文化の日に持ち回り制といいますが

今日は文化の日、特に出かけることもなく。

弟が来ていたので団らんしていたわけですが。

親元に厄介になっての関西滞在も明日までといっても、ほとんど帰るだけだが。


文化の日というと、例年JBC競走の開催日になっているようである。

JBCというのは日本ダート競馬の祭典と言われており、

同日にJBCレディスクラシック・JBCスプリント・JBCクラシック・JBC2歳優駿の4つの重賞レースが行われる。

特に最初に書いた3つのレースはJpnI格付けで、G1級のレースである。

日本には牝馬限定のダートG1、1200mのダートG1はこれが唯一である。

それ以外でG1レースに挑戦しようとすれば外国遠征しかないので貴重である。

(もっともJBCは日本ローカル格付けなので国際的にはリステッドなのだが)


このJBCの特徴として地方競馬での持ち回り制というのがある。

今年は盛岡競馬場での開催で、盛岡といえば芝コースがあるということで、

前座としてジュニアグランプリ(2歳限定 芝1600m)とOROカップ(3歳以上 芝1700m)の地方全国交流競走がJBCデーの開催となった。

JBCはアメリカのブリーダーズカップ(BC)を参考に作られたものだが、

BCにはBCターフなどの芝レースもあるので、さながらJBCジュベナイルターフとJBCターフだなと。

あくまでも地方所属馬のみではあるが、OROカップはJRAで重賞勝ちの実績もあるような馬まで移籍して走っていたので、けっこうな面々とは言われていた。


とはいえ、持ち回り制にも例外があり、それがJBC2歳優駿である。

このレースは北海道2歳優駿が前身ということもあって、当面は門別競馬場での開催になっている。

JBC2歳優駿のみ門別開催に固定されているのは「当面」のこととされているが、具体的にいつ持ち回り制に移行できるかもわからない。

もしかしたら永遠に門別開催のままかもしれない。


なぜ、このレースが「当面」門別開催なのかという話だが、

馬産地にある門別競馬場は2歳戦のレベルが高いからではないかと思う。

地方勢の充実を考えれば門別開催が最善という考えである。

逆にJRA勢にとっては北海道への輸送が大変なんですけどね。

それでもJRA勢が勝つことが多いんだけどさ。


欠点は他のJBC競走の騎手が騎乗できないことですかね。

北海道勢で一定の充実度は確保できるが、出られるレースが限られるJRA勢はともかく、他の地方所属馬にとっては挑戦する意味が見いだしにくく、

やはり持ち回り制がJBCとしてのあるべき姿というのは確かかなと思う。

それでもこれが許されているのは、格付けがJpnIIIでチャンピオン決定戦ではないということが大きいのだと思う。

年末に川崎で開催される全日本2歳優駿(JpnI)がダート2歳チャンピオン戦であり、

その前哨戦の1つとして位置づけられているというのが実情である。

この点は本家アメリカの BCジュベナイル(G1) とは大きく異なる。


ところで冒頭に文化の日での開催が恒例となっていると書いたが、

文化の日が平日の場合はよいのだが、土日だとJRAの開催と被り分が悪い。

日曜日であれば翌月曜日が振替休日になるので、ここが開催日に適する。

でも土曜日だと振替休日もないから、果たしてどうするのか。

これが発生したのが2018年だが、このときは京都競馬場で開催された。

すなわちJRAのレースとしてJBC3競走を実施したわけである。

当時の経緯を調べると「JRAに対して、平成30年のJBC競走の実施を要請しました」という記載があって異様である。

基本的にJBCの賞金は主催者が馬券の売り上げから捻出する必要がある。

(生産者が資金を拠出しているJBC協会からの協賛金はあるけど)

しかし、休日開催ではJRAの開催日と被るため、賞金に見合った馬券売上は期待しがたい。

そこで資金力があり、注目度も高いJRAでの開催とすることを考えたわけである。

競馬場の設備の都合、JBCは西日本での開催機会が少なく、この点も考慮して京都競馬場での開催となったという。


ここに書いた以外にも、持ち回り制の都合で国際的な格付けが困難であるとか、

いろいろ課題はあるんですが、日本ダート競馬にとって貴重な1日である。

印象的だったのは、ダンシングプリンスがJBCスプリントを優勝したことかな。

この馬、実はJRAの未勝利戦を勝てずに、地方競馬に移籍している。

そこで3連勝してJRAに戻ってきて3連勝してオープンクラスへ、

そこから昨年のカペラステークス(G3)を優勝して、優先出走権を得たリヤドダートスプリント(G3)で優勝している。

リヤドダートスプリントのメンバーが手薄だったことは否めないが、そうはいってもこんな強い馬がいるものかとは思っていたのである。

それで日本のダートスプリントチャンピオンとしての地位を手にしたのである。

不思議なもんですよね。そんな馬が突破できなかったのが未勝利戦ですから。