンと陰イオンを別々の濃縮する点が異なる。

なぜ別々に濃縮するかというと、イオン交換樹脂の再生のためである。

ここで作った酸性水をイオン交換樹脂に通すと、マグネシウムイオン・カルシウムイオンを水素イオンに置き換えて再生できる。

イオン交換樹脂を使った方式は数あれど、薬剤なしで再生できるのは特色である。

こうして不要なイオンが集められた水が廃液として残ることになる。


エベレスト登山は長期間に及ぶわけで、そこに着目した対策でないとなかなか受け入れられないんじゃないかなという気はする。

ゴミ問題に対して、登山者自身に8kg以上のゴミの持ち帰りを求めているところだが、

実際にはこれを履行せず罰金を払うケースが多いようである。

登山全体にかかる費用に対して罰金は軽微な金額だし、安全面の問題もあるのだろう。

ベースキャンプについては行政がカバーしているので比較的よいのだけど、

その先は登山者の責任でやるようにと促しても、結局はやらないと。

ベースキャンプより先でも滞在期間が長いのが原因の1つだろう。

輸送が困難ならある程度は現地処理する仕組みが必要なんだと思うけどね。