沖縄の伝統工芸の行く道

今日は東京に出かけていた。

主な目的地は東京国立博物館で、特別展「琉球」がお目当て。

そういえばこうして沖縄の歴史・文化を通して見るのは初めてかもねぇ。

ちょっと驚いたのは、16世紀には公文書で ひらがな を使っていた時期があること。

あくまでも琉球内の公文書の話で、日本を含む外部とのやりとりは漢文だし、

その後にはまた公文書は漢文になってるんですけどね。

今では一般的な 漢字+ひらがな という表記が使われてきた歴史は相当長いと。


展示されていた沖縄の工芸品を見て思うことは、

沖縄の伝統工芸というのは、日本と中国の影響を受け続けたわけで自ずと似ている。

日本文化自体が中国の影響が大きいが、それよりもうちょっと影響が強いのかな。

これは工芸品の輸出を通じて、日本・中国とつながっていた面もある。

自然環境も相まって独自の文化があることは確かなのだが、

琉球王国がなくなり、太平洋戦争に巻き込まれ、アメリカ統治下の時代があり、

沖縄独自の工芸の伝承というのが難しくなっているのかなと思った。


そのあたりを踏まえてか、展示の最後で紹介されていたが、沖縄県では文化財の模造復元に取り組んでいる。

それは文化財への理解を深めるためというのもあるだろうけど、技術伝承の意味合いも大きいプロジェクトである。

以前、東博の特集展示でも紹介されていて、その紹介は見ていたが、

その一部は、もはや沖縄では失われた技術を掘り起こすようなものでもある。

だから沖縄の伝統工芸の一部にはもう途絶えたものがあるということである。


しかし、それは日本の他の地域を見渡してもそうだと思うんだよな。

どうしても伝統工芸のニーズというのは、寺社の集中する京都府・奈良県周辺に集中する面もあり、京都府はその一大集積地として知られている。

歴史もさることながら、注文者が集中していることは大きい。

京都が現代においても芸術の都であることはこれとは無関係なことではないだろう。

それゆえにサプライチェーンもそこを中心に構築されている。

多くの工芸品で使われる金箔の製造はほぼ全て石川県で行われているなど。

そういう主流に乗っかれない小規模な生産地は伝承に苦労しているのではないか。


独自性があるということは、裏返せば日本文化の主流ではないということでもある。

それゆえに国レベルで取り組みにくい面もあったんじゃないかと思う。

逆に恵まれているのが京都府・奈良県で、ここは国レベルの機関がいろいろありますから。

そこには廃仏毀釈から文化財を守るという使命もあったわけですが。

そんな沖縄県で失われつつある技術伝承のため、国営公園事業で首里城の各施設の復原をやっていたのは国レベルでの取り組みと言える。

知っての通り、燃えてしまったんだけど。


なかなか課題は多いものの、戦災などで失われた文化財が多い中でも、

沖縄で育まれた工芸の技はなかなかのものであることが学ぶことが出来た。

沖縄県は未だ足を運んだことがない地域である。

当地で自然・文化について見聞を深めたいなと思ったが、今のところは計画はない。