こんなニュースを見たのですが。
中国発表の新地図、係争地や南シナ海まで「領土」「領海」表記…アジア各国相次ぎ反発 (読売新聞)
中華人民共和国の領土・領海を示す地図が発表されたが、その範囲がおかしいという話。
領土について隣接する国と争いがあるのは特に珍しいことではないが、
「領海」がこんなに広く伸びているわけはないと思うのだけど。
国連海洋法条約では海域にこのような区分を設けている。(cf. 海洋の国際法秩序と国連海洋法条約 (外務省))
- 領海(基線から12海里以内) : 沿岸国の主権が及ぶが、全ての国の船舶が無害通航権を有する
- 国際航行に使用されている海峡は領海内でも(無害通航の定義を満たすさない場合でも)通過通航権を認める
- 接続水域(基線から24海里以内): 必要な場合は通関・財政・出入国管理・衛生に関する規制を行うことが出来る
- 排他的経済水域(基線から200海里以内) : 沿岸国は天然資源(水産物・鉱物など)の探査・開発・管理の主権を有する
- 大陸棚(原則として基線から200海里以内): 沿岸国は地下資源の探査・開発の主権を有する
- 公海(それ以外の海域): 全ての国が航行・飛行・開発の自由を享受する
国際航行に使用されている海峡の通過通航権は、領海を通過せざるを得ないときだけ認められる可能性がある。
実は日本は宗谷海峡・津軽海峡・対馬海峡東水道・対馬海峡西水道(朝鮮海峡)・大隅海峡について、あえて領海を3海里に狭めている。
外国船がこれらの海峡を通過する場合は、領海以外の部分を通行しなさいと。
こうしておくことで、国連海洋法条約の国際海峡の通過通航権を認める必要が無くなるというわけである。
この他、そもそも両岸から12海里を越える海峡も間には領海以外が残る。
そのような海峡として台湾海峡が知られている。沿岸から12海里を越える範囲は当然自由な航行ができる。
この時点で中華人民共和国の「領海」の表記がおかしいことに気づきますね。
大陸と台湾の間も全てが領海として認められるわけはないのである。
というわけで、おそらくここで「領海」と言っているのは排他的経済水域および大陸棚という意味ではないかと思う。
実は中華民国、中華人民共和国ともに南シナ海に大きく張り出した線を描いてきた歴史がある。
この内側にある島が領土で、そこを起点として破線のところまで排他的経済水域・大陸棚が認められるべきだ。
そういう主張をしてきた歴史があるらしい。
ただ、こんなマレーシア・ベトナム・フィリピンのスレスレのところまで認められるものなのだろうか?
まず、そもそもこれだけ南シナ海に張り出している理由は、
この海域にある西沙諸島(パラセル諸島)・南沙諸島(スプラトリー諸島)のすべての領有を主張していることがある。
これは中華民国の時代からそうで、実際に中華民国も一部を支配している。
西沙諸島については全てで中華人民共和国の支配が及んでいるが、
南に大きく張り出した南沙諸島については、全て支配が及んでいるわけではない。
マレーシア・ベトナム・フィリピンに近い島はこれらの国が支配しているし、
中央付近の一部に中華人民共和国が支配する島がある一方で、
同エリアで最も大きな太平島は中華民国の支配にある。(中華民国は高雄市に含まれるとしているので台湾ということですね)
さっきの国連海洋法条約の海域の説明では明確に現れていなかったのだが、
実は排他的経済水域・大陸棚の設定に使われる基線は「人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩」を起点とするものは認められない。
基線というのは低潮線を元にして、湾口・河口などを直線で結んだものが使われる。
基線の内側は川と同じく領土中の水域として扱われる。(瀬戸内海など)
基線は低潮線が基準とはいえ、そもそも満潮時に海面に現れない岩礁を元にして基線を引くことは出来ない。
これはよく知られた話だと思うが、実はそれだけではないんだよね。
例え満潮時に現れるものでも、とても居住できない「岩」は領海の起点にはなりうるが、
排他的経済水域・大陸棚の起点にはなり得ないという規定がある。
そして、南沙諸島には排他的経済水域・大陸棚の起点となりうる「島」は1つもないという常設仲裁裁判所の判決が出ている。
この判決を踏まえれば、各国の排他的経済水域・大陸棚が認められるのは、
他の島・大陸から200海里以内ということになる。
そして、その200海里の範囲が複数の国で重なる場合は衡平の原則により決める必要がある。
この結果として実効支配している「岩」の周りが他国の経済水域・大陸棚に含まれることもありうる。
実はそれに近い例がイギリスとフランスの間に存在する。
イギリスの王室属領のチャネル諸島は海峡のかなりフランス側にある。
ここをイギリスの大陸棚の起点にすると、フランスの大陸棚が大きく狭まってしまう。
このことについて国際仲裁裁判所で1977年になされた判決によると、
チャネル諸島がない場合の中間線を両国の大陸棚の境界にするのが衡平であると。
こうするとフランスの大陸棚にチャネル諸島が入ってしまうことになる。
チャネル諸島の周辺は最大12海里は領海としてイギリスの主権を認めるが、
その外はフランスの天然資源開発への主権を認めるということになってるっぽい。
France–United Kingdom (Guernsey) (SOVERGEN LIMITS)
チャネル諸島は普通に人が住んでいる島だが、それでさえこういうことがある。
とても人が住めない岩に排他的経済水域・大陸棚を認めた場合、
このような衡平の原則が満たせない事例が増えると考えたのかもしれない。
なお、埋立などで岩を拡張して居住できるようにした場合は、
領海の基線は埋立後で考えるが、排他的経済水域・大陸棚の基線にはならない。
逆に他国との衡平の原則が問題とならなければ、岩か島かというのは問題になりにくい。
というのが日本の沖ノ鳥島である。
東京都小笠原村に所属していることになっているが、役場から1000km、都庁から1700kmというとんでもない立地である。
護岸工事は本来は東京都の所掌なのだが、とてもできたものではないので、
国の直轄事業により海岸の保全が行われているという島である。
ただ、この島は陸地全体にフタを掛けられるほどの小さな島である。
これって排他的経済水域・大陸棚の起点にならない岩じゃないの? という指摘がある。
日本で国連海洋法条約の「岩」が話題とならないのは、この問題があるからかもしれない。
確かにそうかもしれないと思うのだが、一方で沖ノ鳥島が存在することで他国の排他的経済水域・大陸棚を狭めることはない。
200海里以内に他の国の領土が存在しないからである。
どの国も完全に天然資源を利用できる公海は狭まることを問題視する国はいるが、その程度の主張である。
この結果、日本は平穏に沖ノ鳥島周辺200海里の天然資源を享受している。
さらに近年では沖ノ鳥島はこんな効果を発揮している。
地形上の特徴を満たす場合、基線から最大350海里まで大陸棚の延長が認められることがある。
これについて申請したところ2014年に4つの海域について延長が認められた。
その1つが四国・大東諸島・伊豆諸島・小笠原諸島・沖ノ鳥島に囲まれた四国海盆海域である。
日本の排他的経済水域に四方を囲まれた海域である。
この海域は他の国の大陸棚が及ぶ可能性はないので、早々に日本の大陸棚として政令で指定された。
実はこの海域の一部は沖ノ鳥島から350海里以内であることを根拠としている部分がある。
沖ノ鳥島が居住できない「岩」ならばこの全てを大陸棚とすることはできない。
でも、この範囲の大陸棚を認めても他国の大陸棚を狭めることにはならない。
冒頭に書いた中華人民共和国の領土・領海の図では示されていないが、
実は日本との間の排他的経済水域・大陸棚についてこんな主張をしている。
韓国が主張する大陸棚、日本側に100キロ以上拡張 (中国網)
沖縄トラフ(沖縄海槽)までが大陸棚であると主張している。
この範囲は一部が中国の基線から200海里を越えるので、延長が認められなければいけないが。
沖縄・奄美のかなり近くまで中国の大陸棚が伸びていると主張していると。
この範囲内には日本が石垣市の一部として支配する尖閣諸島も含んでいる。
日本は両国の中間線までを排他的経済水域・大陸棚とするべきだと主張している。
極端に飛び出た島などで他国の経済水域・大陸棚を狭める場合は考えないといけないが、
中間線で処理するというのはごく一般的な主張である。
中国の主張も他国との関係を考えなければ認められる可能性はあるのだが、
他国との関係では衡平の原則を考えなければならない。
形式的な中間線が必ずしも衡平であるとは限らないのだが、
中国の「領海」は異常なまでに他国の領土に向かって張り出しているので、
これが衡平であるとは絶対にならないだろうとは断言できる。
当然、海においても各国の主張が食い違うことは珍しくはない。
日本と韓国では竹島の領有権や鳥島(長崎県五島市)を起点とした経済水域の設定で意見が食い違っている。
日本とロシアでは日本が北方領土としている島をロシアが南クリル地区として支配しているため、周辺海域の主張にも食い違いがある。
ただ、いずれも比較的限られた海域のことであり、両国が操業可能な海域を設けるなどの対応が取られている。
中華人民共和国との間でも実務的には妥協点を見いだしてたりするけど、
両国の主張にほとんど一致点がないというところが問題である。